【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#7】
予兆
【あらすじ】
かつて魔族として「奪う力」を授かった青年・レオルは、人間やエルフとの出会いを経て、「誰かを守る力」へと己の力を変えていく。
ある戦いをきっかけに、人工生命体であるグレイシャを救うために動き、魂に取り憑いていた存在ゾラをも内に抱え込む形で、彼女の心を守り抜いた。
一方、禁術を使い命を賭けたエルフィもまた生還し、失われそうな日常が再び宿り始める。
平和を取り戻したギルドハウスの日々……
しかし、ロロス王国内で冒険者としての依頼をきっかけに、再び怪しげな事態に巻き込まれていく……
【主な登場人物】
■ レオル
【種族】魔族|【職業】魔戦士|【属性】闇/魂
魔族でありながら優しき心を忘れない剣士。
魔剣を操り、相手の能力を奪うスキルを持つ。
魔剣に魂を取り込みながらも、自分を見失わない精神の強さを持つ。
冷静で器用、人との距離感が絶妙に掴めるが、自分のことには鈍感。
■ ジュラ
【種族】人間|【肩書】龍拳士|【属性】闘気/龍気
武術に生きる拳士。レオルの良き相棒であり、誰よりも“強さ”に憧れる。
本心では“仲間との日常”を何よりも大切に思っている。
■ ミレニム
【種族】人間|【肩書】魔術師、召喚術師(魔女)|【属性】炎/理性
クールなリーダータイプ。計略・陣術に長け、召喚術を自在に使う魔術師。
仲間を支える陰の主役。
■ ハクロ
【種族】獣人|【肩書】斥候/レンジャー|【属性】風/影
獣人の斥候。
洞察力と嗅覚に優れ、レオルの弟分的ポジション。面倒見がよく、裏方としての手腕も持つ。
グレイシャの世話係でもある。
■ エルフィ
【種族】エルフ|【肩書】元精霊使い|【属性】自然/光
元エルフの族長候補。世界樹の力を扱えたが、今は精霊術が使えなくなっている。
優しく感受性豊かで、涙もろい。色々と空回りする一面も。
● グレイシャ
【種族】ホムンクルス|【肩書】元魔剣士|【属性】なし
元ホムンクルス。戦闘兵器として生まれたが、レオルたちとの出会いで「普通の生活」を取り戻しつつある。
レオルを「パパ」と呼び慕う。実年齢不詳。
● ゾラ
【種族】魔族/霊体|【肩書】魂縛師|【属性】魂/闇
グレイシャの魂に宿っていた制御人格。
現在はレオルの中に存在し、グレイシャの保護者としての役割を担っている。毒舌だが、どこか憎めない一面あり。
● カリウス
Aランク冒険者で「赤き砂」パーティーのリーダー。実力と人望を兼ね備えた若き指導者。
● ミィナ
カリウスの部下でスカウト担当。ミレニムとは旧知の仲。複雑な感情を抱えながらも、冷静な観察眼を持つ。
● エイラン
「赤き砂」の若手メンバー。少々軽率だが情に厚い。
● リン
路地裏で暮らす少女。ある才能を持つが、かつて虐げられていた。レオルを恩人として慕っている。
● シンエン
妙齢の女性。忘れられた「古き者」であり、謎の紋章の手がかりを探している。レオルに助力を依頼し、彼の正体に気づいている節がある。
● カレン
ギルド職員。仕事はできるが堅物としても知られる。実はレオルとは裏で情報提供をしている協力関係。
予兆
「お金が足りません!」

ミレニムが朝食の後に、外着を持ち出してきた。それに袖を通すや、開口一番そんなことを言いだした。
「この前よりは、いいってことだよね……足りないってことは、少しはある、ってことだよね?」
ジュラが、手袋をつけながらミレニムを見遣る。
「その前向きな感じは嫌いじゃないけど、今は必要ないの!……今ウチのパーティーは、支出が増えて収入が変わらない……お先が、暗いんです!」
「姐さん、ちょっと落ち着きましょうや……お嬢がびっくりしてますよ」
グレイシャがレオルの座る椅子の背もたれに掴まり、隠れるようにしている。

