【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#3】
【あらすじ】
彼女の愛した怪物――闇を抱く者たちの戦いと絆
“神のダンジョン”への道中で謎の術式により異界へと飛ばされたレオルたち。彼らの前に立ちはだかったのは、「素材」と称して冒険者を捕える謎の女と、その配下である改造魔物「イチゴウ」「ニゴウ」だった。
戦場は異界に閉じ込められ、湿地が広がる最悪の地形。仲間と連携して戦うことの重要性を自覚し始めたミレニムは、スカウトのハクロを信じて支援にまわる。ジュラもまた、己の拳一つで怪物とぶつかりあい、過酷な力比べを挑む。レオルは二体の魔物に対抗するが、術と能力の乱れ飛ぶ異界戦で重傷を負う。
戦いの中、影の女はレオルの本質を暴露する。彼は過去に魔族や人間を数えきれぬほど取り込んだ存在だった。ミレニムは衝撃に言葉を失うが、それでも彼を信じると叫ぶ。「信じて戦うこと」が、彼女にとっての答えだった。
戦闘は熾烈を極めたが、ジュラとハクロの連携によって怪物の一体を撃退、レオルとミレニムもわずかな隙を突いて持ちこたえる。やがて、闘いは終わり、彼らは現実世界へと帰還を果たす。
その後、日常を取り戻したギルドでは、ミレニムがかつての知人・スカウトの少女ニィナと再会。パーティーを得て明るく笑う彼女に、周囲は安堵のまなざしを向ける。一方、ハクロもまた、街の雑貨屋での手伝いを通じて心の変化を見せていた。
そして静かな午後、ダークエルフの麗人・ルナティアがレオルを訪ねてやってくる。彼女の口から語られる過去と目的――物語は、再び大きく動き出す。
【登場人物紹介(冒険者 #3・最新版)】
● レオル
かつて魔王を討った過去を持つ魔族の剣士。魔力の剣を自在に操る。数千の魂と能力を宿す存在であり、その本質は「怪物」とも言える。だが、彼は命の尊さを誰よりも知り、戦いの中でも仲間を守ろうとする。過去の贖罪とともに、信頼という絆を少しずつ築いていく。
● ミレニム
鋭い言葉と知性を武器にする魔女。強力な術と鑑定能力を持ち、戦闘では時間を操る魔法も使いこなす。かつてのトラウマから他人との距離を測っていたが、今は仲間への信頼を育みつつある。特にレオルに対しては、揺るがぬ信頼を口にするようになる。
● ジュラ
龍に育てられた拳闘士の少女。“龍気法”により気を増幅し、己の肉体を極限まで鍛えて戦う。仲間思いで直情的だが、核心を突いた言葉を放つこともある。レオルの正体にも最初から気づいていたが、それを恐れず受け入れている。
● ハクロ
白虎の獣人で、元奴隷のスカウト。探索・罠解除・隠密行動を得意とする。過去の過ちを悔いながらも、レオルの行動によって救われ、恩義を感じている。物静かだが忠誠心が強く、現在はリタの雑貨屋の配達も手伝っている。
● 影の女(敵)
異界に君臨する異常存在。「素材収集」を目的に冒険者を誘拐し、改造魔物を作る実験を繰り返している。語尾を伸ばす平坦な口調と、徹底した“観察”を旨とした態度を持ち、冷徹な狂気を感じさせる。
● ニィナ
ミレニムの旧知のスカウト少女。元騎士カリウスのパーティーに所属。情報通で耳も早い。ミレニムが心から笑えるようになったことを喜んでおり、ツンケンしつつも友人として気遣う面がある。
● リタ
雑貨屋の若き店主。明るく穏やかで、レオルたちにお茶を出すなど気配りができる女性。ハクロの変化を静かに受け止め、優しい言葉を贈る。
● ルナティア・ノクターン
新登場のダークエルフ女性。昏き世界樹を守る“森の王国”の出身。品位と静謐さを湛えた雰囲気を持ち、目的をもってレオルを訪ねてくる。彼の存在を「尋ねたい」と語り、その口ぶりは何かを知っているようだ。
彼女の愛した怪物
「ハクロも冒険者がダンジョンに行く途中で、ぱったり消息を断つ案件がある、って聞いたことあるでしょ?」
ミレニムが杖を構えて前を睨んだまま、獣人に話しかけた。
「あの女が原因なんでしょうね……素材とか何とか、ぞっとしませんよ」
ハクロは、腰のナイフを抜いて辺りを伺う。ここはあまりに障害物が少なく、足場も悪い。
完全に相手側に有利な状況だ。
「……ハクロ、レオルとジュラは、おそらくランクとかで測れない強さをもってる……だからこそ、他の助けを前提とした戦い方を、あまり考えていない」
ハクロが頷く。
「姐さん、俺がここを離れても大丈夫ですか?あんな怪物のどっちかが抜けてきたら……」
「私をあんまり侮らないでよね……危なくなったら、飛んで退避するから、私は大丈夫……行ってあげて」
そう言って笑いかけるミレニム。
その唇の端が震えたのを、ハクロは見なかったことにする。ここは、彼女の言う通り各々が協力するべき局面だ。
「お気をつけて」
ハクロの気配が希薄になっていく。目の前にいるのに、気を張っていないと存在を忘れそうになる。
「さすが、ね」
ミレニムは、ハクロから視線を外すと術を展開し始める。
絶対に帰る。こんな暗い閉ざされた場所で、仲間を死なせてたまるか、その思いだけを支えに、ミレニムは術を展開してゆく。

