【小説】8月某日の夢 第2話

 ”………………高坂さん?”


 苗字で呼ばれたのは久々だった。
 高校に入学してからそれなりに経っているからか、クラスメイトたちはみんな下の名前で呼んでくる。

 と、そこで私は電車の中で居眠りしてしまったことを思い出した。
 乗り過ごしちゃった!? と、慌てて顔を上げると、

「あっ、驚かせてしまってすみません」

 そこは先ほどまでいたはずの、電車の中ではなかった。
 目の前には、1人の男子生徒らしき人。場所は建物の中で、大きな黒板に目を引かれた。左側からは眩しいほどの光が差し込んできて、部屋の中はオレンジ色のフィルターに包まれているようだった。
「え…………?」
 何が起こったのかよく分からず、私は戸惑った。
 私は、一体いつからここに……

「あのー、下校時間なのでそろそろ帰りましょう」

 そんな声にハッとして、思わず私は目の前の男子生徒を見つめてしまった。

「つ、紬貴くん……!?」

 私の目の前に立っていたのは、紬貴くんだった。
 だけど、今の紬貴くんとは違う。すでに大人びているけど、今よりも少しだけ初々しいような、まだ子どもっぽさが残っているような……

「あ、はい。伊勢田紬貴です」

 そうニコニコと笑って、「さ、帰りましょうか」と改めて私を誘った。
 私は状況がよく分からないなか、私は、紬貴くんに誘われるまま部屋を出た。


 部屋を出ると、そこに広がっていたのは白い廊下だった。
 廊下の窓から見える景色に、思わず息を呑む。
 この景色はよく知っている。この状況に既視感がある。

 ここは、私の通っていた中学校だ。

 ふと後ろを振り向くと、私たちが出てきたのは1年生の教室だった。
 高校から帰っていたはずの私が、どうして中学校に? どうして1年生の教室に? そして、今目の前にいる紬貴くんは一体……?


「俺のこと、待っていてくれましたよね。遅くなってすみませんでした」
 すぐ隣から紬貴くんの謝る声が聞こえてきた。そういえば、紬貴くんとは帰り道が一緒だった。いつもこうやって、肩を並べて帰ったなぁ。
 私は紬貴くんが帰り道に誘ってくれたことに嬉しさを感じていた。
「全然気にしないで。私も、ちょうど終わったところだったから。疲れて、寝ちゃってたけど」
 紬貴くんを心配させたくなかったとはいえ、適当なことを言ってしまった。
「あれ、そうだったんですか? あ、折り紙で作ってたとか?」
 どうしよう、紬貴くん何のことを話しているのかな。
 せめて、今日の日付が分かれば良いんだけど……。
「手先が器用で羨ましいです。俺なんか水彩画しかできなくて……」
 水彩画、折り紙…………部活だ!
 そういえば、紬貴くんも同じ美術部に入ってた。折り紙で作品を作る、と顧問の先生に話していたことがあった。それを紬貴くんは聞いていたんだ。
 じゃあ、今は部活帰りということか。
 紬貴くんが部活の話をしていると分かった途端、この会話の心当たりを見つけた。確か、この話をした日は……

 紬貴くんと初めて話した日だ。

「さっきは、ダラダラと話してすみませんでした。でも、とても楽しかったです」
 そう紬貴くんに言われて、思わず「全然良いよ。私も楽しかった」と答えた。
 この日の午前中、私たち1学年は課外活動をしていた。と言っても、近場だったか徒歩での移動だった。学校への帰る時も徒歩。ただ、その時、偶然近くに紬貴くんがいた。
 最初に声をかけてきたのは紬貴くんの方で、「お疲れ様でした〜」とか「この後の部活、大変ですね」とか、そんな日常的な話から始まった。気がついたら、推しの話や習い事の話で盛り上がっていた。学校に着くまでの約30分間、ずーっとひっきりなしに話していた。
 部活は一緒だったけど、ここまで話すことは稀だった。
 この日初めて紬貴くんと話して、中学校で初めての親友ができた。

 案の定、課外活動の帰り道のように話に花を咲かせた。こうやって紬貴くんと話したのは、実に3年ぶりだった。
「俺、このまま真っ直ぐいくんで」
 大通りの交差点に差し掛かった時、紬貴くんは立ち止まった。
 帰り道はあっという間だ。名残惜しい。また明日、こうやって一緒に帰ろう。
「私、左に曲がっていくので」
 私がそう言うのを合図に、交差点を照らす歩行者用の信号が青に変わった。
 紬貴くんは歩き出しながら、「さようなら」と私に手を振ってくれた。
「さようなら。また明日」
 私も手を振り返しながら、前を向いて歩いた。
 とても楽しかった。


 今日、この1日を過ごして分かった。

 今日は、私がずっと戻りたいと考えていた”あの日”だ。紬貴くんと出会って、初めて話したあの日だ。
 紬貴くんとの会話も、帰った後の家族との会話も、私の記憶と全く同じだった。


 私は、3年前にタイムスリップしてしまった。



第3話
https://note.com/light_hyssop657/n/ncaccdc6e908a

第4話
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