ユリアン・ナーゲルスマン監督率いるドイツ代表の現在地と戦術分析
ユリアン・ナーゲルスマン監督率いるドイツ代表の現在地

2023年2月1日、2004年から2022年にかけてサッカードイツ代表のディレクターを務めたオリヴァー・ビアホフの後任に、元バイエル・レバークーゼンSDのルディ・フェラーが就任した。1990年ワールドカップの優勝メンバーの1人でもあるフェラーは、2023年9月にハンジ・フリック監督を解任し、後任にユリアン・ナーゲルスマンを招聘する。
ナーゲルスマン監督のもとでUEFAユーロ2024を戦い、戦術が浸透しつつある現在のドイツ代表を見て、多くの人が驚きを覚えるだろう。今のドイツ代表の完成度は、一般的な代表チームのそれではない。各選手が戦術的意図(あるいは原則的意図といった方が適しているかもしれない)を持ってプレーし、まるでクラブチームのようにプレスをかけ、崩し、得点を奪うのだ。
本テキストでは、とくにUEFAネーションズリーグ・リーグA グループ3の第5回戦ボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦におけるドイツ代表の戦いぶりを振り返り、ナーゲルスマン監督が現在のドイツ代表でどのようなサッカーを実践しようとしているかを考える。
ユリアン・ナーゲルスマン監督と「原則」

現ドイツ代表について書き始める前に、共通理解を持たなければいけないことがある。ナーゲルスマン監督は、戦術ではなく、「原則」という一定の決まり事のもとで選手たちをプレーさせるのだ。ナーゲルスマンがTSG 1899 ホッフェンハイムやRBライプツィヒを躍進に導いた要素の1つは「原則」にあった。
代表的な例が「2タッチプレーの原則」である。ドイツ代表選手が相手コートでプレーするとき、ワンタッチでプレーできそうな場面でさえ、ツータッチでプレーすることに驚く人もいただろう。ナーゲルスマンは高い足元の技術を誇るドイツ代表選手にツータッチ以上でプレーさせ、技術的なミスを減少させたのだ。
ただワンタッチでプレーする場面もある。それが「シュタイル・クラッチュ」だ。木崎伸也氏によれば、ナーゲルスマンは後方からのパスを45〜120°の角度で味方に落とし、前向きでプレーすることを可能にする「シュタイル・クラッチュ」というプレーを重視するという。実際に試合中にも、CFがトップ下にボールを落とすプレーを中心に「シュタイル・クラッチュ」が散見された。
ナーゲルスマンの「原則」は他にもある。それが「狭い幅でのプレーの原則」だ。ナーゲルスマンはピッチ全体を広く利用して相手を崩すのではなく、ペナルティエリアの幅のなかで優位性を築くことを重視する。理由は選手たちが密集することで、ボールを失った際の(速度奪回のための)ゲーゲンプレスを高い強度で実行できるためだ。
木崎伸也氏によれば、ナーゲルスマンはチームに27〜31の「原則」のもとでプレーさせている。選手たちは一定の共通理解のもとでプレーするためミスが少なく、例えミスが起きても、相手選手より素早く対応できる。ナーゲルスマン率いるドイツ代表がクラブチームのように細かな連携を見せられる理由の一端は、「原則」にあると考えて間違いない。
vs ボスニア・ヘルツェゴビナ代表


自国開催となったボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦に先発したドイツ代表選手11人は、現在のベストメンバーだった。ジャマル・ムシアラ、カイ・ハヴァーツ、フロリアン・ヴィルツの2列目3人や、ロベルト・アンドリッヒ、アントニオ・リュディガー、ヨナタン・ター、ヨズア・キミッヒ、マクシミリアン・ミッテルシュテットは、ユーロ2024でも活躍したメンバーだ。
本テキストでは、特にボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦に出場した3人のドイツ代表選手(アンドリッヒ、ティム・クラインディーンスト、カイ・ハヴァーツ)にフォーカスを当て、ナーゲルスマン率いるドイツ代表がどのように戦い、7-0の大勝をあげたのか考察する。
ナーゲルスマン流の新たな「リベロ」:ロベルト・アンドリッヒ