「ミレニム、怖い……」
グレイシャの髪をなでながら、レオルが皆を見渡していく。
「大口の依頼が回ってこないからな……この間の依頼で俺とジュラはCランク、ミレニムがBランクに上がったわけだが、なかなか見合う依頼がないな……他のパーティーは、どうやってるんだ?」
ミレニムやハクロを見ると、二人とも困ったような顔をして、視線をやっている。
「Aランクのカリウスのところだと、貴族とのつながりがあるから、護衛とかで手堅くやってるみたい。他は……」
ミレニムが、ハクロに目で後を続けるように頼む。
「Bランク帯ですと、それぞれの狩り場を確保したり、よその国まで行ってダンジョンに潜ったりと色々ですね……ウチもBランクなんですが、そういった定期収入のアテがまだない状況です」
「それは、他のパーティーがよほど優秀ということですか?」
エルフィがお茶を皆に配りながら、ミレニムにそんなことを尋ねる。
「ウチのパーティーが、ダメみたいに言わない……多分、私が上手く立ち回れてないんだと思う。カリウスのとこは、ミィナがいろいろと動いて貴族から貴族を紹介してもらってるらしいの」
「要は、既に陣取りが終わってるだけだ……ミレニムのせいでもないだろう。ハクロ、そのあたりを暇をみて当たってもらえないか?」
ハクロが難しい顔をして、腕組みしている。
「兄さん……ふわっとした感じで、相当に難しいこと言わんでください……やってはみますが、アテにはせんでくださいよ」
「分かっている……ミレニム、エルフィとジュラを連れて、目ぼしい依頼を当たってくる……ミレニムは、森の探索の同行依頼だったな」
ミレニムが、杖を取り上げると立ち上がり、窓の外を見遣る。
「もうすぐ、来ると思うわ……昔からの指名依頼で、貴族のお嬢様だと思うけど、お忍びの腕試しらしいの……変わった人で、あまり喋らないのよ」
「気をつけてな……とにかく、今のところは小まめに依頼をこなしていこう……グレイシャ、留守番していてくれ」
「パパ、早く帰ってきてね」
レオルはもう一度、グレイシャの頭を撫でると、ジュラとエルフィを伴って扉に向かう。
「レオル、気を付けて。ジュラとエルフィも頼んだわよ」
扉が、先に音をたてて開かれる。
ミレニムが言っていた客のようだ。繊細な刺繍を施されたフードを目深に被っている。

「……ミレニム、来た」
ミレニムが慌てて、少女の傍に駆け寄る。
「いらっしゃい、リゼルさん……さっそく行きましょうか」
「……誰?」
レオル達の方に、少しだけフードが向けられる。
「パーティーメンバーです。彼がレオル、こっちがジュラ、エルフィ……あと、獣人のハクロです」
「よろしく……ミレニムが、いつも世話になっている」
レオルが手を差し出す。
「握手は……ごめん」
少しだけ頭を下げてくる。
「いや、こっちも不躾だった……失礼をした」
レオルも、僅かに礼をするとジュラ達をともなって出ていく。
「私達も行きましょうか」
ミレニムが扉を開けて、外に踏み出す。
「あの人……ランクは?」
「レオル? Cランクですよ」
ミレニムの横を追い抜いて、前に出るリゼル。
「もう少し上かと……勘違いした」
彼女の呟きは、小さすぎて誰にも届かなかった。
昼過ぎのブラッドレインの冒険者ギルドは、相変わらずの賑わいだった。
冒険者ギルドの掲示板の前で貼り紙を見ながら、レオルがふと思い出したように、エルフィに指輪を渡してきた。
「エルフィ、これを渡しておく……身につけておいてくれ」
台座に青色の玉が嵌め込まれた、スッキリとしたデザインの指輪だった。

