【小説】ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #22│セブンスター
携帯電話が、また鳴っている。
ドットで表示されるチープな文字だけの携帯電話は、海外からの着信になると何も表示されない。
それだけで、日本からの電話だとわかった。
数日無視を決め込んだあと、あまりにも鳴り止まないその不協和音に、不穏なものを感じ、意を決して出てみた。
「……はい」
電話に出たのは、予想に反して母親だった。
母とは渡英の際に喧嘩して以来、口を聞いていなかった。
電話口で母が捲し立てている。思わず切ろうかと思ったそのとき、
「おばあちゃんが、倒れてん。あんたに会いたがってるから、帰ってきなさい」
と恐ろしいことを告げてきた。
祖母は私をとてもかわいがってくれていた。
「……どのぐらい、悪いの?」
震える声でそう聞いた私に、母親は言葉を詰まらせた。
それからそうっと、
「もうあかんと思う。だから、早く帰ってきたり」
私はいてもたってもいられなくなり、休みで家にいたミキヤの部屋をノックした。
「ミキ! ミキ!」
驚いたように出てきたミキヤに事情を話し、帰国のためのチケットを、どこで手配すればいいのか尋ねた。
ミキヤは真剣な顔になり、
「俺はいつも、ジャパセンで取ってるよ。ついていこうか?」
「大丈夫、ありがとう」
私はそのままコートを羽織って、ジャパンセンターへと向かった。
*
「鞠ちゃんも帰ってきてくれて、おばあちゃんも喜んでるわ」
叔母が涙を拭きながらそう言った。
通夜も葬儀も終わり、四十九日にまた親戚が集まった。
私は、間に合わなかったのだ。
病院に駆けつけたとき、祖母はすでに意識がなかった。
呼びかけても、手を握っても、反応はなかった。
握った手は温かく、まだ祖母が生きていることを知らせてくれていたのに。
「留学までして、鞠ちゃんはえらいなあ」と、話題の中心が自分になってきたので、居た堪れなくなりそっとその場を離れた。
縁側に出ようと障子を開けると、そこには父がいた。
一瞬戻ろうかと悩んだが、父はすぐにこちらに気づいた。
「鞠子か」
仕方なく、障子を閉め、父の隣に腰を下ろした。
父はタバコを吸っていた。
「一本、ちょうだい」
そう言うと、父は驚いて私の顔を見た。
「おまえ、吸うんか」
そう言いながらもセブンスターを取り出し、一本私にくれた。
冬の夜の縁側は凍てつく寒さで、タバコの煙か、息の白さか、わからないくらいだった。
しばらくお互い黙って煙をふかしていたが、父が沈黙を破った。
「おまえ、またイギリス行くんか?」
「年明けには戻ろうかと思ってる」
「そうか」
父は聞いてみたけど、特に興味はないというふうだった。
イギリスへ戻ることについて、母とはまた言い争いになり、ろくに口も聞いてもらえないままだった。
タバコが終わりそうになって、そろそろここから離れようか、でも親戚の輪の中には戻りたくないしと逡巡していると、父が口を開いた。
「おまえ、幸せか?」
「え?」
私は何かの聞き間違いかと耳を疑った。
父は、それ以上何も言わない。
私が答えに困っていると、
「寒いし中入るかあ」と立ち上がって、行ってしまった。
私はひとり、ぽつんと残された。
十二月の夜の出来事だった。
*
一度、国際電話をかけて、年明けに戻ることをミキヤに伝えていた。
イギリスからならフォンカードを使えば安くかけられるが、日本からの国際電話は信じられないくらい高かった。
そのとき、レオンにも代わってもらい、話をした。
レオンはとても心配していたが、私が大丈夫そうだとわかると、「いいか、『オミヤゲ』だ。『オミヤゲ』を忘れるなよ」といつもの調子で命令した。
私は笑って、お汁粉を買って帰ると約束した。
それなのに——
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※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。
【MAGAZINE】
【もくじ】
#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫
