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父親は「銀河鉄道999」第1話を観て、アニメへの認識を変えた。(改題。私の今後の方針つき)

そこそこの長さがある記事が多いのに、私の記事の更新は、1日に1,2本というたいへん早いペースですが。

おかげさまで、一つ新記事を書くたびに300アクセスは24時間以内に達成できるのが普通となりました。

ご愛読ありがとうございます。

この量産性の背景ですが、これは私がべースラインとしてはすでに年金生活者であり、月17万、極論すれば何もしなくても生きてはいられる状況下にあるからです。

開業カウンセリングルームやってますが、えーーっ!というほどお客さん少ないということは、前も記事で書きました。

一応昼間はB型作業所で「バイト」ということにはなってはおりますが、実態はスタッフや利用者さんと雑談しているだけ、このnoteの執筆のようなことは自由にやらさせていただいています。

私が少なくともフォーカシング技法の領域ではレジェンドそのものであることは、まあ、若い世代には知らない人も出てきているかと思いますが、中堅より上の、フォーカシングを学んでいる人にお尋ねになれば明白です。

むしろ、フォーカシング関係者には、「アンタッチャブルな域の、危険人物」視されていることも少なくないかと思います(笑)

こうなったのにはいろいろな事情があります。

私が大学院に入り、フォーカシングの世界に「彗星のように」登場(大爆笑)した当時は、「どこの馬の骨ともわからん奴が、村瀬孝雄門下の名前を引っ提げて跋扈し始めた」という顰蹙も影でささやかれていました。

何しろ、学部で心理も学んでいない、カウンセリングの現場経験もない奴が、突如、日本のフォーカシングの既成の研究実践家を前に、学会とかでフロアから私見をとうとうと述べるわけですね。

こっちは、こうやって大学院に入れば、日本にはすでに立派な経験と業績を積んだ「先輩方」がたくさんいて、いろいろ教えてもらえると期待していたのですが、あれ?なんか違う?

あの?この学会誌論文、ジェンドリンの体験過程理論について、全く「誤読」しとらへん?

ジェンドリン、そんなこと言ってない!

(こういうのは「オリジナリティ」ではないひとりよがり

 👆さすがに、面と向かっては、言わんけど。

阿世賀の心の声

信じられねえ!
ひとりでジェンドリン読んでただけの私の方が、理解が正確かよ!!!

これは悪い夢を見ている。

いくら特に勉強しなくても、中学時代から国語は学年1が定位置(一応教員養成大学付属小中出身っす)で、もったいないから漢字の書き取りだけは追加でして1番維持確実にすっか!という状況、つまり、書き手の意図を全く自分の主観で歪めずに正確に「読解」する才能を天から与えられていようだと自分でもしぶしぶ認めるしかなかったとはいえ。

ちなみに共通一次試験国語自己採点200点満点200点、それどころか東大共通一次試験施行前の国語の二次試験の過去問、全問正解でしたあ。

もう、自分でもわけがわからねえや。

あえて言えば、幼稚園時代に親がブリタニカ百科事典の日本版を家に置いてくれてたんですよ。50音順の。

それを飽きることなく延々と思いつくままにめくるガキではありました。

最初の一項が「愛」という項目で、

「古代ギリシャではアガペーと呼ばれ・・・」

云々という、ガキのロマンチックな期待を裏切ることが書いてあったのはよく覚えています。

実は幼い頃は、ありがちな絵本子供向けの物語は、親が買ってないわけではなかったけど、家には少なかった。

宇宙や動物の図鑑は他に結構ありましたね。
それを飽きることなく読み返していた。

つまり、子どもの頃の私の文章理解脳は、フィクションで形成されてはいないわけです。
むしろ理系的な明晰で論理的な文章理解という方向性のみが育成されていたわけですね。おそらくこれが効いてます。

フィクションは・・・・もっぱら「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」リアタイというアニメと、 

「ジャングル大帝」については👇️こちらを参照。

「ウルトラQ」リアタイという特撮。

なお、映画に関しては、久留米では「ゴジラ」シリーズの系列映画館はなかったんですが、「ガメラ」シリーズはリアタイで親に連れられて見てます。

特に「ガメラ対ギャオス」にはむやみと興奮して繰りかえし連れて行ってもらって、客席から勝手にしゃべくりまくり絶叫応援モードしていたという迷惑なガキだった記憶がある。

あと、どういうわけか「海底軍艦」リアタイで観れてるようなうっすらとした記憶はあります。3歳のはずだが福岡市の映画館に連れて行ってもらったのか?

