221.【小説】バイバイ、私の未来①
あらすじ:
少女は“未来が視える”──そう語ったのは、小さな団地で暮らす妹・遥子だった。
描いた絵が現実となり、SNSで注目を浴び、やがて彼女は“予言アイドル”としてバズを起こす。
だが、その熱狂はすぐに反転する。
バッシング、暴露、家族の疲弊。視えすぎた未来が、少女の心を壊しかけたとき──
少女は「未来を変える」ことを選んだ。
静かな再生と、小さな奇跡の積み重ね。
“誰かと共に生きる未来”を選び直すまでの、家族と少女の物語。
【第1章:バイバイ、私の未来】
遠くで、草刈り機の音がしている。ジリジリと照りつける午後の陽に、団地のコンクリートが白く反射していた。
地面に描いたチョークの絵は、汗ばむ手のひらでにじみ始めている。
「こっち、見て見て!」
妹の遥子(ようこ)が呼んでいる。
彼女の描く絵は、時々、妙に大人びている。
いや、正確には“未来っぽい”のだ。
団地の中庭。錆びかけた鉄棒の近くに、未来なんて言葉は似合わない。
それでも彼女の絵には、見たことのない色の空や、形のはっきりしない“何か”が、混じっている事があった。
「お姉ちゃん、これ見て、見て」
にやっと笑って、遥子は新しい絵を見せてきた。
そこには、私がいた。
笑っていた。ルンバを抱えて喜んでいた。
背景には、どこかで見たテレビ番組の景品パネルのようなものが描かれていた。
「これ、なあに?」と訊くと、遥子は得意気に言った。
「今度、くじで当たるやつだよ。たぶん、お姉ちゃんが当てる」
「ありがとう。変なの(笑)。でも、そうなればいいな。」
信じたわけじゃない。でも、なんとなく、その絵を部屋の壁に貼った。
翌日、本当にルンバが当たった。
団地の自治会でやっていた夏祭りのくじ引きだった。
母は、もういない。 遥子がまだ幼かった頃、病気で亡くなった。
それ以来、父と三人で暮らしてきた。
父は無口で、口下手で、でも誠実な人だ。
あの日も、変わらず静かな午後だった。
遥子が描いていたのは、一匹の黒い犬。
「名前は、アンコだよ。」
絵には、黒い犬と、それを撫でる遥子。
そして、その横に、スカートを履いた私が描かれていた。
「これ、私?」
「うん。アンコが、お姉ちゃんの足にすりすりしてるとこ」
この絵の中にある未来が、少し好きだなと思った。
"そうなったらいいな"って、久しぶりに思えた。
数日後、団地の裏で震えていた犬を保護した。
遥子は毎日その犬を見に行き、『アンコ』と勝手に名づけた。
その後、団地近くの電柱には、ペット捜索の貼り紙が出された。
犬種:黒柴犬 性別:メス 名前:アンコ
遥子がそう呼んでいた、まさにその犬だった。
遥子は──断片だけど未来が分かるのかも知れない。
私はその時、思った。
遥子の絵は、未来の断片。
でも、全部じゃない。
描かれなかった部分もある。
いや──描けなかった、のかもしれない。
その時のことを、私はまだ知らなかった。
あれが、始まりだった──
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