vol.9|J.CHAPELの物語 「主が建てられるのでなければ」
J.CHAPELが始まるまでの歩みの中
みことばがどのように道を照らしてきたのかを
J.CHAPELの物語としてシリーズでお分かちしたいと思います。
ここに記しているのは、出来事の記録ではありません。
その時々に与えられ、私たちを導いてきた
みことばの意味をたどる、静かな物語です。
<これまでの物語>
・vol.0:J.CHAPELの物語 「みことばに導かれて歩む道」
・vol.1:J.CHAPELの物語 「空の星を見上げなさい。」
・vol.2|J.CHAPELの物語 「天幕を広げよ」
・vol.3|J.CHAPELの物語 「契約は動かない」
・vol.4|J.CHAPELの物語 「すべては主の賛美の中にある」
・vol.5|J.CHAPELの物語 「杖を高く掲げなさい」
・vol.6|J.CHAPELの物語 「主は来られる。王となられる。」
・vol.7|J.CHAPELの物語 「吠えたける獅子の勝利の声」
9. 主が建てられるのでなければ
THE LORD IS THE BUILDER
― 建てるのは主、私たちは主に身を置く ―
この歩みを貫く結論を、
聖書はとても率直な言葉で語っています。
「主が家を建てられるのでなければ、
建てる者の働きはむなしい。」
―― 詩篇127篇 ――
ここで問われているのは、
どれほど努力したか、
どれほど多くを積み上げたか、ではありません。
だれが建てているのか。
それが、ただ一つの問いです。
人が計画し、
人が支え、
人が完成させようとする歩みであるなら、
それがどれほど誠実で、
どれほど熱心であったとしても、
聖書はそれを「むなしい」と語ります。
それは、厳しい言葉のようでいて、
同時に、私たちを解放する言葉でもあります。
なぜなら、
主ご自身が建てておられる歩みであるなら、
人の弱さや不完全さがあっても、
その働きは主の御手の中で確かに保たれるからです。
私たちが目指しているのは、
何かを成し遂げることでも、
目に見える成果を積み上げることでもありません。
主が建てておられるという事実に信頼し、
その御業に参加させていただくこと。
それが、私たちに与えられている招きです。
主が建て、
主が守り、
主が完成させられる。
この真理に立つとき、
私たちは焦る必要も、
誇る必要もなくなります。
ただ、
みことばに耳を傾け、
主のなさることを見守りながら、
そのとき与えられる一歩を、
静かに、忠実に踏み出していく。
それこそが、
この歩みの揺るがない土台です。
次回、次回、この物語は一つの完成へと向かいます。
vol.10|J.CHAPELの物語「キリストにあってひとつとなる」
<J.CHAPELの歩みの物語>
・vol.0:J.CHAPELの物語 「みことばに導かれて歩む道」
・vol.1:J.CHAPELの物語 「空の星を見上げなさい。」
・vol.2|J.CHAPELの物語 「天幕を広げよ」
・vol.3|J.CHAPELの物語 「契約は動かない」
・vol.4|J.CHAPELの物語 「すべては主の賛美の中にある」
・vol.5|J.CHAPELの物語 「杖を高く掲げなさい」
・vol.6|J.CHAPELの物語 「主は来られる。王となられる。」
・vol.7|J.CHAPELの物語 「吠えたける獅子の勝利の声」
・vol.8|J.CHAPELの物語 「涙の種から、喜びの束へ」
・vol.9|J.CHAPELの物語 「主が建てられるのでなければ」
・vol.10|J.CHAPELの物語 「キリストにあってひとつとなる」