そしてNHKの「ちろりん村とくるみの木」からの人形劇、少年ドラマシリーズ、

そして親と一緒にみていた田宮二郎の白黒版「白い巨塔」(幼心に、すごく怖い話と感じてました)」とか

渥美清の「泣いてたまるか」(「男はつらいよ」の元ネタ)や

新珠美千代の「細うで繁盛記」(これまた幼心に無茶シビアな話と感じてた)や

藤田まことの「てなもんや三度笠」

とかで形成されているわけです

東京オリンピックの女子バレー「東洋の魔女」リアタイの鮮明な記憶はあります。

「東映まんがまつり」では、なぜか「わんわん忠臣蔵」に、異様なまでの思い入れがあります。「明らかに」複数回映画館で見ている。親がそうしている。

「びっくりしたニャン!」とかもリアタイで観てますが。

これは、満洲国中の高等師範学校などを見てまわる「視学」をしていた(著書も遺されている)が、正体は関東軍のスパイだった祖父が満州からの引き上げの際に宿営地でピストル自殺している(というか、脳内記憶という機密をソ連軍に接収されないように、関東軍から自殺を命じられた?)というトラウマとどこかで関係ある気がしてます。

「親殺しへの復讐」的なテーマに非常に敏感に反応する家系なんですよね。

話は時系列的に「敢えて」飛びますが、先ごろ、ついにメーテル役の池田昌子さんがお亡くなりでしたが、実は「銀河鉄道999」TVシリーズ開始の時にホームビデオで録画してまして。

父親は8ミリ撮影愛好家でしたから、8ミリの後継のホームビデオ導入はすごく早い家でした。

当時のカメラ撮影のために持ち運ぶデッキは、今でいえばミニタワー型デスクトップPCを持ち運ぶようなサイズのデッキを肩にかけてでしたが、TVチューナー部分は外付けで切り離して自宅の残す形(予約タイマーもなかったと思う)だったわけですね。当然標準モードのみ。

中古市場検索する限り、こんなタイプだったかと。

まあ、そういうので「ヤマト」再放送とかをVHS標準モードで録画・保存することは親に許してもらってたわけです。

…で、どういうわけか、TVシリーズ第1話を録画したものを、珍しく父親と翌日に一緒に観たんですよ。

なぜ父がこの時そうしたのかはよくわからないんですが。

ご存じ、鉄郎の母が機械伯爵に殺されるエピソードですね。

父親は、明らかに「凝視」していました。

終わって、何も言わなかったです。

そのまま静かに立ち去りました。

それから、それまで、アニメファンになったからの私を小馬鹿にしていた(「ヤマト」のポスターを自分の部屋の部屋に張った時は思い切り嘲笑していた)のに、一切そういう態度をとらなくなったのは確かです。

南満州鉄道の線路沿いに、父が自殺した後母と逃避行した自分の思い出を、父が重ねてしまい、「松本零士のアニメって、捨てたものではない」と父が思い始めたのは間違いないことです。

そのあとの父は、私が頼んでもいない999の超合金モデル買ってくるわ、週刊誌の松本零士のインタビューを見つけると、松本先生は小倉で生まれたとされていますが戸籍上は福岡県久留米市だったことを知り、

「どうしてこのムサい男が、あんな美女を書けるんや?」

父は、「999」第1話一発で、完全に私がアニメ好きであることの味方になっちゃいました。

亡き父母

…自分でも意外ですが、このことを文章で書くの、若き日のアニメ雑誌投稿者時代から、今日まで一度もなかったですね。

メーテル役の池田昌子さんが亡くなったことと、

実はこれまでの日本のアニメの歴史を築いてきた先達が、みな戦中派だったことの意味を、きな臭い今のご時世、再確認する

意味でも、

このエピソードを、
本筋から離れるのを承知で、
謹んで紹介させていただきます。


話題をもとに戻しますね。

つまり、

フィクション=「映像」

という子供時代の体験が、その後の私に決定的だったとは思います。

いずれにしても、そういうわけで、どういうわけか、ことフォーカシングに関してだけは、どうも私は天賦の才の持ち主「らしい」、ということを、しぶしぶ認めるしかなくなった私でした。

こういう体験って、当事者の立場に立てば、どう感じると思いますか?

