三題噺ショートショート_桟橋
落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。
企画もの、大の苦手なのである。
どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。
私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。
いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。
え?落語?三題噺?ヤスさん?

心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、別名、天の邪鬼志朗だろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?
なんのはなしですか。

わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?
ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。
さて。では、三題噺ショートショート「桟橋」まいりましょうか。

瞬は名門校でレギュラーを張り、甲子園に出た。残念ながら2回戦敗退。短い夏は終わった。
高卒でプロ入りするより、六大学で大学野球を続けたかった。親子孫三代で同じ道を辿り。同じ栄光を掴むのが幼い頃からの夢だったのである。
夏期講習の帰り。女子マネで幼馴染みの柚が、進学の理由を聞いてきた。
最近お決まりの問答だ。
瞬は淡々と、それが夢なんだと、いつものように答えた。
柚が言った。
「瞬さぁ、いっつもおじいさんの自慢話なんだよ、最後は」
瞬の迷いを見透かすように、柚は呆れ笑いをした。
翌朝のセレクションの試験。ちょっと遅く出たこともあり。バスが酷い渋滞に巻き込まれて遅刻濃厚となった。
進学先の野球部の監督に電話をかけようとしたが、信じられないことに充電切れだった。
駿はそこで、漸く観念した。
11年経った。
離島の地域医療は並大抵ではない。だが人としてのやり甲斐も感じる。
船が着いた。
柚が笑顔で手を振っている。
空は、どこまでも晴れ渡っていた。

ヤスさんの三題噺企画の、そんなこんなを家内と語らおうとして後ろを振り向くと、家内が笑って言った。
まだ、あの三題噺続けてるの?じゃ、それにちなんで、マッサー(注1)三倍返しで、ね。ペペン、ぺンッ!
……。
マッサージをすると家内は、上機嫌になる。
家内が上機嫌だと、我が家は、明るくて平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。
俺にしちゃあ、三題噺も、けっこう書いたは書いたが。笑