レオルの魔剣が、イチゴウとよばれる直立したワニの魔物に迫る。

不可視の重い刃がイチゴウを潰さんとする瞬間、ニゴウの名を持つ魔物が魔刃を弾く。

そのまま、レオルに爪剣で押し込んで来る。
ニゴウの剣速が跳ね上がる。
「任せて!」
ジュラが割り込みをかける。
スピードは、ジュラの方が勝る。
「相転」
影の女が、奇怪な術を行使する。
イチゴウとニゴウの位置を入れ替わる、という本来起こらない現象に、レオルの目が驚きに染まる。
ジュラの受けようとしたニゴウの爪剣が、イチゴウの重い拳となった。
ジュラの足元が湿地にめり込む。
ジュラの唇から堪えるような声が漏れ出る。
レオルは再び、ニゴウの爪剣と打ち合うことになる。
「そんなこと、させませんー。その連携が厄介なのはサンゴウの記録から知ってますー」
そこへ炎の槍が、十数本飛来する。さらに、二度、炎の雨が降り注ぐ。
だが、一瞬で展開された光の膜が残らず阻んでいく。
「そんな術ー、増やしたとこで効かないのですー」
その杖がくるりと回転して、背後を払う。

見かけより重い音をたてて迫る杖から、ハクロが距離をとり、辛うじて避ける。
「無駄ですよー」
「やはり、そう簡単に行きませんねえ」
ハクロが再び距離をとる。

「なんとか魔物の片方だけでも倒さないと、状況を変えられない……ハクロ、ジュラを援護!その魔物を倒すことを優先して!」
ジュラがイチゴウの怪力を、気で強化して腕四つで組み合う。ハクロがそちらへ向かう。
ミレニムが、レオルの傍で滞空する。
「レオル、援護する!」
「……下がっていてくれ、尋常の相手ではない!」
レオルが魔力の刃を飛ばすが、ニゴウも魔力の刃を撒き散らし、それを防ぎ、逸らしていく。
ミレニムの傍に奔る刃を、彼女はすんでのところで避ける。
「そういうのが、よくないって言ってんの!……私たちを頼って!」
ミレニムの周りに陣が展開する。
「時間遅延」
ニゴウの動きが鈍る。その一瞬でレオルが、その腕を斬り飛ばした。
「時間遅延」
「加速スル時間」
影の術で、レオルとミレニムの動きが鈍る。
しかも、ニゴウまでもが術を行使して、己の時間の流れを戻す。
ミレニムに狙いを定めるニゴウ。
与し易い相手から始末をつけようというのか。

