見出し画像

人物・バンド紹介「ジミーマクグリフ」

オルガン奏者のジミーマクグリフ。紛らわしい名前の多いジャズオルガン奏者のなかでもジミースミスとジャックマクダフの両方に名前が似ていて紛らわしい彼ですがその経歴は大きく異なります。また両者がジャズオルガン奏者を自認しているのに対し、彼は自身をブルースミュージシャンだと公言しています。今回も彼のキャリアを中心に解説していきます。


経歴

 ジミーマクグリフ(以下ジミー。同名の人物はフルネーム表記)は1936年フィラデルフィア生まれ。本名はジェームズ・ハレル・マクグリフといいます。彼が生まれたジャーマンタウンは歴史ある街で歌手のフランキービバリー(メイズ)、ジャズミュージシャンのルーファスハーレイ(バグパイプ)、サンラ、グローヴァーワシントンjr(サックス)らもここが地元です。また彼はテディペンダーグラスがいたことで有名なハロルドメルヴィン&ブルーノーツのハロルドメルヴィンや、サックス奏者、アレンジャーとして有名なベニーゴルソンのいとこでもありました。確かにどちらとも顔が似ています。
 幼いころから音楽の素質があったのかジミーは5歳でピアノを習い、10代までにヴァイオリン、ヴァイブ、アルトサックス、ドラム、ウッドベースの演奏を経験していました。15歳で初ギグをしますがその時はウッドベース奏者としてステージに上がりました。時期は不明なもののアーチーシェップやレジーワークマンとも共演します。
 朝鮮戦争が始まると憲兵(軍隊組織内の警察)として勤務。この時、兵士として来日していたかもしれません。退役するとフィラデルフィアに戻り2年半警官に。マイルスデイヴィスの駐車違反きっぷを切ったこともあったとか。マイルスが簡単に納得するとは思えないのでめんどくさい仕事だったはずです笑。
 
 しかし音楽の魅力からは逃れられず、警官をしつつベーシストとしてカーメンマクレーやビッグメイベルの伴奏をします。しかしオルガンの需要拡大とベースの需要減少(オルガンはベースも弾けるため)に加え、幼なじみジミースミスの活躍と妹の結婚式で聞いたリチャード"グルーヴ"ホルムズの演奏を聴きオルガン奏者を志します。1956年念願のオルガン購入をきっかけに退職するとジュリアード音楽院、ジミースミス、ミルトバックナー(ジャズにおけるオルガン奏者の第一人者。ライオネルハンプトン、アーネットコブ、イリノイジャケーらと共演)からこの楽器に関して学びます。特にミルトバックナーの特徴であったブロックコードソロは彼も影響を受けたと指摘されています。さらに地元の無名のオルガン奏者やジョントーマス、アールグラントからも影響を受けていたほか、カウントベイシーからの影響も受けているそうですが文脈的に奏法というよりはアレンジやパフォーマンスといった部分だと思われます。初めてコンボを組んだのは1960年のこと。この時テナー奏者であったチャールズアーランドはベースも和音もコードも一人で弾いてしまう彼の演奏がきっかけで、後にオルガン奏者に転向します。地元で活動するコンボではありましたが、この地を訪れたアーサープライソック、キャンディド、カーメンマクレーの伴奏もしていたようです。

 1961年レイチャールズのI Got A Woman のカバーを地元の小さなレーベルからリリースすると話題になりスーレコードと契約、ここから再リリースをすると62年にはポップチャート20位、R&Bチャート5位というジャズでは異例のヒットを記録。彼のキャリアは上々のスタートを切ります。ここから65年までスーで7枚のアルバムをリリースしました。と彼は仲間(アフリカ系アメリカ人)向けの音楽をやっていたわけですが思わむところからファンが出現します。それがイギリスです。
 I Got A WomanとAll About My Girlは、イギリスのオルガン奏者のジョージィフェイムが、KIKOはブライアンオーガーがカバーしてモッズカルチャーでも人気を博します。さらにイギリスの海賊ラジオ(当時のイギリスではラジオをBBCが独占していたため、イギリスの法律が適用されない公海の外に船を浮かべて無許可でラジオを放送しているチャンネルがあった。)の一つラジオキャロラインでは彼のラウンドミッドナイト(セロニアスモンクのカバー)が放送終了のテーマとして使われていました。ブッカーT&The MG'sと同列の音楽として親しまれていたのでしょう。オルガン音楽はロックに組み込まれモッドロックはサイケ~アート~プログレ・ハードと続いていきます。

