【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#4】
【あらすじ】
かつて魔王と呼ばれる存在を倒した魔戦士レオルは、今や仲間と共に冒険者としてギルドで依頼を受ける日々を送っていた。
パーティーメンバーには、鋭い知性を持つ魔女ミレニム、拳闘士の少女ジュラ、獣人のスカウト・ハクロが名を連ねている。かれらは互いの弱さや秘密に触れながら、少しずつ「信じること」を覚えていく。
ある依頼の中、レオルたちは異界に飛ばされ、そこで謎の術を使う「影の女」と、改造魔物たちとの激闘を繰り広げる。その戦いの中で、レオルがかつて数千もの魂や能力を取り込んだ“怪物”であることが明かされるが、仲間たちは彼を見捨てず、共に闘いを選ぶ。
戦いが終わり、日常を取り戻したある日、エルフの少女・エルフィがギルドを訪れる。彼女の依頼は、「光の世界樹」を救ってほしいというものだった。世界樹の森に異変が起き、春しか訪れないはずの森に雪が降り、都市が凍り始めているという。加えて、もう一人、ダークエルフの守護者・ルナティアも現れ、同様の依頼を持ちかける。
戸惑いながらも賢者エリスの導きによって、レオル一行はソール森林王国へと旅立つ。異変の中心となった凍てついた都市での探索中、レオルは不思議な少女・グレイシャと邂逅するが、その姿は一瞬で雪に紛れて消えてしまう。
【登場人物紹介】
■ パーティーメンバー(冒険者ギルド所属)
レオル
魔王を倒した過去を持つ、寡黙な剣士。魔族であり、かつて多くの魂やスキルを取り込んだ存在。自分の存在を忌み、恐れながらも「仲間として戦うこと」を選び始めている。魔力の剣による精密な戦闘が得意。ミレニム
冷静で毒舌な魔女。高度な術式や鑑定能力を持ち、時間遅延や分析を得意とする。かつては孤独だったが、今ではパーティーのリーダーとして仲間を深く信頼している。レオルに対しては強い思いを抱いている。ジュラ
龍に育てられた気功使いの少女。怪力と素早さを兼ね備えた拳闘士で、明るく元気なムードメーカー。仲間を信じ、前に出ることを恐れない強さを持つ。ハクロ
白虎の獣人で、元奴隷のスカウト。隠密や罠解除に長ける寡黙な戦士。過去を抱えつつも、現在はリタの雑貨店の手伝いなどを通して、穏やかな時間を得ている。
■ ソール森林王国関係者
エルフィ・ルミナ
光の世界樹の守り手であるエルフの少女。真面目でやや世間知らず。世界樹の異変を訴え、賢者の命を受けてレオルを訪ねてきた。頼りないが誠実な一面も。ルナティア・ノクターン
世界樹の守護を司るダークエルフ。誇り高く、豪快な性格で行動力に富む。魂の本質を見通す「魂見」の能力を持つ。次期エルフの長候補であり、使命感に燃えている。賢者エリス
世界樹の根元に住まう「万物の書」の使い手。物腰は静かだが、知識と知恵は絶大で、今回の異変に唯一対処できる存在としてレオルを指名した。真意を語らぬことも多いが、信念は揺るがない。
■ 謎の存在
影の女
魔物を改造し、能力を「素材」として収集する異界の存在。狂気的な論理で戦闘を繰り広げ、レオルたちを“観察”している。グレイシャ
凍りついた都市に現れた謎の白き少女。吹雪の中に現れては消える存在で、「パパ」とレオルを呼ぶ。正体は不明。
世界樹とエルフ
エルフィと名乗るエルフの少女が目を覚ましたのは、ミレニムに押し倒されてから一時間ほど後のことだった。彼女はギルドの来客用の椅子をいくつか持ってきて作られた粗末な寝台に寝かされていた。
「……あれ?私、どうして?……確か、冒険者ギルドに……?」
「ミレニム、なんか目を覚ましたよー、エルフとかいうヒトー」
ジュラが、奥の方でギルドの職員にしぼられているミレニムに声をかける。
「えっと、エルフですけどエルフィです。エルフィ・ルミナ……光の世界樹の守り手……あの、レオルという……」
「エルフさん」

