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Revenant Doll 第1話

(あらすじ)
私立聖往学園に通う高校二年生の座光寺信光は、狂暴な悪霊を滅ぼすことを生業としてきた一子相伝の霊能師の後継者である。生徒会長・水際佳恵が持ち込んでくる事件を処理するうち、彼女とただならぬ関係になるなど落ち着かない日々を送っているが、自分が継がなければならない家業に疑問を抱き始めていた。そんな信光のもとへ、新たな難事件解決の依頼が舞い込む。周囲の危ぶむ中、心に傷を抱えた信光は何かに引き寄せられるように深みにはまっていく。

 

主な登場人物

座光寺(ざこうじ信光のぶみつ
主人公。高校2年生で17歳。「滅霊師」座光寺家の跡取りで見習い中。

【エドガー・マコーリー】
信光の守り役を務める如鬼神しきがみ。20世紀初頭に英国から渡ってきた吸血鬼で「蝙鬼へんき」の二つ名を与えられている。「座光寺家の執事バトラー」を自称している。 

財部たからべ豪介ごうすけ
信光とは腐れ縁の親友。

水際みずぎわ佳恵よしえ
信光の通う私立聖往学園高等部の生徒会長。

桐谷きりや新太郎しんたろう
神奈川県警捜査一課の警部補。

 主な基礎知識 

滅霊師めつりょうじ
除霊や浄霊では手に負えない狂暴な悪霊を、成仏さえ許さず完全消滅させることを生業としてきた座光寺家一子相伝の霊能師。ルーツを同じくする陰陽師おんみょうじと違い、その存在は秘密とされている。

如鬼神しきがみ
滅霊師が使役する使い魔で、それぞれ人格を持ち十二の階級に分かれている。最も位の高い者は主人である滅霊師からも尊崇される。

入滅にゅうめつ
滅霊師の用語では霊が完全消滅して無となることを意味し、仏教における肉体の死=「入滅」「入寂」「帰寂」等とは異なる。霊に主体性が残っている場合、多くは自らの意思で滅びることを意味するが、滅霊師によって滅ぼされる状況にも用いられる。


この小説はフィクションです。登場する人物、団体、名称、事件等は架空のものであり、実在の事物とは関係ありません。
※本作は「座光寺信光シリーズ」の二作目となります。



第1部

1 Pieta


 どこか別の世界へ行きたかった。

 今までいろんな無理に慣れてきた。苦しいことや悲しいことに耐え、大人たちの教えに従って、何かを断ち切るように言われれば深く考えもせずに断ち切った。無感覚の甲羅が随分と厚くなり、明け方の星のように無数のものが消えていった。十七歳の今、それらが何だったかはまるで覚えていない。だが、いくらなんでも。「こんなのもありだ」ということを、今日また一つ知った。
 重過ぎる空気で窒息しそうなこの場所にとどまっていたら死んでしまう。せめて、気持ちよく呼吸できる空気が残されている世界は? きっとどこかにあるんじゃないか? それとも、やっぱりいつもと同じなのか?
 
 頭を上げ、首をゆっくり回すと、廊下側の壁に掛かっている時計が目に入った。時刻は午後六時二十八分……いや、もう二十九分か。この場所に呼ばれてから二時間が経っている。
 
 生徒会室の奥に設けられた小ステージの床に、俺と水際佳恵は背中合わせで座っている。お互いの重みを微妙なバランスで支え合っているから、俺のわずかな身動きにも反応して、彼女の背中の筋肉がぴくりと緊張する。つたない言葉たちが、頭の中で後から後から泡のように浮かんでは消える。

 私立聖往学園高等部の生徒会長である水際は俺を呼びつけるなり、この数カ月間自分のために献身してくれた報酬を生徒会予算から払うと言い出した。「別にあなたのために献身したつもりはありません」と言って断ると彼女は激高し、金でなければ何で満足するのかとまくし立て、俺を計算高い若年寄の変態と罵った。俺が言い返し、口論がヒートアップの極に達したところで、彼女は飲み残しの紅茶を俺の顔にぶっかけ男の性的不能を意味するカタカナ三文字を口にした。それを合図に俺と生徒会長は動物になった。
 
 勝ち誇る生徒会長の顔が脳裏に刻印されている。愛おしさとか優しさとかいった感情は兆しもせず、俺はただ憤りとやり場のない個人的な悲哀に任せて体を動かし、彼女の笑い声を耳元に聞いた。それがこの二時間の、おおよその一部始終だ。
 俺はこの人が嫌いだった。上級生の立場、抜群の容姿と学業成績、学園創立者一族の娘である身分を鼻にかけ、俺に無条件の服従を求めてきた。こちらが距離を置こうとすると躍起になって囲い込もうとした。彼女には今日までの俺の態度がどう見えていたのだろう。
 
 まるで愛し合う者たちの恥じらいに満ちた事後のような体勢を、好きでもない相手との成り行きの結果として無理強いされている。そんな状態の、何とも形容し難い違和感。頭の中が混乱して「心ここにあらず」のまま、ずっと床に突いて体重をかけていた右手に、水際の手のひらが重ねられてきた。その冷たい湿り気に虚を突かれ、大仰に身震いしてしまった。
 
「どうしたのよ」
「いえ」
「もうじき帰れるから。怯えなくていい」
「別に、怯えてるわけでは」
 
 水際の背中がさっと横に動き、支えを失った俺の背が床へ崩れ落ちようとしたところへ、柔らかな腕が俊敏に差し伸べられる。次の瞬間俺は、見事に体を入れ替えた生徒会長の腕の中で見下ろされていた。
 
 これはまさしく、十字架から降ろされて聖母に抱かれている「人の子ジーザス」の図。ルネサンス期の巨匠が造形したその姿を、不覚にも俺は再現していた。
  の人が再び母の腕の中に帰り着くまでの、苦難に満ちた生涯を思った。自分がキリスト教徒でないからといって、尊厳に満ちた場面を揶揄しようなどとは微塵も考えたつもりはない。だが、信徒でないことが無作法の言い訳にならないのも確かだ。
 ネットの記事か書物で読んだ記憶によれば、悪魔は不心得者を陥れるべく周到な罠を張って待ち構えている。そして大抵の場合、罠に落ちるのは不注意のせいではなく、自分がそれを望むからだという。
 生徒会長とこのような関係になったのも、ルネサンス期の聖母子像に擬したかのような罰当たりな体勢も、結局は俺が望んだことなのだ。この「真実」の前では、どれだけ声を嗄らして「俺はあなたが嫌いだ」と叫んだところで意味をなさないのだろう。
 不心得者が良心を振り絞って起き上がるいとまも許さず、聖母=生徒会長の顔面が近づく。俺はさらなる冒涜を重ね、この二時間ですっかり慣れ親しんだ唇をそのままの姿勢で受け止めた。
 
 幸いにも、そのねじ込まれてきた舌、鼻息には、もはや先刻の荒々しさは感じられない。砕け散った草食系男子の面目を丁重に埋葬し、封印するための、穏やかな戯れはしめやかに執り行われ、俺は手順に従ってそのしめやかさに溺れた。
 やがて生温かい生徒会長の舌は、波打ち際に取り残された二枚貝さながらに貝殻の奥へと退き、唇も離れていった。