ルート66を行く 07 オクラホマ州東部
ルート66を行く旅。
前回のカンザス州を過ぎ、今回はオクラホマ州を走ります。ルート66では4番目の州です。オクラホマ州と聞いてどのようなイメージが頭の中に浮かび上がるでしょうか。ほとんどの日本人にはあまり馴染みがないと思います。アメリカのほぼ真ん中に位置し、グレートプレーンズという広い平野にあるオクラホマ州は、牧畜が盛んです。そして東部から強制移動させられたネイティブ・インディアンが多く住む地域でもあります。奴隷制度が撤廃され、自由になった黒人たちが南部から脱出し明るい未来を描いた場所でもあります。
そんなオクラホマ州を通るルート66をゆっくり走ってみようと思います。
カンザス州バクスター・スプリングスを出て南に進むとオクラホマ州です。
私はルート66からちょっと外れた場所に寄り道をしました。

The Glass House o I-44
オクラホマ州には、高速道路の上部に建つビルが存在します。このビルは建設当時は未来の建物というイメージで中西部で大きな話題になったそうです。確かにビルの真ん中を高速道路が貫いています。私は子供の頃この建物を知り一度行ってみたいと思っていました。

この建物の名前はウィル・ロジャース・アーチウエイと言います。地元ではグラスハウスと呼ばれているそうです。1957年に建築されたそうで、当時は高速道路の上の部分に豪華なレストランがあったそうです。お客さんは食事をしながら窓の下を走り抜ける車を見て楽しんだそうです。時代と共にこの観光レストランは人気がなくなり世界最大のマクドナルドになりました。一時老朽化に伴い閉鎖されましたが、2014年に改修され現在の姿になっています。

ビルに行くとオープン当時の写真が飾ってあり、とても賑わっていたことがわかります。当時のレストランも豪華です。おそらくこの近辺では、ずば抜けて洗練されたレストランだったと思います。
現在は、寂れたパーキングエリアみたいです。オープン当時に訪れてみたかったです。
道を急ぎます。ウィル・ロジャース・アーチウエイの近くにあるバイニータからルート66に復帰します。
White Oak
ホワイトオークに向かう旧ルート66にジャイアントを見つけました。

Hi-Way Cafeという看板があるのですがカフェは閉業しているようでした。
カフェの前にベーシックなジャイアントが立っています。

特に改造がされていないスタンダードモデルです。これはこれで珍しいです。すぐ隣にあるウエスタン・モーテルにもジャイアントがありました。

このモーテルは営業中です。結構賑わっていました。古くからあるモーテルで、ホラー映画に出てくるような仕様です。ちょっと宿泊するのには躊躇してしまう感じです。

こちらのモーテルにあるジャイアントはネイティブの姿になっています。隣のジャイアントとベースは同じですが、よく作り替えられきちんとメンテナンスされているのがわかります。
旧ルート66はインターステート44号線の北側を並行して走ります。この辺りはオクラホマ州と言っても何もない場所です。畑や牧場が広がり、途中小さな集落を過ぎていきました。のどかな景色です。
Blue Whale of Catoosa
しばらく進むと、リート66観光の名所、ブルーホエイールが見えてきました。

個人が子供のために池に作った遊戯物です。鯨の形をした滑り台になっています。旧ルート66からよく見えるので通り過ぎることはないと思います。

混んでいることはなく、たまたま見つけた道路を走る家族連れなどが立ち寄っていました。でも常に10人くらいはこの公園にいるので閑散としているわけでもありません。

私はここを訪れるのは3回目ですが、なんか以前よりきちんと整備されているように感じました。入口やトイレ周りも復元されています。きっとルート66が再び注目されて地元の有志が修理やメンテナンスをしているのだと思います。
先日、ネットでこのブルーホエールが大規模に観光地として改修されるというニュースを見つけました。ニュースによるとホエールを修繕し、周辺の駐車場などをきちんと整備するのだそうです。あの手作り感満載の駐車場や入口は維持されるのでしょうか。近代的な建築物やお土産物屋などが作られず、当時の面影を維持してほしいと思います。
追記 : 2026年6月には新しいビジターセンターが完成するようです。今まであった手作りのゲート、お土産やさん、椅子などは撤去されたようです。
ここでも古き良きルート66が破壊されてしまいました。

