坂本龍一と高橋幸宏関連の7インチコレクション②(19枚)
7インチコレクションとして既に公開している記事に2人が参加している盤が当然のようにあり、基本的にそれらは省いているので、そちらも是非参照してみてください、坂本龍一と高橋幸宏を一緒にしたのは同時に参加しているケースが多いからです
なお、坂本龍一と高橋幸宏それぞれのソロ作品については下記の記事を後日他の7インチコレクションのようにリニューアルして公開予定
Greg Phillinganes「BEHIND THE MASK」(1985)

A面「Behind The Mask」
作詞:Chris Mosdell, Michael Jackson/作曲:坂本龍一/編曲:Michael Jackson
B面「Only You」
作詞作曲:Bill Withers, Greg Phillinganes
「ビハインド・ザ・マスク」という曲については以下の記事も参照ください
(前略)お蔵入りになったマイケル版「ビハインド・ザ・マスク」はマイケルのレコーディングやLIVEで活躍したキーボーディスト・グレッグフィリンゲインズのアルバムに収録されシングルカット、これをサウンドストリートで85年5月にオンエアし、このグレッグ版で事実上マイケルが作った歌詞付ヴァージョンが解禁の流れになって、翌年行われた坂本龍一メディアバーンツアーでの「ビハインド・ザ・マスク」はYMO版ではなく、マイケルもしくはグレッグ版を踏まえたアレンジで演奏、さらに翌87年NEO GEOツアーでも同様のアレンジで披露され、その時のツアーメンバーでレコーディングもして12インチでリリース、さらにグレッグフィリンゲインズに続いてエリッククラプトンがアルバム『AUGUST』(プロデュースはフィルコリンズ、グレッグフィリンゲインズも参加)でカヴァー(よってグレッグ版よりクラプトン版の方が有名か)
そしてついにマイケル死後の2010年に約30年ほどの時を経てマイケル版がリリースされたのだが、『スリラー』録音時のママではなく、トラックは新たなものに変わってしまった、自分としては当時のお蔵入り音源のママ聴きたかったのであるが、完パケしていなかったのかもしれないし、あくまでマイケル死後の新譜ということで、今のチャートに合わせたサウンドにしたかったのかもしれない、いずれにせよ、マイケル版お蔵入り音源に1番近いのはマイケルもノークレジットで参加しているグレッグ版となるのではないか、どっちみち『スリラー』にグレッグフィリンゲインズも参加しているし、トラックも流用の可能性が高いと思っています、要はこのオケにマイケルのボーカルが乗れば、幻の『スリラー』ヴァージョンとなる(はず)
その後『スリラー<40周年記念エクスパンデッド・エディション>』が2022年にリリースされ、「BEHIND THE MASK -MIKE’S MIX (DEMO)」も収録された、これがどのような過程のものか不明ながら、期待したグレッグ版のようなオケではなく、ほぼほぼYMO版オリジナルのオケにマイケルが歌ってるデモで、本チャンレコーディングの前に交渉が決裂した様相が窺える
松任谷由実、小田和正、財津和夫「今だから」(1985)