自分には、特に努力した、という意識がすっぽり抜けているわけですよ。

「当惑」に近いんですよ。

困ったことになった、

トンデモナイものを神様に背負わされた

という感覚なんです。

おそらく、
そういう境遇になったひとでないとわからない

「重荷」と「プレッシャー」

なんですよ。

「選ばれし者の、恍惚と不安、ここにあり」って奴ですね。

もとはヴェルレーヌの詩集にあり、それを太宰治が引用したそうですが、私はどちらも原典は読んでない。

私がこの言葉を知ったのは、押井守さんの「うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」(劇場で18回見るという最多記録保持。あくまでも入れ替え制のない当時のことですが)の、メガネの長台詞でした。

ちょっとGrok様にこの点だけ解説依頼いたしました:

出典と訳(要点)

出典:太宰治が短篇 「葉」 の冒頭に掲げたエピグラフは、フランス詩人 ポール・ヴェルレーヌ(Paul Verlaine) の詩群 Sagesse(邦題「叡智/智慧」) に由来します。太宰は堀口大学らの日本語訳を参照してこの一節を採用しています。青空文庫等の本文でも冒頭にその引用が確認できます。

太宰が掲げた日本語表記(本文での形)「撰ばれてあることの 恍惚と不安と 二つわれにあり」

原句の意味(逐語的な説明)「撰ばれてあること」:直訳的には「(神や運命に)選ばれていること」「選ばれた存在であるという状態」を指します。ヴェルレーヌの原詩では宗教的・救済的文脈が背景にあり、「神に選ばれた者」という信仰者の自覚が念頭にあります。
「恍惚」:陶酔、歓喜、至福の感覚。選ばれたという誇りや高揚を示します。
「不安」:畏れ、責任感、自己不信、あるいは選ばれたことに伴う重圧や恐れ。
全体の含意「自分が特別に選ばれている」という感覚は、同時に歓喜と深い不安を伴うという二重感情を簡潔に示す表現です。原詩の宗教的語感は、太宰の文脈では作家的自意識や才能に対する自負と不安へと比喩的に転用されています。

Grok様のご回答

まだ20代で若い私にとって、これは非常な不安定要因。

まだ心理職として現場に出てないどころか、社会人経験皆無ですよ!!

そして、日本のフォーカシングの世界で「神聖視」されているジェンドリンの直弟子の池見陽先生までもが、

君の存在について、はじめて、君の恩師の(村瀬)孝雄先生から紹介された時に言われたんだよ。

「天才が現れた」

ってね。

池見陽先生が
お会いして2年くらい経ってから
ふたりきりの
しかも
酒すら入ってない時に
ふと口にした言葉

こういうことを真顔で言えるから、私は池見先生の、自惚れない、根の誠実さを信頼しているのですが。

いずれにしても、こういう状況って、絶対的な孤独です。

心の底に、誰ともshareできない領域を持つ、ということです。

そこは、「運命の神様」との、二人きりの対話の世界です。

マジ、「運命の神様」というものとの関係性信頼していないと、容易に心身のバランス壊れる次元です。 

神様が丁半博打を仕掛けて来ている。

神様とタイマン張るか?!

そのバランスを維持させたのは?

