⑰話 「私はお母さんの子に産まれたくなかった」 ってお兄ちゃんに言った話 【これは、風俗を通して自分を赦す物語】♯お仕事小説部門♯創作大賞2025
【あらすじ】
風俗嬢の“ゆゆ”は兄と久しぶりに会っていた。
いつの間にか大人になっていた彼に少しの嫉妬と、言いようのない嫌悪感を覚えるゆゆ。
「普通の家族」に生まれたかった私が、大人にならなくてはいけない時が来たみたい……
♯これは、風俗を通して自分を赦す物語
①話
②話
③話
④話
⑤話
⑥話
⑦話
⑧話
⑨話 聞いてください、お母さん。私、風俗で働いているんです。
⑩話 風俗嬢って楽しいの?
⑪話 「ヒカルちゃんはやってくれたよ」って嘘だよね?
⑫話 店長は、ちょっとだけお父さんの匂いがする
⑬ 話 「ゆゆちゃんってアタシのことバカにしてるでしょ?」
⑭話 初めての“婦警さんごっこ”でやらかした話
⑮話 整形したリンちゃんは可愛いって言われるのが嫌い
⑯話 お客さんと結婚したあの子の話
⑰話 ▶︎New!
全19話予定🍀

「それ、何読んでるの?」
「うああ!」
私はバッと小説を閉じた。
心臓がバクバク言ってる。
くるりと振り返ると、リンちゃんがこちらを覗きこんでいた。
事務所のBARカウンターなんて人通りの多いところに座っていたら、当然話しかけられるだろう。
__うわ、迂闊だったかも。
私は買ったばかりの本の、カモフラージュのためにつけているブックカバーを撫でた。
「当てていい?」
「あ、当てられるの?」
「天官賜福(てんかんしふく)」
「?!」
「BLでしょ?」
「な、なんで分かるのぉ?!」
口をあぐあぐさせているとリンちゃんは私から本を取り上げた。タイトルを確認してニヤリと笑う。
「あ、やっぱり。
アニメイトの袋とその本の厚み。2段構造の文体でピンと来た。面白い?昨日発売日だったもんね」
「……」
私は恥ずかしくて俯いた。
__けどバレたのならしょうがないよね?
両手で顔を隠しながら、指の隙間からリンちゃんを見上げた。
「お、面白い__あのね、2人がチューする所が本当に良くて……、あ。ネタバレしていい?」
「もうされたんですけど」
「__あ。えへへへへ」
私が笑うと、リンちゃんもつられて笑っていた。
頬の筋肉が痛くなり、最近ここの筋肉をよく使っているなと気がついた。
「ゆゆちゃん、この後空いてる?ゲーセン行く?アニメイト行く?」
「あ、ううん、ごめん。今日はちょっと、用事があるの」
「え?どこ?何すんの?」
「今日は実はね、久しぶりにお兄ちゃんと会うの」
「わーお兄ちゃんとデートかー」
リンちゃんは大袈裟にガッカリした。
いやいや、お兄ちゃんとデートとか、気持ち悪いから。
リンちゃんに断りを入れると、私は事務所を出て、駅へと歩き出した。
車窓の風景を眺めながら、電車に揺られること30分。
今日はお兄ちゃんとデートの下見をする約束をしていた。
私のデートでは無く、お兄ちゃんのデートの。
お兄ちゃんはかなりの愛妻家で、奥さんとのデートコースを、妹と下見しに行くような人だった。
「久しぶり」
公園につくと、私はベンチに座っている背の小さい男の人に声をかけた。黒いシャツに黒いスラックスを履いた、おでこの広い男性が顔をあげる。
「あ、ゆゆ。久しぶりだね、元気だった?」
「フツウかなー。今日は公園?」
「うん。買ったばかりのカメラで花の写真を撮りたいんだよね」
お兄ちゃんは数百万円するカメラをカバンから取り出した。趣味に夏のボーナスを全額あて、休みの日には妹と遊びに行く。そんな、時間とお金にゆとりのある、穏やかな30代が兄だった。