A面「今だから」
B面「今だから (another version)」
作詞作曲:松任谷由実、小田和正、財津和夫/編曲:坂本龍一
国際青年年だった85年の6月15日にALL TOGETHER NOWというイベントが国立競技場で行われた、この当時はまだフェスという言葉はなかったと記憶してるが、普段ジョイント(☜これも昭和語)することがない大物アーティストが一堂に会したのは、やはりBAND AIDやUSA for Africaの影響が大きいと思われる、しかし何らかのチャリティが絡んでいるわけでもなく、改めて何故集まったのかといわれたら分からない、Wikipediaにそれなりの経緯が書いてあるが、大義名分はなさそうだ、兎に角、普段個々で活動しているアーティストが集まって「何かやる」のが流行っていたくらいの解釈で問題ないだろう、なので、このシングルも何のために?といわれたら答えに窮する、コラボレーションという言葉はこの頃まだ一般的ではなかったが、まさに「今だから」何かしたかった、理由はともかく貴重な機会で話題になったことはオリコン初登場1位が証明、余計なことを言えば、これに中島みゆきが加わったら最強だったような気がするが、音楽的に統制がとれなくレコーディングで地獄をみたことだろう
アレンジに坂本龍一が起用された経緯は不明だが、ユーミンか小田和正が推薦したか、ALL TOGETHER NOWで暫定的ミカバンド再結成(サディスティックユーミンバンド)があったので、その延長でプレイヤー共々パッケージングされたのかもしれない(ギター高中正義、ドラム高橋幸宏、ベース後藤次利)、この曲の企画が先か再結成が先かは分かりませんが
Wikipediaをよく見たら「ALL TOGETHER NOW」というイベントのために作ったテーマ曲が別に存在したことに気づく、こういうのあるならB面に入れておけよ、という「もったいない精神」が発生してしまうが、多分イベント当日に間に合うようにギリで作られた曲であると思うので、であればB面はオリジナルカラオケが良かったってところ(このメンツの演奏ですし)、因みに実際のB面(another version)は30年以上経って入手して初めて聴きましたが、リズム抜きのアンビエント?アコースティックヴァージョン?というような形容し難いもの、であれば(以下繰り返し)
さて、この曲がCD化も配信もされてないのは「大人の事情」といえば簡単ですが、音楽業界の不自由さを物語っているでしょう、もともとユーミン/オフコース/チューリップは東芝EMI所属でしたが、この頃オフコースとチューリップは東芝から独立した人間が作ったファンハウスへ移籍、おそらく全員東芝EMIのままであれば、特に問題なくCD化されたような気もしますが、「今だから」は「今だけのもの」という美学で一切再発しないと取り決めたのかもしれません
以上、ここまでは2019年6月15日に書いたものだが、「今だから」は2023年12月20日にリリースされた『ユーミン乾杯!!~松任谷由実50周年記念コラボベストアルバム~』にて初CD化(ならびに初デジタル配信)、そしてB面(another version)はCDのシークレットトラックとして収録されている模様
荻野目洋子「無国籍ロマンス」(1985)

A面「無国籍ロマンス」
作詞:岡田冨美子/作曲:坂本龍一/編曲:入江純
B面「たそがれエンジェル」
作詞:神田ヒロミ/作曲:島津行良/編曲:萩田光雄
コレの3枚先になるシングル「ダンシングヒーロー」でベストテン入りしてイメージが決定的になるまでは似たようなチャートアクションで、それに至るまでのシングルの作曲家は全て異なる、そのチャレンジの中に坂本龍一も紛れていたのだが、当時は知る由もなく、サウンドストリートでもオンエアされず、但しここから1年10ヶ月後にサウンドストリート終了後のレギュラーラジオ番組「不思議の国の龍一」にてブレイク後の荻野目洋子がゲスト出演、無事?「無国籍ロマンス」もオンエアされた
惜しむらくはアレンジが坂本龍一自身ではないということ、『フィールドワーク』のリリースと同日なので、もし手掛けていたらDX7+ FairlightCMIの先鋭的なサウンドになっていたかもしれないと妄想するが、入江純のアレンジもアイドル歌謡としては何の問題もなく、イントロのストリングスのフレーズなどはサカモトっぽいなとさえ思ってしまい、特に不満はございません、因みに「無国籍ロマンス」から1年後に岡田有希子「くちびるNetwork」を作曲してオリコン1位になるが、これもアレンジは坂本龍一自身ではなく、かしぶち哲郎が手掛けた
中原理恵「私小説」(1985)

