正義を貫く覚悟はあるか #創作大賞2023
あらすじ
あるVC社長の家で殺人事件が起こる。警察が介入し、毒殺ということはわかったが、毒を入れていた容器がどこからも見つからない。犯人はどうやって殺人を犯したのか、毒を入れていた容器はどこへやったのか。
鮗真雄流は誰もが二度見するほどの美形でありながら、尋常じゃないコミュ障である。しかし、自分の正義を貫くという覚悟があるときだけ、自分の弱点よりも行動力が上回る。私、鈴木瑚子と鮗は犯人をあぶりだせるのか。
《登場人物》
鈴木 瑚子:私。鮗の部下
鮗 真雄流:ITベンチャーのCEO
烏鷹 博:VCサルーグローバルの社長
小林 大輔:サルーグローバル社員
月見里 舞:サルーグローバル社員
扇 爽希:サルーグローバル社員
鮗 真由美:真雄流の妻
─本文─
その人は、激しく手を震わせながら立ち上がった。「うっ……うっ」と言葉にならない呻きのような音を発しながら前かがみになり、震える手で口元を抑えると、その手の、指の隙間から溢れるように吐いた。
「わあ、大丈夫ですか!」
すぐ横にいた私は、思わず大きな声を出す。その人はこちらを見ず、前かがみになったまま床に倒れた。テーブルの上にあったグラスにぶつかって、そのうちのいくつかが床に落ちて割れる。誰かが「キャー」と叫び、誰かが「大丈夫ですか!」と大声を出し、誰かが「救急車!」と叫ぶ。私は、何が起きたのかわからずにいた。
倒れた人は、意識が朦朧としているようだった。うつぶせに倒れて、顔だけ横を向いている。声かけには返事をせず、手足をびくびくと痙攣させている。唇はほとんど灰色に近い色になっている。私は、恐怖と混乱で頭の中がパニックになりそうだった。
「急病人です。グレイスヒル東京の23階です。はい。突然吐いて、倒れました。意識がないようです」
冷静な声が聞こえて、パニックから引き戻される。私の隣で、真顔の鮗さんがスマートフォンを耳にあてていた。
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私は、無理やり連れだしてきた鮗さんと一緒に、烏鷹さんのマンションの近くでタクシーを降りる。
「はあ……」
大きくため息をつくこの男は、鮗真雄流。私の上司で、ITベンチャーのCEO。頭がよく、顔もいい。どこへ行っても二度見されるほどの美形で、少し長めの無造作な髪もあいまって妙に色気がある。それでいて、本人は愛妻家の子煩悩だから、なおさら評判がいい。大学卒業と同時に立ち上げたITベンチャーは順調で、仕事もできるし、いい男だと思う。人付き合いが尋常じゃないほど苦手、という欠点を除けば。
「なんで僕が参加しないといけないんだ。VCさんとの会食はすべて鈴子にまかせているだろう」
鮗さんは、私のことを鈴子と呼ぶ。鈴木瑚子、の頭とお尻をとって鈴子、である。
「しょうがないじゃないですか。サルーグローバルさんには起業当初からめちゃくちゃお世話になっているんだし、今回はどうしても鮗さんに会いたいって向こうの社長さんが言うから、一回くらいは会ってくださいよ。投資してもらえなくなったらどうするんですか?」
グレーのTシャツの上に紺色のジャケットを羽織った鮗さんは、その大人っぽい風貌とは裏腹に、肩を落としてため息をついた。
「だからって、ホームパーティなんかやらなくたっていいじゃないか。僕はそういうのが一番苦手なんだよ。まだ百歩譲って、外飲みのほうがマシだ」
「はいはい」
「ホームパーティ……その言葉だけで蕁麻疹が出そうだ……」
私は文句を言っている鮗さんの腕をとって、マンションのほうへ歩き出す。