季節柄、公園にはハイビスカスやサルスベリの花が咲いていた。レンズを覗きながら、兄は言った。
「結局今って何してるの?」
「……内緒」
「ふーん。__お母さん、久しぶりに連絡来たって喜んでたよ」
「はは、そうなんだ。私を追い出したのは自分なのに、変なの」
お兄ちゃんはギョッとした顔をした。
私の地雷を踏み抜いてしまった事に気がついたんだろうか。
__お母さんはちょっとだけ、口の悪い人だった。
仕事をやめて家にいた私を『寄生虫』と呼び、家から追い出す、ちょっと残酷な人でもあった。
「……お母さんって可哀相だよね。周りに誰もいないから、子供の連絡1つで喜んじゃってさ。……__私たちに嫌われてるの、気づいてないのかもね」
私はお兄ちゃんに話しかけているのに、返事を貰えなかった。
__ひどい。嫌な奴。
昔からそうなんだ、この人は。自分だけ良い子でいようとする。
日和見で、傍観者な、嫌な奴なんだ。
「……私ね、お母さんの子に産まれたくなかったの」
私はお兄ちゃんに会うと、3回に1回ぐらい、凄くネガティブなことを言う。
今日がその日になってしまったことを、どこか察したような、静かな表情を兄はしていた。
「……」
「私はあの人のことが嫌い。本当は違う家の子に産まれたかったの。違う家の子供に産まれて、私も“フツウ”の子になりたかったの。私って、……私たちって、可哀相な子だよね」
「……__」
兄はずっと黙っていた。
隣をみたかったけど、顔を動かすことができなかった。
大人になって、結婚してしまったお兄ちゃんの顔をみることなんて、とてもできなかった。
「……__お兄ちゃんに言っても気持ちはわからないよね。ごめんごめん。どうぞお幸せに」
八つ当たりだった。
そっぽを向いていると、ふいに顔の正面に回った兄が、私めがけてシャッターをきった。
「うわっ!」
「まあ気持ちはわかるけど。暗いんだよなぁ……」
うーんと顎を撫で、考えるような仕草をするお兄ちゃん。
大人っぽく見られたい彼は、こういう古臭い行動をよくとる。
「僕は、お母さんは良い人だと思うよ」
「はぁ?」
「だって、お母さんは家事も仕事も1人で頑張ってたし、僕たちが働くまでちゃんと面倒を見てくれたよね」
「……」
「僕の高校は学費を自分で払ってるやつとか、もっと環境が悪いヤツもいたんだけど。お母さんはちゃんと親としての責任を果たしてくれて、ちゃんと僕たちを育ててくれた。ゆゆも公務員になったし、僕もちゃんと就職できた。だから、僕たちは恵まれてるよ」
ニコッと笑うお兄ちゃん。
確かにお母さんは母親としての義務を果たしたんだ。公務員を辞め、逃げ出した私とは違い、母親の務めを逃げ出すことはしなかったんだ……。
そういう視点でみたことがなかった。
お兄ちゃんはいつから、そう思うようになったんだろう。
同じ環境で育ってきたハズなのに。
__私だけが、どうして立ち止まっているんだろう。
「でもお父さんのことは、嫌いなんでしょ?だってお兄ちゃん、お父さんと仲悪いじゃん」
ちょっと意地悪く、声を潜めながら言った。
そもそも両親が離婚したのはお父さんのDVに理由がある。
お母さんが殴られるのを止めていたこの人は、お父さんのことは、許せないはずだった。
お兄ちゃんはやっぱり、ちょっと悲しい顔をした。
いくら時間が経とうが癒えないものがあることに、私は何故か安堵した。
「いや、うん……。でもお父さんは養育費をちゃんと払ってくれたからさ。離婚したら養育費を払わない父親の方が、払う父親より圧倒的に多いんだよ。その点はマトモな人で良かったなって思うよ」
「……」
そんな答えが聞きたいんじゃないんだ。