「え、え?……これって、人間さんでいうところの、俺のモノになれ的なものですか?!……」
「……求婚ってこんな感じなんです?!……こんな雑にレオルさんに、もらわれるんですか、私!?」
エルフィが、いきなり指輪を落としそうになるほど慌てふためく。
「レオル……説明してあげないと。エルフィのことだから、ギルド内であらぬ誤解を振り撒きまくると思うけど……」
ジュラが目を細めて、レオルを非難がましく見てくる。レオルはひとつ息をつくと、エルフィの腕を掴んで隅の方のテーブルに連れて行って座らせた。
「レ、レオルさん、こんなところでプロポーズされても……私、困ります」
「エルフィ……聞いてくれ。それは、俺の魔剣と同じものだ……」
レオルが声を潜めて話しだした。
「え、これが、ですか?」
エルフィには、ミレニム達と同様、レオルの過去や能力について一通り、説明は済んでいる状況だ。
それを聞いた時、エルフィは少しだけ泣いて、頑張りましたね、とだけ言ってくれた。
「そうだ……エルフィが精霊術を使えない、って言っていたから、急遽用意したものだ……」
「……土系の操作スキル、それを仕込んでおいた。君は薬草採取をよく引き受けるが、魔物と出会う危険がないわけじゃない」
「だから、いざとなったらこれで身を守ってくれ……手持ちの魔族のスキルのうちで、精霊術に近いものを選んだのは、そのためだ」
エルフィは、話の途中から手元の指輪を真剣な目で見つめていた。
レオルが、自分のことを本当に考えてこれを作ってくれた……そのことが、ひどく嬉しかったのだ。

「これ、大切にします!」
エルフィは包み込むように、指輪を胸元に抱え込んで受付の方へ走っていった。
エルフィは今、レオルの顔をまともに見れなかったのだ。
「……じゃあ、僕は町外れの牧場に向かうよ。なんか魔物が出るみたいだから……エルフィの薬草採取と方向が同じだから、護衛も兼ねて一緒に行ってくるよ」
ジュラが、ひらひら手を振って背中を向けた。
エルフィは、容姿のせいかよく声をかけられたり、絡まれたりすることがある。
そのためジュラは時々ではあるが、自然とエルフィの用心棒をかって出るようになった。
「レオルさん、また後で」
ぺこりと一礼すると、エルフィもジュラを追いかけていく。
「ジュラ、頼んだ……エルフィも、気を付けてな」
エルフィは嬉しそうにもう一度軽く頭を下げると、ギルドを後にした。
レオルも、町外れの商人の用心棒の依頼を窓口の事務員に受ける旨を告げる。
「承知いたしました……
レオルさん、大分慣れてきましたね。この間の護衛された方、またレオルさんにお願いしたいとの言葉を頂いていますよ」

「それは素直に嬉しいな……よろしく伝えておいてくれ。こちらからもぜひお願いしたいと」
顔馴染みになった事務員のカレンは、頷きながら手早く手元の書類を作成していく。
「エルフィさんも、薬草採取がなかなかに評判です。丁寧に処理が出来る方は貴重ですから……」
「ありがとう、カレン。エルフィも喜ぶよ」
「では、こちらにサインをお願いします……」
カレンが契約書の下の方に指を添える。そこには、何か書かれた紙片がクリップでとめられていた。
『赤い砂に、釣りの気配』
釣り、つまりヘッドハンティングの隠語だ。赤い砂は、パーティー名だ。
レオルは、目だけで礼を述べると、カレンは何事もなかったように書類を手元に引き寄せた。
「マスターが今度、お茶をご馳走したいと言ってましたよ……うらやましいですね」
「マスターステラに、楽しんで貰えるような話題がなかなかないのが、難点だよ……」
レオルは、苦笑して窓口を後にした。
いつか、カレンにはお礼をしたいが、どうしたものか、と少しだけ頭を悩ませながら、レオルはギルドを後にした。
運命とは必然である、とは、あの賢者エリスの言だったか。 レオルは、なぜかそんなことを思い出していた。

