「シャッターの前にあるもの」 はじめに
2026年1月、私は両目の手術を受けた。
未来のために必要な手術だった。
手術が終わったあと、私はしばらく仕事を離れることになった。
私は長く、写真の仕事をしてきた。
カメラを持たない日が続くことは、自分で思っていた以上に大きなことだった。
仕事を休んでいるあいだ、私はnoteに記事を書き、いろいろな人の文章に触れてきた。
写真のこと。
家族や子どものこと。
仕事のこと。
日々の中で、人が何に救われ、何に足を止めているのかということ。
そういう文章を読みながら、私もまた、
同じことを自分に問うようになった。
そうしているうちに、写真についても、
あらためて見つめ直したくなった。
仕事を休んでいるあいだ、私はよく公園を散歩した。
同じ場所を歩いているはずなのに、
景色はそのたびに少しずつ変わっていく。
前の日には気づかなかったものが、
その日はなぜか目に残る。
撮るわけでもないのに。
ただ立ち止まって見ていた。
その時間を重ねるうちに、シャッターを押す前に、もう始まっているものがある気がしてきた。
それは、撮ることより先にあった
「見る」という感覚だった。
うまく撮ろうとする前に。
誰かに見せようとする前に。
ただ、何かに引っかかって、足が止まる。
言葉にならないけれど、なぜか気になる。
そういう小さな動きに心が触れたところから、写真は始まっていたのだと思う。
「シャッターの前にあるもの」は、
そんな気持ちから書いていく連載です。
写真を続ける中で、いつのまにか
見えにくくなっていたものがある。
それが何だったのかを、自分の経験の中から見つめ直してみたかった。
なぜ、写真は似ていくのか。
私たちは、いつから比べ始めたのか。
上手い写真とは何なのだろう。
人はどんなときにシャッターを押したくなるのか。
なぜ、人によって残したくなるものが違うのか。
うまく撮ろうとすると、写真はなぜ届かなくなるのか。
写真は、何を写しているのか。
誰のために撮るのか。
そして、どうすればもう一度、
自分の中の震えに戻っていけるのか。
そんなことを、一回ずつ辿っていきたいと思っています。
昔はもっと素直に撮れていた気がする人へ。
比べることに少し疲れている人へ。
うまく撮れているのに、どこか満たされなさを感じている人へ。
気になったところから、読んでもらえたら嬉しいです。
【連載一覧】
この連載が、誰かの写真の前にあるものを、少しだけ思い出すきっかけになれば嬉しいです。
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