06_シェイクスピア『ハムレット』考察:ハムレットが読む「言葉、言葉、言葉」とは?
Q. ハムレットが読む「言葉、言葉、言葉」とは何か?
以下はシェイクスピアの『ハムレット』にある一場面。
(ハムレット、本を読みながら登場)
ポローニアス 殿下、何をお読みで?
ハムレット 言葉、言葉、言葉。
Polonius What do you read, my lord?
Hamlet Words, words, words.
ここでハムレットが読んでいる〈言葉〉とは何でしょうか。本稿の解釈はこう。
A. 父たちから教えられた価値観のこと。
以下に理由を述べます。
シェイクスピア『ハムレット』読解をマガジンで連載しています。こちらの記事からでもお楽しみいただけますが、01から順番に辿る場合は下記よりご覧ください。
1 父の言葉を忘れるな
戯曲の序盤、先王の亡霊は息子ハムレットに「お前に親を思う心があるなら、奮い立て」(60)といって、クローディアスに復讐するよう促し、「さらば、さらば、さらば、父の言葉を忘れるな。 Adieu, adieu, adieu. Remember me.」(61)といい残します。ハムレットは亡霊がいった「父の言葉を忘れるな」という言葉を「俺の座右の銘だ Now to my word.」「父の言葉を忘れるな remember me.」と繰り返し、「天に誓ったぞ I have sworn ’t.」(62)と叫びます。
こうしてハムレットの心に父の言葉が刻みつけられる。これがハムレットの呪いとなる。もともと不安定だったハムレットの精神状態は、ここから本格的に狂っていく。「狂った頭 distracted globe」(61)の混乱はますますひどくなっていきます。
亡霊とのやり取りは、中盤、ハムレットが母の部屋で父の亡霊と再びまみえるシーンでも繰り返される。ハムレットは父の亡霊に向かって「ああ、お言葉を O, say!」といい、亡霊はまた「忘れるな Do not forget.」(170)という。以前も書きましたが、シェイクスピア作品で二度繰り返される出来事は、心が引き裂かれて狂気におちいることと結びつきます。
2 三度の誓い
一度目の亡霊との対話のあと、ハムレットは友人ホレイショーとマーセラスに、亡霊を見たことを決して他言しないと剣に誓えと命じます (Never to speak of this that you have seen, Swear by my sword.)。それに重ねる形で、奈落から亡霊も「誓え Swear.」と命じる。その声に応じて、ホレイショーとマーセラスの二人は、「今夜見たこと、決して他言しない」と場所を移しながら三度、剣に誓います(65)。
表面上は亡霊を見たことを秘密にするという誓いですが、私は、深層ではこの三度の誓いが、この直前にハムレットが「父の言葉を忘れない」と誓ったことにかかっている、この誓いを確実なものにするためにここで三度繰り返されているのだと解釈したい。そして、この「父の言葉を忘れない」という呪いこそがハムレットを悲劇へ導く元凶になっていくのだと思うんですね。
3 誓いは呪いに
物語の中盤、ハムレットはクローディアスの悪事を暴くため、旅役者に命じて、王殺害の場面をゴンザゴー殺しに当てはめて演じさせます。その劇中劇で、王の甥ルシアーナスは王ゴンザゴーを殺すための毒薬について「魔女の呪いを三たび受け、三たび毒気を吹き込まれ」「魔力こもりし猛毒で」/健やかなる命、ただちに奪え」(145)とつぶやいて、王の耳に毒薬を注ぎ込みます。
これがクローディアスによる先王殺しの再現となっているわけですが、ここで注目したいのは「三たび」が「呪い」として現れていること。これが先に触れた「誓え」といわれて三度誓う場面と呼応していると思う。