「レオルさん……だったよね。今、時間を少し貰えないかな?」
カリウスのパーティーのスカウト、ミィナがギルドから少し出た処の店先で待っていた。
レオルは知らないことだが、いつものミィナとは違ってうわついた風情が一切ない。
「ミィナさんだったか……時間は、あまりとれないのだが……ここで話すのか?」
「あちらの店に席を取ってあります」
そう言って近くの食事処にレオルを導く。
準備万端、待ち構えていたらしい。
カレンの情報が、こんなすぐに役立つとは……とレオルは、半ば感心に近いものを感じた。
混雑した食堂の奥の個室にレオルは通された。
「はじめまして、レオルさん……「赤き砂」のリーダー、カリウスです」

パーティー名は、基本的に自分達の絆を強めるためにあるが、A、Bランクのリーダーを戴くパーティーには、ギルドもその名で登録することを認めている。
実績が伴う故の特例だ。他のパーティーの見本になれば、という考えもあるから、とはミレニムの言。
若いながらも、貫禄を備えている人物……レオルの第一印象だ。他にミィナともう一人若い冒険者が、カリウスの横に立っている。
「レオルだ……噂はかねがね」
「良い噂だと良いのですが……とりあえず座りませんか」
レオルに、席を勧めてくる。
食事も勧められたが、飲み物だけ頼むことにしておく。
「まず、結論から述べさせてください……我がパーティー『赤き砂』に入って頂けませんか?」
レオルは、少しだけ吹き出しそうになった。
実際は軽く息が漏れた程度だったが……
「アンタ、失礼じゃないか!……カリウスさんの前だぞ」

横にいた、若い冒険者が怒りも露わに立ち上がる。カリウスがそれを手で制止する。
「エイラン、座ってくれ……」
「……レオルさん、私は、そんなに可笑しいことを言っだろうか?」
「いや、今のはこちらが悪い。失礼した……」
レオルが、ひと呼吸して場を調える。
「……私のようなランクの低い者を、何をもってそこまで評価してくれたのかと思ってね……
私は流れ者でミレニムに拾って貰わなければ、どうなっていたか分からない。その程度の者だからね」
カリウスも表情を僅かに崩して、運ばれてきた飲み物、珈琲を勧めてきた。
苦い珈琲を飲むと口の中が、スッキリするときがある。
レオルは、ロロス王国に出てきてから、この飲み物を好んでいる。
「君は、自己評価が低いのではないだろうか?
私のメンバーにもエルフの弓手が一人いて、世界樹の事件、少しは耳に入ってきている……
首謀者の魔族とたった一人で渡り合った、とね。これが事実なら、まずAランクは確実だろう」
世界樹の件、魔族の仕業となっているのは、もともとリーファーナ王が手を回してくれたからだろうが、レオルがゾラと戦ったことが漏れているとは……
エルフは身内同士の情報のやり取りが、王の統制下にないということか。
……人間とは違った価値観、故か……
レオルは、心のなかでため息を漏らした。
「カリウスさんのところは、情報収集能力が高いな。メンバーのランクも高いと聞いている……」
「……今さらこの俺が必要とは思えないが……
失礼、この際、俺でいかしてもらうが、君たちにとっては異物になる可能性もあるぞ」
「メンバーの練度は、高い。それは確かだ」
「だが、人材というのは、得る機会がなかなかに訪れない……
特に君のような逸材は。報酬は約束させて貰おう」
カリウスの瞳を見ていると、世辞ではなく真剣に言ってくれている。それは、分かる。
「ありがとう、カリウスさん。そこまで評価してくれたことは、素直に嬉しかった……」
「……だが、俺はミレニムのパーティーが、非常に気に入っているんだ。
今の仲間も、家族みたいなもので、俺を受け入れてくれている……本当に申し訳ないが、断らせてもらう」
レオルは、静かに笑って頭を下げる。
ここまで丁寧な断り方をしてきた冒険者は、いないとカリウスは記憶している。
彼は、不思議と悪い気がしていない自分に軽い驚きを覚えていた。
「そうか……こちらの勧誘を断る者はこれまでいなかったが……非常に、残念だよ」
軽く笑って、カリウスはカップに口を付ける。
「あんた、レオルだっけ……
ミレニムって魔女は、そっちより実力は下なんだろう?……不満、とかないのか?」
カリウスの横に座るエイランと呼ばれた若者が、出し抜けにレオルにそんなことを聞いてくる。
カリウスを挟んで、隣に座るミィナが何か止めるような様子を見せていたようだが……
「いや、全くと言っていいほどに不満はない」
本心で言っている事が分かる口調。
エイランが、思わず口笛を吹くほどに。
「ミレニムは、リーダーの素質が高い。これまでは機会に恵まれなかっただけで、とても優秀だ……
到底俺の及ぶものではない」

