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«サイトマップ»  2025.9.5改訂

”ましうー” のサイトマップへ ようこそ!
投稿ペースがかなりスローモーなのですが
それなりにコンテンツが揃ってきたので
遅ればせながら «サイトマップ» を作ってみました❗

せっかく作成した古い記事も、時間が経てば風化の一途・・・
改めて振り返って、その存在に光をあてたいのであります


🔸ましうー とは ⋙⩶⩶

まずは自己紹介
以前投稿した記事ですが、改めてご覧くだされば うれしいです❗

 « 自己紹介

noteの存在はなんとなく知っていた。
特に人生再スタートとか意識をしたわけではないけれど、
自分の価値観や感性などが世の人たちと共感できたらうれしいな、
と不意に考え始めたわけです。

noteを書くようになったきっかけ
これから自分が目指すもの
などを綴っています

🔸エッセイみたいなもの ⋙⩶⩶

   投稿している記事のほとんどは、このジャンルに入ります
   ”日頃の何気ない身の周りのあれこれを綴る”
   ”せっかく生きているんだから明るく楽しく有意義に”
   をモットーに、あれやこれやと並べています


 « 「大丈夫なはず」って、勝手に決めつけているのかも

こうして考えてみると、普段の生活の中には無意識に周りを信頼し、身を委ねている物事が多いことに改めて気づく。

2023年10月11日
ふだん使っている交通機関やサービス
きちんとなっているはずと思いこんでいるけど
みんな人間がやっていること
本当に大丈夫?

 « 一つに集まっても大丈夫?

もし外出先で自分のスマホが壊れたり紛失したら、いったいどうなってしまうのだろう。

<中略>

機能が一つに集まるということは、それだけ便利である反面、危険度も高い。

2023年10月15日
一つに機能が集中するのは非常に便利であるが
そこが機能不全に陥ったら全てが麻痺してしまう
スマホに限らず
首都機能なんかも含めて
色々なところでこのような危険性は存在している

 « 「おいしい」と感じること

「おいしい」と理解している料理を食べるとき、その店の雰囲気が違うとその味も変わってしまう。たまたま居合わせた客と話しが弾み楽しい気分になるとその料理は一層おいしく感じるし、大声の説教や喧嘩なんかが始まってしまうと全くおいしさは飛んでしまう。

2023年11月14日
冠婚葬祭やものごとの区切り、ちょっとしたお祝いなどでは
食べ物を並べてともに食すという風習がある
食べ物は「衣食住」の生活の糧の他に
喜びや悲しみをともにする場面では欠かせないもの
食べ物を「おいしい」と感じるのは
舌で感じる味覚だけではなく
その場の雰囲気とか、精神や健康状態が
必ず関わっている

 « はじめはみんな「できない」から始まる

教える側だって人間なんだから、日々成長過程の真ん中にいるのが現実であるわけで、その日に教えていた先輩は数年後にはそれから経過した分成長しているのが普通である。つまりそのときの先生は何年か経ってみて振り返ると未熟な面があったわけで、完璧な先達者ではなかったことになる。

2023年11月26日
生まれたての赤ちゃんは本能以外のことをゼロから覚えていくように
新入社員だって先輩に教えられながら仕事を覚えていく
その先輩だって今は偉そうにしているかもしれないけど
元は同じ新人で何もできなかったのだ

 « 「仕事は楽しく」こうありたい

「仕事は楽しく」。これが今まで自分に培ってきたの最強のモットーである。

<中略>

終わってみれば出来上がりは最低だった、これでは楽しい気持ちなんか生まれるはずもなく、周りはみんな不幸になってしまう。

2023年12月12日
同じ作業をするのなら
つまらなく取り組むより
楽しさを持ち合わせていた方が良いに決まっている
これは心の持ち方で変わってくるもの
でも「楽しい」は結果も伴わなければならないので
最低限のスキルは身につけなければならない

 « 日々「たのしく」ありたい・・・

日常で毎日同じように繰り返される掃除や家事やゴミ出しといった平凡な行動も、気持ちの持ちよう次第で、それはいかようにも変わってくる。
どうせ同じことをするのなら、楽しく心豊かにこなした方が生活が充実してくるに決まっている。

<中略>

「たのしい」は自分たちだけが持ち合わせる、という形は決してよろしくはない。
周りも含めて「たのしく」ならなければ、全く意味がないものである。

2024年1月14日
「たのしい」は生活に潤いをもたらすし必要なこと
だけど自分だけが楽しむのでは意味が無い
夜中に爆音でバイクを飛ばすのは
本人たちは「たのしい」かもしれないが
それを苦痛に感じている人もいるのだから

 « 仕事は自分でみつけるもの

仕事というものは、収入に結びつくものに限ったものではないと思う。
町内会の道端のゴミを拾ったり、犬を散歩に連れ出したりするのも立派な仕事である。

2024年1月20日
身の周りの雑用なんかはあちこちゴロゴロ転がっているわけで
いちいち指示を受けて取り組むのではなく
自分で見つけて行うもの
これは仕事も同じ

 « 「しあわせ」ってよく口にするけど、どういうこと?

なに不自由なく生まれ育ってきた人には、毎日同じような食事が続くと不満を感じることもあるかもしれない。「いつもはけっしておいしくないという意味ではない」と気を使いながら、たまにはおいしいものが食べたいとネットで調べてみたりする。

だがその一方で、食料にありつけるだけで大きな喜びをかみしめる人も世の中にはたくさんいる。

2024年1月26日
同じ状態であっても、感じ方は人それぞれ
同じおにぎりを食べても
もっとおいしいものが食べたいという人もいれば
食べ物にありつけるだけでありがたいという人もいる
また
同じ人でも状況によって
おにぎりに対する感じ方は変化していく

 « 生まれたときも死ぬときも、みんな「はだか」

人生も終わりを迎え、この世を去るとき、
つまり死ぬとき、
いくらお金を手に入れたからといっても、いっしょにあの世に持っていくことはできない。

元○○といった肩書も、時が過ぎて知り合いもいなくなったら、
そんなのはなんの価値もなくなってしまう。

2024年2月1日
年をとって
いくら地位や名声を得たり富を蓄えても
死ぬときは財産や栄光をあの世に持っていくことはできないのだ

 « 「終わり」があるから救われる

家族が入院して子どもの世話や慣れない家事をこなすのは、精神的にもけっこう大変だったりする。

だけどいろんなつらい場面も、いつか終わりが来るとわかれば、がんばる気力が湧いてくるものである。

2024年2月7日
いつまでもつらい状態は続くわけではないからこそ
なんとか頑張る気力も生まれる
でも
しあわせと感じる状況もそれが当たり前に続いていると
しあわせを感じなくなることも有り得る

 « 「次がある」ことのありがたさ

初めての恋が実らなかったとき、もうこの世の終わりだと心底落ち込んだりする。でも初恋相手が今の配偶者となるのはなかなか低い確率なわけで、初恋の失敗から「次の」恋、さらには「その次の」恋、「その次の次の・・・」とくりかえしながら経験を積むというのはよく聞く話である。

2024年2月12日
次のチャンスに向けて反省する
今回の失敗は次に生かせばよい
余命が限られているという人もいる中
次の機会があるというのは
非常にありがたいこと

 « たいていのことは「マネ」から始まる

新しい職場に就くと、早かれ遅かれそこの仕事を覚えなければならない。
先輩に段取りからノウハウまで教えてもらうことになるのだが、
まずはそこの先人のやり方、その場の風習といったものを「マネ」することから始まる。

2024年2月18日
言葉や文明
生活のノウハウのほとんどは
それまで培われてきたものを「マネ」することから始まり
次のステップに進んで行く
でもその先の進化がなければ
ただのマネで終わってしまう

 « 「気持ち」しだいで良くも悪くも

すぐれた道具を生かすも殺すも、世に役立つ使い方をするのもしないのも、
使う側の在り方次第ということになる。

人を傷つけようという気持ちが伴ったら凶器になるし、
良い料理に活用しようと思ったら素晴らしい道具になる。

2024年2月28日
今ここにあるナイフは
単なる「ナイフ」という物体だ
これを凶器として使われるのも
料理のための道具として利用されるのも
これを手にした人間の気持ちの有り方次第で決まってしまう

 « 「変わらない」なんて無理

一日前に持っていた頭の中にある記憶が100%全て残っているなんて考えられない。
一日たつと、「あの芸能人が結婚した」とか「また政治家があやまっている」なんて話題が新たに入ってきたりする。