訳者松岡氏はここに登場する魔女ヘカテについて、「ヘカテは魔法・魔術を司る女神。『マクベス』では三人の魔女を支配する魔女として登場する」という注釈をつけています。このとおり、マクベスでは三人の魔女が魔法をかけてマクベスに呪いをかけ、殺人を犯させて破滅させてしまいます。この魔女たちが三人の暗殺者と対になっていること、魔女たちが「むしゃ、むしゃ、むしゃ」「キリ、キリ、キリ」(16)、「万歳、万歳、万歳」(19、20)と呪文のような言葉を三度ずつ繰り返し、「二倍だ二倍、苦労と苦悩、/ごうごう燃えろ、ぐつぐつ煮えろ」(114)と三度唱えながら、マクベスの心を引き裂き狂気へ導いていくことは、下記でみたとおり。
シェイクスピア作品では、三度繰り返す言葉には、呪術的な魔力が備わる。そこには、心を引き裂き狂気へ導く黒魔術的な働きと、心を統合させて癒す白魔術的な働きの両方の力がある。『ハムレット』の劇中劇では、ゴンザゴーの命を奪う力を持つという悪の力が際立っている。それは、「父の言葉を忘れない」という誓いが、ハムレットを狂気に導くことと結びついているように思います。
4 呪いは耳から
ハムレットの父(先王)は、耳にヘボナの毒を流し込まれて殺されます。これは、耳に王妃の不貞の噂話(おそらく嘘の)を吹き込まれたことの比喩であり、先王は嫉妬や怒りのために命を落としたのではないか、という解釈については、『ハムレット』読解01で述べました(上記リンク)。
そのときにも書きましたが、『ハムレット』では聴覚、聴くことや耳がひとつのキーワードになっていて、噂話を吹き込まれるという毒もこれに結びついている。先に引用した、ハムレットが亡霊の父の言葉を聞く場面でも、最初に亡霊が「聞け」「心して聴け」「聴け、聴け、おお、聴いてくれ!」(56)としつこく繰り返してから語り始める。そして、前述の「父の言葉を忘れるな」という言葉へとつながっていく。
先王は耳から吹き込まれた噂話という毒で死んだ。ハムレットもまた、父(亡霊)の言葉という呪いを耳から吹き込まれることによって狂気にとりつかれ、悲劇へと向かっていく。
『ハムレット』読解の03~05では、この作品に描かれているヘラクレスについて考察しました。そこでも触れましたが、神話でヘラクレスは、狂気を吹き込まれて大切な人を殺してしまう。その後、ヘラクレスは妻デイアネイラから浮気を疑われる。デイアネイラは、ネッソスから「媚薬になる」と渡された血に浸した衣服を夫に着せた。けれど、実はその血が猛毒で、ヘラクレスは激痛にのたうち回って死んだと伝えられています。つまり、ヘラクレスの妻デイアネイラもまた耳を嘘の情報で惑わされた者であり、ヘラクレスはそれによって命を落とした。この悲劇を巻き起こす狂気の原因が、耳から吹き込まれる嘘の情報という毒によるものだという点でも、ヘラクレスとハムレット父息子が重なるわけですね。
シェイクスピアはヘラクレス神話の、耳から吹き込まれた毒によって狂気に陥り、命にかかわる悲劇的な事件を起こしたり、巻き込まれたりしながらも、試練に耐え、立派な英雄へと成長していくという要素を抽出し、それを『ハムレット』という戯曲に巧みに織り込んでいる。そこに、父から息子へと受け継がれ、繰り返される宿命、多くの人に共通するイニシエーションや恋愛の葛藤といったテーマを絡ませて、この戯曲を作り上げているのではないでしょうか。
5 呪いは脳に、そして手帳に