A面「私小説」
作詞作曲編曲:かしぶち哲郎
B面「生意気娘」
作詞:中原理恵/作編曲:高橋幸宏
同時発売のアルバム『UN ART DE VIVRE』からのカット
結果的なラストアルバム『UN ART DE VIVRE』はかしぶち哲郎/高橋幸宏/鈴木さえ子の3人のドラマーが各々作曲を担当しているという稀有な構成、アレンジもかしぶち哲郎/高橋幸宏の2人の割り振りで徹底している、アルバム発売当時はレコードのみで、CD化は後のソニー通販限定BOXセットのみ(サブスクは当然のように解禁されていない)
このシングルというか他のアーティストの場合もラストシングルという類いは出荷数が少ないからか、中古で高い安い以前に見つかりにくい、発売時にもしこれが売れたら、また次のシングルを出すはずで、そうではないからラストなのだ、ということで以前はレンタル落ち盤をシェアしていたが、やっとフツーの盤を見つけたので、過去のレンタル盤+シール剥がし状態の写真も追加
モモ「空に会おうよ」(1985)

A面「空に会おうよ」
作詞:矢野顕子/作編曲:坂本龍一
B面「プロローグ•大地の詩」「フェスタ•エリカの夢」
作編曲:坂本龍一
つくば博は中学から高校にあがる間の春休みに行った記憶が… 坂本龍一が音楽担当ということで当然のように住友館へ、映像は如何にも企業が作りそうな教育映画的なクオリティで全く覚えていない(最初から期待していない)
この盤は非売品ということだが、住友館に行った自分に配られたわけでも会場で売られていたわけでもない(当時は今ほど物販で儲けようという発想がない)、配ってはいたのにもらえなかったのか、業界あるいはメディアに配っただけなのか詳細不明、非売品ということで昔は高値だった印象で、今ならさらに高値と言いたいところだが、意外とそうでもない(会場で売っていたとのコメントをいただきました)
何故矢野顕子が歌わず、変名にまでしてやまがたすみこが歌ったのかも詳細不明(クライアントの意向?)
ジャケの女の子と犬を同じ方向に向かせて、この構図で写真撮るのは苦労したんじゃないかと勝手に思ってます
吉本隆明 + 坂本龍一「HITOSASHI-YUBI NO ETUDE」(1986)

A面「HITOSASHI-YUBI NO ETUDE」YOSHIMOTO SIDE
Oriental Mix-1, Oriental Mix-2
作曲・演奏:吉本隆明
B面「HITOSASHI-YUBI NO ETUDE」SAKAMOTO SIDE
Disco Mix-1, Disco Mix-2
作曲:吉本隆明/補作・編曲・演奏:坂本龍一
7インチなら何でもDJでかけるぞ的な感じで、そういえばこれがあったと、未CD化音源につき、ここでしか聴けない、20年以上経って文庫化されたがソノシートはつかなかったので、オリジナルの書籍を手に入れるしかない、自分は出てすぐ買ったが、談義の内容もひたすら音楽のことなので、ニューアカの最中、特に難解ではなく高校生でも理解出来たというところだが、簡単いえば、知の巨人・吉本隆明が音楽をわかってないのに不満だった坂本龍一が当時の音源(YMO、クラフトワーク、アートオブノイズ等々)を色々聴かせた上で、実際に作曲までさせてしまうという試みである、吉本隆明は楽器が出来ないので、素人ながら人差し指でDX7を弾きながらメロディを探っていく、それで完成したのがYOSHIMOTO SIDE、そのメロディーを受け、プロフェッショナルでプロフェッサーな坂本龍一がアレンジしてトラックを完成させたのがSAKAMOTO SIDEである、制作は85年の『ESPERANTO』や『Steppin Into Asia』の時期でフェアライトのページRでシーケンスを組んでると思われる、感覚的にも当時60歳の吉本隆明にはなかなか辛い作業だったと思うが、とりあえず素人でも作曲が出来て、プロの手にかかれば、ちゃんと音楽として完成するプロセスは分かりやすかったかと
如月小春「NEO-PLANT」(1986)

