【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#5】
氷の魔剣士
【あらすじ】
遥か昔、魔族と人間、そして魔法の血を継ぐ者たちは、互いに恐れ合い、争っていた。
この時代にあって、世界を滅ぼしかけた魔王ザナグルを討伐し、魔族の青年レオルと聖女ナルディアは薄闇の領域を救った。しかしその代償に、レオルは出奔し、冒険者になるために旅に出る。
人間の社会でレオルは、陽気な格闘家のジュラ、皮肉屋で有能な魔女ミレニムと出会い、冒険者としての一歩を踏み出す。やがて小さな仲間の輪が広がり、それぞれが過去と向き合いながら、多くの魔物や異端の力と戦っていく。
ある日現れた銀髪の少女グレイシャ。彼女はレオルを「パパ」と呼び慕うが、雪の中に消えてゆく……
そして、万物の書に記された運命が、巡りくる……
雪の中、剣と拳、そして祈りが交差する――
これは、世界の終わりを望まなかった者たちの物語。
【登場人物紹介】
◆ レオル
種族:魔族(擬人形態)/職業:剣士(魔戦士)
過去に魔王を討ち、祖国を出奔した魔族。人間社会ではただの冒険者として暮らす。
魔族の力により、剣に意思を宿し、相手の能力を奪う技を使う。
冷静沈着で無口ながら、情に厚く、仲間や弱き者を見捨てられない。
◆ ジュラ
種族:人間/職業:龍拳士(格闘家)
山で龍の修行を積んできた天真爛漫な少女。体術と「龍気法」を駆使し、敵を打ち砕く。
レオルに懐き、よく距離が近い。陽気な性格だが、仲間を守る意志と洞察は鋭い。
◆ ミレニム
種族:魔女/職業:魔術師・召喚師
白いローブを纏い、無口で皮肉屋。魔法の才に長けた魔女。
魔術・召喚・陣術などを自在に操り、チームの頭脳とリーダー役を担う。
実は面倒見がよく、仲間思いな一面も持つ。
◆ エルフィ(Elfi)
種族:エルフ/職業:精霊術師
植物と話すことができる術を持つ、森の賢者に仕える次期族長候補。
人間社会に疎いが、レオル達と接するうちにうちとけていく。
◆ ハクロ
種族:獣人/職業:斥候
追跡・潜入・偵察に特化した頼れるスカウト。
洞察力と忠誠心に優れており、レオルを「兄さん」と慕う。
◆ グレイシャ
種族:?/?
レオルを“パパ”と呼び慕う、儚げな少女。
◆ 黒騎士ヴァルハルト
種族:?/職業:黒鎧の騎士(対エルフ特化兵)
グレイシャを守る忠義の騎士。重装甲と巨大な剣、強力な盾技を持つ。
冷静沈着、無感情だが戦闘時は容赦がない。
かつての人類がエルフへの恐怖から創った“終焉の騎士”。
◆ ルナティア
種族:ダークエルフ/魂魄術士・世界樹の守護者
ダークエルフの次期族長候補。精神操作や魂干渉の術を操る強力な術師。
物言いは厳しく、情を挟まぬ判断を下すが、仲間想いの一面もある。
黒騎士
レオルが魔剣を脇に置くと、椅子に座り込む。
「お疲れ様です、レオルさん」
エルフィがお茶を運んでくる。

ここは、凍結した世界樹都市に一番近い、もう少し小さな都市。
ここにも小さくはあるが、世界樹が中央にそびえ立つ。
ここは民家は少なく、樹木が多い。 あれから、レオルたちは雪雲が広がって凍結が広がっていく事態に先回りをして、この都市に拠点を構えた。
雪の吐息を吐く魔物を狩り続ければ、何か出てくるのでは、とはルナティアの言。 レオル達が魔物を10匹ほど倒して、2日が経過していた。
「ありがとう、エルフィ……いつも助かる」

ふふ、とエルフィが可笑しそうに笑う。
「……レオルさんって、いつもそう言ってくれますね。人間の夫婦って、こんな感じなんですか?」
「さあな。 俺も素直にこうしたあたりまえのことに感謝をおぼえるようになったのは、最近のことだ……ミレニム達のおかげだな」
「いいですね、そういうの」
今は、エルフィとレオルしかいない。他のメンバーが、このやりとりをみたら複雑な顔をしたに違いない。
「エルフィは、良い人はいないのか?」
「いませんね……これまでも、そんなことは思った事がありません……きっと私達は長寿だから、そういう感情が薄いのかもしれません」
エルフィが持っていたトレイの端をいじる。
「種族を存続させようとする本能が弱い、か……ミレニムが、そんなことを言ってたな……」
そう言って、お茶のコップに口をつける。
他愛のない話だ。
だが、それがいい……
「……あ、手の甲、怪我してます」
エルフィが、レオルの返事を待たずに左手を包み込む。淡い光が傷を包むと、すっと傷が閉じていく。エルフの植物や動物の成長を促す術の応用だ。
「勝手にすみません」
慌てて手をはなすエルフィ。傷と見たら治すことが、当たり前になっているようだ。
「すみませんは、余計だ……エルフィは、よくそれをいうが、傷を直してもらって気分が悪い者はいない。自分を大切にしてやれ……」
「……は、はい。すみま……!」
レオルの指が口の前に、そっと立てられる。
「ありがとう、だ……」
「……ありがとう、ございます?」
何故か疑問形だった。
「……そろそろ、入ってよいか?なんか、恋とかが生まれそうな感じのところを邪魔してしまったかの?」
ルナティアが、ジト目で入り口に背を預けてこちらを見ている。
「ル、ルナ、何言ってるんですか!……レオルさんには、ミレニムさんとかいるんですから、失礼ですよ!」
「……とかのミレニムも、いるんですけど……そういうの、パーティーの関係が微妙になるんで、触らないようにお願いしまーす」

ルナティアの後ろから、ミレニムがさらにジト目でエルフィを見てくる。
「す、すみませーん!」
エルフィの声は、悲鳴に限りなく近かった。
背中に氷のトゲを背負った巨大な魔物を、ジュラとレオルが降す。

ジュラが崩し、レオルが止めをさす、この連携が板についてきている。
魔物は、虫と獣の二つのタイプを今ところ確認している。
雪は雲がひたすら広がっていくばかりで、これまでの勢いだと、後二日で今拠点にしている都市に雪雲が到達する。
「なんか、作業みたいになってきたけど……魔獣倒しても効果なくない?」
ジュラが獣型の魔物の骸に視線を投げる。
「今、ミレニムやルナティアが、魔物の出現位置を洗い直している。その中心を特定できれば、発生源が割り出せるらしい……さらにハクロとエルフィが、その候補地を偵察することで、特定がはやくなる見込みだ……」
「そっか、エルフィまで頑張ってるなら……こっちも文句言ってられないね……レオル、なんか来るよ」
雪の森、木の陰から銀色の髪が覗く。
白い服装の少女がその姿を現した。
「パパ……ここにいた」
雪をポスポスと踏みしめて、グレイシャがレオルに寄ってくる。

「……えっ、レオル、娘さんがいたの!アナスタシアさんとの子?……」
さすがのジュラも驚きが隠せない。
「そんな訳がないだろう……この間の都市で会ったんだが、何故か父親と勘違いしているんだ……またこんな寒いところで、何してるんだ?」
レオルにぎゅっと抱きつく。嬉しくて仕方がないようだ
「パパ……レオル、パパ……寂しかった……」
自然とその頭を撫でてやる。くすぐったそうにするが、さらに胸元に頭を預けてくる。
「……レオル、ホントに娘じゃないんだよね?……どっかに預けてた子じゃないんだよね?」
ジュラが、目を細めてレオルに疑いをかけてくる。レオルは頭を抱えたくなった。
「ジュラ、勘弁してくれ……お前に疑われるのは、結構堪えるんだ」
「あなた、パパのなぁに?……あなたもパパの子供?」
ジュラの方をみて、そんなことを言ってくる。どこか危うい感じがした。
「いや、僕はレオルの友達だ……君は、なんだい?」
「私は……私は……」
「……暗い、暗いところにいたの……寂しいところ……パパに、ここに居なさいって……」
ジュラの一言が、きっかけになったのか。
ここではないどこかを見ているように、暗い声で喋りだす。
誰に聞かせるでもない言葉が、溢れだす。
「……迎えに来るからって……待ってた……どれぐらいか、わからなくなるぐらいまで、待ってたの……」
少女の瞳から冷たい涙が流れる。
「……ある時、扉が……開いたの……パパの声が聞こえた気がして…………しなさい、て……言ってたの……」
だが、涙の自覚もないまま、人形のように感情が消えたような無機質な喋りになっていく。
「……お、おい、君……」
「グレイシャ、もういい!」
レオルは少女を抱きしめていた。
「パパ……パパぁ……」
ああ、いけない……レオルは、こういうのを見捨てられない。悲しい魂の持ち主を見捨てられる訳がない。
ジュラにしては、本当に困った顔をしていた。
「……レオル、分かってるよね」
ジュラが拳を上げて構える。
「ああ、分かっている……グレイシャ、下がって……」
魔剣を抜いて、少女を背中に庇おうとするが、それをすり抜け、少女がレオルから離れて森の方へ歩を進めた。
「ヴァルハルト……迎えは要らないと、あれほど」
重厚な黒鎧を纏った騎士が森より、姿を現した。

「グレイシャ、その者らが我らが魔獣兵を倒している奸賊だ」
黒き兜の奥底より、重き声が響く。
「よい……その者らは、エルフ族ではない……一度だけ、見逃そう……すぐに、ソール森林王国より出ていくがいい」
冷たい氷のごとく表情のない少女が、襟巻きの端を後ろに流し、レオルを見据えていた。

氷の魔剣士
「我らは、エルフと世界樹を滅ぼす者」
「我らが父の願いを叶えし者なり」
黒騎士と少女はそう言った。
「お前達は、エルフ共に雇われし者であろう。こちらのことを知らずとはいえ、我らが魔獣兵を減らしめたこと本来なら許しがたい……」
黒騎士の声は、まるで凍りついた鋼のような重さと冷たさを伴っていた。
「だが、我が盟友グレイシャの心を穏やかにせしめたことを汲んで、一度だけ、見逃す……次は、ない」
ジュラが構え、レオルも魔剣を黒騎士に向ける。
「……父とは、誰のことだ?」
「答える義理はなし……去れ」
「僕たちも、これが仕事なんだ……はい、そうですか、と帰れると思う?……少しは、答えてもらうよ!」
ジュラが先陣を切る。
黒騎士ヴァルハルトは、その盾でジュラの拳を弾き、押し返す。ジュラは下がって横跳びに回り込み、それと入れ替わるように、レオルの魔剣が黒騎士の大剣と打ち合う。大剣は魔剣を巻き込むように動き、レオルを打ち払う。
重い剣撃だ。
……骨まで、剣の重さが響くか……
その隙をジュラが突こうとするが、魔物を一撃で屠る拳を盾で捌き、続けざま盾でジュラを弾き飛ばした。
黒騎士は、一歩もその場を動いていない。
「レオル……このヒト、本当に強いよ」
ジュラが自分の拳を撫でる。
「騎士の剣技ではあるが……剣の重さが違う」
魔剣の魔刃を試すべきか、レオルは決めかねた。
黒騎士の背後にいるグレイシャの存在と、黒騎士達の目的が見えないことが、レオルに躊躇いを呼んでいる。
「……我らが父、オルフェスは我らを作りし創造主。その昔、遥かなる昔に、エルフたち不老不死の存在を恐れた太古の人類がいた……」
「それらは、おのが滅びし後も、エルフたちが生き続けていくことを良し、としなかった……故に、我らを作った……」
「われらは、エルフ共を滅ぼし、世界樹を滅ぼすためだけに造られた、ただそれだけの存在……彼等を滅ぼし、父達のもとに送る、ただそれだけの存在よ」
低く感情の一切伴わない声が、白き森の冷気に溶けてゆく。
「グレイシャ」
黒騎士が、咎めるように少女を見る。
「許せ……ヴァルハルト。この者たちも、手ぶらでは帰れまい。ヴァルハルトと撃ち合い、事情も聞いたであろう。充分のはずだ……もう、去れ」
「グレイシャ……お前には、それしかないのか」
レオルが魔剣を収め、少女に一歩踏み出す。黒騎士がその道を阻む。
「……我らを、憐れむようなこと許さぬ。それは侮辱だ」
「……吾の心を覗いたと思うのは、お前の錯覚だ。我らに心などないのだから……」
白い襟巻きを毟り取るように外して握りしめる。
「……これが最後だ……去れ、でなければ排除する」

グレイシャの周囲に魔力を纏った剣が、彼女を守るように顕現する。
「……レオル」
ジュラが見遣る彼は、苦しそうに顔を歪めていた。
ジュラの戦意も、霧散していく……
今の彼は、これ以上戦えない。
黒騎士と少女は、雪の森に消えて行った。
レオルは、彼等の姿が消えるまで森の奥を見つめ続けていた……
「……みすみす逃したというのか、敵の首魁を!」
ルナティアが怒りのあまり、机を叩く。
ジュラと共に帰ってきたレオルが、ルナティア達全員が揃っているところに、グレイシャや黒騎士との出来事を全て話した直後のことだ。
「我らのこれまでの努力が水の泡だ……敵の少女に情を移したな、レオル殿」
音がするほど手が握り込まれる。
「ルナ!……落ち着いて。レオルさんがその女の子を、いくら依頼とはいえ手にかけていたら……貴方は、よくやったといえるの?!」
エルフィが珍しく、ルナティアに声を大にして反論している。
「それは詭弁だ、エルフィ……そのグレイシャなる少女を見逃したがために、都市がまた氷漬けになったとしたら、お前は皆にどのように申し開きするのだ……」
「でも、……」
エルフィも言葉が出てこない。ルナティアの言にこそ理があった。
レオルはエルフィの肩に触れ、小さく礼を言うと、皆の前に進み出る。
「……ルナティア殿、貴方の言う通りだ。俺が、躊躇うべきでないものを躊躇った……責任は俺にある」
レオルが深く深く頭を下げる。
「ルナティアさん、私からも謝罪を……パーティーメンバーの失敗は、リーダーである私の責任……」
「……貴方がもう私達に任せられないというなら、そのとおりにします。引き続き責任を果たせというのなら、今度こそ、その二名を捕らえます」
ミレニムがレオルの前に出て、頭を下げてそう宣言する。
「……賢者エリスは、そなた達に引き続き任せよ、と……先ほど、風の精霊の通話でそう告げられた……
私には、訳がわからない。別行動させていただく」
そう言ってルナティアは、拠点から出ていった。
「ミレニム、すまなかった」
ふふ、と場違いな声がミレニムから漏れ出る。
「……いえ、レオルがこんなに困った顔して私に謝ってくるなんて、なかなかないなーって、ね……
まあ、気にしても始まらない。やることをやろうよ」
くすくすとミレニムが笑う。
場が少し和んだ。
「……姐さん、リーダーとしての貫禄がでてきましたねえ……兄さん、失敗は取り戻せばいいんですよ。お手伝いさせてもらいますよ」
レオルはただ、頭をもう一度下げた。自分にはもったいないぐらいのメンバーだ、と思った。得難いと……
「レオル、……でも、あのグレイシャって娘、どうするの?戦えるの?」
ジュラが拳を開いたり、閉じたりして考えごとをしていた。
「止める……アイツは、望んで戦っていない」
「それが、難しいよね……多分、あの二人を合わせると、本気を出したレオル級だよね……
黒騎士は僕が引き受けたとして……レオル、あの娘と本気でやれるかい?」
ジュラは、戦力を分析している。どう戦えば、勝てるのか、常に何通りも考えている。
「……手を貸してくれるか、ジュラ」
「僕は、いつでも君のそばにあるよ……いつか言ったよね、頼って、と」
「それは、私も当然含まれてる、でしょ」
「俺も、忘れんでください」
そっと手が挙げられる。
「あ、あの、……私も仲間に入れてください、と言ったら変でしょうか?」
「……エルフィ、君は、依頼人だろう」
おずおずと手を引っ込んでいく。
「……エルフって、あんまり外の世界に出ないんですよ……まあ、今回の長の件、ルナの方が適任だと思うんですけど、もし私が長になったら余計にもう二度とエルフ以外の人と関わらないと思うんですよ……」
引っ込めた手の指を組んだり開いたりしている。
「……だから、これが最後なんです。皆さんのような人と関わるのは……それに、レオルさん、なんかほっとけないですよ……」
最後は、もにょもにょとして、ほとんど聞き取れなかったが。
「……だから、連れていってください。エルフ一族の使命ではなく、私のために……最後のワガママだと思って」
エルフィが頭を下げてお願いするにいたっては、誰も断れなかった。

三時間後まで、時は進む。
ハクロが、グレイシャの消えた地点からの追跡を申し出た。雪の森のなか、ほとんど残っていない手がかりを追っていく。
ハクロの本領発揮である。
エルフィも、植物から情報を得ることのできる種族ならではの能力で、それをサポートしていく。
あとは魔獣兵の出現箇所から割り出した、候補地の範囲であることをミレニムが確認していった。
果たして、そこには何もなかった。
森の中、不自然に草木が生えていない円形の空き地がある以外は……
「あそこ、あからさまに怪しいですよね……草木も、嫌がって近寄らないみたいです」
木の陰に隠れてエルフィが、空き地を覗き見る。
「……あと、最近あそこから大勢出ていったらしいです……そこの樹の方が教えてくれました」
「樹の方……エルフィ恐るべし。エルフがいると効率あがるね」
ジュラは感心しきりだ。
「あそこ……変な影ができてる……行きましょう、
手がかりあるかも……マル、出番!」
ミレニムが陣から召喚した1つ目が、空き地を照らす。

マルと呼ばれた1つ目から放たれた光で、空き地の空間が歪んでいく。
「街のこんな近くに……燈台下暗しってやつですね」
ハクロが、一応あたりを警戒している。
遺跡が姿を現していく……

「……行こう」
レオルが踏み出そうとしたところを、ハクロが止める。静かに上を指さした。

「兄さん……こいつは、ヤバい、こんなヤツがいるなんて聞いてねぇ」
ハクロの指さす先には、あまりに巨大な一つの巨眼を持つ雲の魔物がゆっくりと進んでいく姿があった……
「シロさん、急いで!」

レオル達は、遺跡をほとんど捜索する余裕もなく、ミレニムの召喚した使い魔に全員が乗って急ぐ途上にあった。
疾風の如く奔る使い魔の背中に、全員が振り落とされまいと必死に掴まっている。
「……レオルさん!さっきの遺跡にあった資料!」
エルフィがシロの背中に掴まりながら、紙束を見て叫ぶ。風の音が、耳元で騒がしい。
「グレイシャさん、ホムンクルスと雪の精霊、それとルザロ・ワーズを操る一族?、などを、その、混ぜ合わせて作った、とあります!他の実験体は、全て失敗!……他の魔物も含めて、冷凍と時間遅航の技術を施して、来たるべき時まで封印とあります!」
「エルフィの姐さん、そのルザロというのは何です?!」
ハクロが同じく叫ぶように聞く。エルフィに対して、姐さんがつくようになっているのは、彼女が森の探索と古代の言語の解読ができることを、ハクロが見直していることによるところが大きい。
「わかりません!私の知る限り、そんな単語は……賢者様なら知ってるかも!」
「魔族だ」
レオルの声が、皆の耳に届く。
「魔族の能力は、ルザロ・ワーズによるものだ……この世界は、創造神が造った法則によって成り立っている。物が下に落ちるのが当たり前のように……人間が使う術は、その法則を多少なりと変化させることで使える……」
皆の視線がレオルに集まる。この世界で、知る者の少ない秘密をレオルは語っている。
「……だが、ルザロ・ワーズは、法則そのものを書き換える。神の書いた設計図の、一部分を破り捨てて、自分の法則をルザロ・ワーズという言語で書き、貼り付ける。それが、この世ならざる魔族の能力の正体だ……」
風の音だけが、通り過ぎていく。
「……レオルの能力も、ルザロ・ワーズによる法則無視の能力……そのグレイシャの、魔剣生成も、ルザロ・ワーズによるもの、ということ?」
ミレニムが、レオルの話から推測を述べる。
これから戦う相手の想定や分析は必要になる。
「それだけではないかもしれない……ルザロ・ワーズは、それぞれ全く異なっている……だが、グレイシャの無理やりな能力の複合のつなぎに、ルザロ・ワーズを使ったのかもしれない」
「ひどい……自分達の身勝手な都合で、生命を弄んで……可哀想な者達を、造って……」
エルフィが悲痛に顔を歪める。
「だけど、それに付き合って、こっちまでやられらてやる義理はないから……レオル、あの娘に同情して、君になんかあったら、僕、許さないからな!」
ジュラにしては珍しく、怒っていた。
グレイシャにレオルの心が引きずられているのを、彼女はみている。ジュラは心配なのだ。大切な相棒を失うのではないかと。
「兄さん、きっとグレイシャさんは兄さんに似てるところがあったんでしょう……だから惹かれる、だから同情する……でも、一緒はいけません。一緒に堕ちてはいけません……レオルの兄さんには、待ってる人がいるんですから」
ハクロは、静かにレオルを見据えている。
「ああ……大丈夫だ」
「グレイシャ達は、何とかして都市の手前で止めるとして……あの雲の怪物はどうするの?さすがに、空を飛べる私だけでは、落とせない……レオルは、グレイシャの方を何とかしなくてはいけないし……」
ミレニムが考え込む眼前で、エルフィが何か決心した顔で皆を見た。
「私に任せてください……あの雲は私が何とかします……私を世界樹の下へ連れて行ってください」
都市に続く道を、グレイシャ達は進む。
隠れることなく、堂々と進軍する。
「……行きなさい。わが同胞よ……世界樹を、定命無き者どもを冷たき闇に沈めなさい」
グレイシャが合図すると、魔獣兵が彼女の前に出て侵攻を開始する。
「グレイシャ、先に行くぞ」
黒騎士が魔獣兵とともに進み出る。

世界樹の都市は、防壁がない。侵攻されることを想定して作られていない。世界樹を扱えるエルフの国を侵略する外敵が今までいなかったからだ。
「構えよ、あの魔獣共を都市に入れてはならぬ!」
戦衣装のルナティアが、他のエルフの兵を率いて防衛線を構築、指揮を執っていた。
「てぇ!」
エルフの弓は、人の及ぶものではない。術を帯びた矢が、魔獣に突き刺さる。それは、敵を縛り付ける茨となり、押し潰す岩となった。
「くだらぬ」
黒騎士が、大剣を振り下ろした。
ただ、それだけで空気が殺意を帯び、重い圧力の壁となって防衛線に奔りぬけた。前方に構えていたエルフ兵が、人形のように吹き飛ぶ。
「化け物が……!」

ルナティアの横を、白く輝く閃光が走り抜けていく。遥か後ろ、グレイシャの傍で唸りを上げる巨獣の魔獣兵が冷気を鋭く吐き、兵を凍らせていく。
「……ひれ伏せ!この下郎がぁ!」
ルナティアの瞳が紫に輝き、力ある声を放つ。

声が、魔獣兵の間を走り抜けていく。
魔獣が、次々と倒れ伏し、動けなくなっていく。
これが昏き世界樹の守り手、ルナティアの能力。魂に干渉し、精神を支配する、魂魄を司るもう一つの世界樹から受け継いだ能力。
だが、それが及ばぬ者が、存在する。
「見事。そうでなくては、吾が作られた意味がない」
グレイシャの魔剣が、二つ消える。
秒もたたずに、それはルナティアの背後に、姿を現わす。ダークエルフの首と胴を、断たんとうなりをあげる!
澄んだ音が、全ての者の耳を打った。
「ルナティア殿、遅くなった」
「……レオルか?!」

ルナティアは魂の色を見る。
レオルの色は見間違えるわけがない。いくつもの魂が混ざり合ったこれまでにない色の魂を持つ魔族。
「グレイシャは、俺が引き受ける」
使い魔に乗った、ミレニム達が追いつく。
「ルナ!雪雲の魔獣が来るよ!……世界樹に行くから、ここを頼んだよ」
エルフィがその背中から、顔を覗かせる。
その横を、ミレニムとジュラが飛び降りてきた。
「シロ、エルフィとハクロをあの世界樹へ連れてって」
「エルフィ!……まさか、禁術を?!」
「その服装似合ってるよ、ルナ……エルフの長は、やっぱりルナだよ」
止める暇もなく、エルフィ達を乗せた白き使い魔が走り出す。
「やめろ!世界樹もお前も、どうなるかわからんのだぞ!」
「ジュラ、打ち合わせ通りに……私は魔獣を少しでも減らすから」
杖を構え、ミレニムが魔獣に向けて術を展開していく。
「うん……アイツは僕が止めるから」
ジュラが拳を打ち合わせる。
「黒騎士さん、僕と一騎打ちをしよう……」
気炎がジュラの身体から立ち上る。
降り始めた雪が、ジュラに触れると蒸発する。
「……まさか、逃げないよね?」
黒騎士ヴァルハルトが、大剣を身体の中心で正眼に構えた。
「感謝する……騎士としての誉れだ。貴殿の名を聞こう」
彼女は拳を両脇に構え、その礼儀とした。
「僕はジュラ……龍拳士ジュラ、魔戦士レオルの一番の相棒だよ」
ジュラは微笑む……いつものように、強敵を前にしても、それは変わらない……
彼女にとって、強敵であればあるほど、それは喜びになるのだから……

「吾は来るな、と確かに言ったな……何故吾の前に立つ?吾と同じルザロ・ワーズの魔戦士」
グレイシャの周囲を魔剣が回りだす。
「お前が嫌だと言っているからだ」
彼女の顔に微かに戸惑いの色が見える。
「……お前が、何を言ってか分からない」
「お前が助けてと言って、泣いているからだ……」
魔剣を下げて、レオルが静かに語る。
「……お前の眠っていたところを見たよ。全て破壊されていた。魔剣で全て引き裂かれていた」
「もし、創造主とやらがお前の言うように、慕うべき存在ならば、何故あんなことをした」
「お前達に手がかりを渡す、わけには……」
グレイシャの声が震える。
「憎いからだ……自分に心を与えたのに、捨てた父を……」
「……やめろ」
グレイシャの魔剣が、回転してレオルを狙う。
「自分が望んでもいないのに、恐ろしい身体にされて、エルフを滅ぼす道具した……そんな父親を憎まずにおれなかったからだ」
それを打ち払い、レオルがグレイシャに歩を進める。
「……やめろ……やめて……」
グレイシャの表情が消える。
「……あ、あ……やめて……消さ……ない……で……」
声から感情が消えていく。
「グレイシャ……?」
レオルがさらに歩を進めようとした時、……
「滅ぼす……定命ならざるものを、滅ぼすが吾の定め……他は、すべて不要である」
……ルザロ・ワーズが動いた気配を感じた。グレイシャの力が変化していく。より内側からの魔力が高まってゆく……
「ルザロ・ワーズを、人格無き兵器にするために使ったのか……!」
魔剣の刀身が二つに割れて、レオルに向けて光を放たれる。
そこには、一切の迷いが消え去っていた……