『ハムレット』の序盤、一度目に亡霊と会った後、ハムレットは耳から吹き込まれた父の言葉を「狂った頭に/記憶の座があるかぎり」「俺の記憶の手帳 table of my memory」に記して決して忘れない、「脳髄の手帳には/いまの命令ただひとつ、くっきりと記しておくぞ And thy commandment all alone shall live/Within the book and volume of my brain」「そうだ、この手帳に書き留めておこう My tables—meet it is I set it down」(61)といい、自らの頭に記憶して手帳にも書き記します。
墓掘りの場で登場するハムレットの父の道化ヨリックの頭蓋骨は、狂気の原因が〈脳 brain〉であることの表現。これが上記の〈狂った頭(distracted globe)〉、道化foolがかぶる帽子やオズリックに重ねられるタゲリという鳥が頭にのせる卵の殻に結びつく。『マクベス』の「子供の脳味噌をたたき出してみせます」(45)というセリフ、『夏の夜の夢』のボトムのロバ頭、『リア王』の草花でつくった冠や、中身が空っぽの卵の殻、『オセロー』の「脳の疾病(disease in the brain)」など、シェイクスピア作品では、狂気の原因が頭brain(globe)の問題として表現されることは、下記でもみたとおり。
ハムレットにとって、亡くなった先王は「男の中の男、何から何まで完璧だ」(33)というほどの存在。今は未熟な自分も、いつかは父のようになりたいと望む、憧れ、理想の大人像。そんな父の言葉を頭のなかや実際の〈手帳(table/book)〉に書き記し、しっかりと記憶に刻み込む。これが自分で自分に呪いをかける行為になっていきます。
6 足枷をはめるのは
亡霊に会った直後のハムレットの様子を、オフィーリアは「汚れた靴下は/足枷のようにくるぶしまで下が」っていたと語ります(75)。これが、のちにクローディアスがハムレットに「ただちに足枷をはめてしまおう」(156)ということと呼応する。オイディプス神話やアキレウスの物語のように、足の傷は幼いころに両親から独立するときにできた傷のイメージが強いことは下記で述べた通り。
父親世代は息子世代に足枷をはめて、思い通りに操ろうとし、息子世代はそれに反発する。葛藤が親子対決へと発展していく。同時に、もうひとつ重要なのは、ハムレットが父の言葉を〈自らの手で、意志で〉脳に刻み込み、手帳に書き込んでいること。
上の世代から与えられた言葉を、自分の記憶にとどめて内面化し、自らの呪いとするかどうかは、あくまでも自分次第。父から教えられた時点で、息子はそれを拒否することもできた。けれど、自分でそれを自分の世界に組み込むことを選んでいるんですね。
足枷は、親にはめられたようでいて、実は息子が自分ではめたものなのかもしれない。だからこそ後に成長し、呪いとなっている言葉や価値観に対して疑問を持ったとき、それに抗い、闘い、乗り越えていくのには想像以上の困難を伴う。親に無理やりはめられた足枷よりも、自らが一度はそれが正しいと信じてはめた足枷を取ろうと考えを改める方が、他者を否定するよりも過去の自分を否定することの方が、より難しいのかもしれない。
素直で純粋な子ほど、親の言葉を自分のものとして記憶にとどめやすい。ハムレットは亡くなった父を理想として崇め、父の言葉を素直に受け取る真っ直ぐな心根の持ち主。親の言葉を疑ってかかるようになるのは、自分の軸を持って考えられるようになること、大人になることであると同時に、反抗する、ひねくれるということでもあり、親のいうことを聞く素直ないい子であるほど、そのことに対して葛藤や罪悪感を持ちやすいのかもしれない。『ハムレット』にはこのあたりの微妙な心理状態が見事に描かれているように思います。
7 世界を牢獄にするもの
