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転シバ 第3章:津村家は怪しすぎる

わたくしの名はアン・フランソワ・ド・ジャルジェ。

この家には、元スパイの父、天然の母、常識人の娘、そして高貴なる柴犬(わたくし)が住んでおりますの。

……えぇ、正気を保つのが一番難しいのは、毎朝でございますわ。


大阪のはずれ、金剛山のふもとに建つ一軒家。

自然に囲まれたその家で、津村家は3人と1匹で暮らしている。

父・津村忍。38歳。銀髪の元スパイであり、日常のすべてを「陰謀」として処理する危険人物。 

娘の登下校ルートを狙撃ゾーンと呼び再設計する男。

母・津村静花。おっとりふわふわ天然系。

紅茶とお花が好きで、ズレた発言を笑顔で放つボケ担当。

娘・津村あいこ。

14歳の中学二年生。

この家で唯一の常識人。ツッコミ役。

家族のボケ被害を日記に書いて精神を保っている。

そしてもう一匹、柴犬の「アンちゃん」。

その正体は

「わたくし、元・フランス貴族ですのよ?」

と心の中で常に語っている、悪役令嬢口調の転生犬である。

その朝も、家族は食卓に揃っていた。

「今日の紅茶は“恋する英国の午後”です〜」

静花が穏やかに紅茶を注ぎ、忍は険しい目つきでそれを睨んだ。

「ぬぅっ……味覚操作型の心理兵器……!」

「ただの午後ティーだからッ!!」

あいこの叫びをよそに、ラグの上でアンちゃんが優雅に伏せる。

「アールグレイ……この香り、王家の記憶がざわめきますわ……」

言葉には出していないが、全身でそう語っている。

忍は眉間に皺を寄せた。

「この犬、何かを隠している目だ……!」

「また始まったよ!? 朝から“スパイ疑惑”やめてよ!!」

その日、あいこはついに限界だった。

──夜。

忍は屋根裏からカメラを覗き、「アンちゃんの正体」を暴こうとしていた。

その映像に映ったのは、新聞の上に座り込み、紙面を睨むアンちゃん。

(まったく、民衆というものは……)

「思考が……文字になっている!? 読心能力かッ!?」

「それバーゲンの広告!! 犬用クッションの!! 習性だよ!!」

一方、静花はキッチンでりんごを剥いていた。

「アンちゃん、お夜食にりんごいる〜?」

「その香り……わたくしの胃袋が震えておりますわ……」

アンちゃん、優雅に後ろ足で直立し、前足を揃えて“王室風おねだりポーズ”。

背景にはバラが舞っている(※気がするだけ)。

「うふふ……アンちゃんって、マリー・アントワネットみたい〜」

「どんな例え!?」

──翌朝。

家族は、ついに“アンちゃんの存在”について本気で話し合いを始める。

「この犬は隔離すべきだ。国家機密クラスの存在だ」

「今日ティアラ買ってくる〜。この子、貴族だもんね〜」

「違うってば!!家族が会話になってないのおかしいからッ!!」

そのとき、アンちゃんは静かに立ち上がる。

「……やはり、わたくしなど必要とされておりませんのね……」

そして玄関へ。足音もなく、姿を消した。

──昼すぎ。

あいこは玄関で、アンちゃんの抜け毛とバンダナだけを見つけた。

「……うそ……アンちゃん……」

忍は天井裏から降りてきて静かに言う。

「自ら身を引いたか……」

静花は涙目で、そっと置かれたティアラの箱を見つめた。

そのとき、あいこの目に映ったのは──自分の書いた日記の文字。

『わたしは、家族の唯一のツッコミであり、最後の理性である』

だけど、それって。

「……アンちゃんがいたから、ずっと笑ってたんだな……」

──その瞬間、鼻息が聞こえた。

玄関のドアが、かちゃり、と開く。

雨に濡れたアンちゃんが、びしゃあと入ってきて言った(※顔で)。

「……玉座は、誰にも譲りませんわよ……」

「玉座ってラグ!? 戻ってきた理由それ!?」

「うふふ……でも、帰ってきてくれてよかった〜」

アンちゃんがいると、この家は騒がしい。

でも、いないと、もっと寂しい。

ツッコミも、暴走も、天然も、全部あって――わたしたちの家族なんだ。

To Be Continued…