エイランは腕組んで、背もたれに体重を預けるように座りなおす。
「べた褒めだな。あんた、変わったヤツだな」
ほんの少しだけ、見直したような雰囲気がある。
「俺はてっきりさ、魔女や他の女性メンバーを独り占めしたいから、辞めたくないのかと思ってた……」
「……あんた、ギルドで言われてるぞ。
どれだけオンナを作るんだって……った!なにするんだよ、ミィナさん!?」
スプーンを力一杯投げつけるミィナに、エイランはぶつけられた処を押さえながら文句を言う。
「エイラン!……ミレニムは友達なんだから、そんな言い方は許さないよ!」
「……ホントは、レオルに声かけするのも、嫌だったんだから……裏切るみたいで」
「ミィナ、それは私が悪かった……世界樹の件を聞いて、どうしても会ってみたくなってね」
カリウスが、ミィナに頭を下げる。
こうしてみると、なかなかに良いリーダーのようだ。
人望もある。伊達にAランクパーティーを維持し続けていない、ということか。
「カリウスさん、ミレニムに協力依頼という形なら、君のパーティーの力になれるだろう」
「この話も、そうした交渉の一環だとすれば、ミィナさんもミレニムに対して裏切ったことにはならない、とおもうが?」
カリウスの瞳に驚きの色が宿る。
「君は、不思議な人だな。
普通、冒険者はそんなことは言わない。お互いのことで手一杯だからね……なのに君は、私のメンバーにまで気をつかってくれる……」
「……レオル、と呼んでも?こちらは、カリウスで構わない」
「では、カリウス、それにエイラン、ミィナ。依頼があるので、これで失礼させてもらうよ……」
「……助けが必要な時は、まずミレニムを通すようにしてくれ」
カリウスが握手を求める。それに応えて、レオルは出ていった。
「ようやく分かったよ。ミレニムが、手放さないわけだ……相当のたらしだね、あれは」
ミィナの評価は辛辣だ。
「……違いない」
カリウスの口の端が嬉しそうに緩んでいた。
「カリウス、ニヤけすぎだぞ」
エイランが指摘すると、カリウスの笑みがより大きくなった。
こんなに楽しそうな彼を見るのは、久しぶりだった。
夕方、レオルは商人の護衛の帰りに、路地裏に立ち寄っていた。
片手に、そこそこ重量のある袋を持っている。
薄暗い、人が住んでいる分からない廃屋が続く街角。ここは、貧民街とも呼ばれている場所だ。
「いるか?……依頼のもの、持ってきたぞ」
しばらくして、崩れかけた家の柱の陰から、少女が一人現れた。
「レオル、だよね?……助かったわ」