『うん。許せないよ』って。
そう言ってくれたら楽なのに。
どうして自分だけ、人を赦すことが上手くなってしまったんだ。
一緒の漫画を読んで、アニメを見て、食の好みも似ていて。
どうして根本だけ、私を置いて行ってしまったんだ。
「それじゃ、みんないい人みたいじゃん。結局私たちが、“フツウ”の子供みたいじゃん」
負け惜しみのようにつぶやいた。お兄ちゃんは困ったように笑ってから、また花の写真を撮りだした。
「……__」
私のわがままを、軽く聞き流したんだ。
なんなんだ、こいつ。
こんなに、大人になっていたのか……。
「私たちって趣味が合うし、BLも読むし。仲良し兄妹なのに。……__なんか悲しいね」
「……え?」
「そんな風に考えてるなんて、知らなかったってこと」
兄はちょっと考える仕草をした。顎を指で撫でる、例のやつだ。
「僕も一緒。ネガティブなんだよ。お母さんもゆゆもネガティブだけど、僕も似ちゃったんだよなあ。でもゆゆより僕は、年上だから。考える時間もその分長かっただけだよ」
「……ふーん」
そう励まされて、ちょっとだけ戸惑った。
兄はずっと前からこの結論に至ってて、それを、もしかしたら、言えずにいたのかもしれなかった。
だって、私があまりにも子供だから。
この人は、ずっとこの話を、私にしたかったんじゃ……。
私は静かにため息をついていた。
兄は今度は何も話さず、もくもくと写真を撮り続けていた。
雲間からお日様が覗き、朝露で濡れた花を照らす。彩度をあげ、より美しく見えるそれを、私もきれいだと素直に感じられた。
「私、お母さんに会ってみようかな」
私が言うと、お兄ちゃんは驚いた顔をした。
「また無鉄砲だな」
「なんだそれ。大人ぶって話しかけてこないでよね」
私が怒ると、お兄ちゃんはカメラを向け、また私の写真を撮ってきた。
その写真を見返すのはいつになるんだろう。
今よりは少しだけ、大人になっていたら嬉しいなぁ……。
__お母さん、お母さん。
私の気持ちを、聞いてください。
家族は厄介だけど、悲しいことに、捨てられない。
お母さんを完全に受け止めることはできなくても、まずは話すことから始めてみようかな。
耳の奥で、田舎にいたカエルの鳴き声が聞こえた気がした。
あまりにも優しく鳴くので、私は少しだけ涙ぐんでしまった。
♢♦
🍀ここまでお読み下さりありがとうございます……!
家族を許すというフェーズに、ようやく足を踏み入れました……!
皆さまにも、
「少しモヤモヤするけど、離れることはできない」
というご家族、いらっしゃいませんか?
今回は、そんな中で私が感じたことと、私なりの答えを書いてみました✍️
次回はいよいよ“お母さん回”、そしてその次が最終話になります!
どうか、残りの2話も見守っていただけたら嬉しいです!
🍀数年ぶりに小説を書いているので、拙いところも多いかと思います。
もし何かアドバイスや気づいたことがあれば、ぜひコメントで教えて頂けると嬉しいです!
もちろん、1行だけのご感想も大歓迎です!
皆さんの言葉がすごく支えになっております!
🍀最後になりましたが、
スキやフォロー、コメントしてくださる皆様や、
たまたま覗きにきてくださった方々も、
本当にありがとうございます(*ˊ˘ˋ*)
最後まで、書き続けていきますので、どうかお付き合いいただけたら嬉しいです。
次回更新は7月19日(土)になります!
またお会いしましょうね〜(﹡ˆ﹀ˆ﹡)
次のお話はこちら👇🏻
前回のお話はこちら👇
お母さんとの確執と、ゆゆの“結婚したくない”という思いの話はこちら👇
お母さんの“過干渉”の話はこちら👇🏻