2024年3月12日
自分のからだの中、生活空間、地球や宇宙
全てのものは常に変化を繰り返している
変化をあたりまえととらえ
いかに自分もうまく変化をしていくか
と考える方が大事

 « せっかくここに生まれてきたんだから

今の地域に住んでいることで他にはない環境や食物にありついている。
日本に生まれたことで、米の奥深さを知ることができただろうし、
納豆や漬物のおいしさに喜んでいる。
特有の行事や四季を感じたりもしている。

2024年3月22日
せっかく今の地域に住んでいるんだから
地方特有の生活や食を楽しもう
せっかく日本に住んでいるんだから
この国の文化・食・習慣・景観を享受しよう
せっかく地球に生まれてきたんだから
この星のいろんな素晴らしいところを見つけ出そう
そして
せっかく今の時代に生きているんだから
今という時間を大切にしよう

 « 「ひとりだけで生きていく」なんてできない

人里離れた山奥で自給自足の生活をしても同じ。
自分で家を建てるにしても、その建材は誰かが切り出して柱なり床にできるように手を加えている。もしそれが自分でできたとしても、誰かが作り残したのこぎりやハンマーなしでは作業が進まない。

2024年4月7日
身の周りにあるものは全て
先人たちが作り残したモノとかノウハウであるわけで
そのようなものを一切使わないで生きていくことは不可能である
といっています

 « 「目的」はなくてもいい

子どもは砂遊びやブランコに乗ることに目的なんか持っていない。楽しいからそうしているのだ。
陶芸を習ったりコーラス隊に入ったりするのも、芸術家として食べていくことを目的にしているのではなく、楽しいからやっているはず。

2024年4月12日
目標とか目的をはっきりさせずに行動をおこすと
とかく無駄だとか効率が悪いとか大成しないとか言われがちだけど
目的がないことなんて
世の中にたくさんあるものだ

 « 出会えてよかった、といいきれるか

これまでめぐり合ってきた音楽なんかでも、
小学生の頃から今だに聴き続けて、年を重ねても変わらず大好きなミュージシャンがずーっと居座っている。
<中略>
今のひいきとしている彼らに出会えて、本当に運が良かったとつくづく思うのです。

2024年5月2日
好きなものに出会えたのは運が大きいし
出会えて良かったと思う
でも
出会えたら良いはずのものに巡り合えていない
ということが実はあるのかもしれない

 « 自由時間ということ

「自由時間」とは勉強や仕事に縛られない、束縛から解放されたときと考えられる。
ある意味「休み時間」とも受け取れる。

でもいい大人になると、「自由時間」とはリラックスしたり休息するものではなく、単に自由に選択できる時間になってしまうことが多いのではないか。

2024年5月16日
法律的には自由を確保できても
本当の意味で ”自由な時間” という意味が
よく解らなくなっている

 « 「友だち」とは

人との出会いは、たいていの場合「はじめまして」から始まることが多い。
友人からの紹介、仕事を通しての交わり、たまには飲食店で言葉を交わすことがきっかけになることもある。

だが、こうして初めての人と出会って、いきなり「友だち」となることはほぼない。

2024年6月10日
「知り合い」と「友だち」の間の垣根には
距離感というものが存在する
また
距離感をうまく調整することで
お互いの関係性を無難に保つこともできる

 « 科学で説明できなければダメ?

大昔は何も説明ができないところから、
少しずつ科学が進歩してきて、
それがたいていのことを説明できるようになったかもしれないけれど、

決して万物全てを網羅したわけではなく、
今もこの先も色々なものの解明が続いている最中であるのは明らかだ。

2024年6月24日
科学技術は何でも説明ができる
科学技術で立証できないものは事実として認められない
こういう考え方は
人間の傲慢さが出ているのではないだろうか

 « 立場が変わると、見え方も違う

客室乗務員がプライベートで飛行機に乗ることは普通にある。
歯科医は自分で自分を治療できないから、どこかの患者にならなければならない。
コーヒーを提供する人が、違う店で客として座るのは珍しくはない。
工事現場で働く人だって普段道路を利用するし、
役者さんも客席で鑑賞することだってある。