ミレニムがゆらりと現れた。気配がほとんどなく、エルフィの突然目の前に存在していた。
エルフィがびくっと身体を震わせる。
「……あの、エルフィ、です」

「じゃあ、エルフのエルフィさん、一つだけ……レオルの種族を口にするのは、絶対にやめてくれます?……それを今度口にしたら、わ・か・りますよね?」
エルフィの首が何かの人形みたいにガクガクした。
「ミレニム、ちょっと僕でも引くぐらい怖いよ……一応お客さんなんだろうから……一度、深呼吸しよ?」
「……普段からぶっとばしてるジュラに言われると、謎の説得力があるわね……
失礼しました、エルフィさん。レオルに用があるとのことだけど、彼は別の依頼で出ていて、もう少ししたらここに戻る予定です。用件を伺っても?……
私、彼のパーティーのリーダーを務めています、ミレニムです」
ころころと態度を変えるミレニムに、目をパチクリしながらエルフィは居住まいをただす。
「実はお願いがあって、来ました……レオルさんに私達を助けて欲しいんです。具体的には、光の世界樹を助けて欲しいのです」
「世界樹?……なんか話が大きすぎるし、ギルド持ち込み案件ではないような、これは国レベル?……世界樹、ソール森林王国、ですよね?」
ジュラが、考え込むミレニムを横目にエルフィに近づく。
「ねえ、エルフィさん……君、レオルの知り合い、でもないよね?……なんで、レオルの名前を知ってるの?」
「……それは、賢者エリス様が万物の書で調べて、レオルという者がロロス王国の冒険者ギルドにいると教えてくれたんです……正直、私も半信半疑でここに来ました」
「……エリス……確か、森の賢者! 世界樹のそばに住み、世界を見通すという……噂は聞いたことをあるけど……
え、情報量とか考えることが多すぎ……!ジュラ、ちょっと受付さんに、持ち帰り案件て言ってきて。後で報告書出すからって」
ジュラが頷いて受付に行くのを見ながら、エルフィの方に小さな声で話しかける。
「……受けるかどうかは、まだ分からないけど、とりあえず私達のハウスに行きましょう。その方が、貴方も喋りやすいと思うわ」
「……分かりました。お願いします」
「レオルにもハウスに来るよう、伝言を残していくから、後から合流できるわよ」
「……ほお、やはりそなたが、レオルだな?」

ハクロの態度から、推測したのか。カマをかけているのか。ルナティアの目が、うっすら紫の光を纏っているのがみてとれる。
「また、鑑定か」
「鑑定と一緒にするな。魂見という……そなたが人間ではないのは、最初から分かっておった……だが、ただならぬ輝きをもっておるな……これまでに見たことがない」
「……姐さん、いきなり覗き見とは褒められたことじゃありません。やめてもらえませんかね」
ハクロの圧がひとつ上がった。
「なぜ、俺の名を?しかも、種族までわかっていたようだが?」
レオルがハクロを止めるように手を振る。
「ふむ、不快にさせてしまったか……すまん、少々焦っておったかもしれん。許せよ」
意外と素直に頭を下げてくる。
レオルも軽く息を吐くと、近くにあった椅子を示した。先ほど直したばかりだ。
「ハクロ、リタからコップを借りてきてくれ……お互い、ひと息ついたほうがいい」
ハクロが少しだけ店の方に引っ込む。
「そなた、魔族とは思えぬ。えらく人間臭い」
「それは素直に嬉しいな」
二人で軽く笑ったところで、ハクロがリタとともに戻ってきた。

「お客様と聞いて、お茶受けをもってきたよ。ハクロさんも気が利かないんだから」
「面目ない」
ハクロは恐縮しきりだ。
「凄い美人さんだね。エルフさん?」
「ああ、ルナティアだ……そなたこそ、なかなかに気が利く。よい嫁になるな」
「あら、上手いことをいうエルフさんだね。ごゆっくり」
鼻歌交じりに、リタは奥に引っ込んだ。
「……で、まあ依頼といってよいかわからぬが、世界樹にかかわることだ」
「続けてくれ」

「……雪が降るのだ」
「別段、おかしくは……世界樹の森に雪、ですかい?!」
ハクロの声が跳ねる。ルナティアが、人差し指をその唇のまえに立てる。
「……そう、雪は降るわけがない。世界樹は気象をコントロールする。世界樹の森は常に春だ。安定している……だが、どこからとなく、雪雲が現れ、草木を枯らし凍らすのだ。見たこともない魔物もうろつきだしている」
「なぜ、俺を探していた」
「世界樹の根元に、小屋がある……そこになんでも見通す賢者が住んでいるのだが、そなたを連れてくるように言うのだ……理由は、よくわからぬ。こうして会ってみると、確かに並ではないことはわかるのだがな」
レオルは立ち上がると、腰についた埃を軽く払った。
「まず、ギルドに行こう。リーダーに話して、それからだ」
「今から1ヶ月ほど前に、雪が森の奥の方から吹き出してきたんです……」
エルフィは、ギルドハウスのテーブルでコップを挟み込むように持って喋りだした。
「光の世界樹は、生命の光流、天候の安定、地の恵みを司ります……森の中で雪が降ること自体がありえません。しかも、その雪が凍りついて溶けないのです……まず、ソール森林王国内の樹林都市がひとつ氷漬けになりました」
「確か、世界樹の子供の樹が、それぞれの都市の中央にあるんだよね……それごと凍ったってこと?」
「はい、それでそれは徐々に広がっています……近いうちに、また別の都市が氷漬けになりかねない状況にあります」
「それって、僕たちの手に負えるものじゃないと思うけど……レオルなら、何とかって、その賢者さんが言ってたの?」
ジュラが果物をひとつ齧りながら聞いてくる。
「エリス様は、ただ探して連れてきなさい、とだけ……言葉の少ない方なので」
「えっと、これって依頼ですよね?……メンバーを貸し出す形なので、依頼料ってどうなるんですか?出張費も出してもらえないと、そっちには行けないんですけど?」
「……え?世界樹の危機なので、何をおいても駆けつけてくださるのでは?」
エルフィがきょとんとした顔をしている。
「……ジュラ、お客様がお帰りです。送ってさしあげて!」
「え、いいの?」
「無い袖は振れません!駆けつけるほどの義理もないし、そのうちどっかの国が出しゃばって、何とかしてくれるでしょ」
エルフィは、しばらく何を言われているのか分からない顔していたが、ミレニムが本気とわかって慌てだした。
「あの、あの、世界樹って世界全体に生命力とかマナとか送っていて、皆さんも恩恵を受けているんですよ!……それがなくなったら困りません?!」
「だからといって、空気みたく分かりにくいもののために、なんでこっちが無償で最初に動くこと、当然って感じなんですか!……国とかに頼んでくださいよ!」
「世界樹の森は、秘密にしなくてはいけないことが多いので、他の国とか無理なんですー、大勢来られても困りますし、お願いですからー!」
ミレニムにすがりつくエルフィ。ミレニムが必死に引き剥がそうとするのを、ジュラがのんびり見ながらこんなことを言う。
「エルフィさん、なんかないの?ミレニムに渡せるもの?……でないと、このパーティー貧乏だから動けないよ?」
「……え、なんかあったかな?人間さんのお金なんて、あんまり持ってないし……これ、ぐらいしか……」

小さな瓶をひとつ、カバンから取り出す。中に透明であるが輝く液体が入っている。
「現物は……え、世界樹の雫?!」
ミレニムの鑑定能力がその正体を見抜く。
「なにそれ、売れるの?」
ジュラが触ろうとするのを、ミレニムが横からかっさらう。
「……エリクサーとか、不老薬の原料よ……換金性の難しいものは困るし、こんな物騒なもの、ポンと出さないでよ……魔女に絶対見せてはいけないものだよ」
ミレニムが、極力薬を見ないようにしてエルフィの胸元に押し返す。本当は、欲しくてたまらないものの一つであるが、パーティーのことを考えたらお金になりにくいものは受け取れない。
「では、これならば、どうなのだ?」