A面「NEO-PLANT」
B面「NEO-PLANT<nega>」「NEO-PLANT<posi>」
作詞:如月小春/作編曲:坂本龍一
86年にリリースされた12インチシングルと2曲のアルバム曲を1枚の7インチ(計3曲)に収めてしまったという企画盤、オリジナルのアートワークが使えなかったのか、ジャケがチョット残念
まず、こういう復刻企画のパターンとしては、元々7インチで出てた人気盤をそのまま復刻する(吉田美奈子「恋は流星」など)、そもそも7インチで存在しないアルバム曲を7インチ化する(大貫妙子「都会」など)、そして今回新たなパターンとして12インチの曲を33回転にして7インチに収めるというのが画期的(ですよね?)、これ普通に考えれば単に12インチで復刻されたのであろうが、何故RPMを落としてまで7インチにカッティングしなければらないのか、しかしこっちとしては願ったり叶ったり的なこと! まー33回転だと音質が〜カッティングが〜という問題があるにはあるが、やはり7インチであることに意味がある、こういう企画がどんどん増えてほしかったのだが、リリースから3年が経ち、昨今のレコードブームで7インチだけに興味ある人は少数派のようで再発ラインナップから察するに、結局は金持ちのオーディオマニアにターゲットが絞られ、アルバムをイイ音で聴いてもらう的な感じが至極当たり前に展開されてて物足りない
如月小春と坂本龍一といえば、85年にNHKで放送されていた23時台の帯番組「スタジオL」木曜司会の如月小春の最終回に坂本龍一(と立花ハジメ)がゲスト出演、その後NHK-FMで坂本龍一と如月小春がラジオパフォーマンスと称した(パフォーマンスという言葉が流行ってました、要はラジオドラマでした)番組をやったり、NHK教育「YOU」の正月特番での共演が思い出される、よって如月小春のアルバム『都会の生活』と12インチ『NEO-PLANT』を坂本龍一がプロデュースする(全曲ではない、他には高橋悠治や近藤達郎などが参加)のは自然な流れだと思いました
この再発時に奇遇(国内と連動なし)にもUKのLAG RECORDSよりオリジナル12インチが再発され、坂本龍一のコメントも寄せられた
岡田有希子「くちびるNetwrok」(1986)

A面「くちびるNetwork」
作詞:Seiko/作曲:坂本龍一/編曲:かしぶち哲郎
B面「恋のエチュード」
作詞:かしぶち哲郎/作曲:飛澤宏元/編曲:かしぶち哲郎
当時ベストテンなど殆ど観なくなった自分も名前くらいは知っていたが、曲は知らない状態、80年代お決まりの化粧品キャンペーンソングでヒット狙いの勝負をかけ、作詞は結婚後お休みモードだった松田聖子が話題作り的に提供、作曲は坂本龍一(アイドルへの提供曲は意外と少ない)、これ一見脈絡がなさそうな人選ですが、同時期のアルバム『ヴィーナス誕生』(86年3月21日リリース)にも曲提供をしているので(「WONDER TRIP LOVER」)、その流れなのかもしれない(アルバムとシングルどっちが先だったのか?)、そしてアレンジは『ヴィーナス誕生』の全編曲を担当したムーンライダーズのかしぶち哲郎(ラストシングル「花のイマージュ」の作編曲も手掛ける)、兎に角、そのようなお膳立て、ヒットへ向けて万全を期す体制で見事オリコン1位を初登場で獲得(2月10日付)、しかし惜しくもその2ヶ月後に天に召されました
大ヒット曲が出て、活動はさらに勢いを増すと思いきや、オリコン1位という事実に対して意外と本人は冷めていたのではないか、このプロジェクトに対してもシラケていたのではないか、もっといえば松田聖子の力を借りてのヒットは嬉しくない(ちなみに岡田有希子はデビュー時に河合奈保子の大ファンで事務所の先輩である松田聖子に対しては何とも思っていないと発言)、表向きは主演ドラマ(『禁じられたマリコ』)、オリコン1位の大ヒットと続き、高校を卒業して社長宅から一人暮らし、事務所的にはさァこれからだという時に何故だ⁈という思いもあっただろう、しかし本人的には真面目過ぎる性格ゆえ、デビューから2年間の芸能活動の中で色々と違和感や疑問が生じて積もっていたことは想像に難くないが、真相はわからず
このシングルのようなジャケとスリーブが一体になってるタイプはセミハードジャケというらしいが、昔から洋盤では当たり前だったものの、日本では定着せず、セミハードの方が紙とスリーブがバラけなく、ビニールカバー無しでもOKで良いと思うのですが、兎に角むき出しというのが抵抗あるのか、12インチをビニールに入れる習慣もおそらく日本だけ、セミハードのデメリットとしては薄手の紙だとリングウェア(紙にレコードの丸い跡がついてしまうこと)がついてしまうので、これは中古市場でもマイナスポイント、結局ジャケとスリーブが別々で、それをビニール(海外ではレコード盤をビニールというのでややこしいが)に入れるという日本独自スタイルが標準となる
高井麻巳子「こわれかけたピアノ」(1986)