桃色の髪の少女が姿を現した。薄汚れた服を身に纏っている。
「これだ……角ウサギが5匹、下処理もしておいた。角は解体の窓口で換金したら、またいつものように届ける」
袋の中を覗き込む少女。
少しだけ、驚いた風にレオルを見上げる。
「やっぱり……依頼料分を抜いてないじゃない」
「下手な同情はやめてって、いつも言ってるよね?」
「いつか返してくれればいいと、こっちも言ってる……ホロ、具合が悪いんだろ」
懐から紙袋を出してリンに強引に押し付ける。
「いつもの薬だね……ありがと。いつか、報いるよ……
あんたに渡してもらった魔具、少しずつ練習してる。水球を出せるようになったわ」
「ああ……ゆっくりでいい……」
「……いつか、俺を手伝ってくれ。君のもう一つの能力をあてにしている」
暫くリンはレオルの顔をみていたが、軽く息を吐き出す。
「私の能力、利用しようとするヤツばかりだった……こき使われて、捨てられる、それで終わると思ってた……」
「……君には、助けて貰った恩がある。ホロや他のみんなの病気のことも……
必ず返すから。私がなんとかしてみせるから」
リンの頭をクシャリと撫でる。すると、彼女は驚きでしばし固まった後に、あわてて後ずさった。
「……何?……なに、すんの?!」
「いや、すまん……何となく、だ……最近、娘ができてな。それで、自然と……いや、だったか?」
レオルが、自分の手とリンを交互にみつめてそんなことを言う。
「いや、私汚いから……汚れるよ……!
……む、娘って言った?!レオル、結婚してたっけ?」
「いや、養子だよ……お前より同じぐらいの年で、グレイシャと言うんだ」
さらに驚いた顔をして固まる、リン。
「君、お人好しがすぎるよ。そのうち、首が回らなくなるよ」
「そこまでお人好しではない……
お前のこともいつか利用するために助けたんだ。だから、お前も俺を利用しとけ……その時がきたら、助けてくれればそれでいい……」
「……今は、ただ受け取ってくれればいい」
もう一度リンの頭をクシャッとやると、レオルはその場を後にした。
路地裏の入り口で、レオルは男とすれ違う。
「……頼むぞ」
帽子を目深に被った痩せたその男は、レオルがすれ違いざま渡した銀貨数枚を握りこむと、僅かに頷く。
まかしときな、とだけ告げて、先ほどの廃屋の方へ消えていった……

「そこの貴方、少しお尋ねしたいのですか、よろしいでしょうか?」
冒険者ギルドに辿りつく手前で、レオルにそんな風に声をかけてきた妙齢の女性がいた。
どことなく品を感じさせる。
「俺のことか?」
「そう、そこの貴方です。この紋章について何かご存知ないでしょうか?」
布に描かれた絵をを見せてくる。三枚の歯車と剣、レオルの知らない紋章だ。

「済まないが……見たことがない。これがどうかしたのか?」
ここまで、どれだけの人に聞いたのだろう。
道行く人に、紋章の出どころを聞く……よほど切羽詰まらなければやらないことだ。
「人探し、なんです。この紋章が刻まれた船に乗っていたということしか、分かっていないのですが……」
レオルの傍に踏み出すと、二人にしか聞こえないほどの小声で話を続ける。
「……貴方は、さぞ名のある大妖とお見受けします。お互い、人ならざる身としてご助力願えませんか?」
「大妖、ではないが……、それを借りても?」
目の端に映ったことが役に立つか……レオルは布を借りると、ギルドの軒先に立っていたミィナに近付く。
「ミィナ……すまんが、一つ教えてくれないか?」
「レ、レオル?!……気配なく立たないでよ。何か用?」
布を広げて、紋章をミィナの目に入るようにする。 彼女は、目を細めて少し不機嫌そうに見た後、オルト商会のモノだと口にする。
「その紋章の船は、何処に停泊しているか判るか?」
「……レオル、あんた、情報だって、ただじゃないんだからね……この間の借りがあるからってこと忘れないでよ……西の三番倉庫街の港に停泊してるはず」
ミィナが、かなり不機嫌にレオルを見遣る。
「ありがとう……恩に着る、ミィナ」
心の底から言っている事が分かる、声。
「ありがとう、って……ああ、もう分かったよ……」
「……その商会はかなり暗い噂があるんだ……その紋章の剣、マンゴーシュは暗殺者の暗示……私達は、禁忌商会って言ってる……探るな、ってことよ」
「そこは、禁制品を扱ってるだの、かなりヤバいことに手を染めてる類の、いわば触れてはいけない案件……貴族の後ろ盾もある……何のつもりか知らないけど、気を付けたほうがいいよ」
「西の三番倉庫街、ですか、助かりました」
「申し遅れました、シンエンと申します。貴方の名を伺っても?大妖の君」
レオルに深々と頭を下げる。
「レオルだ……大妖はやめてくれ。ただのはぐれ魔族だよ」
困った顔をするレオルを見て、にこりと笑うシンエン。
「それだけの力を秘めた方が、ただの魔族……異なことを……もう、族の枠の中に収まらないのではありませんか?」
「そういったことを探るのが、苦手でね……実は貴方が、どういった方か全く分からない」
シンエンは、スカートの裾を摘んで一礼する。
「ただの忘れられた古きものです……ご縁がありましたら、また、お会いすることもあるでしょう」
シンエンは、倉庫街の方へと消えていった……
一方、その頃……