ギルドハウスの入り口に、ダークエルフの女性がいつの間にか立っていて、大粒の宝石を二つほど手のひらに転がしていた。
レオルとハクロも一緒だ。
「なんとしても、来てもらわねば困る……世界樹はこの世になくてはならないものだからな」
ルナティアが優美な笑みを浮かべてそんなことを言う。
「レオル、まさかこの態度のあれなダークエルフさんも……?」
「世界樹が、危機とかで来てくれと言っている」
「なんで、二人?いらなくない?」
ジュラが、パーティー全員の意見を代表して、ルナティアに聞く。
「それはじゃな……この件を解決した者が……」
ルナティアは胸を張って……
「……次のエルフの長に指名されるからなのです」
エルフィはしょんぼりとそれに答えた。
賢者エリス
繊細な意匠を凝らした木の扉が、勢いよく開かれる。
「賢者エリス、連れてきたぞ!……レオルとかいうのは、私が一番に見つけて持ってきてやったぞ!」

なにか珍しい生き物を捕まえた子供のようなことをいうルナティア。
「……冒険者ギルドに先についたの私なのに……ルナは魂の色が遠くからみえるから、ずるいよ」
その後ろで、エルフィが腕を大きく振り回して、何かを訴えていた。

エルフィ達と出会ってから10日後、レオル、ミレニムら一行は、ルナティアとエルフィに半ば強引に引き摺られるようにして、ソール森林王国にやって来た。
ルナティアの強引さたるや、宝石をその日のうちに換金、ギルドマスターに世界樹の守り手権限で内々の依頼として承諾させ、旅支度をそこそこにレオル達を旅立せたのだ。
ミレニムも、大口の依頼なので不満は飲み込んではいた。
だが、途中のあまりに厳しい行程から、さすがに恨みがましい目をダークエルフに向けざるを得なくなっていた。
「マイナス20点」

