転シバ 第4話:アンちゃん学校行く
今朝のトーストは炭でございました。
父は陰謀を語り、母は恋を予感し、あいこさんは……目が死んでおりましたの。
これは乙女の危機。わたくし、出陣いたしますわ!
朝のダイニングに、緊張感が走っていた。
「……トースト、焦げてる」
津村あいこが低い声でつぶやく。

目の前の皿には、黒く炭化した食パン。
そしてその横では、銀髪の父・忍が、無言で紅茶にマヨネーズをたらしていた。
「ふむ……敵はすでに、我が家の食卓に潜入しているようだ……このトースター、加熱時間が3秒長い。つまり“誰か”がコードに細工を──」
「いやお父さん、それ自分でタイマー設定ミスっただけでしょ」
「そう思わせるのが敵の狙いッ!!」
あいこが額を押さえる横で、母・静花はふわっと笑顔で告げる。
「でも今日の焦げ目、わたしにはハートに見えたよ〜? 恋の予感かな?」
「予感っていうか、煙出てるってば!」
足元では、柴犬アンちゃんが品よく座っていた。
「……さては、何かありましたわね?」
アン・フランソワ・ド・ジャルジェ(元・悪役令嬢)、現在は柴犬。
彼女は、あいこの様子を静かに観察していた。
パンをちぎらない。
目が死んでいる。これは──
「間違いありませんわ! 恋ですわねッ!」
「やめてアンちゃん、ちょっと黙ってて……」
いつもより静かに登校準備をするあいこ。
その後ろ姿に、アンちゃんは誓った。
「これは、乙女の危機ですわ……! わたくしも出陣いたします!」
「だから来なくていいってばあああ!」
──しかし、彼女の気持ちはもう決まっていた。
その日。
あいこが制服のまま家を出て数分後、路地の影から現れた一匹の柴犬がいた。

「完全にバレずについてきてますわ……ふふ、犬界のシャドウ……いえ、ゴールデン・スナイパー……」
なお途中、小学生に3回撫でられ、公園のおじさんに「どこから来たの?」と声をかけられているが、本人はステルス任務だと思っている。
登校途中──。
あいこは心ここにあらずで歩いていた。
視線の先には、毎朝校門前でスマホを見ている男子──木村 作太郎(通称:キムサク)。

髪型が金髪で、横顔が美しい。
その瞬間、胸の奥がふわりと高鳴る。
(やば……やっぱ今日もかっこいい……)
頭の中では、恋愛ドラマのようなモノローグが流れていた。
──ただの同級生。

でも、なぜか目が合うと心臓が跳ねる。
──去年の文化祭、迷ってたあたしをさりげなく誘導してくれた、あの一言。
「お前って、わかりやすいな」
思い出すだけで、耳まで熱くなる。
(いや、でも……告白とか、絶対ムリ……)

その刹那──背後からダッシュする毛玉がひとつ。
「オスカル姉さまーーーーーーーーッッ!!」
「って、アンちゃん!?!?」
突如、空気を切り裂いて突進してきた柴犬が、校庭を全力で駆け抜ける。
「おまわりさーーーん!! 柴犬が制服の美少年に襲撃かけてまーす!!」
誰かの通報で、先生が飛び出してくる前に、あいこが全力で捕獲。
「ごめんなさいごめんなさいこの子ただの犬なんです!! ちょっとオスカルの幻影を見ただけなんです!!」
放課後。
下校中、作太郎が突然あいこの隣を歩いてきた。
「お前、朝の犬……なんか、すごかったな」
「そ、そーなんです、ごめんねほんと……あの子、うちの……ちょっと変わった柴犬で……」
「……でもさ。なんかお前が必死で追いかけてんの、ちょっと面白かった」
「え?」
作太郎はちらりとあいこを見て、ふっと笑った。
「俺、やっぱお前のこと好きかも」
「…………え?」
頭が真っ白になった。心臓がどくんと鳴る。
(ウソ、ウソ、なんで? え、夢!?)
その背後で──
「──勝利、ですわね」
アンちゃんが、勝ち誇ったように地面に伏せていた。
その夜。

津村家のリビング。
「アンちゃん! 勝手に学校ついてこないでよ!!」
「お主、校門前に結界を張ったのではなかったのか!?侵入を許すとは!!」
「わたし、校庭に柴犬が駆ける夢を見たよ……それが現実だったのね……」
全員のセリフが渾然一体となる中、アンちゃんはトーストの端をくわえてこう言い放つ。
「恋と革命に、遅刻は許されませんのよ」
──そのセリフに、誰も突っ込めなかった。
To Be Continued…
