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vol.5|J.CHAPELの物語 「杖を高く掲げなさい」

J.CHAPELが始まるまでの歩みの中
みことばがどのように道を照らしてきたのかを
J.CHAPELの物語としてシリーズでお分かちしたいと思います。

ここに記しているのは、出来事の記録ではありません。
その時々に与えられ、私たちを導いてきた
みことばの意味をたどる、静かな物語です。

<これまでの物語>
・vol.0:J.CHAPELの物語 「みことばに導かれて歩む道」
・vol.1:J.CHAPELの物語 「空の星を見上げなさい。」
・vol.2|J.CHAPELの物語 「天幕を広げよ」
・vol.3|J.CHAPELの物語 「契約は動かない」
・vol.4|J.CHAPELの物語 「すべては主の賛美の中にある」

5. 杖を高く掲げなさい

LIFT UP THE STAFF
― 主が先に進まれ、道となられる ―

出エジプト記14章で、
イスラエルの民は、
前には海、後ろには敵という、
逃げ場のない状況に立たされました。

そのとき主は、こう語られます。

「主があなたがたのために戦われる。」

同時に、主はモーセに命じられます。

「あなたは杖を掲げ、
 あなたの手を海に差し伸べなさい。」

海を割られたのは主ご自身です。
人に求められたのは、
力で状況を変えることではありませんでした。

それは、
主に信頼し、主の言葉に従って一歩を踏み出すことでした。

ここで重要なのは、
イスラエルの民が「道を作った」のではないということです。

彼らは、
進めそうな道を見つけたから動いたのではありません。
安全が確認されたから前に進んだのでもありません。

主が語られ、
主が先に進まれ、
その主に信頼して従ったところに、
結果として道が現れました。

この「杖を掲げる」という行為は、
人が何かを成し遂げるための道具ではありません。

それは、
自分の力や判断を掲げることをやめ、
主の力と臨在を仰ぎ見るしるしでした。

私たちはこの姿を、
十字架を掲げることの象徴として受け取ります。

自分の知恵や経験に望みを置くのではなく、
すでに救いと勝利を成し遂げておられる
イエス・キリストを仰ぎ見ること。

後に、イエス・キリストはこう言われます。

「わたしが道であり、真理であり、いのちである。」

つまり、
主は「道を用意される方」であるだけでなく、
ご自身が、私たちの進むべき道そのものなのです。

だから、
道は見えてから進むものではありません。

キリストを仰ぎ、
キリストに信頼して歩む中で、
道は「現れる」のではなく、
キリストのうちに、すでに与えられていることを知るのです。

十字架を掲げ、
主に信頼して進むとき、

私たちは、
「どこに道があるのか」を探す者ではなく、
道である方と共に歩む者とされていきます。

その歩みの中で、
道は、主ご自身によって備えられていくのです。


次回、
vol.6|J.CHAPELの物語「主は来られる。王となられる。」


<J.CHAPELの歩みの物語>
・vol.0:J.CHAPELの物語 「みことばに導かれて歩む道」
・vol.1:J.CHAPELの物語 「空の星を見上げなさい。」
・vol.2|J.CHAPELの物語 「天幕を広げよ」
・vol.3|J.CHAPELの物語 「契約は動かない」
・vol.4|J.CHAPELの物語 「すべては主の賛美の中にある」
・vol.5|J.CHAPELの物語 「杖を高く掲げなさい」
・vol.6|J.CHAPELの物語 「主は来られる。王となられる。」
・vol.7|J.CHAPELの物語 「吠えたける獅子の勝利の声」
・vol.8|J.CHAPELの物語 「涙の種から、喜びの束へ」
・vol.9|J.CHAPELの物語 「主が建てられるのでなければ」
・vol.10|J.CHAPELの物語 「キリストにあってひとつとなる」

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