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問題を解決する前に、「解決のチャンネル」に合わせてみる



息子が車で国境を越えた。

これから約1カ月、大西洋に面した自然豊かなアトランティック・カナダに滞在する予定らしい。こぢんまりとした町だと思っていたが、ダウンタウンの近くにいるせいか、人も車も多く、駐車場がまったく見つからない。路上駐車はできず、パーキングは高額。さらに、滞在先のWi-Fiが故障中。長距離運転の疲れもあって、息子もついにイラッとした。さすがに、それは私でもキーッとなる。管理人に連絡しても要領を得ず、解決のめども立たない。息子は本当に困っていた。

その話を聞いているうちに、私の中にも「心配」という名の波動が、じわじわと広がっていった。親として、今できることは何だろう。そんなことを、ついつい考え始める。もちろん、息子には自分で解決する力がある。私が出しゃばる必要はないし、実際にそのつもりもない。でも、「心配」を放っておくと、余計な思考が次々と浮かんでくる。

そして私は、息子の友人たちや、同世代の子どもを持つ友人たちのことを思い出していた。

どこまで関わり、どこから見守るのか。

親の関与の度合いは、家庭によって微妙に違う。子どもたちが成人した今、これまで見てきた無数の親子関係が、まるで頭の中の「親子関係アーカイブ」のように、次々と再生されていく。そして、ふっと我に返った。私は、私であるからこそ、彼は連絡をくれるのだ。

どうすればいいかを尋ねるためでもない。ましてや、何かをあてにしているわけでもない。ただ、自分の軸をほんの少し確かめるために。私は、誰かの真似をする必要はない。

だから、息子にはこう言った。

「こんなときこそ、波動で現実を創るチャンスだよ」

もちろん、息子もそれはわかっている。思い通りにいかないときこそ、一度イライラを手放してみる。自分ではどうにもならない問題を、ずっと握りしめるのではなく、「解決する方向」に意識を向けてみる。それだけで、自分の状態は変わる。現実的にできることは、もちろんやる。管理人にも連絡する。必要なら駐車場も探す。でも、できることをした後まで、問題を何度も頭の中で再生し続ける必要はない。エイブラハムの言う「受け取りモード」とは、私にとっては、そんな状態に近い。

問題を無視するのではなく、問題を握りしめるのをやめる。「どうしよう」と考え続ける代わりに、「きっと何か解決策がある」という場所に、自分を戻していく。

日本語で言えば、「果報は寝て待て」に近いのかもしれない。握りしめるのではなく、整えて待つ。こっちの方が、日本人にはわかりやすいかもしれない(笑)。

翌日、再び息子から連絡があった。

あのあと、言われた通りに心を整え、感謝ノートに思いを書き出している途中に、管理人から連絡が来たという。原因不明だったWi-Fiは、あっさり直った。さらに、駐車場代も1カ月分、負担してもらえることになった。もちろん、これがすべて「引き寄せ」だったかどうかはわからない。何もしなくても、いつかは解決していたかもしれない。でも、ぐずぐず長引いていた可能性だってある。

私が大切だと思うのは、そこではない。問題を握りしめていた状態から、一度手を放してみた。その間に、現実が動いた。それは、少なくとも息子にとって、ひとつの体験になった。

こうした「手放し」に少しずつ慣れてくると、不思議なほど、問題を抱えたままでも、自分の中に余白が生まれる。そして、余白ができると、今まで見えていなかった解決策が見えることもある。

……とはいえ、旅先でトラブルが起きたとき、「キーッ!」となるのは、たいてい私の方。あまり偉そうなことは言えない。そんな私を、余裕をもってなだめてくれるのは夫だ。

旅行中は特に、夫のほうがよほど上手に「受け取りモード」に入っている気がする。





息子が車で国境を越えた。
これから約1カ月、大西洋に面した自然豊かなアトランティック・カナダに滞在する予定らしい。

こぢんまりとした町だと思っていたが、ダウンタウンの近くにいるせいか、人も車も多く、駐車場がまったく見つからないそうだ。
路上駐車はできず、パーキングは高額。さらに、滞在先のWifiが故障中。長距離運転の疲れもあって、息子もついにイラっとなった。

さすがに、それは私でもキー!っとなる。

管理人に連絡しても要領を得ず、解決のめども立たず、彼は本当に困っていた。その話を聞いているうちに、私の中にも「心配」という名の波動がじわじわと広がっていった。親として、今できることは何?なんて、ついつい考えを巡らせてしまう。

もちろん、彼には自分で解決する力がある。私が出しゃばる必要はないし、実際にそうするつもりもない。でも、「心配」の波動を放っておくと、つい余計な思考がわいてしまう。そして脳裏に浮かんだのは、息子の友人たち、そして同世代の子を持つ友人たちの近況だった。

どこまで関わり、どこから見守るのか。親の関与の度合いは、それぞれの家庭で微妙に異なり、その積み重ねが「いま」を形作っている。子どもたちが成人した今、そうした無数のケースが、まるで頭の中に蓄積された“親子関係のアーカイブ”のように、次々と再生されていく。

そして私は、ふっと我に返った。。

私は私であるからこそ、彼は連絡をくれるのだ。
どうすればいいかを尋ねるためでもなく、ましてや何かをあてにしてるわけでもない。ただ、自分の軸をほんの少しだけ確かめるために。私は、誰かの真似をすることもない。

なので、息子にはこうリマインドした。
「こんなときこそ、波動で現実を創るチャンスだよ」と。

もちろん、彼もそれをわかっている。
思い通りにいかないときこそ、いちどイライラを手放してみることの大切さは、これまで何度も体験してきた。自分ではどうにもならない問題と向き合うより、【解決のチャンネル】に波動を合わせれば、それが現実を動かす一歩になる。

「そんなの、スピリチュアルでしょ」と一蹴する人は、“現実にのみ対処する”という選択をしている。それも、もちろん一つの方法だと思う。できる行動はしておくことも絶対に必要。けれど、現実の「問題」にばかり意識を向けていると、気づかないうちに、その問題をさらに大きく育ててしまうこともある。

エイブラハムが「受け取りモード」と呼ぶ状態を、ディスペンザ博士は「今この瞬間に、未来の自分を生きること」と、著書で科学的に説明している。アプローチは違っても、本質は同じだ。「解決」に意識を向けることで、それを受け取る状態になる。

この手放しの状態は、日本語でいえば「果報は寝て待て」」に近いのかも。つまり、“握りしめるのではなく、整えて待つ”。こっちの方が分かりやすいし、日本人ならそれでいいじゃん。と言われれば、確かにそう思う(笑)


さて、

翌日、再び連絡があった。
あのあと、言われた通りに心を整え、感謝ノートに思いを書き出している途中に、管理人から連絡が来た。原因不明だったWifiはあっさり直り、駐車場代も1カ月分負担してもらえることになったという。

もちろん、すべてが“引き寄せ”だったかどうかはわからない。何もしなくても、いつかは解決していたかもしれない。でも、ぐずぐず長引いていた可能性だってあった。

注目すべきなのは、そこではない。

この「手放し」に少しずつ慣れてくると、不思議なほど、世界がこちらの準備に気づいて、やさしく応えてくれるようになる。

…とはいえ、旅先でトラブルが起きたとき、「キーッ!」となるのは、たいてい私の方。あまり偉そうなことは言えない。

そんな私を、余裕をもってなだめてくれるのは夫。旅行中は特に、夫のほうがよほど上手に「受け取りモード」に入っている気がする。


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