現在のドイツ代表で最高の選手は誰かと問われたとき、多くの人はムシアラか、ヴィルツの名前を想像するだろう。もちろん彼ら2人が優れているのは事実だ。2014年W杯で優勝したドイツ代表にトーマス・ミュラーとメスト・エジルがいたように、現ドイツ代表の強みはヴィルツとムシアラである。
しかしボスニア・ヘルツェゴビナ戦に言及するならば、試合中最高のプレーを披露したのは、間違いなくロベルト・アンドリッヒだった。ナーゲルスマンに特殊な役割を与えられたヘルタ・ベルリンユース出身の30歳は、チームの中核を担った。

ドイツ代表のボール保持時、アンドリッヒはCBの間に下がって「リベロ」となり、3バックを形成する。これによりミッテルシュテットとキミッヒの両SBが大外の高い位置を取ることができるうえ、ターとリュディガーが機を見てMF化し、前線に「タッチダウンパス」を送ってチャンスを創出した。「3-6-1」と形容したくなるドイツのフォーメーションの肝は、アンドリッヒだった。
またアンドリッヒは、チームがボールを失ったとき、前線4人とともにボールの「刈り取り」に参加する役も担う。現在のチームのシステムは非常に前がかりであるため、ボールを失った際、いかに早く奪い返すかが重要である。フィジカルを活かした、高いボール奪取能力の持ち主であるアンドリッヒには適任だった。
前半23分のシーンが象徴的だろう。相手ペナルティエリア付近でボールを奪うと、左足を一閃。強烈なミドルシュートはクラインディーンストの足を掠め、相手ゴールに吸い込まれた。「リベロ」や「刈り取り」の役割に加え、ときにはインサイドハーフのようにプレーするなど、複数の役割を高いクオリティーで実行したアンドリッヒは、現ドイツ代表の中核を担ってる。
「シュタイル・クラッチュ」の申し子:ティム・クラインディーンスト

ドイツ代表は試合開始後2分、ムシアラのヘディング弾で先制する。得点の起点となったのは、クラインディーンストの「シュタイル・クラッチュ」だった。右のハーフスペースにポジションを取ったハヴァーツからのロブパスに頭で合わせ、右サイドのキミッヒにボールを送ったのだ。
クラインディーンストの「シュタイル・クラッチュ」は、試合中に多くのチャンスを創り出す。印象的だったのは、24:35のシーン。キミッヒからの縦パスに合わせて相手DFラインの裏に走り、相手DF3人を惹きつけると、キミッヒにダイレクトで折り返したのだ。フリーのキミッヒは余裕をもってクロスを上げ、得点につながってもおかしくない状況を作り出した。
クラインディーンストの「シュタイル・クラッチュ」が見られた場面はこれだけではない。37:46にはムシアラへ、39:14には相手DF2人を背負いながら味方へ、63:07にはベンヤミン・ヘンリヒスからの縦パスを真横に「シュタイル・クラッチュ」し、セルジュ・ニャブリに繋いでチャンスを作った。
「シュタイル・クラッチュ」自体はニャブリやフェリックス・ヌメチャも行っていたが、出す方向の正確性や終始見せる運動量も相まって、クラインディーンストが最も効果的に利用した。クラインディーンストの凄まじいのは、攻撃時に精力的な動きを見せるにも関わらず、プレスにも参加して走り続けられるところだ。
またクラインディーンストは、ストライカーとして得点を挙げることもできる。23分にはアンドリッヒのミドルシュートに足を掠らせて得点。79分には右ハーフスペースにいたリュディガーからのアーリークロスに左足で合わせて2点目を挙げた。ゲルト・ミュラーやルディ・フェラー、ミロスラフ・クローゼなど、ドイツ代表は優れたストライカーを擁した歴史がある。クラインディーンストも彼らと名を連ねるに相応しい、卓越したストライカーだ。
「もう1人のストライカー」でもあるトップ下:カイ・ハヴァーツ