「ミレニム!」
レオルが彼女に届く刃をなんとか逸らすが、捌ききれずに自分の肩に深く受ける……右肩にニゴウの爪が食い込み、貫き通った。
「レオル!」
ミレニムのそれは、悲鳴に近い。
「術はー、別にー魔女だけのものではないですー、そんなぐらいでー、逆転できるとおもったんですかー、くだらなーい」
ニゴウの腕が、引き抜かれた。レオルがよろめくのを、ミレニムがかろうじて支える。
魔物の腕を影の少女が拾って、ニゴウに投げ渡す。ニゴウの腕が瞬く間に繫がり、落ちはしなかった。
「レオル!ミレニム!」
ジュラが渾身の力で、イチゴウの怪力を押し戻し始める。
だが、イチゴウの腕や足に埋め込まれた輝石が鈍く光るや、今度はイチゴウの力が増していく。

「こいつ……気を操れる?!」
「ジュラさん!」
ハクロの懐からナイフが二本、イチゴウの顔に突き刺さり、爆発、四散する。
わずかに力が緩んだ隙をついて力を左に流し、ジュラが怪物の姿勢を崩した。
「……助かったよ、ハクロ」
怪物から距離を取ったところに、ハクロが合流する。
「ですが、さっきのはあれで看板です」
「……レオルさんを助けたいが、この化け物をなんとかしないと挟み撃ちにあう……どうにもならねえ」
「ハクロ……僕の力を信じてくれる?」
「……もちろんです」
両手を拳に変え、息を吐き出す。自身に頷いたあとハクロに背を向ける。
イチゴウの巨体が迫る。
「行って!ここはおさえる……今から力全部出すから、倒れてたら後で拾いにきて」

「ジュラさん、死なんでくださいよ……レオルの兄さんに合わせる顔なくなるんで」
「わかってるよ……ほんと、レオルはわがままだ」
「違いないです」

「……一つ聞くですが、お前なんで人間や魔女とかー、獣人とかと一緒にいるですー?」
「自分のエサを守ってーこの私と揉めるんですかー」
影の女が、こちらに数歩近づく。
顔はここまで近づいても、暗く隠されている。
闇の術を自分に張り付けているのだろうと、ミレニムは頭の片隅で考えていた。
「……ああ、まだ言ってなかったのなら、悪いことをしたですねー。分かるですよー、能力って一度でも奪うと楽しいですよねー、集めたくなってくるというかー」
「……お前と、一緒にするな」
レオルが珍しく怒りをあらわにする。
「……正直じゃないですねー。もう相手のことが、スキルの詰まった箱にしか、見えてないんじゃないですかー?」
「一度、線を越えちゃうとそんなもんですよー」
少女の目が細く歪む。笑うような、闇の中に浮かぶ三日月のような目をしている。
「レオルをバカにしないで!……彼がそんなことをするはずがない!」
「バカはお前ですー。こいつの中、私の魔眼でみたら、凄いなんてものじゃないですー……」
「魔族が三十六、人間は、スキルは奪ってないかもですがー、残滓から見るに二千は体内に取り込んでいるのですー、私なんて足元にも及ばないですー」
「……?!」
ミレニムが口を開くが、声にならない。
想像を絶しすぎた。
レオルが、ミレニムからその身を離す。
ミレニムが、力なく湿地の水のなかに座り込む。
「……すまない、ミレニム」
言葉が、こぼれ落ちる……
「……何をあやまるの?……貴方のことだから、何か理由があるんでしょう?……」
「理由があったとして、それで許されることではない……例え相手が魔王だとしても、だ」
苦しげに言葉が吐き出される。
「……レオル!私は貴方を信じる、そう決めたの!」
「パーティーを組んで、一緒に生命をかけて戦ってくれる仲間を信じなくて、何を信じるの!……」
「それに、短い間かもしれないけど、貴方をみてきた……貴方は優しい……信じられる人だよ!」

