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「アーカイブ・サテライトの園」第1話

●あらすじ

人工知能と人工意識を搭載とうさいしたアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法ごとうしげのりは、不審ふしんな死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子ゆきしまときこと、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅かぶきかずし、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角あらかどから協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。


もくじ 第2話


オフィス前方で浮かんでいる巨大なホログラム画面には、あの人工衛星が今日も映っている。太陽光を反射させながら静かに回転している金属の塊は、大海を悠々と泳ぐくじらのように思えた。

増えすぎたデータの廃棄場にされてしまった、哀れな人工衛星「アーカイブ・サテライト」は美しい。国際政府が貴重と認めたデータを保存するために運用されている衛星だ。

データの管理には電気エネルギーが必要になる。人間はデータを増やしすぎて、必要な電気エネルギーをまかなえなくなってしまった。そこで発電機能付きの人工衛星を打ち上げ、その衛星に手に負えなくなった大量のデータを詰め込むようになったのだ。

毎秒、毎分生み出される尋常でない量の光子データの中から保存対象のデータを選別して、アーカイブ・サテライトに送る。権力者たちの秘密もたくさん溜め込んでいるせいでセキュリティがどんどん厳しくなり、もはや一般人はアクセスできない。送信されたデータは廃棄されたも同然だ。

大半のデータは自動送信されているが、サイズの大きなデータや個人情報に関わるデータなどは、俺たちアーキビストが取り扱う。人工知能と人工意識を搭載とうさいされたロボット、所謂いわゆるアンドロイドがほとんどの仕事をになうようになった今では、生身の人間だけに任される数少ない仕事だ。

「一定時間内に動作が認められませんでした。次のコマンドを入力してください」

響き渡る警告音声で我に返った。右横の同僚が、ちらりと俺の様子を伺っている。作業に集中しなくては。衛星に送るデータを選別するアーキビストとして、同じような作業を何年も繰り返している。手順は完全に覚えているというのに、俺の手は思うように動いてくれない。35年使ってきた自分の手を見つめた。かさついていて、ふしが目立っている。

今日もひたすら情報を廃棄はいきしていけばいいのだ。各デスクに割り当てられた小型ホログラム画面に人差し指で触れて、ファイルの概要欄がいようらんに単語を並べていく。動的平衡どうてきへいこう、生命現象、エントロピー増大の法則。どれもエリコが好きそうな単語だ。

エリコ。半年前に死んだ妻の呼び名を頭の中で反芻はんすうすると、頭痛がしてきた。人生そのものは不確かなのに、妻の死は確かに俺の頭と胃を重くしている。これはどういうことだろう。なぜ愛した命が永遠に生きていてくれないのか。誰に聞いてみても、人間以外に尋ねても、納得できる答えは得られない。

画面の隅に表示された時刻は、まだ昼休みまでたっぷり時間があることを告げている。ため息が出る。背後からオフィス全体を監視している上司の様子を伺って、すぐに姿勢を元に戻した。

駄目だ。今日も早引きしたいなんて言ったら、クビにされてしまう。それは困る。「アーキビスト」という社会的アイデンティティーを失ったら、本当に俺は空っぽだ。小指でエンターキーを押して、データのラベリングやタグ付け、形式設定に進む。作業工程は把握できているのに、指先の動きは緩慢かんまんになる。なんとか指を動かし続けるが、集中力は四方八方に散ってしまう。視線は遠くのホログラム画面に戻り、退屈な人工衛星のライブ映像に意識を飲まれていく。

あの人工衛星の中には、アンドロイドたちが生み出す膨大な情報も詰まっている。アンドロイドといえば、アンドロイド製造の大手企業、ハーモニー社だ。アンドロイド製造の大手企業、ハーモニー社の人気商品「ハーモニクス」が今では至る所で働いている。

ハーモニー、調和という意味と、メロディの中で際立つ倍音という本来の意味を掛け合わせた商品名だとかなんとか、ニュースで創業者が自信満々に話していた。

長く息を吐く。どうでもいいことに思考力を奪われながらも、ようやく仕事が1つ片付いた。急がなくては。次に処理するファイルを開く。堅苦しい論文のような文章に目を走らせる。内容を理解しようとするが、心の奥底から響いてくる声に邪魔される。もう全ては無意味だ、とささやく幻聴のしつこさに歯を食いしばる。