たしかに、VCの社長が自ら自宅で主催するホームパーティに参加するというのは、ちょっと億劫だ。そういうタイプの社長は、良く言えば面倒見がよく、いわゆる兄貴肌の人が多い。頼られることを好み、誰かに何かをあげたり、手伝ったりすることが好きなタイプだ。悪く言えば、まあ、少し面倒くさい。相手にも自分と同じような距離感で接することを求めていて、要は寂しがり屋なのだろうと思う。今日招待されているVCの社長さん、烏鷹さんはまさにそういうタイプで、毎日誰かしらと一緒に食事をとるらしい。社交的でコネクションが多い。だからこそ、もともとうちみたいな小さなITベンチャーだった会社「サルーグローバル」を、今ではVCとして投資する側にまわるほど大きくすることができたのだろう。常に人と距離が近く、他人のパーソナルスペースにぐいっと入ってきて笑顔で肩を組むような人なのだ。鮗さんが苦手とするタイプなのはわかる。でも、鮗さんだっていい大人なんだから、いつも私にまかせていないでたまには顔を出してほしい。
マンションのエントランスへ近づくと、見覚えのある三人の男女がいた。
「こんばんは。クルパノドンの鈴木です」
三人が同時に振り向く。三人とも、今日ホームパーティに招待してくれた社長、烏鷹さんが経営するVC「サルーグローバル」の社員だ。
「こんばんは。今日はわざわざありがとうございます」
明るい髪色の背の高い女性が一番に返事をくれる。扇さんだ。白いシャツに濃いベージュの細身のパンツが良く似合っている。ウエストがきゅっとくびれていて、シャツはきれいな胸の形に膨らんでいる。大人っぽくて、仕事のできる女性だ。扇さんは私の横でぼーっと立っている鮗さんに気付いたのか、はっと両手で口元をおさえ、「もしかして、社長さんですか?」と言った。
「はい。CEOの鮗です」
自己紹介をしない鮗さんに代わって私が紹介すると、扇さんは「はじめまして~!」と大きな声を出して鮗さんに駆け寄った。声がワントーン上がっている。仕事で会うときの印象と違う一面を見た気がした。
「すみません、うちの扇が……」
苦笑しているのは、小林さん。烏鷹さんの学生時代からの友人らしく、今は社長の運転手をしている。何か飲み物の入ったビニールをぶらさげている。穏やかな印象で、いつもにこにこしている。怒っているところを想像できないタイプの人だ。こういう人ほど、怒らせると怖そうだな、なんて思ったりもする。
「今日はよろしくお願いします」
丁寧に頭をさげながらも鮗さんをちらちら見ている人は月見里さん。黒い髪がきれいなかわいらしい女性だ。薄い水色のブラウスに濃紺のロングスカートが上品だ。
「みなさん、今着いたんですか?」
「はい。今インターホンしたので、鍵開けてくれると思います」
小林さんが話す。
「おう、来たか~?」
マンションエントランスのオートロック画面から男性の声がする。社長の烏鷹さんだろう。
「着きましたよ! クルパノドンの鮗社長と鈴木さんも一緒です」
「おお、良かった。今開けるわ~」
電子音がして、エントランスの扉が開く。鮗さんは、腕を組まんばかりの距離で話しかけている扇さんに愛想のない返事をしながら、それでもマンションに入ってきたからえらいと思った。
マンションは清潔で立派で、広い。エントランスは木目の茶色と金色に統一されていて、ゴージャスで、それでいて落ち着いた雰囲気で、高級ホテルのフロントのようだ。
「すっごいきれいですね」
思わず声が出る。
「おかげさまで、儲かってますから」
小林さんが冗談っぽく笑って、指でお金のマークを作る。
「じゃあ、うちの投資もしばらくは大丈夫ですね」
私も話の調子を合わせる。多少下世話な話でも、円滑なコミュニケーションは必要なのだ。鮗さんは無表情のまま、扇さんから何やら質問責めにされている。それを見て、「扇さん、ちょっと、失礼ですよ」と月見里さんが注意した。
「だって、鮗さんに会えるなんて超レアじゃないですかあ!」
扇さんに悪気はないように見える。鮗さんがレアなのは事実だし、独身の女性であったら一度は会ってみたいと思うのも無理はない。私から見ればただのコミュ障の三十路でも、知らない人にとってはそのくらい鮗さんはかっこいいのだ。
2へつづく↓
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