ドイツ代表は、自国開催となったユーロ2024でベスト8まで進出し、結果として大会を制覇するスペイン代表と熱戦を演じて敗北した。大会におけるドイツ代表のMVPが誰かと問われれば、誰もが口を揃えてトニ・クロースだと答えるだろう。クロースのプレーはドイツ代表に活力を与えた。
ただドイツ代表の復活における重要な存在は他にもいた。イルカイ・ギュンドアンである。ギュンドアンのプレー技術はもちろん、人間性やキャプテンシーに至るまで、ドイツ代表の大きな支えだった。そのギュンドアンが引退し、キャプテンシーはキミッヒが引き継いだが、ポジションの後継者が誰になるか注目された。
現時点において後継者の最適解となったのは、カイ・ハヴァーツである。ボスニア・ヘルツェゴビナ戦に言及すれば、ハヴァーツの役割は大きく2つあった。1つはポジションを捨てて動き回るヴィルツとムシアラに代わり、ハーフスペースに顔を出して縦パスの受け手となること、もう1つは機を見て前線に進出し、シャドーストライカーのように振る舞うことだった。
レバークーゼンや現所属のアーセナルFCでも見せるように、ハヴァーツはトップ下を主戦場としながら、ストライカー然と振る舞うことができる。相手にとっては脅威でしかないだろう。ハヴァーツほどのクオリティを持つ選手がハーフスペースでほとんどフリーなうえに、クラインディーンストがマークを連れて作ったスペースにハヴァーツが飛び込んでくるのだ。
ボスニア・ヘルツェゴビナ戦では、37分、相手の短いゴールキックを奪い、ヴィルツとのワンツーで抜け出して得点。57分にはムシアラのスルーパスに合わせて抜け出し、相手DFに囲まれながらヴィルツの得点をアシストした。ユーロ2024では最前線でFWとして活躍したハヴァーツが、本職のトップ下に移動したことで、潜在能力をいかんなく発揮している。
後書き

本テキストでは、3人の選手のプレーにフォーカスを当て、現ドイツ代表の戦術を考察した。正直、ユリアン・ナーゲルスマン監督が作り上げたチームには感動さえ覚える。完成度の高さはもちろん、独自のアプローチによって選手の潜在能力を引き出しているためだ。選手たちは、代表チームでありながら、ブンデスリーガのクラブよりも先進的なプレーを見せている。
ナーゲルスマンをドイツ代表監督に据えたルディ・フェラーに賛辞を贈りたい。ヨアヒム・レーヴ、フリックという2人の名将をもってしても解決できなかった問題(あるいは停滞)の解決策にナーゲルスマンは適任だった。戦術面でも、マネジメント面でも、ナーゲルスマン以上に現在のドイツ代表監督に適任の人物はいないだろう。
もちろん、現在のドイツ代表に弱点がないわけではない。圧倒したボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦でも、カウンターから危険なシーンを作られた。前線4人に加えてグロス、アンドリッヒ、キミッヒがプレスに参加したにも関わらず、躱されたシーンである。ハンガリー代表戦でも、ドミニク・ショボスライという圧倒的な個人能力を持つ選手に手を焼かされた。
そういった守備面での不安が払拭されるなら、2年後のアメリカ、カナダ、メキシコで開催されるワールドカップの期待は高まる。ヴィルツとムシアラという2人の天才を擁して戦うことができ、キミッヒやリュディガー、ター、ミッテルシュテット、アンドリッヒなど最後の大会にもなるだろう選手たちも全力で臨むだろう。ナーゲルスマン率いるドイツ代表の2年後に期待したい。
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