ポローニアスはクローディアスに、「しかるべき場所に(ハムレットを)監禁なさるなり」(128)すればいいと進言し、ポローニアスが殺された後、クローディアスは「あの狂った若者を監禁し、/その辺をうろつかないようにすべきだった」(178)とつぶやく。これは象徴的父たちが息子の自由を奪い、支配しようとする行為。これを鏡映しにしたかのように、ハムレットはオフィーリアに、ポローニアスを家に「しっかり閉じ込めておけ」(124)という。これらのセリフにも、互いに敵の動きを封じようとする父と息子の闘いが現れているように思います。
同時に、ハムレットは「デンマークは牢獄だ」世界は「大きな牢獄だ」(94)と嘆く。そして、「俺は胡桃の殻に閉じ込められても、無限の宇宙を支配する王者だと思っていられる——悪い夢さえ見なければ」(94)と内へ内へと閉じこもっていく。
だけれど、前述のとおり、世界を牢獄にしているのは、ある意味では彼自身なのかもしれない。ローゼンクランツが「ご自分の自由を閉じ込めかんぬきを下ろすようなもの」(150)だというように、ハムレットを縛り付けているのは、ハムレット自身の思い込みである部分も少なくない。
前回(下記)、したい放題するヘラクレスとは、ハムレットの深層心理にある狂気や我がままな子供心のようなものではないかと述べました。けれど、必要以上にそれらを閉じ込めて、息苦しくなってしまっているのは、自分で必要以上に強固な檻を創り、鍵をかけてがんじがらめになってしまっているからなのかもしれない。
このあたりはハムレットの素直さや人の良さ、親の期待に応えたい、王子として民衆の期待に応えたいという思いと、復讐だから、憎き仇だからといって簡単に人を殺めることにも抵抗があるという感情のせめぎ合いで、なんとも切ない部分ですね。そうした迷いが裏目裏目にでて、少しずつ運命の歯車が狂っていきます。
8 『リチャード三世』書き記された呪い
シェイクスピアの『リチャード三世』では、敵対する者同士が互いに罵りあいながら、互いの中に「運命の虚しい照り返し」(54)を見ている姿が印象的に語られます。罵る相手は自分の鏡像であり、互いを罵りあう言葉たちは、鏡に反射して自分へとはね返ってくる。そのことが、「そうやって自分で自分を呪ったわけだ」(53)「呪いは/それを吐いたものの口元に留まるのだから」(57)「今ここで呪ってみろ、自分を呪うことになる」(59)といった言葉で繰り返し示されるんですね。相手へ放ったはずの呪いの言葉がはね返り、いつしか自分への呪いとなって自らを蝕んでいく、無意識のうちに自分で自分に呪いをかけてしまうという発想がシェイクスピアにはある。
また、悪魔のようなリチャード三世に口説かれて結婚してしまったアンも、「あの男の蜜の言葉のとりこになり、/魂からほとばしり出た私自身の呪いの的になったのです」(177)と後悔する。他人の言葉に惑わされた過去が、現在の自分に呪いとしてのしかかり、苦境へ導かれていく姿が描かれています。
さらに、サリンジャーの「エズメ」読解でも触れたのですが、『リチャード三世』の後半では、リチャード三世とリッチモンドが鏡合わせで「インクと紙を持ってこい」という。ここでは、インクと紙を手に入れ、新世界の創造を象徴する、新しい言葉を書き記すことができたリッチモンドが戦いに勝利する。対して、新しい言葉を書き記すどころか、自分の悪口が書かれた紙を発見したリチャードは戦争に負けるという形で、書くことと勝ち負けの対比が描かれています。
また、『アントニーとクレオパトラ』でもクレオパトラが「インクと紙を持ってきて!/あの人(愛人アントニー)には毎日手紙を出すわ」(52)というなど、シェイクスピア作品において、インクと紙は重要なモチーフ。それらは〈手紙・文字 letter〉を書くアイテムであり、インクと紙を使って記された言葉は、話し言葉と対比されて特別な意味を持ちます。
