どす黒くて儚い、短い夢・第一話〈夢前夜〉
【あらすじ】
自分は誰も好きにならないと諦めて適当に結婚も離婚もし、人気風俗嬢として働いていた「私」。
社会人としても会社経営までしていた過去もあり、今更自分が変わることはないと諦めてただ稼ぐことだけと割り切っていたある日、ひと回りも若い「彼」に惹かれ、のめり込む自分に気がつく。
そこからどんどん嵌って洗脳されていく様子と、本音を出せないまま目を瞑る日々の中の苦悩、そして知りたくなくて目を背けていた事実を知ったあとの「私」の本音。
狭く真っ暗な世界で「彼」と「私」を繋ぐ、細い細い一本の蜘蛛の糸は切れるのか、どちらかが手を離すのか、それとも……。
「私」の視点から書いた、ほぼノンフィクションの物語。
【目次】
1……夢前夜
2……手
3……朝の続き
4……神が現れる夢
5……地獄からの天啓
6……転生
7……神のいる世界
8……依存
9……不幸の手紙
10……蜘蛛の糸
11……孵化
──────以下本文──────
第一話〈夢前夜〉
自分は誰も好きにならないし、性的なものも他人に興味がなく……好きだと言われた人となんとなく付き合い、なんとなく結婚して、なんとなく離婚した。
こんなもんだと諦めて、幸せでもないけど不幸だとも思わない「そういうもの」という認識で、今でいうところのアセクシャルだと思ってた。
だから、不特定多数の人前で脱ぐという、風俗で稼ぐ事に対しての嫌悪感もなく、むしろ楽に稼げる仕事だと思っていたし、どうしたら相手がハマるのかはわかっていてもその時間が偽物であることで傷つく人間の気持ちは理解はできないので、「本指名」と言われるリピーターの客たちをとことんハマらせて、ナンバーワンの上の「レジェンド」の称号もつけられていた。
婚姻届を持ってくる人も、私のために服も脱がずに大金を払う人も、私にとっては全部「時間制限のある有料の恋人ごっこ」という認識だったので、その日いくら稼いだかにしか興味はなく──かといってホストにハマったりするわけではないので、ただ流れるがままに目の前にあるお金を稼ぐという毎日。
金銭感覚は狂っていたので20万くらいの買い物は買っても忘れるし、気分転換に通りすがりの質屋でノリで100万くらいのバッグを買って使わないままフリマサイトに出したりを繰り返してた。
そんなある日
何となく、他のお店を見てみたくなり、高歩合で引き抜かれた店の体験入店という形で風俗未経験のふりをして会ったお客さんの
「僕はあなたに会える日を待ってました」
「これからはずっと、僕と一緒にいてください」
なんて、耳が腐るほど聞き慣れたプロポーズみたいな大袈裟な言葉を聞いて
本気で信じることはないけれど「この人に大切にされてる人は幸せだろうな」という感覚があり……数えたことはないけど経験人数1000人は楽に超えている私が初めてお客さんと本気のセックスをしてしまった。
何故、そんなことをしたのかはわからない。
ただ、あれは体が反応したのではなく、思考が停止して、無意識に自分の中にいる誰かがその人の世界に飲み込まれて流されていくような感覚だった。
110分という区切られた時間は今まで感じたことのない不思議な時間で
「また来て欲しい=楽に稼げる人」ではなく、単純に「またこの人に会いたい」と思った。
それまで営業のための源氏名アカウントでしか連絡先交換をしたことはなかったのに、プライベートの連絡先を交換をして……送迎車の中で見た「本当にご飯行きましょう」という
いつもなら「行くわけねーだろ」とイラつきながら鼻で笑って営業に繋げるメッセージにちょっとときめきつつも、次の客のところに行く移動中に「今日はもう寝ます。エッチするならお店でね」と返した。
今思えばこの時点でもう、彼のプライベートが気になっていた。
……今まで何度も同じことを繰り返しても、そんなことは一度もなかったのに。
そして、何度か誘われてもタイミングが合わなかったりして、忘れかけていた頃にまた誘いがあり、タイミング的にもちょうど閑散期だったので行くことにした。
その頃には彼の顔なんか覚えてない。
ただ「なんかいい」という感覚だけが私をそうさせた。
しつこいけれど、当時の私にとって男性と会うのにお金が発生しないというのはありえないことだった。
スパで別々に過ごすにも、銀座のクラブに同行するのにも、ランチするのにも1時間あたり1万円以下で行くことはなかった。
昨今でば「パパ活」なんて言葉があるけれど
若い子がおじさんと何時間もお茶して一万しかもらえないなんて舐めてんの?安すぎない?……当時の私なら、本気でそう言って笑うくらいには麻痺していた。
そして迎えた当日
やけに緊張している自分に戸惑いつつも、待ち合わせの焼肉店に行った。
張り切っていると思われたくなくて、わざわざ普段より地味な格好で行ったのに先に着いてしまう.…..
