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【小説】ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #02│フラットシェア

 玄関のドアが、開く音がした。

「ただいまー」
 大きな声で言いながら、女の子が帰ってきた。

 頭を覆うピンクのタイダイ染めのバンダナ、そこからのぞくドレッドヘアが、小麦色の肌によく似合っている。
 ヴィヴィッドなグリーンのカーディガンに履き込んだベルボトムジーンズ。
 夏そのものを連れてきたような子だった。

 うしろからもうひとり、続いて入ってきた。
 線の細い、色素の薄い男性だった。
 背が高く、グレイのパーカーに色の抜けたジーンズをはいているだけなのに、なぜかオシャレに見える。
 『TESCO』と書かれたスーパーの袋を提げていた。

「バスがミキヤと一緒だった〜。あれ? 誰?」
「マリちゃんだよ。部屋見に来てる」
 カイが説明してくれた。
「そうなんだ。私アキ。よろしくね〜」
 アキが手を差し出した。
「マリコです」
 私も手を差し出し、アキの手を握った。
 やわらかく、暖かい手だった。

 「ミキヤです。で、どうするの? ここに住むの?」
 ミキヤと名乗った男性は、手を差し出しながら、用心深く私を観察している。
「まだ決めてないけど、良さそうなとこだなって思ってます」

「ミキヤ、マリちゃん一緒にごはん食べてもいい?」
 カイがミキヤの顔色をうかがうように、そう言った。
「いいよ。ちょうどテスコ寄ってきたとこだし」
 ミキヤはやれやれと苦笑しながらも、カイの肩をポンと叩いた。
 
「良かったー。なかなかいい人見にこなくてさ。今日のごはん何かなー」
 アキはそう言いながら自分の部屋に戻っていった。
 ミキヤは「ほら、手伝って」と言ってカイを促し、ふたりでキッチンへ向かった。

 私はまた広いリビングにひとり取り残され、部屋の隅をまじまじと眺めたりした。
 人の家というのは、やっぱり落ち着かない。

         *


 丸い木製テーブルの上には、ちゃんとした中華が並んでいた。
 エビチリ、水餃子、ナスの炒め物。炊きたての日本米。

「いっぱい食べてね」
 カイがごはんを山盛りによそってくれた。
「いただきまーす」
 アキが手を合わせる。
 私も「いただきます」と言って箸を持ち上げた。

 ミキヤの料理はお世辞抜きにおいしかった。
 誰かにごはんを作ってもらうなんて、何年ぶりだろう。

「ここのフラットは、いつも一緒にごはん食べてるの?」
 私はさっきから気になっていたことをたずねてみた。
「ミキヤが作ってくれるからついねー。私もまだここに来て三週間なんだけどさ」
 細い体に似合わない食べっぷりで、アキが白米をかき込んでいく。
「どうせ作るんだし、食材も無駄にならないしね」
 ミキヤが微笑んだ。

 ロンドンで、家族みたいに食卓を囲む日本人たち。
 妙な気がするのに、なぜか居心地よく感じてしまう自分がいた。
 

         *


 食事を終え、ほっと一息ついた頃、カイがふと思い出したように立ち上がった。
「のんじゃおうか」
 カイはリビングの飾り棚へ向かい、数本のボトルをテーブルへ運んできた。
「GIN」
「VODKA」
 白いラベルにただそう書いてあるだけだった。
 テスコのプライベートブランドだとカイは言ったが、とてもオシャレに見えた。

「コーラとレモネードもあるよ。どうする?」
 カイが手際よくボトルを開け、氷の入ったグラスに注ぎ分ける。
 トクトクという涼やかな音がリビングに響き、氷がグラスに触れてカランと軽快な音を立てた。

 アキが「カンパーイ!」と賑やかにグラスを掲げる。
 私はグラスを手に取り、少しだけ緊張しながら喉の奥へ流し込んだ。
 アルコールの刺激が胃を熱くして、強張っていた身体を解きほぐしてくれた。

 窓の外では街灯の橙色が、少しずつ濃くなっていた。
 最初はよそよそしく感じたリビングが、アルコールのせいか、それともこの三人の陽気な雰囲気のせいか、少しずつ距離が縮まっていくのを感じた。

 カイが笑いながら、ロンドンでの失敗談を語りはじめる。
 ミキヤがそれに鋭く、でも優しいツッコミを入れ、アキが声を上げて笑う。その輪の中に、私もいる。

 日本から遠く離れたこの部屋で、カイの作ってくれたチープだけど最高においしいカクテルを飲む。
 私は、この国に来て、初めて心の底からほっとしたのを感じた。

「私、ここに決めてもいいですか?」

 思わず、口から言葉がこぼれていた。 

 三人は驚いたように一瞬動きを止め、けれどもすぐに、「かんぱーい!」という歓声と共にグラスを高らかに掲げて鳴らした。



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※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。



【MAGAZINE】

【もくじ】

#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫

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