9 『ジュリアス・シーザー』書き言葉・誓いと、話し言葉
墓掘りの場面でハムレットがジュリアス・シーザーに言及すること、戯曲『ハムレット』と『ジュリアス・シーザー』には、父の亡霊に囚われる息子が描かれているという共通点があることは、前回、前々回の記事で述べた通り。
この作品で、ブルータスは、シーザー暗殺に向かう仲間に向かって、以下のように演説します。
誓いなど要らない。(中略)
同期に火と燃える熱がこもっているなら、(中略)
一旦口にした言葉は断じて翻さないという事実以外に
どんな証文が必要なのか?(中略)
誓いが必要だなどと考えて、
我々の大仕事の公明正大な価値や
不撓不屈の精神を汚してはならない。
ハムレットが誓いを手帳に記すように、シェイクスピア作品において、誓いは書き言葉と同様、簡単には反故にできない約束、未来に強い影響力を持つ言葉。ブルータスは法務官の長(88)という立場であり、法とは現実社会のルールを記す書き言葉、正式文書の代表のようなもの。そんな立場であるにも関わらず、ブルータスはここで、誓いをたてることを否定するんですね。
インクで紙に書き記された言葉、証文や誓いは、大人同士の正式な契約を意味するもの。これに対し、大人に反抗する子ども(永遠の少年)は、書き言葉を嫌い、獣のように叫んで若い血が燃え上がる勢いで事をしでかすという対比で描かれます。(このテーマは以下でも触れていますので、ぜひご覧ください)
つまり、上記の場面で誓いを拒否するブルータスは、大人としての理性的な判断力を失っているということ。シーザーが本当に悪かどうかをよく確かめもせず、子どもっぽい激情にかられ、本能的な欲求や思い込みに突き動かされて、シーザー暗殺へ向かっていくのだということが示されているのだと思う。
対するシーザーは、暗殺される直前、ブルータスらに向かって以下のように述べます。
凡人の血なら火がついたように熱くなって情にほだされ、
厳格に定められた既存の法令や規則も
子供の遊びの決まり同然にねじ曲げるだろう
シーザーは不当なことはしない
既存の法令や規則を守る大人シーザーと、頭に血がのぼって理性的な判断ができずに、殺人に至るブルータスらとの対比が、明確に示されていますね。この後、シーザーはブルータスに殺される。けれど、シーザーが書き残した遺言書が読み上げられ、それが民衆の心を動かし、次第にブルータスらを追い詰めていく。この作品でも、シェイクスピアは書き言葉と話し言葉の違いを使って、大人と子供、理性と本能、正気と狂気を巧みに描き分けています。
さらに後半、ブルータスは休息をとろうと、読みかけの本を取り出してページをひらく。すると、自分が殺したはずのシーザーの亡霊が登場する(161)。ブルータスはシーザーの亡霊に苦しめられ、最後にはシーザーの養子に追い詰められて倒されてしまいます。
この場面では、シーザーの亡霊がまるで書物から抜け出てきたかのように描かれている。先人が書き記した書物の言葉は、広い意味での象徴的父からの教えと同じようなもの。それがシーザーの亡霊という形をとって現れており、ブルータスはそれに屈するわけですね。
ハムレットもまた、先王の亡霊の言葉に影響を受け、それを自ら手帳に書き記すことにより、その言葉に囚われて破滅に向かっていく。この流れが重要なのであり、ハムレットが読んでいる書物も、ブルータスが開く書物と似た意味で解釈できるのではないでしょうか。
10 書物は老いぼれの言葉
最初に引用したように、『ハムレット』の中盤、書物を読みながら現れたハムレットに、ポローニアスは下記のように声をかけます。
ポローニアス 殿下、何をお読みで?