彼女の声は涙となって、湿原に波紋を生み出してゆく……

「こーら、なに女の子泣かしてんの!」
ここは思念の世界。決して戻れはしない、夢の残滓。
「シア……」
「……あそこまで女の子に言わせて、何が『すまない』ですか!もっとやれる事があるでしょう?」
「まだ、私達のこと気にしてるんならひっぱたくから!……私達は、もうただの残滓。アナスタシアや他のみんなの思考を繰り返してるだけの残り物にすぎないって、何度も言ってるでしょ。ホント、情けない。これが、私の惚れたひとですか!」
「手厳しいな」
「そうですよ!厳しくします!……レオル、貴方、ミレニムやジュラ、ハクロのこと好き?ナルディアさんやフリーデ、テオくんも、レーネさんのことも好きなんでしょ?」
「……ああ、そうだな」
レオルがいつになく素直だ。
「なら、もう分かってるよね……私達を、貴方の一部にして……貴方の本気を見せてやろうよ!」
「もう、会えなくなる、な」
乾いた音が弾けた。
「今度そんな弱気言ったら、もっとひっぱたきます!……私達は死んだの!生きている仲間を大事にしてください。私達は共にあるから……いつまでも、一緒だから……レオル」
アナスタシアは、レオルを抱きしめると光の粒になって消えていった……
レオルは、何かを呟くと、もう振り返りはしなかった……
ゾワリ、とした感覚……
影は思わず、一歩後ずさる。
「何ですー、これはー、ニゴウー、すぐにー……」
力の衝撃がレオルを中心に広がっていく。
影の女とニゴウが、数メートル押し下げられる。
影の結界が、震えて異音を放つ。
「レオル……!」
ただの一瞬だった。
彼の姿が変わる!
黒い鎧に覆われた魔人の姿に……

「ミレニム……ありがとう」
「君の信頼に応える!」
黒き魔人の翼が空をうねらせ、影の女との距離をゼロにする。
「……っ!ニゴウ!」

爪の魔物がこれまでにない速度で反応する。
爪剣を全て投げ放ち、迎え撃つ。
だが、既にその姿はニゴウの背後にあった。

強く輝く魔剣が、魔物を両断する!
「お前ー」

影の女が光の幕を強力に展開し、それは渦を巻き、それは全てを砕く攻撃に変わった。
全てを飲み込む光の衝撃に!

「とんだ怪物ですー、手にあまります……」
レオルの攻撃は光の膜を引き裂いて、影に届く!
手応えはあったーー
だが、ギリギリのところで、転移して逃げられる。
「……姐さん!」
ハクロが、反応の遅れた彼女の身体を庇うように押し倒した。
光の衝撃がハクロの背中を襲い、苦鳴をあげる。
「ハクロ!」
「動かないでください!」
ミレニムの身体が波打つ湿原に、押さえつけられる。
衝撃は二十秒も続いたのか……ミレニムには、恐ろしく長く感じられた。
イチゴウの巨大な顎が笑ったように開かれて、こと切れていた。
その傍らで、ジュラは身を投げ出すように倒れ、荒い息を吐いている。
その肩は紅く濡れ、肉が裂けていた。
「僕、まだ弱いや……レオルやもっと強い相手と……戦わないと……」
「……お前ー名前はー、レオルですかー……憶えておきますー」

影の女は、血に染まった脇腹を押さえつつ消えていった。
夜の湿原が、薄れて消えてゆく……元の森がその姿を現し、四人はもといた森のなかに戻ってくる……
姿に戻したレオルが、ミレニムの傍に膝をつき手を差し出した。
「……ミレニム、聞いてくれないか。俺の過去を……ジュラと、ハクロにも聞いて欲しいんだ……君たちは、大切な仲間だから……」
「……聞かせて、貴方のこと……」

二人の手が重なりあう……
アナスタシアの愛した怪物は、もうすでに孤独ではなくなった……
一夜語り
ギルドハウス内の部屋の真ん中でミレニムは、腕組みをして、真剣そのものの顔で開口一番……