A面「シンデレラたちへの伝言」
作詞:売野雅勇/作曲:八田雅弘/編曲:Light House Project
B面「こわれかけたピアノ」
作詞:秋元康/作曲:高橋幸宏/編曲:岩倉健二
おニャン子関連は避けてきたのだが、とりあえずこれは買わねばならなかった、必ずワンコイン以下で買えるので特に迷う必要もないのだが… 作曲が高橋幸宏のB面「こわれかけたピアノ」が理由の全てで、これが唯一の高井麻巳子への提供曲という秋元康の作詞ということから考えてもA面狙いだったと考えざるを得ません、出せば1位になるという当時の人気状況をふまえて、高橋幸宏の提供曲の中でも売れ線を意識した1番アイドルっぽいハジけた曲調であり、どこがダメだったのかなと、ひとまず「こわれかけた」というネガティブワードのせいにしときます
では、A面はどれほどイイ曲なのだろうと「シンデレラたちへの伝言」を聴いてみれば割合地味なバラードであり、いかにもB面に入っていそうな曲で、何故A面なのか首をかしげざるを得ません、「夕やけニャンニャン」を見てなく、高井麻巳子の良さも分かりませんが、キャラクター的にこちらの曲調の方が違和感なかったとか?
ちなみに同年2月に中原めいこの「こわれたピアノ」というシングルがリリースされており、コレとのカブリを避けたとかマニアックな見方もしてしまいます
吉永敬子「子猫物語」(1986)

A面「子猫物語」主題歌
作詞:大貫妙子/作曲:坂本龍一/編曲:坂本龍一、野見祐二
B面「子猫物語」主題曲
作曲:坂本龍一/編曲:坂本龍一、野見祐二
夏休み映画で興行も良かったようだが(1986年邦画第1位/日本実写映画歴代興行収入3位)、観たことはないし、これからも観ないだろうし、当時撮影中に何匹のチャトランが死んだのか?的な噂もあり、今だったらそんな噂から炎上してしまうのだろうが、客足には関係なく、しかし最近こういう動物映画が減ったような気がするのは自分が知らないだけなのか、コンプライアンス的な問題なのか
坂本龍一はこの映画で音楽を担当しているが、『戦メリ』のように1人ではやらず、野見祐二と上野耕路と渡辺蕗子に担当を割り振っている、与えられた予算の中で若手にチャンスを与えているということなのだろう(与えが2回続く文章が正しいのか疑問)、この後間髪入れずに取り掛かった『オネアミスの翼』でも同じようなチーム制を導入
A面の主題歌(「夜ヒット」にも出演)を歌っている吉永敬子は野見祐二の「おしゃれテレビ」に参加しているボーカリスト、B面はインストヴァージョンなのだが、実はサントラ盤には『音楽図鑑』より「Self Portrait」(映画で使用されているため)も収録されており、それがB面というのもアリだったよね!とか思ってしまったりもする
サントラ盤はMIDIから、このシングルはフジサンケイグループのキャニオンからリリースされた(サブスク未解禁)
和田加奈子「Creation My Heart」(1986)