ハムレット 言葉、言葉、言葉。
ハムレットはここで、父親世代やその上の世代が書き残した「言葉、言葉、言葉」を読んでいる。先王の言葉を手帳に記すだけでは飽き足らず、先人の言葉をさらに吸収しようとしている。そこに自分の行き詰った人生の突破口を見つけようともがいている。
彼が手にする書物にはおそらく、〈騎士道のおきて〉(15)に通じる、名誉を重んじて父の仇を討つことを良しとするような価値観が記されている。ハムレットは書物を通して上の世代が築いてきた価値観を学び、父の亡霊の言葉に従って、復讐を果たそうと考えている。
しかし、このやり取りの直後、ハムレットは年配のポローニアスに向かって、「髭白く、顔は皺だらけ」などと皮肉をいい、「うるさい老いぼれ」(92)と吐き捨てます。三度の誓いが三度の呪いになっていることに気づいているのかいないのか、ともかく父世代から与えられた価値観を学ぼうと「言葉、言葉、言葉」を読みながら、同時にそれに従わなければならない現実にいら立ち、父親世代への反抗心をあらわにする。ここには、先人の言葉から自由になり、自分が正しいと信じる道を新しく切り拓きたいという、ハムレットの若者らしい願いがにじみ出ている。だけれど、王子という立場がそれを許さない。父の言葉だけでなく、民衆の期待も背負う彼は、社会が要求する常識という檻から逃れられない。この葛藤がハムレットを追い詰めていくんですね。
11 名判官ポローニアス
法律は社会のルールを記した言葉の最たるもの。シェイクスピア作品では、象徴的父はしばしば法律家に例えられます。前述の『ジュリアス・シーザー』のブルータスはこれを逆手にとって、法律家であるにもかかわらず、誓いを立てないという行為で狂気を表現しているわけです。が、通常は象徴的父が、証文や書物という形で、息子に善悪や社会の秩序を教え込み、ルールを守って賢く生き抜く術を身につけさせようとする。息子はそれをときに受け入れ、ときに抗おうとしながら成長していく。
『ハムレット』では、ハムレットがポローニアスに「イスラエルの名判官、エフタ殿」と呼びかける場面(102)があります。ここで、息子ハムレットは義父的立場のポローニアスを裁判官に例えて、彼が押し付けてくる社会のルールを茶化している。これが、墓掘りの場面で「法律家」の頭蓋骨が掘り出され、ハムレットが「証文を盾に取るのは羊や仔牛並の馬鹿だけだ」(232)という場面と呼応します。ここには、象徴的父の言葉に素直に従う息子ではいたくないという、ハムレットの反抗心が見え隠れしています。
12 ルールブックとしてのポローニアス
以下はポローニアスと現王クローディアスの会話。
ポローニアス これまで私がきっぱり「こうだ」と申し上げて
そうでなかったことが一度でもございましたか?
王 なかったな
ポローニアス 違っておりましたら、(頭と肩を指して)これとこれを切り 離していただきたい
ポローニアスは言葉を間違わない、命をかけるほど絶対の自信を持っているキャラクター。これを、ポローニアスが名判官と重ねられていることと合わせて考えれば、ポローニアスには、存在自体がルールブックのような年長者のイメージが付与されているといえるのではないでしょうか。
ポローニアスは別の場面でも、従者レナルドーに、旅先での振る舞いや言葉遣いについて一挙手一投足、一言一句こまごまと指示する(70-73)。娘オフィーリアや息子レナルドーにも、普段からどんな行動をとるべきか、説教臭くいちいち命令する姿が繰り返し描かれています(この詳細は別の記事でまとめます)。
また、シェイクスピアは『トロイラスとクレシダ』でも、年長者のユリシーズに序列や社会規範についての長いセリフをしゃべらせ、その存在自体が規範書であるかのように位置付けていますね。人が書物と重ねられることは、下記でも見た通りです。
