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【小説】・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #11│キッチン

 結局、私はイリーパーティーに行かなかった。
 なんだか、面倒くさくて。
 私は野望をもってこの国に来たわけではないし、英語なんかべつにもういいや、というかんじ。 

 その代わり、クラスメイトのエイミーの誕生日パーティーにナギサと行った。
 韓国料理(パスタはコチュジャンソース!)が並び、私は肉じゃがを作って持っていったが、不人気だった。みんなワインを持参していたので、次回からはパーティーにはワインを持っていこう。

 みんなでたらふく食べて飲んで、エイミーを祝った。
 エイミーは頭がよく、英語も私たちよりずっと上手だった。それなのにいつも優しく、授業についていけない私に丁寧に教えてくれた。
 そんなエイミーに首ったけなのが、ブラジル人のリカルドだった。
 ワインで頬を染めたエイミーに訊いてみた。
「リカルドと付き合わないの?」
 エイミーは、私にこっそり秘密を打ち明けるように、耳元に手を当ててささやいた。
「私、外国人と付き合うの、なんだか恐いの」
 私にも、その気持ちは少しわかった。

 パーティーの帰り道、リカルドはエイミーがどんなにステキな女の子かを力説していた。

 私は、また誰かに恋をすることがあるのだろうか。


         *


 レオンと私の生活リズムは、完全に違っていた。
 私は学校があるので、朝起きて、夜は寝るといういたってまともな生活を送っていたけれど、レオンはめちゃくちゃだった。
 だいたい、夜中に出かけ、朝帰ってくる。家にいるときは頻繁に誰かが出入りしていた。


 ある土曜日の朝、怒鳴り声で目が覚めた。
 外はまだ薄暗く、霧がかすんでいる。時計の針は五時を指していた。
 声はキッチンから聞こえてくる。
 ベッドを抜け出して、気配を殺しながら廊下を歩いた。声はますます大きくなってきた。

 キッチンでは、見たことのない男とレオンが、激しく言い合っている。
 私の姿に気づいた瞬間、ふたりともピタリと静かになった。
 レオンは獣みたいな目をしていた。
 男は短く「ハイ」と言い、私も反射みたいに「ハイ」と返す。ただならぬ緊張感に、水を飲むふりをして部屋へ戻った。
 
 その後、しばらくして男が出ていく音がした。
 ようやくキッチンへ行くと、レオンがまだそこにいた。
「おはよ。さっきの誰?」
 レオンは視線を上げずに言った。
「ドラッグディーラーだ」
 一瞬、言葉の意味が追いつかない。
「ドラッグディーラー? 友達なの?」
「いや、知らないやつだ。ちょっと揉めたからここに連れてきた」
 知らないドラッグディーラー?
 土曜日の朝のキッチンに?
「そんなの連れてこないでよ」
 レオンはコップを激しく叩きつけ、牙をむくように噛みついてきた。
「じゃあおまえは、俺が外で喧嘩して捕まってもいいって言うのか」
 あ、この状態のレオンはだめだ。
 しらふでもないだろう。
 「とにかく、こんなことは、もうやめて」
 震える声でそれだけ伝えて、部屋に戻った。
 廊下でドアが激しく閉まる音がした。

 しばらくして、レオンが寝静まったころ、キッチンにお茶を入れに行った。
 ベルガモットの香りが、湯気と一緒に広がって、張りついていた体と心を少しずつゆるめていく。ようやく落ち着きを取り戻したけれど、あまりの出来事に、怒りより怖さが勝った。
 レオンの仕事がこういうものなんだと、現実として突きつけられた気がした。

 しばらく、何も考えられなかった。
 キッチンの空気も、レオンの言葉も、まだ頭の中に残っている。

 気を取り直して、買い物に出た。
 私の気分とは裏腹に、空気まで澄み切った最高の土曜日の朝だった。
 
 バスに乗って、マーケットまで行くことにした。
 もう何度も通っている、中国食料品店に向かう。

 魚をさばいている、親指のないおじさんが、こちらに気づいてぱっと顔を輝かせた。
「やあ! 今日は何がいるのかな?」
 おじさんとは、もうすっかり仲良しだ。
 前に魚を見ていたら、「魚は毎週月曜日に届くから、金曜日には買ってはいけないよ」と恐ろしいことを教えてくれた。
「こんにちは。この大根って、いくら?」
「好きな値段で持っていきな」
 おじさんはいつもそう言って、びっくりするようなサービスをしてくれる。
「50ペンスでも、いいの?」
「ああ、いいとも」
 ありえない値段で、大きな大根を包んで渡してくれる。
 お礼を言って店の奥へ入ると、なつめや八角の甘くて独特な匂いが、ふわっと広がった。棚を眺めながら、緑茶と調味料をいくつか選ぶ。
 会計を済ませて店を出ると、もう一度おじさんに手を振った。

 少し歩いたところで、変な形のキャベツを見つける。
 質感だけは、日本のものによく似ていて、気づいたらそれも買っていた。
 そのあとテスコにも寄って、重くてそれ以上持てなくなったので、帰ることにした。


 夕方、キッチンで大根と鶏の手羽を煮込んでいると、レオンが起きてきた。
「なんだ? このうまそうな匂いは?」
 と鍋を覗き込んでくる。
「おおお! これ、俺のぶんは?」 
 私は横目でチラリと見てから、
「もう危ないやつ連れてこないなら、あるかもね」
 レオンはよだれを垂らさんばかりに、チキンしか見ていない。
「よし、わかった」
 コクコクうなずいている。 
 犬か、おまえは
 とりあえずレオンに約束させたことで私も満足して、チキンを分けてやることにした。
 レオンの扱い方も、少しは心得てきた。 
  
         *

 レオンはあいかわらず、食べ物を盗む。
「シツレイシマース」 夜中にキッチンからあやしい日本語が聞こえてくると、私が冷凍しておいた肉が消えている。
「ちょっと、肉とらないでくれる?」 
 翌日、私が問い詰めると、レオンは逆ギレした。
「ちゃんと断っただろ! おまえはほんとうにケチなやつだ!」  
 
 こんな感じで、私とレオンは、しょっちゅう喧嘩をした。
 喧嘩になると、私は英語が出てこなくなり黙ってしまう。
 そのたびにレオンは嘲笑う。
 「ばーか! ちゃんと学校行け」
 小学生の喧嘩みたいだった。

 起きた途端にコークを鼻から吸っているようなレオンは、ドラッグの取り過ぎのせいかものすごく感情の起伏が激しかった。
 下に住む大家からは「Cheeky(いやなやつ)」と呼ばれている。  

 それでも、私はレオンが嫌いではなかった。
 むしろ、日に日に愛着が湧いていく気さえした。
 
 レオンに振り回される毎日の中で、気づけばカイのことを思い出す時間も、ずいぶん減っていた。


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※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。


【MAGAZINE】

【もくじ】

#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫


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