Tulsa
オクラホマ州で2番目に大きな都市を通過します。この街はオイルで繁栄した街です。映画「アウトサイダー」「ランブル・フィッシュ」の舞台です。今でもあの映画の景色が残ります。
今回は私はタルサの大虐殺の跡を巡ってみることにしました。1920年代、黒人が解放され、この街に移住してきた黒人たちは、努力して富を得ました。当時はタルサは西のウォール街と呼ばれるほどに黒人たちによって裕福で掲載の街となったのです。黒人たちはスーツを着て銀行で働き、郊外に大きな住宅を建て家族で幸せに暮らしていました。しかしそれを妬んだ白人たちがいました。デパートのエレベーターである黒人少年がエレベーターガールを性的に暴行したという嘘のニュースが出回り、黒人たちをよく思っていなかった白人たちが黒人の住む街を破壊していきます。白人の暴徒は日に日に過激になり、ヘリコプターから黒人お住む住宅地に無差別に発泡などあらゆる殺人行為を犯し、ここに住む無実で裕福な黒人コミュニティは破壊尽くされたのでした。
この酷い人種差別事件は、その後誰も語らず歴史から忘れ去られていきました。事件から75年が経った1996年にオクラホマ州政府はやっとこの事件があったことを認めます。そして当時の悲惨な状況が明らかになってきました。2001年に作られた報告書には「タルサ市が白人暴徒と共謀して黒人コミュニティを破壊したと結論付けられた」と書かれています。
私は「ウォッチマン」などでこの事件は知っていましたが、今回あの事件が起きた場所にある博物館を見て心が打たれました。人は差別をして罪のない人を殺害してしまうということ。嫉妬や妬みの怖さを改めて知りました。この虐殺に加担したのは学のない白人だけでなく、警察や役人も含まれます。人間は肌の色が違うだけでここまで憎しみ合うのだという怖さを知りました。そして幸せに生活していた頃の黒人家族の写真、殴り殺された彼らの写真を見てとても悲しくなりました。
今回の旅でとてもいい勉強をしました。日本人もここ数年で差別主義者、排他的なほと他人が増えてきているように感じます。タルサは日本人が行くような観光地ではありませんが、過去の悲劇から学ぶことが多いと思います。
*コラム*
オクラホマ州には大きな街はオクラホマ・シティとタルサしかないと思います。この2つの都市は、それぞれ特徴がありました。オクラホマ・シティは、牧畜の中心です。世界最大の牧畜マーケットがあり、テキサスの文化を感じます。一方タルサは、石油の町で、いまだにタルサの大虐殺を引きずった街でした。
オクラホマ州は時代は違いますが、虐待されたインディアンが東部から移住させられた場所です。しかしオクラホマ州には白人が多く、ネイティブや黒人の姿はあまり見かけませんでした。おそらくマイノリティは都市ではなく田舎に住んでいるのでしょう。
一見、大平原い広がる美しい景色に感動しますが、実は、さまざまな歴史を背負った州でもあるのです。

次回は大都市オクラホマ・シティを通過し、次の州テキサスとの州境までを記そうと思います。
次回の旅↓
記事リスト
「アメリカ ルート66を行く 2025」
・01 シカゴ
・02 イリノイ州北部
・03 イリノイ州南部
・04 ミズーリ州東部
・05 ミズーリ州西部
・06 カンザス州
・07 オクラホマ州東部
・08 オクラホマ州西部
・09 テキサス州東部
・10 テキサス州西部
・11 ニューメキシコ州東部
・12 ニューメキシコ州西部
・13 アリゾナ州
・14 カリフォルニア州東部
・15 カリフォルニア州中部
・16 カリフォルニア州西部(最終回)
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