ポローニアスは、王との会話で、ハムレットとオフィーリアの仲を取り持つべきかどうかを問うのに、「もしも私自ら机や書物の役割を買って出たりしていたら If I had played the desk ore table-book」(どうなっていたことか)という奇妙な言い方をするんですね。ちくま文庫の訳は「私自ら手紙の役目を買ってでたり」(87)で、注釈にはコミュニケーション手段の役目を果たすという解釈を取ったとあります。この解釈通りの意味だと思うのですが、注釈がつけられるような奇妙な表現がされていることには、やはり意味があるのだと思う。
上記リンクの記事でも示したとおり、シェイクスピア作品において、人はしばしば書物に例えられるんですね。そして、〈table book〉はハムレットが父の言葉を手帳に記すと言っていた際の単語とも重なる。すると、この意味深なセリフには、ポローニアスがハムレットとオフィーリアの仲を取り持つ手紙の役目を担うと同時に、若者たちのルールブック、先人の言葉を記した書物の役目を果たしていたら、という意味が含まれているのかもしれない。これを、オフィーリアにハムレットからの求愛を拒否しろと命じて、二人の仲を引き裂いてしまうポローニアスの行動と重ねて読めば、ポローニアスは自らをルールブックと自認し、若い二人のためを思えばこそ、余計な口出しをした年長者として解釈できます。
ポローニアスはハムレットにとっての恋人の父、義父であり、社会の規律、騎士道のおきてが書かれた書物そのもの。だからこそ、ハムレットに「殿下、何をお読みで?」と問い、「言葉、言葉、言葉。」という答えを聞くのは、ポローニアスでなければならないのでしょう。
また、〈desk 机〉は、大工が建てる家と〈手紙・文字 letters〉を結ぶアイテム、家財道具なのではないかと思う。シェイクスピア作品において、若者が上の世代から与えられた価値観を乗り越えて、自分の世界を創ることが、しばしば大工に例えられることは、以下で述べた通り。
家とは一人ひとりが心のなかに構築する世界観の象徴。〈desk 机〉はこれに付随するもの。そして、その上で〈手紙・文字 letters〉が書かれる家具でもある。文字やその集積である書物もまた、一人ひとりの世界観を象徴するもの。deskは家と文字・手紙・書物の間にあって両者をつなぐもの、ともいえますね。
シェイクスピア作品は、引き裂かれ分裂した精神や、仲を引き裂かれた恋人・夫婦・兄弟・親子、あるいは国と国などがいかに統合され、癒されるか(癒されず悲劇に至るか)を描いたものが多い。これが対立物の一致という錬金術的な思想と重ねて表現されています。そして、対立物を一致させる際に、しばしば賢者の石のような第三の要素、取り持ち役が重要になる。シェイクスピア作品に、神話で恋人を結び付けるキューピッド、あるいは伝令の神マーキュリーがしばしば登場するのはこのためであるという考察については、[11_ J.D.サリンジャー「シーモア—序章—」擬人化された手紙](上記リンク)でも述べた通り。
『から騒ぎ』でも、恋物語に出てくる女たらしの例として、『トロイラスとクレシダ』の主人公トロイラスの名前を挙げる際、「恋の取り持ち役を初めて雇ったトロイラス」(170)という言われ方がされます。『トロイラスとクレシダ』のなかで、トロイラスはパンダロスという叔父に恋の取り持ち役を頼み、クレシダと結ばれる。『から騒ぎ』でトロイラスに触れられるのはここだけ。つまり、トロイラスの恋が叶ったかどうか、どんな恋愛模様だったのかよりも、そこに「恋の取り持ち役」がいたということが重要なんですね。
『ハムレット』のポローニアスは、自らルールブックとして自分たち世代の価値観を息子や娘たちに教え、意のままに操ろうとする。だけれど、上記の「もしも私自ら机や書物の役割を買って出たりしていたら」どうなっていたことかといっているポローニアスは、ハムレットとオフィーリアのキューピッドになるどころか、反対に邪魔をし、仲を引き裂いてしまう。つまり、この奇妙な言い回しには、キューピッドになるべきポローニアスが邪魔をしたから、錬金術的な達成、恋愛の成就が叶わなかった。これがハムレットの悲劇の一因。そんな意味が込められているようにも思うのです。
今回はここまで。お読みいただき、ありがとうございました。
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