・・・まさに、

アニメと音楽を浴びるほどに体験し続けていたから

こそだと思います。


そういうわけで、若い頃の私には、時折、「ご狂乱」の時代がなかったわけではないです。

特に、離婚に至るまでの展開が、普通の人が体験できない地獄でしたから。

彼女が悪い、というわけではないのですね。一言でいえば、彼女の「血」の宿命的呪い、彼女もその被害者ですから)

離婚後は「適応障害」のうつ状態になり、仕事を控えるしかなくなりました。

それが、私が一度、最前線から姿を消すきっかけでもありました。


そういうわけで、離婚後して復帰して以降私すら、ある意味で一般的で「良識的」な心理業界人の常識を超えているというか、「いろいろやらかしてきた」ことの記憶がそうした人たちから消えていないという側面もあります。

その「やらかしてきた」ことについては、お相手たちの個人情報とプライバシーにも関わりますので、その相手の人からネット上ではっきり抗議を受けない限り、現状ではその片鱗しか書かないことにしています(それでも結構書いてるか!)

抗議を受けたら、誠意をもって申し開きする用意もありますし、その内容のは読者の皆様は納得していただけるはずという自負はあります。あっさりここまでは認めるかよ・・・と皆様拍子抜けされるはず。

つまり、現状ではもはや「スキャンダル」ではないという、はっきりとした「見立て」ができています。

実は業界界関係者の間では、公式に話し合った上での「けじめ」がついていることなのです。

所属機関の会議で決定された「償い」済み。メーリングリスト上の議事録すら存在します。

現在の私が学会やフォーカシングの集いでどれだけ紳士的で、他の参加者や若い人たちに丁寧に接する腰の低いふるまいしかしないかは、リアルに私と会う人は皆お感じのはずです。

「我以外すべて我が師」

・・・吉川英治のこの言葉が私の座右の銘です。

実は私はこうしたネット空間を含めて、実は「場の空気」を周到に読みまくるタイプでしょう。

空気を読んで上で、必要を感じた時に、意識的かつ確信犯的に、敢えて「場の空気を読まない」、相手を一瞬凍りつかせることをむしろ意図したふるまいをするという戦術臨機応変に使いこなせるあたりが、私の年齢、そしてWindows95発売時にネットはじめてすぐに「ホームページ」立ち上げて、パソコン通信にもすぐにコミット、某心理系(ニフティでいう)フォーラムのシスオペしてネット婚という、「こころのファイアウォール」鉄壁なネットの使い手(私に下手に絡んだら何されるわからない、と感じている方少なくないはず)ならではのものがあるとは思っています。

つまり「恐モテ」化すらしている。

これは多くの心理カウンセラーアカウントの常識を完全に超えた存在の在り方であり、しかも心理・精神医療系の人気YouTuberとも全く異なる孤高の在り方になっているかと思います。

まるで類型がない。

人によってはオリジナリティありすぎといういうでしょうが、私は、時々書くように、自分にはオリジナリティなんてほとんどない、いや、オリジナリティなんていう「概念」自体が無価値、それどころか単なる自己陶酔だと思っています。

人は、他の人からの影響を組み合わせて、ちょっとだけ「カスタマイズ」する以上のことはできないよ。

でも、それだけで、学問という世界は、ノーベル賞級の業績になる場合もある。


さて、今後の私のこのnoteアカウントの方向性ですが。

6月中ばに想定していた大分市に移住は、実は8月半ばに延期の可能性も出てきました。

大分移住直後の資金力にダメ押しで余裕確保のためですね。

福岡市早良区の九大西新プラザと早良区市民センターを舞台にした、私の主催する連続セミナーの開始が当初の想定より少し遅らせて、5月下旬頃第1回とみなすようになったこともあります。

これは広報衆知期間の確保のためでもあります。

現在、すごい大物の話題性のある先生方複数との前向きな打ち合わせや交渉できてますし、ネットには頼らずにパンフとかも印刷郵送して九大系人脈も駆使しますから、参加者集まることには特に心配してませんが。

それでも「ダメ押しに」蓄える。

そのためならまたもや警備員でも野菜選果場でも何でも日払いバイトするわい。

こんな、働いて収入得る手段に開き直りの境地の心理職どこおるねん。

こうした事業の新展開に向けての、ネット上の「お膳立て」のステップの本格化をしていくことになると思います。

もっとも、私って、インフルエンサーになることはないタイプと思います。

時代に広汎に受け止められるような存在のあり方するには、実は、読み手にとっても

「♪重すぎるっつーのー♪」
(可愛くてごめん)