2024年6月27日
それぞれの立場に立ってみることで
知らなかった世界が見えてきて
お互いの事情が理解できたりするものだ

 « 自分では選べない時代に生きている

少なくとも、この世に生まれてきたタイミングの違いだけで、
周りの環境や考え方が全く異なってしまう
<中略>
人が生まれてくる「場所」は自分で選ぶことができない
<中略>
同じように、
人は生まれてくる「時代」や「タイミング」を選ぶことはできない。
でも生きていく方法や喜びや悲しみとかに、大きな関わり方の違いが出てくる。

2024年7月31日
「今」とは違う時代に生まれていたら
生活スタイルやものの考え方は全く違っていたでしょう
でも結局は
「しあわせ」という価値観はいつの時代にいようと
十人いたら十通りあるんだろう

 «「何をしたらいいのか」この判断で大きく変わる

小学生の頃とかを振り返ってみると、
たいていは先生や親からやるべきことを指示され、ときには強制されて、
言われた通りのことをするという機会が多かった。
<中略>
そんな小学生でも「総理大臣になりたい」と言いだしたら、
本人はそのためには何をすべきかを考えることになる。

2024年7月31日
もしホームレスになったら
「生きるために生きる」だけ
ただ時を過ごすだけの毎日になるのか
「生きる」の中には「見つけ出す」ことが
大きく居座っているような気がする

 «老いてみて分かった、せっかく見つけた貴重な気づき


 «背中を見ながら歩きだす、マネは学びの第一歩


 « 菜園と生ゴミ堆肥と、あと一つ

役所に登記を済ませ自分の物だと主張したところで、自然界から見るとそんなのは人間の勝手な言い分に過ぎず、区画や境界線なんかは彼らにとっては何の意味もなさない。

地球上には人類が自分たちの都合で決めた領土なんてものがあるが、そんな概念など全く持ち合わせない獣や鳥たちは、国境をお構いなく移動するし上空を自由に行き来する。

2025年6月29日
人間がいかに傲慢であるか
畑でのある動物との格闘を通して
勝手に線引きをしたり生態系を崩したりする
人間の愚かさを描いています


 «新たな便利が増えたとき、そこには名もなき親切がある 
  ~交差点で思うこと~


 «あのとき貰った貰った一言で、埋もれた光が甦った


 «知らない街の人柄に、忘れ得ぬ温かみを授かった



🔸旅 ⋙⩶⩶

   旅といってもスケールの大きいものではありません
   どうしても ”食” がメインとなってしまいます

 « 【旅】旭川放浪記

今回は車での一人旅なのであります。

<旅>2024年3月29-30日、<記>2024年5月8日

 « 【旅】横浜・野毛 放浪記

横浜の野毛地区には、酒飲みの聖地が密集しているらしい。

<旅>2024年5月26日、<記>2024年5月30日

 « 【旅】[音楽] 旭川・妹背牛・美唄 放浪記

今回はその三地点への小旅行と、移動中に聴いた音楽についても触れてみたいと思います。

<旅>2024年6月27日、<記>2024年6月30日

 « 【旅】[音楽] ニセコ・長万部 放浪記

今回はその長万部に野暮用があり、
日帰りドライブの旅となりました。

そこまでの道中に立ち寄ったスポット と、
旅のお供に聴いた音楽について綴りたいと思います。

<旅>2024年7月13日、<記>2024年7月16日


🔸家庭菜園 ⋙⩶⩶

   先の
    « 菜園と生ゴミ堆肥と、あと一つ
   も家庭菜園ネタですが
   自宅のネコの額ほどの畑の様子を綴っています

 « [家庭菜園] 来年に向けてニンニク植付けの準備中!

 « [家庭菜園] ニンジンとエダマメをコンパニオンプランツで共存

 « [家庭菜園] 今年もニンニクの植付けの季節到来!

 « [家庭菜園] 今年のトマトも そろそろ大詰め 

 « [家庭菜園] キュウリ 今年はまだいけそう

 « [家庭菜園] 満を持して、ジャガイモを収穫!


🔸まとめ ⋙⩶⩶

   ここまで逃げずにいてくれて、ありがとうございます。
   解説を付けた分、少々長くなってしまいました。

   この先も記事の投稿は続くでしょうし、
   数も増えるに違いありません。

   その都度手を加えながら、変化をしていきたいと思っています。

   そんなわけですから
   今後もよろしくお願いします。
  


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