「おかしいですね……こっちの方だと思ったんですけどね……消えてしまったのですよ……」
ソフトクリームを美味しそうに舐めながら、レオルから少し離れた通りを歩いていく人物がいた。
法衣にも似た服装を着込んだ金髪の少女。
「もう一度、光の仔らにアクセスして……」
ふと、空を見上げてから、ベンチに座りこむ。
「……まあ、この私から逃げられるわけもないですし……これを食べ終えてからでも、いいですよね?」

「この国は、平和でコトも無しなんですよ……」
「この守護者たるルミエルがいる限り、魔族も妖魔もペシャンコにしてやるですよ」
そう言って、またソフトクリームをひと舐めして空を見遣る。
「いい天気ですね……飛び回りたくなるほどに、ですよ……」
彼女の瞳の届く先には、どこまでも蒼い空が広がっていた……
その夜、ギルドハウスに来訪者があった。
「『赤い砂』のメンバー、エイランだ……至急の用件なんだ……レオルさん、いるかい?」
ミレニム達が、ちょうど夕食を終えて皆で一息ついた時のことだった。
「兄さんですかい?……レオルの兄さん、お客です、エイランさんと名乗ってます」
客が来ると、大抵はハクロが出てくれる。
夜の訪問は、特に鼻が利く彼が出ることが多い。危険な客の来訪もあるうるからだ。
「エイラン、どうした?」
椅子を勧めると、エイランは息も荒く座り込む。
中央の削り出しのテーブル……いつも皆で話す時に使っているものだが……入り口に近い側で、話す形になる。
「カリウスさんが、アンタに協力依頼だってよ……なんでも、港の方で大きな騒ぎがあったんだと……それを手伝って欲しいとの伝言だ」
「……お茶、だよ」