A面「クリエイションマイハート」
作詞:松本一起/作編曲:坂本龍一
B面「ジェラスガール」
作詞:大津あきら/作曲:佐藤健/編曲:笹路正徳、比山清、新田一郎
「東京クリエイション'86」というのが今となっては不明なのだが、ともかく坂本龍一とは芸大繋がり、但し和田加奈子は音楽の方でなく彫刻科であったが、美術方面に進まず東芝EMI主催コンテストでグランプリを獲得しデビューとなった
まではいいが、今はシティポップで再評価されてる杏里や松原みき等々、アイドルでもなくシンガーソングライターでもない只のシンガーの売り方って難しくないか?と、いい悪い以前にマーケットはあったのか?と思うのだが、全部が全部売れなくてもいいやというのがレコード会社にもあった時代、ディレクターもアイドルばっかやっててもアレなんで、かといってシンガーソングライターはアーティストさんなんで思い通り動かせないし、といったところで制作側の音楽的満足優先な案件といったところかと、その代わりシングルは対外的にも売る気を見せないといけないので、アニメの歌を歌ってもらうよと(和田加奈子の場合「きまぐれオレンジ☆ロード」)、杏里は「キャッツアイ」で売れたからいいものの、松原みきは「Gu-Guガンモ」で撃沈、杏里も「キャッツアイ」が売れなかったら80年代でキャリアは終わってたかもしれない、和田加奈子も5年弱で一旦活動を終えているが、近年音楽的満足優先な案件のおかげで再発再評価はされている
坂本龍一的には『未来派野郎』後のツアー「メディアバーン」が終わって一段落ついた時期、めっちゃ『未来派野郎』サウンドでもないが、とりあえずソト仕事では必ずといっていい程起用されるコーラスグループのEVEが印象的
いとうせいこう「なれた手つきでちゃんづけで」(1986)

A面「なれた手つきでちゃんづけで」
作詞:いとうせいこう/作曲:高橋幸宏/編曲:岡田徹
B面「MONEY」いとうせいこう & TINNIE PUNX
作詞:いとうせいこう、藤原ヒロシ、高木完/作編曲:ヤン富田
高橋幸宏とムーンライダーズが設立したTENTレーベルより、いとうせいこう&TINNIE PUNX『建設的』がリリースされ、ほぼほぼ発売日に買った記憶(CDではなくレコードで)だが、同時発売のシングルの記憶は薄く、知ってたとしても両面ともアルバム曲なのでスルーしたが、それを今更「出来るだけ」安い値段で入手
まだ日本語でラップをやってること自体が大変珍しかったが「日本語ラップ」という言葉は逆になかった、この頃ラジカルガジベリビンバシステムを観に行ってたので、最後のメンバー紹介をいとうせいこうがラップでやるというのは体験済みだったはず、但し『建設的』は全曲ラップ曲ではないし、自分も特にそこはこだわりなく、バラエティに富んだ内容を楽しんでいた(大竹まことが歌ってる曲まである)
ということなのでA面はヒップホップの住人的にはなんのこっちゃ?であろうが、『建設的』の前に『業界くん物語』というHotDogの連載から派生したレコードがあり、そこで最初のラップをやっているのだが、そもそものコンセプトはヒップホップではなく、業界(ギョーカイ)をいじる的なことなので、その延長で「なれた手つきでちゃんづけで」という曲が完成し、アルバムのリード曲となっている(「夜霧のハウスマヌカン」の流れもありつつ)、曲調ははっぴいえんどのパロディであり(故に鈴木茂がギターで参加)、いとうせいこうが大滝詠一唱法をマネているのが聴きどころなのだが、86年頃のはっぴいえんどといえば前年に再結成LIVEはあったものの、今のような再評価はまだされていなかった(この時点でCD化もされてなかったはず)、自分もまだ数曲知っていたに過ぎず、これから全部聴くぞという前夜
その後『業界くん物語』はビデオソフトにもなり(高橋幸宏や坂本龍一も出演)、連載は書籍化された
ちなみにB面が「MONEY」ではなく「東京ブロンクス」であったなら、価格がさらに数倍になるのではないか、近年『建設的』のアナログが再発されたが、この際「東京ブロンクス / だいじょーぶ」のカップリングで7インチをリリースしてくれたら各方面に喜ばれたのではないかと思います(まだ諦めてはいない)
柴野繁幸「今日の空」(1986)