「扉はノック、いつも言っている。あと、大勢で押しかけない。これも、いつも言ってる」
静かな、ゆったりとしたペースで、賢者と呼ばれた女性が本から目を離して、来訪者達を見ていく……
「む、なかなかに引いてくるな。だがレオルで、1,000点ぐらいになるだろう!……20点ぐらい大したことはあるまい」
右手を腰に当て言い放つルナティアに、ミレニムが呆れたように息をつく。
「うちのメンバーを、ギルドの依頼で魔物を取ってきたみたいな扱いをしないでください……賢者エリス様ですね、お初にお目にかかります。私は、……」
「少し待て……ふむ……」
ミレニムの挨拶を遮って、エリスはレオルの方を小難しい顔をして見ている。
10分、経過する。
「……まぁ、やや合格……いや及第…………ぎりぎりいける?」
聞こえるかどうかの独り言を呟きながら、なにやら分析でもしているようだ。
「評価が厳しいな、俺はふさわしくないか?賢者どの?」
レオルが苦笑して言った一言に、エリスも少しだけ微笑む。
「失礼……いや、やはり君に頼もう。今回の件、調査と、できれば解決まで頼みたい、魔戦士殿」
「なぜ、俺なのか聞いても構わないだろうか?」
エリスはしばし宙に目をやってから、レオルやミレニム達をみる。
「……それは、悪いが話せない。わざわざ遠いところから来てもらって、こいつ、何いってんだ、とか思うかもしれないが、話すことはできない」
「この賢者さん、実は行き当たりばったりなんじゃない?」
ジュラが呆れたように頭の後ろに手を組む。
「ジュラさん、俺もそう思いますが、一応、賢者様なんですから、失礼のないような言い方を頼みます」
ある意味もっと失礼なこと言っているハクロを横目にミレニムが、エリスの方に一歩踏み出した。
「エリス様」
「なんだい?」
「この依頼、断ると言っても話してはいただけないのでしょうか?」
場の雰囲気が、シンとしたものに変わる。
「ミレニムさん、ここまで来て……!」
「ミレニム、報酬は払ったであろう……賢者の態度が悪いというなら、私が謝罪するぞ」
ドンッ、とミレニムが足を鳴らす。皆がビクリとする。
「私は、エリス様と話しています……エリス様、無礼を承知で申します。レオルは確かに魔戦士です……それは彼が想像を絶する苦しみを経て得た力です。その力を見込んでのご依頼でしたら、ちゃんと訳を話してください……
もし、彼をこれ以上苦しめるような依頼にもかかわらず、中身を少しも話せないと言うなら、この依頼はここまでとさせていただきます」
ミレニムのあまりに真っ直ぐな言葉に、口出しできる者はいなかった。
賢者以外は……
しばしエリスはミレニムの瞳の見やったあと、
「それは、愛、だね……とても、彼のことを想っていなければ出ない言葉だ」
「……エリス様」
ミレニムの声がワントーン下がる。
「……別に、からかっているわけでもないよ……確かに、先ほどの私の態度は、褒められたものではなかった。それは、素直に詫びよう……すまなかった」
エリスが座ったままではあったが、深々と頭を下げた。
「……で、だ。今回の件、私は並の異変ではないと思っている。エルフ達は屈強な戦士だが、おそらく手に余る存在が関わっている。駆けつけられる距離にいて、それに対抗できるのは、万物の書で見る限り、君しかいなかった……それが、理由だ」
ミレニムは、何か納得していない顔をしている。
「その程度なら、隠す必要はないのでは?」
賢者は静かにその先を語ってゆく……
ミレニムでなく、自分に話しかけるように……
「まだ起こらぬことを話すことで、あるいは知られることで、その結末というものは変わってゆく……
それ故に私、賢者エリスは、この物語の先を語ることはない……
重ねて言うが、我らの手に余る存在、そのようなモノに向き合えるのは、レオル殿のように他の者がなし得ないことをなした者だけだ……」
「それにこの万物の書が、あらゆる可能性を読み込んだ上で、彼を指し示している」
「だから、彼を選んだ……もし、これで納得がいかないなら、仕方がない……残念だが、私も諦めるとしよう」
「……っ」
さらに前に出ようとするミレニムの肩をレオルがそっと押さえた。
「……ミレニム、ありがとう……賢者どの、最後に一つ聞きたい」
「なんだい、魔戦士殿?」
「……俺だから、この状況に苦しむ人を助けられるのか?」
あまりにも愚直な問い、賢者にはそう感じられた。
……魔族には、あり得ぬ問いかけを発する者……
……それ故に、いやだからこそ、魔族にも関わらず、彼を選ぶのか……万物の書よ……
「……そうだね、君だからだ」
何処か疲労を感じさせる小さな声で応じる。
レオルは、一つ頷くと身を翻す。ミレニムやジュラ、ハクロが慌ててそれに続く。
「よいパーティーのようだ……ルナティア、エルフィ、彼等の力になってあげなさい」
エルフの二人も、すぐにあとを追う。
「……あれを止められるのは、君たちだけだ……」
賢者の呟きは誰にも届くことはなかった。
白き少女

レオルたちは、あれから凍りついた世界樹の都市に来ていた。
暖かい、まだ正常なソール森林王国の都市を経てここにたどり着くと、寒さが肌に突き刺さってくるように感じられる。
既に退避の終わった都市は、雪が吹き渡る以外は、音すら凍りついたと錯覚するほどにシンとしていた。