そう思って連絡すると「先に入っていてください!◯◯で予約しています」と返信があり
店員さんに「◯◯さんで予約してあります」と言って通してもらった。
焼肉屋なのに、床も壁も天井も白くてピカピカの綺麗な店内。
沢山のワインがディスプレイのように並ぶ中、奥の個室に通された。
……ひとりで男性を待つなんて何年ぶりだろう.…..
そう思いつつも、初めて会った時はデリヘルを呼ぶくらいだから性欲でテンションが高くなっていただけで、今日再会したらがっかりされるかも……なんて考えていた。
何故ならば彼は私より一回り若くて仕事もできる好青年であり、女性を選ぶ立場の人だから。
そんな人が、いくら好みとはいえ、わざわざこんな仕事でたまたま知り合ったおばさんを選ぶ理由がない。
そんなことを考えながら緊張しつつ待っていると、彼が現れた。
カウンターのように横並びになる席。
ちょっと椅子を離して、こちらに向かうように斜めに座り、サモエド犬のような大きな体と人懐っこい笑顔で「今日も綺麗ですね」と言った。
1000人以上経験しているとわかる……
自分に食いついている人と食いついていない人の温度差。
いまの彼はきっと、再会までに美化された私と現実の私との差にがっかりしつつも、誘った手前、紳士だから褒めている……そう思ったら急に気が楽になった。
私がお客さんとプライベートで会わない理由に「次の指名に繋がらなくなるから」というのがある。
……あーあ、良いお客さん逃したな。
この人も次の指名に繋がらないなら適当に食事して、年上として私が支払いをして綺麗に終わらせてさっさと帰ろう.…..そう思った。
ときめきを返せとまでは思わないけれど
良い勉強になったとか、私の持論は間違ってなかったと思いつつ、作り笑いする必要もないその席でお店の人が焼いてくれる焼肉のコースをあまり味わうこともなくいつものようにちょっとずつ残しながら食べた。
そして最後のデザートだけは完食して、パウダールームで軽く歯を磨いてマウスウォッシュをして化粧を直して
「さて……どこかで一服して帰るか。」
そう思って席に戻ったらもう支払いが済んでいた。
──あ、そうか。
いつもこうやって支払いの時間を作っていたから今日も無意識にやってしまった。
「いや、払いますよ」というと「いえいえ、僕が誘ったので。奢らせてください。」と言ってくれ、そんなやりとりを繰り返すのも格好悪いので、申し訳ない気持ちもありながら、もう二度と会わないしいいかと思ってご馳走になった。
外に出て「私、喫煙者なのでどこかで一服して帰ります」というと
「僕の家で吸いますか?お茶淹れますよ」と言われて、時間的にお気に入りの喫茶店が閉まっていたのと、いきなり豹変したとしても始まる前にプレイ料金を請求すれば良いだけなのでお邪魔することにした。
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