A面「今日の空」
作詞作曲:高橋幸宏/編曲:岩倉健二
B面「TWILIGHT BLUES」
作詞:吉田美奈子/作編曲:岩倉健二
高橋幸宏プロデュースアルバム『BREATHLESS』からのシングルカット
柴野繁幸はロックバンド「ロブバード」で80年にデビューしてシングル7枚とアルバム3枚をリリース、ラストシングルが83年10月なので3年ぶりにソロでカムバック、長年高橋幸宏プロデュースなのでTENTレーベルからのリリースだと思っていたが、同じキャニオンのロックレーベル「SEE SAW」からのリリースであった(松原みきも同レーベル)
A面「今日の空」は前年リリースされた高橋幸宏のアルバム『ONCE A FOOL…』収録曲でファンには人気の曲、そもそも高橋幸宏出演のバラエティ番組「極楽テレビ」のエンディング曲でシングルカットの予定もあったが、12月5日の発売日前に番組が打ち切りで終了したことによりリリースも中止になっている、今思えばエンディング曲だったことは事実なので、番組はなくなってもシングルは発売してほしかったところ、そして高橋幸宏のシングルが予定通りリリースされていたら、それを入手し、この柴野繁幸のカヴァーヴァージョンを手に入れることはなかったろう、そもそもカヴァーはしてもシングルカットはされなかったかもしれない
B面は高橋幸宏のアルバム唯一の提供曲「HAPPY ENDING」だったらよかったんですけども
Virginia Astley「Charm」(1987)

A面「Charm」
作詞作曲:Virginia Astley/編曲:坂本龍一
B面「Darkness Has Reached It's End」
作詞作曲:Virginia Astley/編曲:Richard James Burgess
アルバム『Hope In A Darkened Heart』(87年2月25日リリース)からのカット
メトロポリス・ロンドンと東京を結ぶアーバン・テレパシー。
怒涛のメディアバーンツアーを終えた86年夏に坂本龍一はイギリスのバースへ飛び、オファーを受けたヴァージニアアストレイのレコーディングに入ってアルバム中6曲をプロデュース、アルバムと同時に坂本龍一作曲のリード曲の「SOME SMALL HOPE」はシングルカットされていたが、それから7ヶ月後にホンダアコードCMに使われた「Charm」がシングルカットされた
ジャケ写はアルバムのアザーカットと思われます
門あさ美「Anti Fleur」(1987)

A面「Anti Fleur」
作詞:門あさ美/作編曲:高橋幸宏
B面「ひまわり」
作詞作曲:門あさ美/編曲:高橋幸宏
このアルバムからは何故かシングルカットがないので、7インチはこのプロモ盤のみとなる、そういう場合はジャケをアルバムと同じにした方がいいと思うのだが、敢えて?変えてある
79年にデビューした門あさ美はユニオンレコードで8枚のアルバムをリリース後、3年のブランクを経て東芝EMIに移籍、高橋幸宏プロデュースで2枚のアルバムをリリースし、アーティスト活動を終えている、なので古くからの門あさ美ファンからは評判がよろしくない2枚であるが、いやでもそんなの関係ねぇ、幸宏ファン側から聴けば納得の2枚であるし、仮に門あさ美自身が気に入ってないのなら、続けて2枚もプロデュースを頼まないだろう
アルバムタイトルチューンのA面「Anti Fleur」はこのアルバム唯一の幸宏曲、幸宏流スペクターサウンドか、本来門あさ美はシンガーソングライターなので、他人の曲を歌うこと自体が珍しかったかもしれない
B面「ひまわり」はアルバムラスト曲で坂本龍一のストリングスアレンジをフィーチャーしたワルツ
門あさ美「ここにいるの」(1987)

A面「ここにいるの」
B面「ほとり」
作詞:門あさ美/作編曲:高橋幸宏
高橋幸宏プロデュースの門あさ美のアルバムは87年『Anti Fleur』と88年『La Fleur Bleue』の2作、その後者からのシングルカットというかアルバムリリースの約4ヶ月前に出た超先行タイアップシングル
A面「ここにいるの」は後の高橋幸宏『BROADCAST HEAVEN』収録の「淋しさの選択」のリズムアレンジスタイル、B面「ほとり」は高橋幸宏『ONCE A FOOL…』収録の「One More Chance」のリズムアレンジスタイル
門あさ美「窓辺の肖像」(1987)

A面「窓辺の肖像」
作詞作曲:門あさ美/編曲:高橋幸宏
B面「ここにいるの」
作詞:門あさ美/作編曲:高橋幸宏
シングルでなくアルバムのプロモの場合はジャケをアルバムと同じにした方がいいと思うのだが、ジャケ写が間に合わなかったのか、4ヶ月前に先行シングルとしてリリースされた「ここにいるの/ほとり」(共に幸宏曲)をトリミングしただけ、そして残念ながら1曲ダブり、よってこちらのB面は「ここにいるの」ではなく、YMO作曲の小池玉緒のカヴァー「鏡の中の十月」改メ再度売野雅勇が詞を書き変えた「退屈と二つの月」だったら良かったし、中古市場価値も上がった(上がったからイイというわけではないが)
ジャケ裏の記載でアルバムタイトルが『CACHE CACHE』であったことがわかる、発売日も3月5日から1ヶ月ほど延期されたようだ
高橋幸宏はこのアルバムをプロデュースした後、自身も東芝EMIに移籍、『EGO』のレコーディングに着手したと思われる
高野寛「See You Again」(1988)

A面「See You Again」
B面「Outsomnia」
作詞作曲:高野寛/編曲:高橋幸宏、高野寛
デビューアルバム『Hullo Hulloa』からのシングルカット、ジャケ違いのプロモ盤あり
高橋幸宏とムーンライダーズが設立したTENTというレーベルで「究極のバンド」オーディションというのが行われ、それに受かったメンバーの1人という認識から「究極のバンド」の件は宙に浮いたまま、87年のビートニクスのツアーにギタリストとして参加していたのを見たのが最初、ただジャケ裏のバイオを読めば、「究極のバンド」オーディションに至るまで様々な伏線があったことがわかる(レコード会社が違うことから?このバイオに「究極のバンド」の文字はない)
ビートニクスのツアー終了と共に実質TENTレーベルは終わってしまい、「究極のバンド」は幻となってしまったが、プロデューサー高橋幸宏と共に東芝EMIと契約し(その後ムーンライダーズも東芝EMIに移籍)、満を持してデビューすることになる
88年あたりからアナログレコードがなくなりCDがメインとなっていくが、このシングルとアルバムは辛うじてアナログと8cmCD両方存在する
ちなみに現在高値なのは大ヒット曲「虹の都へ」のプロモオンリー7インチ、これが1万円を超えになることも
ムッシュかまやつ「ノーノーボーイ」(1989)

A面「ノーノーボーイ」
作詞:田辺昭知/作曲:かまやつひろし/編曲:高橋幸宏
B面「あの時 君は若かった」
作詞:菅原茉美恵/作曲:かまやつひろし/編曲:織田哲郎
89年12月21日リリースのCDアルバム『THE SPIDERS COVER’S』よりプロモオンリー7インチ
かまやつひろしがかつてのスパイダースナンバーを色んな人とコラボしてカヴァーするという企画だが、A面のリード曲には高橋幸宏とのコラボ「ノーノーボーイ」が選ばれた、サウンドは翌年の幸宏のアルバム『BROADCAST HEAVEN』の傾向
かまやつひろしと高橋幸宏は一見繋がりなさそうだが、荒井由実のデビューシングル「返事はいらない」はかまやつひろしプロデュースで幸宏がドラムを叩いていたり(後のアルバムヴァージョンはキャラメルママの演奏)