「寒いというより、痛いよ……ここで何か見つかるの?もう何もないんじゃない?」
ジュラが襟巻きに首を沈める。

「手がかりがほとんどないから、ここから始めるしかないんですよー……エルフに雪は厳しいです!」
エルフィの足が震えでガクガクしている。
レオル達と、エルフィ、ルナティアの一行は、防寒具を着込んで、この都市の探索に半日かけることにしている。それ以上はここで夜を明かすことができないため、成果のいかんにかかわらず引き揚げになる予定だ。
「……手分けしましょう。時間も人手もないことだし、この樹の根元の集会所に1時間後に集まりましょう……何かあったら、照明玉をあげること」
ミレニムが、小さなガラス玉をかざす。割ると、上に向かって、光と音を出す。冒険者のよく使うアイテムの一つだ。
「なかなか考えて作られておるな……今は姿が見えぬが、魔物も潜んでおるやもしれん。気をつけよ」
ルナティアが照明玉を覗き込みながら、そんなことを言う。ハクロが白く染まった世界樹を見上げて吐く息も白い。
「例の雪を吐くという魔物……それを倒したら、終わりという訳にはいかないんでしょうね」
「それで済むなら、賢者さんもレオルを呼ばないよ……この手袋、何か面白いね」
ジュラの手袋に紅い玉が縫い付けられていた。手を冷やさないように、ミレニムが手持ちの「小火」の呪石を提供してくれたのだ。
「このマフラーというのも、なかなかにいいな……俺の住んでいた処にはなかったからな」
レオルが口元まで隠すように、白いマフラーを巻きつけていた。
「二人とも探索は初めてだろうけど、怪しいものを見つけても一人では追わないようにね」
「分かった、ミレニム達も気をつけろよ」
手を振って、それぞれ違う方向に探索に向かっていく。
やむことのない雪の中を……
人気のなくなった住宅街をレオルが歩いて、二十分も経った頃だろうか……
建物の奥に動く影が見えた。
ヒトのように見える。
避難は終わっているはずだが……
「……誰かいるのか?」
それに応えるように、銀髪の少女が建物の奥の暗闇から現れた。年の頃は17歳ほどか。

「……パパ?」
「……いや、生憎だが……はぐれたのか?」
「パパじゃないの?……」
見た目より幼い物言い……不思議な感じがする。
「ああ、どこで別れたか憶えているか?」
細く白い首が、弱く振られる。自分の肩を抱くように座り込む。
「寒いのか……」
レオルがマフラーをその首に巻いてやると、嬉しそうに端を触っている。
「……ありがとう。あなたがパパだったら、良かったのに……パパ、優しいんだよ……」
「そうか……良かったな」
二人は、近くのベンチの雪を払って座る。
「どうするんだ?……ここは安全かどうか分からない……一緒に俺の仲間のところにいくか?」
また、首が振られる。
「ここにいる……パパ、わかんなくなっちゃう……」
レオルの膝にこてんと、頭を載せてくる。
「おい……こんなところで寝るな」
「パパ……なでて……昔みたいに……グレイシャの頭、クシャってして……ふふ……」
なぜ、この少女を見ていると、こんな寂しいような悲しいような気持ちになるのか。雪の冷たさのせいなのか、レオルには分からなかった。
髪を不器用な手つきで撫でてやると、くすぐったそうに、嬉しそうに頭を擦り付けてくる。
「……!」
レオルはグレイシャを横抱きにすると、ベンチから飛び退る。
冷たい雪の息が、瞬く間にあたりを氷漬けにしていく。

「パパ……?」
グレイシャはいきなりの状況についていけないらしく、その青い瞳を見開く。
「グレイシャ……少し離れていろ!」
魔剣が澄んだ音を立てて抜き放たれる。
〘透刃を推奨……甲殻類には効果が見込まれる〙
振り抜かれた魔剣より、魔力の刃が飛ぶ。
その刃は、魔物の甲殻を傷つけることなくすり抜けていく……
だが、魔物はビクリとその身を震わせ、その身を白煙の中に横たえる。
不可視の魔刃が甲殻の中だけを破壊し、魔物を死に至らしめたのだ。
「パパ……すごく……強い」
「パパ、ではないのだが……」
その時、一瞬雪が吹雪となり、視界がゼロになる。
「……パパ……またね……」
そして、吹雪が収まったあとには、グレイシャの姿はどこにもなかった。
その後、レオルは凍りついた街を歩き回ったが、少女も手がかりも見つけることはなく、徒労に終わった。
合流した者たちも、特に何も発見することはなくその日を終えたのだった。