 スーのオーナーでプロデューサーのジャギーマレイが彼のキャリアの土台を築いたなら、次に出会ったソニーレスターは彼のキャリアを確固たるものにしたといえます。彼はユナイテッドステーツレコードのサブレーベルであるソリッドステートをアレンジャーのマニーアルバム、後にAOR界の巨匠となるフィルラモーンとともに設立。そしてジミーを第一弾のミュージシャンとして契約します。ここでは唯一のビッグバンドとの共演作となるA Tribute To Basieをはじめ6枚をリリース。R&B的なスー時代からソウルジャズ的なサウンドに変わります。1969年にソリッドステートとブルーノートが統合されると、ジミーも名門ブルーノートへ移籍します。当時のブルーノートはファンク路線に力を注いでおり、ジミーの作品もジャズファンクとして高い評価を受けています。ここら辺からオルガンのベースパートだけでなくエレキベースを入れた作品が増えます。

ソリッドステートの3人。

 この頃にはクラブの経営にも乗り出した他、ジュニアパーカーとの共演し、キャピタルから共演アルバムをリリースするなど自身のキャリアを一ジャズオルガン奏者から広げ、順風満帆に思えましたが1972年に引退。音楽業界から離れコネチカット州で競馬用の馬を育てる牧場を始めます。しかし、彼の才能を惜しんだソニーは無理やり彼を音楽業界に連れ戻すと、新たに設立したグルーヴマーチャントとの契約をします。71年のGroove Greeseを皮切りにブルーノート時代よりもさらにコテコテのジャズファンク道を突き進みます。ギタリスト二人を従えた刑務所での慰問コンサートやギタリスト三人に師匠であり友人のリチャード"グルーヴ"ホルムズと組んだコテコテの極致ともいえるライブなど、この時期が最も彼のセンスが尖っていた時期であったといえます。しかしフュージョンとディスコの波は容赦なくジミーを襲い、次第にオルガンではなくエレピ、クラヴィネット、シンセなどを弾くようになります。グルーヴマーチャントが倒産しソニーが後継企業のLRCを作るとディスコ色が一層強くなりますがソニーと決裂。78年にここを離れます。ソニーに関しては優秀なプロデューサーであるものの、利益を独り占めするようなタイプで金銭トラブルが絶えなかったようです。
 マイナーレーベルを漂っていた彼に目を付けたのがボブポーター。60年代からプレスティッジをはじめ多くの会社でプロデューサーとしてコテコテ作品を手掛けてきた彼とジミーのコラボは必然だったとも言ってもいいでしょう。またアコースティックジャズの復権は彼をはじめ多くのソウルフルなミュージシャンがフュージョンからソウルジャズへ戻る転機にもなりました。マイルストーンと契約すると60年代風のブルース色の濃いソウルジャズを多数リリース。特にレイチャールズのバンドにいたアルトサックス奏者ハンククロフォードとの双頭バンドや、同じく元レイチャールズバンドのデイヴィッド"ファットヘッド"ニューマン、バーナードパーディとのドリームチームは80年代のソウルジャズリバイバルのなかでも特に素晴らしい作品群を残しています。さらに80年代後半にはB-3ではなく、デジタルを用いたXB-3を使用しMIDI等にも挑戦するなど革新を求めていました。2002年に最後のアルバムのマクグリフアベニューをリリース。2004年には来日してルーベンウィルソン、ジョーイデフランセスコとトリプルオルガンを披露。2008年に72歳で亡くなりました。

チャート成績

ジミーは多くチャート入りしているので今回はそれも紹介します。彼の人気と多くのジャズマンとの違いを感じ取ってもらえると思います。

シングル
I Got A Woman ブラック5位
All About My Girl ブラック12位63年
KIco ポップ79位64年
The Worm ブラック28位 69年

アルバム
I Got A Womanポップ22位
Christmas With McGriff ポップ15位 64年
The Worm ジャズ3位、ブラック10位 69年
Giants Of The Orgun Come Togeher (With リチャード"グルーヴ"ホルムズ)ジャズ22位 73年

演奏スタイル

 ジミーの演奏スタイルは個性の塊のようなオルガン奏者のなかでは比較的個性が薄いものです。しかしウッドベース奏者という経験やテクニカルなベースパートを弾くリチャード“グルーヴ”ホルムズに師事したからかリチャードほどではないもののジミーもまたベースパートは深みのある低音を聴かせてくれます。またサウンドもレスリーやアンプにやや負荷をかけているかのような迫力があります。ここら辺がロック好きのモッドに受けたのかもしれません。特にロングトーンの壁のようなサウンドはジミースミスのそれとはまた違ったすごみがあります。ただ引き出しが多くないうえに企画ものに手を出したりもしないので、どれも同じに聴こえてしまうという評価も否めません。だからこそ繰り返し聴きたくなるし、共演者やアルバムコンセプトの違いを楽しめるとも言えます。
 バンドメンバーとの関係は俺が俺がなジミースミスや、バンド内の一体感を重視するジャックマクダフのちょうど真ん中といった感じ。バンドアンサンブルを重視しつつもソロも尊重する。特にLIve Where The Action AT!でのソーネルシュワルツのプレイはジミースミスのバンドでいるのかいないのか分からない演奏をしていた人とは思えないほどノビノビとしたもので、数作品で共演しているジョージフリーマンの尖りまくったギターはどちらが主役か分からない瞬間もあります。ほかにも後にブラックジャズから作品をリリースするルドルフジョンソンも若い頃はジミーのバンドにいました。
 まとめると高度なことをしつつもグルーヴを忘れず、ポップな演奏ではイージーに流れすぎない。バンドアンサンブルを大事にしつつ、ここぞというとこでは主張を忘れない。バランスの人といった感じです。多彩な楽器の演奏経験や、バンドを支えるベース奏者としての経験が生きているのかもしれません。

