【小説】ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #07│レオン
「コンニチハ、マリチャン?」
チャイムが鳴ってドアを開けると、そこには東洋人の男が立っていた。
ヘタな発音の日本語であいさつしながら、彼は私に手を差し出した。
色あせたジーンズに、グレーのTシャツ。背は高くなく、細身で、少年のよう。
甘いマスクは、香港スターみたいだ。
「レオン?」
ためらいながらも、その手を取った。
レオンはつないだ手を大きく上下に揺さぶり、返事も待たずに玄関に踏み込んだ。
「俺の部屋はどこだ?」
なぜか苛立ちよりも先に、胸の奥がざわつくような奇妙な感覚を覚えた。
*
レオンは初日から傍若無人にふるまった。
キッチンの戸棚をごそごそあさっていたレオンは、私のラーメンを勝手に作って食べ始めた。
「それ、私のなんですけど……」
「サンキュ」
こちらを見もせずに言い放つ。
いろいろ言ってやりたかったが、英語でうまく言えず、あきらめて部屋に戻った。
しっかりとドアに鍵をかけて。
*
ベッドに寝転がって、日本人向け情報誌のジャーニーを読んでいると、ドアが激しくノックされた。
「おい! そこに公園があるぞ! 公園いこうぜ公園!」
目をキラキラさせてはしゃいでいる。
子供か。
「私、忙しいから、ひとりで行けば?」
「カモーンマーン! こんなにいい天気に、おまえアホなのか?」
レオンは欧米人みたいなリアクションで、大袈裟に肩をすくめた。
結局、レオンに強引に引っ張られて公園に連れていかれた。
青い空がまぶしい。
家の近くの公園は、明るい時間に見ると、ただの小さな古い公園だった。
この公園にも、カイとの思い出がつまりすぎている。
私たちは暗くなると、よくこの公園にやってきて、ベンチにすわって語らい合ったのだ。
夜の公園は、街灯がどこまでも甘く瞬いていて、どんな景色よりも美しかった。
今が明るい時間で、よかった。
レオンがブランコに乗ろうとうるさく騒ぐので、ふたりでブランコに乗り、話すこともなく揺れていた。ギイギイと錆びた音が響く。レオンは全力で漕いでいるらしい。
レオンの英語は確かにわかりやすいけれど、私は緊張して全身を耳にして聞いていたので、とても疲れてた。
空の上から、旋回を描くようにハトの群れが降りてきた。
着地すると、ポッポーと鳴きながら歩き出す。
頭を前後に揺らし、何かをついばんでは吐き出し、またつつく。
レオンはブランコを漕ぐのをやめ、その鳩たちを静かに見つめていた。
「今夜のディナーは……」
次の瞬間、レオンはハトに飛びかかり、両手で鷲掴みにした。
「ハト!」
子供みたいな笑顔で、嬉しそうにハトをかかげている。
私は思わず叫んだ。
ハトは悲鳴をあげて首を振り回している。
他の鳩たちは一斉に飛び立ち、逃げていった。
「ウソでしょ!? バカなことしないで!」
「オーブンにいれたらうまくなるぞ」
レオンが、どこまで本気なのかわからなくて、私はパニック状態だった。
「絶対にいや!」
チャイニーズなら、ほんとうに食べるのかもしれない。
「逃がしてあげて! かわいそうじゃない! 早く!」
必死に叫ぶ私に、レオンはしぶしぶ手を緩めた。
ハトはよろけながら駆け出し、どこかへ飛んで行った。
ハトが逃げると、レオンは私を射るような目で睨みつけ、「Fuck off」と吐き捨て、ひとりで帰っていった。
なんやねん、こいつ。
動悸が治まらない。
*
朝の光が差し込むキッチン。
私は寝ぼけまなこで戸棚に手を伸ばし、いつものシリアルの箱を手に取った。
袋を引っ張り出したとき、底から何かが落ちた。小さなパッケージに入った、白い粉のようなものだった。コーク……?
意味がわからず呆けていると、やかましい足音が近づいてきて、私の手からそれをひったくった。
「It’s none of your business.」
レオンがものすごい目つきでにらんできた。
なんて言われたのか、わからなかった。英語が。
レオンは手の甲をこちらに向けて、二本指を立てて去っていった。
すぐに部屋に戻って、電子辞書で意味を調べた。
「あなたには関係ない」「余計なお世話だ」
そのような意味だった。
は?
人のものに勝手にドラッグ隠しといて?
言いたいことも言えない、自分の英語力にも腹が立った。
イライラしながらキッチンに戻り、放り出したままになっていたシリアルに牛乳をかけて、ガリガリ食べた。
そのシリアルも、あけたばかりのはずなのに、半分くらいに減っている。
あいつ、マジでムカつく。
*
「そんな人と住んでて大丈夫なのー?」
ナギサが心配そうに言う。
ナギサの家は、レンガ造りの2階建ての建物で、中に入ると屋根裏部屋のようなフラットだった。
敷地内には小さなガーデンがあり、とても可愛らしい。
入ってすぐに小さなリビングがあり、ソファとテレビがある。狭いキッチンと、寝室が三つ。部屋自体もかなり狭い。
このフラットには、日本人のヨウちゃんとイタリア人のエンリコ、オーストラリア人のアンソニー、それからナギサが住んでいる。ヨウちゃんとナギサは日本からのクラブ友達。
私たちは狭いリビングでだべっていた。
「うーん、思ったより、こわい感じとかではなかったけど」
「でも、ディーラーでしょ? なにがあるかわかんないじゃん」
ずれたメガネを上げながら、ヨウちゃんが言う。
「いや、まだそんな危ないことはべつにないけど。食べ物がどんどん減ってくねん」
気をつけてよーと言いながら、みんなちゃっかり私にドラッグの買い物をお願いする。
「いやー、マリには悪いけど、助かるわー」
ヨウちゃんがニヤニヤ笑う。
レオンに頼むと、クラブのなかで買うよりずっと安くドラッグが手に入るらしい。
レオン曰く、『ともだち価格』だ。
しかもなんでもそろっている。
買い物客が出入りし、フラットはすっかり魔窟みたいになっていた。
私が睨むと、ヨウちゃんは、
「まあまあ、ほんとありがとうございます。今日はサバの味噌煮つくるから、食べて行くでしょ」
とふふんと笑った。
ロンドンで出会う男子は、みんなやたらと料理がうまい。
私はサバの味噌煮の誘惑に負け、すっかり機嫌をなおした。
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※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。
【MAGAZINE】
【もくじ】
#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫
