為替介入の基礎⑤:為替介入はどのようなときに効果があるか

為替介入についてはこれまで下記の通り記載していますが、そもそも為替介入について効果があるかということを国際金融のテキストで書かれている内容をベースに簡単に整理しておきます。以下の内容は随時、修正・アップデイトしていきます。また、下記も参考にしてください。

為替介入の基礎①:覆面介入|服部孝洋(東京大学) (note.com)
為替介入の基礎②:口先介入(レートチェック、3者会合等)|服部孝洋(東京大学) (note.com)
為替介入の基礎③:協調介入と単独介入|服部孝洋(東京大学) (note.com)
為替介入の基礎④:日銀の当座預金の「財政等要因」と為替介入額の推定|服部孝洋(東京大学) (note.com)

まず、日本の外為特会が大きいとはいえ、外国為替市場はそれを凌駕する流動性を持つ市場です。下記の日銀のレポートによれば、1営業日あたりで、我が国為替市場は4,325億ドルの取引があります。これは1日で50兆円以上の取引がなされていることを意味していますから、この市場へインパクトを与えるのは簡単ではないことが想像されます。例えば、黒田さんも、「全世界の一日の為替取引の総量は1.5兆ドルをこえるとも言われているのに対し、当局による一日の介入額は通常100億ドルにも満たない。したがって、量的に市場を圧倒することは不可能である」(p.25)と記載しています(このあとに期待に影響を与えることで効果を与えるとありますが、この点は後述します)。
rev23j03.pdf (boj.or.jp)
通貨外交 | 黒田 東彦 |本 | 通販 | Amazon

経済学者はある国が固定相場制を維持できるということについては肯定的な立場が少なくありませんが、日本のような変動相場制の国において為替介入がもたらす効果については、私の理解では悲観的です。例えば、国際金融のテキストとして著名な高木先生の本では「現在の変動相場制下での市場介入の効果に関しては、経済学者は概して悲観的であるといえます。それは実際に無制限の介入が行われることは稀であり、ほとんどの介入は限定的かつ『不胎化』されたものであるからです」(p.155)と指摘しています(不胎化については「為特会の基礎④:日本には非不胎化介入は存在しない?」を参照してください)。

また、為替介入の学術研究のサーベイとして高木先生の2014年の論文があり(Takagi, 2014)、これがしばしば引用されるのですが、そこでは、為替介入の効果はあったものの、その効果は短かった、と整理されています。興味がある人はこの論文を見てほしいのですが、要約だけ日本語訳を下記の通り紹介しておきます。

2001年以降の日本の公的な為替介入に関する研究は、結果は分かれるものの、円ドル為替レートのリターンに影響を与える日次介入の有効性を概ね支持している。ボラティリティへの影響については、結論は出ていない。介入による影響は短時間で終了し、その後の日数で最初の影響から反転することから、市場のミクロ構造が主要なチャネルであることが示唆される。文献の最も重要なメッセージは、介入のインパクトは介入が行われる条件によって異なるということである。したがって、介入はそれぞれ固有の出来事である。介入の平均的影響に関する計量経済学的検定がさまざまな結果をもたらすのは、このためである。

上記を踏まえ、国際金融のテキストでは、介入が効果を与えるチャネルとして主に2つ説明されます。一つ目はシグナリング効果(アナウンスメント効果)であり、もう一つはポートフォリオ・リバランス効果です。ポートフォリオ・リバランス効果とは、為替介入がドルを売って・円を買うという形でなされるので、マーケットにおける円建て資産・ドル建て資産のバランスが変わり、それが為替に影響を与えるものです。

おそらく、多くの市場参加者にとって説得力があるのはシグナリング効果(アナウンスメント効果)だとおもいます。これは介入が金融政策に関するシグナルになっているという説明です。橋本さんらの書籍では、「通貨当局が、円売り・ドル買い介入を行うならば、民間部門は、これを、将来、通貨当局が円安・ドル高誘導のための金融緩和政策を行うというシグナルと受け取るであろう」(p.134)と説明しています。先ほどの黒田さんの書籍では、「為替介入は、主として市場の期待に働きかけることにより、大きな影響を与える場合がある。(中略)当局の介入が将来のマクロ政策等の変化を予測させるときにも、かなり効果を持つことが知られている」(p.26)としています。

シグナリング効果という観点で今の介入をあえて解釈すれば、例えば、現在、為替介入をするということはその為替水準に政府が危機感を持っているというメッセージを市場に与えることになります。それは口先介入などは違い、本当に政府が危機感を持っているということをメッセージとして発することになります。

特に、現在の為替レートは、内外金利差によって決まっていると考えている人が少なくありません(個人的にはこれはUIP(カバーなし金利平価)が成立していないので本当に長期的に続くかは少々懐疑的なのですが)。下記は、エコノミストなどがよく使うチャートですが、ドル・円と日米金利差の動きはほとんど同じ動きをしているとすらみえます。もし政府が為替レートを円高にしたいとしたら内外金利差の縮小をするということが考えられます。政府が為替介入が為替レートの問題を重視しているというメッセージであれば、金融政策の変更を政府が求めているということも意味します。

出所:Bloombergにより筆者作成

現在の市場では、金融政策の変化がなされることが為替レートに影響があると思っている市場参加者は多いでしょう。したがって、介入が多ければ、政府が危機感を持っている、政府が金融政策に影響力があるとすれば、金融政策の変更が短中期的に起こる可能性が高い、ということであれば、介入が強い効果という結論になります。

実際に、昨年の経験をみても、2022年秋ごろから冬にかけて3回介入が起こり、2022年12月にあまりに突然に政策変更がなされました(YCCのレンジが0.25%から0.5%へ拡大)。この経緯については議論があるかもしれませんが、一つの見方として、政府や日銀が為替レートにケアしたかったということもありえるとおもいます。日銀の政策について政府の関与が強いということは多くの人が感じていることなので、こういうチャネルが働ければ、為替介入の効果が大きいということになるのだと思います。

実際、2022年12月の決定会合でレンジを上げた後、2023年7月に下記の通り、事実上、10年金利の上限が1%になるような政策変更を日銀はしています。そのため、日銀は手は打っているといえるのですが、それでも為替の円安が止まらないということでしょうか。
本日(7/28)の日銀決定会合:1%の指値オペ実施と共通担保オペ|服部孝洋(東京大学) (note.com)

もっとも、上記の説明は、シグナリング効果をベースにして私なりに解釈したものであり、無駄に見えるとか、分かりにくいという意見もあり得ると思います。事実、藤井先生のテキストでは、「シグナリング効果については、懐疑的な見方も少なくありません。経済学者による評価も様々で、十分には解明されていない問題の一つです。そもそも実際に効果があるのか、また情報の発信が目的ならばなぜ通貨当局は普通のアナウンスを利用せずに、わざわざこのような一見無駄とも思える特殊な行為を用いるのかなど、不胎化介入のシグナリング効果については未だ解明されていない点が少なくありません」(p.246)と記載しています。

後半の2パラくらいは私の雑感も含まれましたが、今年の為替介入は上記のようなテーマで議論がなされる気がしています。必要があればアップデイトします。なお、これまで外為特会について継続して記載しているので、関心がある読者は下記を参照してください。

外為特会の基礎①:外為特会のBSと為替介入|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎②:運用の概要|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎③:外国為替資金証券(為券)について|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎④:日本には非不胎化介入は存在しない?|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑤:為替介入規模の推定|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑥:外貨準備と外為特会の違い|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑦:国債整理基金特会との関係|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑧:IMFとの関係|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑨:外為特会が有する外貨資産の活用とチェンマイ・イニシアティブ|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑩:為替介入と民間銀行のBSの関係|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑪:為替介入や特会の運用に関する財務省の体制|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑫:外為特会改革と外為特会の積立金制度について|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑬:積立金制度廃止とFBの償還(外為特会改革について)|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑮:2022年の円買い為替介入と不胎化介入について|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑯:Tビルの大部分はFB(為券)|服部孝洋(東京大学) (note.com)

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