ディスコグラフィ

個人的におすすめの作品を紹介します。完全版はDiscogsを参照してください。

I Got A Woman
なにはともあれこれは抑えておきたい一曲です。スー時代のスタジオ盤はこれという一枚に欠けるのでヒット曲をベスト盤やプレイリストで押さえるのもありかもしれません

Live At The Apolo
スー時代のライブ盤。娯楽としてのジャズが好きであれば聴いてほしい一枚です。貪欲な観客を喜ばすために全力を尽くすような熱々の演奏にクラクラしてきます。

The Big Band 
ソリッドステート時代で配信されているのはこれだけ。なので配信派の方にはこれしか選択肢がありません。

The Way You Look Tonight
こちらもソリッドステート時代で最近CDで再発されました。これ以外は入手難度が高いのでフィジカル派は実質これ一択です。

A Things To Come By
聞いたことはないもののコテコテサウンドマシーンで紹介。紹介を読む限りテーマのないブルースジャムが延々続くようです。

The Worm
ブルーノートから(どうやら厳密にはソリッドステートからでたのをブルーノートから再発しているみたいです)。正直ブルーノートはどれもよいので迷いますが、タイトルナンバーは大ヒットしてブルーノートのファンキー系やレアグルーヴ系のコンピに必ずと言っていいほど入っているのでこれをチョイス。個人的にはラストに入っているTake The A Trainのカバーが好きですがこれだけ4ビートのスウィングナンバーなので評価が高くないのが残念です。

Giants Of The Organ In Concert
グルーヴマーチャントから。師匠兼友人のリチャードホルムズとの共演。オルガン二人、ギター三人、ドラムとパーカッションが一人づつというカロリー過多の演奏で、アドリブとなると誰が味方で誰が敵か分からない大乱闘です。スタジオ盤のGiants Of The Organ Come Togetherでは両者と共演経験のあるジョージフリーマンとバーナードパーディを迎えてスタンダードを重量級コテコテサウンドに仕立てています。

The Main Squeeze
ギターにジミーポンダーを迎えた一枚。どちらかというとソウルジャズ的な作品でリリースは74年ですが音的には64年の間違いじゃないかと思ってしまう瞬間が結構あります。

On The Blue Side
時代は飛んで80年代。ハンククロフォードとの共演盤は実はこれしか聞いたことがないのでこれをあげますが、レビュー等を見る限りどれを選んでもハズレはなさそう。でもジミーポンダーが好きなのでハンクと共演盤を全部聴いても、唯一ポンダーが参加しているこれが一番といっている気はします笑。

Straight Up
さらに時代は飛んで98年。デイヴィッドニューマン、フランクウェス、バーナードパーディと一緒に68年の間違いじゃないかと思うようなファンキー&ソウルフルな演奏をしています。

Good Things Don't Happen Every Day
サイドマン作品を二枚紹介。これはブルースシンガーのジュニアパーカーとの共演盤。ブルースでもジャズでもソウルでもありどれでもないといった感じ。はまると何度も聴きたくなる一枚です。

The Last Blues Album
バディリッチの作品でバディ、イリノイジャケーのベテラン組、ジミー、ボブクランショウ、ジョージフリーマンの中堅組、若手ケニーバロンの世代を超えたブルースセッション。ベテラン組のスタミナに驚かされます。

最後にStraight Upのライナーに掲載されていたジミーの言葉を紹介します。ブルースという枠にはまりながら時代時代の新しい要素を加えながら活動を続けた彼らしい言葉だと思います。

Music is like a wheel-when you drive a car down a street, you might go down the same street but you'll run over some-thing today that wasn't there yester-day, so that puts a new look on that tire. And that's the way music is. When it goes over, it picks up some-thing that wasn't there before

訳)音楽とは車輪のようなもの。車で通りを走っていると同じ道を通るかもしれないが、今日は昨日にはなかったものに踏む。そうすると、そのタイヤには新しい痕がつく。音楽とはそういうものなんだ。何かの上を通るたびに、そこには昨日までなかったものが加わるんだ。

参考文献
英版、日本版Wikipedia
Discogs
各種ライナーノーツ
ギターマガジン「進撃のジャズファンク」
元祖コテコテデラックス
ジャズ批評ブックス「Jazzオルガン」
ブルース&ソウルレコーズ 2024年10月号 

紹介済み作品リンク

(ディスコグラフィとのかぶりなし)