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【小説】ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #17│カールスバーグ

 「ドラッグディーラーをやめたい」

 レオンが、突然言い出した。
 私は紅茶をこぼし、ミキヤは吸っていたクサでむせて、ゲホゴホ苦しんでいる。
 「飽きた。トゥーマッチだ。」
 「トゥーマッチて、ドラッグが?」
 マリファナを手に、まだ咳き込みながらミキヤが聞いた。
「そうだ! お前、マリファナ吸いすぎだぞ」
 レオンはそう言い捨てると、ミキヤの手からジョイントを取り上げ、灰皿に押し付けて水をかけた。
「うわあぁ! なにするんだよ!」
 ミキヤがなさけない声をあげた。

「やめて、どうするの?」 
 レオンがどういうつもりなのかわからず、聞いてみた。
「普通の仕事をする」
「普通の仕事て、やったことあるのかよ。」
 水びたしになったジョイントを、恨めしそうに見ながら、ミキヤがたずねた。
「もちろんある。レストランの客引き、時計売る人、風水師、ブランド品の買付、ヘナタトゥーも描いてたぞ」
 どれも全部怪しそうだった。

 ミキヤがジーンズのポケットからマルボロを取り出し、1本を私に差し出した。
 タバコは吸わないのだけど、いただくことにした。
 イギリスでは煙草が一箱5ポンドもするので、こうしてみんな、よくおすそわけしてくれる。
 私が口にくわえると、ミキヤがライターを近づける。しゅぼっと音がして、顔に熱を感じた。間違って肺にためそうになったのを、慌てて吐き出した。
 ミキヤも、自分のタバコに火をつけ、ため息みたいに吐き出した。

「朝起きるんだぞ、できるのか?」
 ミキヤが聞いた。
「あたりまえだ」
「嫌なことがあっても、そのへんのもの蹴飛ばしたりすんなよ」
「俺をなんだと思ってるんだ!?」
 レオンが激昂した。
​「……そういうとこなんだよ」
 ミキヤはため息をつき、レオンと私を交互に見てから、少し柔らかい口調で言った。
「まあ、いいんじゃない? 俺たちもできるだけ協力しよう」
 レオンはパアっと顔を明るくした。
「ほんとか? 頼んだぞ」
 協力って、具体的に何をすればいいんだろう。
 一抹の不安を覚えながらも、私はニコニコとこちらを見ているレオンに合わせて、作り笑いでうなずいた。

 それからレオンは、本当に仕事を探しはじめた。
 探すと言っても、顔の広いレオンは、知り合いに声をかけていっただけなんだけど。


         *


「仕事決まったぞ! 祝ってくれ」
 親指を立てて報告するレオンに、私たちはまた驚かされた。
 レオンが仕事を探し始めて四日目のことだった。
 「マジかよ……」
 ミキヤは、テイクアウェイの焼きそばを食べる手を止めた。
 私は、今まさに卵を投入しようとしていた熱々のフライパンの火を、慌てて止めた。
「もう決まったの?」
 レオンは得意げにうなずく。
「コベントガーデンにある古着屋の『テンインサン』だ。俺はファッショナブルだからな」
 レオンは「店員さん」を日本語で発音した。お気に入りの日本語らしい。
 私とミキヤは顔を見合わせた。
 
「おまえには、ほんと驚かされてばっかだよ」
 ミキヤが笑い出し、椅子を引いて立ち上がると、冷蔵庫からカールスバーグを取り出した。
「とりあえず、前祝いだな」
 レオンと私に一本ずつ手渡した。

「レオン、ドラッグディーラー『卒業見込み』おめでとう」
 プシュッ、という音が重なり、缶がぶつかり合う。
 レオンは眉間にしわを寄せた。
「見込み、ってなんだ?」
 ミキヤは肩をすくめて笑う。
「ちゃんと仕事を続けられるか、まだわからないだろ」
「できるにきまってるだろ、Fu……」
「はい、悪い言葉は禁止ね」
 ミキヤがレオンの口を塞いで、あとに続く言葉を遮った。

 私はおかしくて、ビールを飲みながら、じゃれ合うふたりを眺めていた。


          *


 翌日、ミキヤはテーブルに並びきらないくらい、たくさんのご馳走を作ってくれた。
 からあげ、ハンバーグ、サーモンのお刺身、レオンの好きなエビの天ぷら。レオンも私も、歓声をあげた。
 盛り付け中も、つまみ食いをしようと手を伸ばしてくるレオンとの攻防に、ミキヤはぐったりしていた。
「よし、はじめるぞ。レオン、座れ」
 レオンがそわそわしている様子は、おあずけをくらった犬みたいでおかしかった。
「じゃあ、かんぱ……」
 バチン。
 部屋が真っ暗になった。
「……なに?」
「ファッキンヘル!」
「おい……電気、誰の番だ」
「私、この前買った」
 イギリスの電気はプリペイド式。私たちは交代でスーパーへ行き、チャージすることにしていた。
「レオンか……」
「仕事探しで忙しかったんだ!」
「もういい。とりあえず買いに行くぞ」
 ライターの火を頼りにジャケットを探し、私たちは電気を買いに出かけた。

「もうスーパー閉まってるよね?」
「くそっ、日曜日か」
「おい、ガソスタに売ってるんじゃないか?」
「お〜!!」
 私たちは顔を見合わせ、お互いを指差し笑い合った。
 バカみたいにはしゃぎながら、ガソリンスタンドを目指して走る。
 三人の影を、街灯がやさしく照らしだす。

 レオンの新しい生活が、始まる。


Music
blink-182 - All The Small Things


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※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。



【MAGAZINE】

【もくじ】

#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫


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