だし、
自分としてもそこまでして活動するのは

「♪重すぎるっつーの♪」

ですね。

知る人ぞ知る、
が分相応と思い定めています。
・・・おそらく「生前」は。

・・・で、私が描いた数年後の自分のイメージが、


「大分市のB型作業所がバックヤードの、
中古書店兼中古オーディオショップ兼カフェ兼ライブハウスのオーナー。

現場カウンセリングの大半は自分が育てた若手非常勤に任せて、
自分は中古オーディオショップの試視聴コーナー(7.1chドルビーサラウンドで映像も映せるライブシアター環境)に常駐して、
アニメや音楽と世間話ばかりしている。

そうした中にはちらほら遠路はるばる会いに来てくれた人もいる

となるわけですね。


そうした中で、このあとすぐに実現していくのは、

  1. 旅レポートシリーズ

    高千穂への「推しの子」聖地巡礼は4/23-24の予定ですが、この帰りを、

    A案】 : 
    高森側に引き返して、南阿蘇鉄道を皮切りに立野スイッチバック阿蘇中岳火口熊本城、水前寺公園をはじめとする熊本市内観光→久留米帰還

    B案】:
    延岡
    まで五ヶ瀬川沿いにサイクリングで出る。ここから大分方向にJR各停(一日に2本しかない)で大分に移動してネカフェで一泊して、久々の大分観光(高崎山や別府地獄めぐり等)をしたうえで久留米へ各停で帰還

    このとっちを取りたくなるかは成り行き任せと思ってます。

    〇実は高千穂行きの前に、19日(日)あたりに、西鉄特急で15分の柳川観光をやりたいと思っています。
    定番のお堀の川下り、北原白秋ゆかりの地の訪問、どじょう鍋と地酒、いうあたり。どじょう鍋はまだ食べたことないです。

  2. 美術館・博物館訪問シリーズ:

    これは、久留米市美術館で、現在、東京の旧ブリジストン美術館、現石橋財団アーティゾン美術館の里帰り展示がなされており、私が子供の頃は常設展示で当たり前のように身近に鑑賞できた、青木繁、坂本繁二郎、古賀春江という久留米の三大画家を観れますので、これは10日(金)にねじこめるかな?と思ってます。

    11日(土)には、ディズニーのMASEY'S EXHIBITION マセイ展が天神に来てます。これはエントリー済み。

    あと、北九州マンガミュージアムも遠からず訪問します。

    福岡県立美術館やなせたかし展も開かれてますね。
    これはMASEY展を観た後でハシゴ予定。

    あと、大宰府の九州国立博物館も久々に行ってみます。
    大宰府については、日本経済大学の年間12回の大宰府の歴史についてのハイブリット(通いでもZOOMでもOK)連続講座というのにも興味持ってます。受講料も安いし。

  3. コンサート・ライヴ鑑賞シリーズ

    これがどれだけできるかは、私の今後の収入次第ですが、最初のは今度の12日に文化ホールでブラスバンドのコンサートはすでに予約してます。「ドラクエ」組曲、「オペラ座の怪人」組曲という私の喜ぶのも含まれてましたし。

    この後が、おそらく18日(日)のアクロス福岡での九州交響楽団の定期公演の、ブリテンのバイオリン協奏曲とウォルトンの交響曲第1番という、でたらめに渋いプログラム。

    切符は年金の入る15日にしか買えないのですが「客来るのかよ」と心配になる域の空前の渋い選曲ですから、満席あり得ないと思ってます。

    私がなぜ、イギリス音楽の記事連載始めたか、というのは、このコンサート体験記とのタイアップになるからですね。

    このあとは、「マクロスフロンティア」の菅野ようこさんのメドレー、とかいう、期待してもいなかったプログラムの演奏会があり、予約すると思います。

  4. その他

    主催する講演会に現地の専門家の先生を講師をお呼びするために、周到に準備している「水俣病」関連の記事と、これまた専門家の有力な先生を講師にお呼びする予定の「オープンダイアローグ」についての記事は、どちらも、私としては珍しい域にまで準備してから書くつもりです。

7日(火)のうちに行けましたので、8日のうちに記事書けるかも?


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