エリコは死んだ。家に帰っても、エリコの職場や実家を訪ねても、もうエリコとは会えない。現実という重油のように粘り気のある液体が床に広がり、ついに俺の足にまとわりつこうとしていた。

俺が念願のアーキビストになれた時、心から祝ってくれた人はエリコだけだった。エリコは俺よりもずっと優秀で責任の重い仕事をしているのに、いつも対等に接してくれていた。楽しい時も苦しい時も、同じ目線に立ってくれていた。そんな大切なことさえ、いつからか忘れてしまっていた。エリコの死で思い出すとは。俺自身を、捨ててしまいたい。

同じような思考パターンにおちいってフリーズする脳みそを叱咤しったし、作業に戻る。アーカイブ・サテライトへのごみ捨て。仕事をそう揶揄やゆして同僚たちと呑気に笑っていた頃に戻りたい。いっそのこと、生まれた直後に。いや、戻りたくない。

エリコと出会う以前の思い出なんて、ろくでもない。捨て子だった俺は、生後2ヶ月の時に独身の母親に引き取られた。毎日、幼い俺に愚痴ぐちを言って聞かせるような母親だった。母親にとって俺はごみ捨て場だったのだ。アーカイブ・サテライトと俺は少し似ている。子どもの頃にそう思って以来、あの衛星と深く関わるアーキビストという職業にずっと興味があった。

中学1年の冬に施設に逆戻りして以降、母親の顔は見ていない。もう親子ではないから、今後も顔を合わす機会はないだろう。しかし時々気になる。母は子が欲しかったのだろうか。本当は、別の物が欲しかったのではないだろうか。

五塔ごとうさん。ちょっといいかな。第四会議室で話そう」
「あ、はい」

突然イヤホンから聞こえてきた上司の声に緊張する。目の前の画面を手早く閉じて、部屋を出た。やけに優しげな声だった。嫌な予感がする。きっと言い渡される言葉に覚悟を決めながら、隣の第四会議室の扉をノックした。

「どうぞ。まぁ座ってよ」
「失礼します」

上司の対面にあるソファに座る。合成皮革ひかくの座面は硬い。横の窓から入ってくる強い西日は俺の両眼を突き刺してくる。無言のまま、しばらく時間が過ぎた。

「……お疲れ様。たしか4ヶ月休職したんだよね?復職してもう2ヶ月目か。体調は良くなった?」
「はい」
「そう……大変だよね。急に奥さんが亡くなったら、そりゃ誰だって体調崩すさ」
「……あの、用件はなんですか?」
「ああ、その、ね。言いにくいんだけど……」

言いよどむ上司の様子から、さっきの予感が現実になったことを悟った。さぁ、今こそ上司の胸の重荷を取り去る魔法の言葉を吐く時だ。

「クビ、なんですね。いいんです。不服はありません。当然です。復職してから、まともに業務をこなせていないのだから」

上司は俺の顔をじっと見てから、目をそらした。

「……残念だよ。君は優秀な管理官になれそうだったのに。でも、君は今まで国際政府にしっかり貢献した。それなりの国民給付金は貰えるだろう。しばらくゆっくりしたらいいさ。奥さん、エリコさん、だっけ?エリコさんとの思い出に浸ってさ、好きなことして過ごしたらいい。長い休暇だと思って」
「やめろ!」

とっさに口を押えるが、遅かった。感情が上手くコントロールできない。何もかも上手くいかない。エリコがいなくなってからずっと。

「す、すみません。やっぱり、体調が悪いみたいです。できれば妻の名前は出さないでもらえますか」
「ああ……私が無神経だった。すまないね。君にはもっと休息が必要なんだろう。退職手続きに関することは明日以降、メールで伝えるから。今日はもう帰って休むといい。今までご苦労様」

上司の顔をまともに見られないまま、ごにょごにょと別れの言葉を発する。やっぱり西日が眩しすぎる。


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水原月(元水月suigetu) お気に入りいただけましたら、よろしくお願いいたします。作品で還元できるように精進いたします。