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【小説】ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #13│サイケデリック

 翌日、学校から帰って部屋でごろごろしていると、チャイムが鳴った。

 下に降りて、ドアを開けようとした途端に、レオンが叫んだ。
「開けるな!」
「なに!?」
 あまりの剣幕に驚いて訊ねる。
「どんなやつかわからないだろ! 確認もせずに開けるな!」 

 レオンはドアの影に身を隠し、息をひそめて外の様子を伺っている。
「誰だ?」
「ハイ、となりのジュリアンです」
 レオンが安堵の息を漏らしてドアノブに手をかけた。
 ジュリアンが、ワインのボトルをかかげている。
「遊びに来たよ」
 とても驚いたが、彼を中に入れた。
 昨日の今日で遊びに来るとは、欧米人の感覚はすごい。ただの社交辞令かと思っていた。

 入口で靴を脱ぐようにお願いすると、ジュリアンは珍しそうに驚いている。
「靴を? 脱ぐの? なんで?」
 我が家は日本人ばかりだったので、土足厳禁だ。

 リビングにジュリアンを連れて行くと、後ろからレオンもやってきた。
「なんだ? 何しに来たんだ?」
「遊びに来たんだって」
「ふーん」
「ジュリアン、遊びに来たことないの?」
「はじめてだ」

 リビングでジュリアンの持って来てくれたワインを開けた。
 会話のなかで、ジュリアンは何度も「サイケデリーック!」と言う。
 私はジュリアンの言っていることがわからなくて、となりで笑っているレオンに聞いてみた。
「サイケデリックってどういう意味なの?」
「知らん」
 レオンはにやにやしながらそう言った。
「レオンもわからないの? でもさっきから笑ってるじゃない」
「聞いてるだけだ」
 レオンはおもしろそうにジュリアンが話すのを見ている。

「サイケデリックってなに?」
 私はたまらず、ジュリアンに訊ねた。
 ジュリアンは、「何を言っているんだ君たち」というあきれた顔をして、キッチンに捨ててあったビールの空き缶を集め、高く積み始めた。
 空き缶の塔ができ、ジュリアンは満足そうにこう言った。
「これがサイケデリックさ!」
 はい?
 この人、やばい。
 レオンは大笑いしている。
「ちょっと、この人おかしいんじゃないの!? ドラッグやりすぎ?」
「ちがうよ、ただ子供なだけだ」
「子供? なんで?」
「十八歳なんかまだ子供だ」
「十八!? ジュリアン十八歳なの!?」
 信じられない。ジュリアンの顔には皺がたくさんある。どうみても三十代くらいだ。
 ちらっとレオンの少年みたいな顔を盗み見る。
 こいつのほうが年上かよ。
 確かにサイケデリック。


         *

 水曜日。
 私はレオンにクラウンに誘われた。

「ちょっと、手伝ってほしいんだ」
 レオンはそう言った。
「なにを?」
「俺が客を探してるあいだ、ピルを持っててくれないか」
 ラップに包んだピルを、ブラジャーのなかに隠すよう言われた。
「それだけ?」
「それだけ。お礼に好きなだけピルをやるよ」

 私は言われたとおりピルを隠し、レオンとクラウンへ出かけた。橙色の灯りの中へ。
 ちょうど、となりからも人が出てきて、私たちに声をかけてきた。
「ハイ、クラウンに行くの?」
 ジャン・ポールとマッシモだった。
「そう。おまえらもか?」
「もちろん」
 あたたかな光のなか、ご近所さんも同じ場所へ向かっているのがおかしくて、なんだかくすぐったかった。
 夜はやさしく、あたたかい。

 クラウンに入ると、レオンはすぐさまどこかへ消えた。
 私はバーのスキンヘッドのお兄さんに、声をかけた。
「お水もらえますか?」
 お兄さんはこれ以上ない満面の笑顔で、親指を立てて「氷はいるかい?」と聞いてくれた。
 ほんとにフリー・ウォーターだった。
 氷水の入ったプラスチックのコップを片手に、すみっこでピルをとる。レオンにもらったやつ。今日はピンクのメロディーだった。
 さあ、人生を楽しもう。

 レオンはときどきやってきて、私からピルを少しずつ受け取った。商売は順調なようで、ピルをもうひとつくれた。
 ダンスフロアでへとへとになるまで踊ったころ、レオンが外で休憩しようと呼びに来た。

 店の外には、いかにもパブらしくテーブルと椅子が置いてある。
 テーブルに背中をむけて、私たちはベンチ型の椅子に横並びに座った。

 月明かりの中、レオンはめずらしくはしゃいで、夢について語ってくれた。


        *


 レオン、あの夜のこと、ずっと忘れないよ。




>>> next

※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。


【MAGAZINE】

【もくじ】

#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫



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