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景行天皇 と 阿蘇神社   〜建磐龍命とは〜

本当は前回記事「【神回】八方ヶ岳(聖地 高天原)~景行天皇が見た景色~」と繋がりがあるので一緒に書きたかったのだが、余りにも長くなり過ぎたので別記事にすることにした。

まずは歴代天皇(初代~26代)を簡単に整理しておく。

◆ 初代~26代 歴代天皇

初代~26代
没年齢は諸説あり

◉  神武天皇の即位年について
一般的に有力な説としては「辛酉革命説」※1。
※1「古代史上で大変革の年であった推古天皇9年(601年)から1260年遡った辛酉の年を即位紀年とした」
他にも色々説はあるようだが、実際の即位年は3世紀前後という説が多いようだ。正直そこはあまり興味がない。ただ私の説の根源にあるのは、よく言われる「神武天皇=崇神天皇説」と「欠史八代(存在しない説)」
 🔶神武天皇・・・始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)
 🔶崇神天皇・・・御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)

つまり「神武天皇=崇神天皇」が初代天皇と推測。

◉  神武天皇の孫と崇神天皇の孫
もちろん孫は何人もおられるが中でも有名なのは
 🔶神武天皇の孫・・・建磐龍命(たけいわたつのみこと)※2
※2 建磐龍命・・・阿蘇神社の主祭神

 🔶崇神天皇の孫・・・景行天皇

◆ 阿蘇神社系祭神祭祀神社分布マップ

はじめに、下記HPに自由に使用していいと書いてあったので使用させていただいてます。

ChatGPTによると阿蘇神社系列は九州各県に以下の数だけ社があるようだ。
 ・熊本県 461社
 ・大分県 32社
 ・福岡県 7社
 ・宮崎県 5社
 ・長崎県 4社 
 ・東北〜本州 14〜19社(合計)
合ってるかは分からないが、当然断トツで熊本県が多いこと、鹿児島県に見当たらないこと(一つくらい有りそうだけど・・)が見て取れる。

◉  阿蘇神社系祭神祭祀神社構成比

参考資料 熊本県神社誌
阿蘇神社系祭神祭祀神社分布マップ

『 阿蘇山周辺の郡・市の持つウエイトは低く、離れていくに従って順次高くなっていきます。例えば阿蘇神社本宮の鎮座している阿蘇郡一の宮町と噴煙のかけらさえ見るこの出来ない球磨郡五木村を対比すればより明らかになります。建磐龍命さん祭祀神社の構成比が猿田彦命さん祭祀神社のゼロの地域に行くに従って高くなるのはなぜだろう。』

(参考HPより)
一の宮町&五木村に於ける阿蘇系神社の構成比


猿田彦命祭祀神社分布マップ

熊本県に於ける猿田彦命祭祀神社分布マップ

猿田彦命の正体は誰なのか?筑紫君磐井?
私にはまだ分からない。しかし山鹿市の神社には驚くほど猿田彦大神の石碑がある。大宮神社だけでもなんと49基あると言われている。

◆ 景行天皇の九州巡幸

今回は河村哲夫氏と 志村裕子氏の著者「景行天皇と日本武尊―列島を制覇した大王」(原書房・2015)から下記図を抜粋させていただいた。

河村哲夫氏と 志村裕子氏の著者「景行天皇と日本武尊―列島を制覇した大王」(原書房・2015)

何が言いたいかというと、結論から言えば景行天皇の九州巡幸に沿って阿蘇神社系祭神祭祀神社が各地に被せられていったと推測している。
以前は違う祭神であった神社も阿蘇神社系に被せられていった。私の記事で何度も登場する山鹿市の「志々岐神社」が後に「志々岐阿蘇神社」になったのもその一例。


◆  建磐龍命=景行天皇

理屈ではないのだが、先に書いたように「神武天皇=崇神天皇」とすれば、導き出される答えは「建磐龍命=景行天皇」。阿蘇神社の主祭神は実は景行天皇だったとみる。
また、阿蘇には阿蘇神社に関わりのある有名な「阿蘇國造神社」があるが、阿蘇國造神社の主祭神は、建磐龍命の第一子である速瓶玉命(はやみかたまのみこと)。当然私の中では「速瓶玉命=成務天皇」ということになり、これが私の中でピッタリと納まってくる。
景行天皇は成務天皇に ”お前はこの阿蘇の地を守れ” と指示して阿蘇を後にした。成務天皇は指示に従い阿蘇に残って最後までこの地を守り続けた。景行天皇は12代、成務天皇13代であるが、私が思うにおそらく同時並行的に存在したのではないだろうか。続けて言うと、景行天皇が行宮(大宮神社)を営まれた山鹿市に次の14代仲哀天皇が初めて天皇として拠を構え、その後21代雄略天皇までが山鹿市近辺に存在したと推測。
なぜ景行天皇が山鹿市を気に入ったのか想像すると、前回の記事にも書いた ”八方ヶ岳” を高天原として崇拝したのが理由の一つだと確信している。そしてもう一つ、景行天皇は山鹿市が四神相応の地だと気付いたに違いない。
ここまでの推測は私の別記事とも繋がっていくので良かったら読んでみてください。

「標高でみる邪馬台国(卑弥呼の墓を探る)」
「志々岐神社とスサノオと寒言神尊利根陀見と」
「高天原 から 久士布流多気 そして 黄泉の国 の入口へ」
「高千穂 はここですか? 否、ここではなく「コレ」です」
「トン トン トンカラリン〜 と♪」
「 “卑弥呼〜雄略天皇” まで ちょうどいい数だけ古墳があった【感動】」

久しぶりに読み返してみたが、「標高でみる邪馬台国(卑弥呼の墓を探る)」に書いた「神武天皇の父、ウガヤフキアエズの陵」と言われる ”吾平山稜” は「仲哀天皇陵」なのかもしれないとフッと思った。

熊本県山鹿市のポイント地点

◉ ポイント地点
⓪ 八方ヶ岳 :標高1050m ・・・・・E
① カニのハサミ岩:標高 800m ・・・・ D ⇒ 天の岩戸
② X 地点     :標高 180m ・・ B
③ 木野神社   :標高 59m ・・ A
④ 吾平山稜    :標高 270m ・・・ C   ⇒ 仲哀天皇陵
⑤ 不動岩(中) :標高 270m ・・・ C
⑥ 熊野坐神社  :標高 53m ・・ A     ⇒ 応神天皇陵
⑦ 志々岐神社 :標高 57m ・・ A
⑧ 岩倉立石巨石群:標高 180m ・・ B

「標高でみる邪馬台国(卑弥呼の墓を探る)」より

今思えば⑥のポイントは ”熊野坐神社” ではなく、すぐ近くの ”応神天皇陵” かもしれない。あとまだ確信は持ってないが、”カニのハサミ岩” は「天の岩戸」なのではないかと秘かに思っている。これは何時になるかわからないが、八方ヶ岳の山登りを終えてから記事にしようと思う。
う~ん、自分の中ではかなり纏まってきたのだが上手く伝えることが出来ているのだろうか、、
まっ、自分が納得しているのであれば良いか。

次回、
崇神天皇(神武天皇) 垂仁天皇 景行天皇 が拠点とした場所

次の記事で締めくくりとなりそうである。
そう言えば先日、阿蘇の産山村に行ったのだが不思議な感じを受ける場所だった。池山水源から少し登った所からの景色は、まさに山がポッポッポッと生まれてるような感じで、私は大観峰からの眺めよりも好きだった。また産山村の中の方まで行くと明らかに人工的なピラミッド状の山が目にとまる。それも一つではない。千人塚もあった。
いつか記事にしたい場所である。



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