③「赤毛のアン」プリンス・エドワード島
この記事の続きです
①「赤毛のアン」の孤児院はノバスコシア州にあった
②「赤毛のアン」から学ぶ無条件の愛
カナダ・ノバスコシア州のハリファックスに滞在していた息子に、私はつい冗談まじりでお願いしてしまった。
「アメリカに戻る前に、プリンスエドワード島に寄って“アンのいた場所”を見てきてー!」
息子は『赤毛のアン』に特別な思い入れがあるわけじゃないし、実のところ私だって熱烈なファンというほどではない。けれど、“プリンスエドワード島”という響きは、私にとってあまりにも魅力的で抗えない魔法のような言葉だった。
もちろん、息子がそのリクエストに応える必要なんてどこにもなかった。しかも帰国とは反対方向なのだから。
それでも、その作品や舞台となった島の人気ぶりが少し気になったようで、帰る前に立ち寄ってくれた。
プリンスエドワード島と本土をつなぐ橋

コンフェデレーション橋
プリンスエドワード島は、カナダ本土から1本の橋でつながっている。
カナダで一番長い橋で約12.9km だそうだ。
開通したのは1997年で、モンゴメリが『赤毛のアン』を出版した1908年から実に90年近く後のこと。
なので小説が書かれた当時、この島に渡るには、船やフェリー、冬のアイスボート、鉄道連絡船を利用していた。確かアンも鉄道に乗ってやって来た。
島に到着

コンフェデレーション橋 を渡り終えて、プリンスエドワード島 (PEI) に到着。
看板には英語とフランス語でプリンスエドワード島へようこそ!と書かれ、
カナダ国旗をかたどった花壇 が赤と白の花で美しく飾られている。ちょっと見づらいけど、黄色花でPEIと形どられてるのかも。
以下、全部、息子が撮影した写真。

プリンスエドワード島の「グリーンゲーブルズ・ビジターセンター」 の入口で、『赤毛のアン』ファンが最初に立ち寄る場所らしい。




ルーシー・モード・モンゴメリ(L.M. Montgomery, 1874–1942) の生涯を紹介するパネル。

このルーシー・モード・モンゴメリ(1900年前後) のポートレートは、私が持ってた『赤毛のアン』の裏表紙にも掲載されていた気がする。なんだか懐かしい!と感じた。

モンゴメリが1906年に購入したタイプライター(Empire brand)!
このタイプライターで『赤毛のアン』をタイプした!すごすぎる。

日本語版『赤毛のアン』(村岡花子訳、1952年刊行)。これはすごい。
もし村岡花子の翻訳がなければ、日本で「赤毛のアン」がここまで愛されることはなかったと思うと、感謝しかないですね!

グリーンゲーブルズ・ビジターセンターはソーラーパネルなのですね。
つづく
🌈オペラ座の怪人が住んでいた場所(パリ)
🌈ゴッホのお墓、最期の村へ
🌈クロードモネの自宅と庭園へしたフランスの村に行った
🌈ブロワで見つけたレモン階段と“美女と野獣”の原点
🌈フレンチに恋して、フレンチに戸惑う。私の食の境界線
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🌈ジャスミンの季節、ボルドーの記憶
🌈「笑う門には、ほんとうに福が来るのか」
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