グレイシャが、おそるおそるといった感じでエイランの前に、カップを置く。
最近、家の中のことを手伝ってくることが多くなった。働いていないことを、彼女なりに気にしているようだ。
「お、おお……悪い」
エイランが、少しだけ慌てたふうに受け取る。
「ありがとう」
グレイシャがレオルに嬉しそうな笑みを向けると、台所で片付けものをしているエルフィのところに引っ込んでいく。
「……アンタんとこ、女子率、高すぎじゃねぇか?」
「そういう他の処の事情に首突っ込まないで……」
「……エイラン、貴方のことは、ミィナからよく聞くけど、いきなりレオルに協力依頼って……?」
ミレニムが椅子を引きずってきて、レオルの横に座り込む。
「ああ、そうか。ミレニムさんに先に話を通してから、だったっけ……」
「……順序を違えた、悪いな。ちょっと前、カリウスさんがレオルと話したんだ。何かあった時、協力依頼を出すから、手伝ってくれないか、って」
「レオル?……聞いてないよ?」
ミレニムがじとっと、レオルの顔を覗き込む。
「すまない、ミレニム……実は本当にくるとは、思っていなかったんだ……まして、今夜とは……で、何があったんだ」
ミレニムに頭を下げるレオル。
彼女は、まだ何か言いたそうにエイランの方も見るが、とりあえず黙ることにしたようだ。
「先ほど、港の方で騒ぎがあったんだ……何でも、巨大な魔物が倉庫の一つを破壊したとか、他にも魔物がそのあたりに出たとか、でミィナさんが、レオルを呼んだほうがいいって言うんだ……」
「街の中で魔物自体が有り得ないんだが、アンタなんか知ってるのか?」
大妖の君、とレオルのことを呼んだ女性のことが真っ先に頭に浮かぶ。
「……西の三番倉庫街、か?」
「そうだ……よく分かるな?」
「……昼にあることを尋ねられた時、ミィナに助けてもらったんだ……ミレニム、受けても構わないだろうか?」
「……後で、事情は話してよ……エイラン、私とジュラ、ハクロも行くわ……そう、ミィナやカリウスに伝えて」
「分かった、じゃあ、先に行ってるぞ……お茶、美味かった。ごちそうさま」
グレイシャの方に声をかけると、エイランは慌ただしく出ていった。
「……カリウスのこと、勧誘でしょ?」
ミレニムが、レオルにくっつきそうなぐらいの距離で見上げてくる。
レオルは、早々に両手を挙げた。
「降参。その通りだ……ただ、事前に分かっていたから、協力依頼なら手伝うという形で、手をうってもらった……」
「そういう次第だ……俺は、ここを離れる気は毛頭ないよ」
「……それなら、いいんだけど……」
「レオル、事前にって、何でわかったの?」
ジュラが上着に着替えながら、そんなことを聞いてくる。
「カレンが、教えてくれた……カリウスのところに、その気配がある、と。前に有用な情報は回してくれるように頼んでおいた。それが役立っただけだ」
「……兄さん、また、さらっと俺の役割、取ってませんか?……」
「……カレンさんといえば、やり手で堅いと評判の方ですよ?よくそんなこと、やってくれましたね」
ハクロが呆れ半分に尋ねる。
「この間、宝石商の護衛依頼のとき、加工前の小石で使わないモノを、分けて貰ったんだ……」
「……それを知り合いに加工してもらって、カレンにそれとなく渡しておいた。いつも世話になってるから、と」
「……え、レオル……そんなこと、してたの?」
「それ、袖の下って言うんじゃ……?」
ミレニムとジュラが、珍しくドン引きしている。
「兄さん、なんか手慣れてませんか……?」
ハクロまで、驚きを隠せないようだ。普段のレオルからは、そんなことをするイメージが全く無縁だからだ。
「前に、賭博の元締めと縁を持ったことがあったんだが、そのオヤジがよく言ってたよ……情報と女に金を惜しむな、って……なんか気に入られて、いろいろと教えてくれたんだ」
薄闇領域で、レオルが治めていた街のことだ。もうその人物もこの世の人ではないのだが……
「パパ、グレイシャも、パパのためなら何でもするから、今度何かプレゼントして」
「エルフィだけ、ずるい……エルフィ、最近ずっと指輪ばかり見てるんだよ……」
グレイシャが、レオルにくっついて見上げてくる。
「グレイシャさん、しぃ、です!……恥ずかしいから、やめてくださいよー!それに、女の子が何でもは、だめですよー!」
エルフィが慌てふためいて、グレイシャにまくしたてている。
「分かった、何か考えておくよ……」
『貴様、安請け合いするな!細工モノ、みんな吾にやらせおって!指輪だの、宝石のカットだの、ペンダントだの……』
『……霊が寝ないとか、疲れないとか思っていまいな!?……大概にせんと、本気で怒るぞ』

「……悪いゾラ。少し頼りすぎたな」
心の中で頭を下げる。
『謝っても知らぬわ……グレイシャので、終わりじゃ、それ以上はやらぬ。絶対にやらぬからな』
結局のところ、彼女はグレイシャに優しい。
レオルは、そっと苦笑するのであった……
