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能力を測っているのか、それとも「管理しやすさ」を選んでいるのか――日本型採用構造の再検討


序:採用とはそもそも何か

 日本では、採用とは「能力を測る場」であると広く信じられている。
 書類選考・面接(複数回)・自己PR・志望動機・適性検査、これらを通過した人は「優秀」で、落ちた人は「努力不足」とみなされる。そして、この理解は、ほとんど疑われることがない。
 しかし、本当にそうだろうか。

第1章 書類と面接が実際に測っているもの

 日本の主流採用モデルは、次の特徴を持つ。
 
* 短時間での評価
* 職務内容が曖昧なままの選抜
* 組織文化への適応確認
* リスク回避的判断

この構造で通過しやすいのは、どのような人か。

 通過しやすい人

* 経歴が直線的で整っている
* 空白期間が少ない
* 自己物語を滑らかに語れる
* 面接官の期待を察知して答えを調整できる
* 波風を立てない言語運用ができる
* 「扱いやすい」と感じさせる態度を持つ

ここで評価されているのは、統合的思考力・長期戦略能力・構造分析力・再設計能力といった深層能力ではない。
 評価されているのは、職場組織における予測可能性・同調性・管理容易性・組織適応性である。

第2章 通過しにくい人

 逆に、通過しにくい人は次のような傾向を持つ。

* 経歴が非線形
* 空白期間がある
* 分野横断的で説明が難しい
* 抽象度の高い思考をする
* 面接の枠組みそのものを問い直す
* 即答型ではなく熟考型

これらは「能力不足」なのか。
 そうではない。単に、短時間の管理適合性評価と相性が悪いだけである。

第3章 能力を測っているという誤認

 多くの人は、採用についてこう考える傾向にある。

 通過した人は努力したから通過した
 落ちた人は努力が足りなかった

しかし、この発想は構造を誤認している。
 例えば、100m走の選考でマラソン選手が落ちたとして、それは努力不足だろうか。評価装置が特定能力に最適化されているだけである。
 では、日本の採用とはどのような装置なのか。日本の採用は、「短時間で予測可能かどうか」を強く測る装置であって、「長期的価値創出能力」を十分に測る装置ではない。

第4章 組織は何を恐れているのか

 なぜこのような採用構造になるのだろうか。
 多くの組織は、

* 成果よりも安定を優先する
* 変革よりも再現性を優先する
* 不確実性を避ける

その結果、採用においては、能力があるかどうかよりも、組織の秩序を乱さないかどうかが重視される。つまり、日本における採用は、能力選抜というより、組織防衛のためのリスク管理プロセスになっていると言える。

第5章 有用性選抜という視点

 ここで視点を反転させる。
 日本型採用がしているのは、能力選抜ではなく、組織にとっての「有用性」選抜ではないか。その有用性とは、

* 既存構造を維持できる
* 管理しやすい
* 予測可能である
* 摩擦を起こさない

という意味での有用性である。
 もしそうなら、通過しやすい人が優秀というわけでもなく、通過しにくい人が努力不足というわけでもない。評価軸が違うだけだ。

第6章 社会的誤解の危険

 問題はここからである。この構造を、能力の優劣や人間の価値と誤認すること。それは、多様な能力を不可視化し、構造と相性の悪い人を劣位化し、組織の硬直を強化する結果を生む。そんな組織から、革新や斬新な発想のサービス・製品が生まれると、あなたは思うだろうか。この問いへの答えは、次論考で検討する。

結論

 以上の分析から、このように結論づけることができる。日本の主流採用構造は、能力を直接測る装置というより、組織適応性と管理可能性を測る装置である傾向が強い。
 そして、通過したから優秀であるとか、不採用なのは努力不足という理解は、構造を見誤っている。日本において、採用は、能力の絶対評価ではない。それは、その組織にとっての「扱いやすさ」の選抜である可能性が高い。
 この視点を持つとき、初めて私たちは問える。

 本当に測るべきものは何か。
 組織を維持する人材なのか。
 それとも社会を前進させる人材なのか。

そしてその問いこそが、採用構造を再設計する出発点になるのだ。


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jacob_truth369 ( ´∀`)サポート本当にありがとうございます!!😭😭😭🥰🥰🥰 (  ・ ∀ ・)ご恩返しするためにも、今後も一生懸命頑張ります!!😊😊😊