「お金が、ありません!」
「いきなりと言えば、いきなりだな……」
レオルがカップから口を放して、ミレニムを見遣る。彼女は、ふわっとした室内着を着ている。

今日は、各々街中のドブ掃除だの、ドブネズミ退治などをして、日銭を稼いだ。
それが終わっての夜だ。
「……そんなに、ないの?今日も働いたじゃない」
何やら菓子を頬張りながらジュラが言う。
「ジュラさん、この間のダンジョン探索はダメになりました。当然報酬はありません。治療費とかの出費だけです。その前のダスクウルフの報酬はもう尽きました。ここのギルドハウスの家賃や俺等の食費を考えると、かなりのジリ貧です」
ハクロがジュラに丁寧に説明する。
「……正直、今日まで碌な依頼がありません」
「やばいのよ、このギルドハウス追い出されたら、このパーティーの危機なの!」
ミレニムが手をぶんぶん振り回す。
「……このパーティー、崖っぷちが好きだな」
「……好きじゃありません!……とにかく、重要な連絡事項だったので、先に言ってみました!……では、レオルさん、話をどうぞ!」
「……この流れで、話すのか?」
さすがのレオルも怯む。雰囲気とか、話の流れとかが、あまりにも丸無視だ。
「でも、このパーティーらしいよね……レオル、話してよ。僕、聞きたいよ、どうして今の君になったのか」
今は、部屋の真ん中にある、削り出しの変わった形のテーブルで皆集まって話している。
ここは街中にあるギルドが格安で貸しているギルドハウス。
ミレニムの名義で借りているところに、レオルやジュラ、ハクロが転がり込んでいるのだ。
「……お茶、いれてきます……待っていてください」

「ありがとう」
「助かる」
そして、レオルはポツリポツリと話し始めた。
とてもとても長い話になったが、皆静かに聞いていた。
「……ラナーグ公国は人類の領域の西端、その先に魔族の住む薄闇領域があるとは、きいていましたが……そんな物騒な話、ロロス王国には伝わっていませんよ」
ハクロが開口一番、そんなことをいう。
「そんな話が広まったら、今こそ魔族討つべしとか、聖王国あたりが首突っ込んてくるから、ラナーグ公国は緘口令を出したんでしょ……レオル、なんと言ったら……」
ミレニムが何か言いかけようとした時、それに割り込むようにジュラが手を挙げてくる。
「レオル……一つ聞きたいんだけど、いいかな?」
「……なんだ?」
「……闇帝って、何処に行けば戦えるの?」

シンとした静寂が、その場に放り込まれた。
「……ジュラ、あんた、もの凄いバカでしょ……」
ミレニムのため息は、とても重いものだった。
「そんな言い方なくない?僕は真剣に聞いてるのに!」
「普通はきかないし、考えない!あんた、突き抜けすぎ!加減してよね!」
ミレニムが、ビシッと指を突きつける。
「……はは、重い雰囲気が、何処かに逃げていきましたよ、レオルの兄さん……苦労、なさいましたね」
「ハクロ」
「レオル……貴方は頑張ったと思う。世界はあなたに一度救われた……だから、もう自分を許してあげて……アナスタシアさんも、そう願ってるよ」
「ミレニム」
「レオル、君の力は必要だったんだよ……だから悔やむことは全然ないと思うな、僕は」
「ジュラ」
「……少しだけ、楽になった。ありがとう」
レオルは自然と頭を下げていた。
夜は更けていく……
エルフが会いに来た
「あれ、ミレニムじゃん……最近、パーティー組めたって聞いたけど、景気はどうなの?」

若い利発そうな少女が、依頼の掲示板を真剣にチェックしていたミレニムに声を掛けてきた。
「……景気というか、お金がピンチです。パーティー組めたのは、良かったんだけど、本当に良かったんだけどね……お財布がぺっちゃんこなのぉ……ニィナ」
「うわ……なんかマジすぎて、引いちゃうんですけど……なんで?依頼、そこそここなしてるんじゃ?」
ミレニムがすがりつくように寄ってきたので、その分下がって払うように手を振る。
「大きな依頼が、なんか上手くいかないというか、邪魔が入って破棄せざるを得なくなったというか、ね……とにかく、なんか、なんかなんだよー」
「わけわからん……で、あれが、ジュラってコ?……なんか強いらしいじゃない?」
少し離れたテーブルで、他の冒険者と話してるジュラの方へ視線をやる、ニィナ。
ニィナは、カリウスという元騎士が率いるパーティーメンバーだ。そこでスカウトをしている。
なかなか耳聡いことで有名だ。
「……言っときますけど、勧誘はダメだからね!あれは、うちのコだから」
「……えー、声かけぐらい、いいじゃん」
「ニ・ィ・ナ」
ミレニムがジトッとした目で、こちらを覗き込んでくる。
「うわ、マジだよ、このヒト……あんた、ボッチの期間長かったからって、過剰な囲い込みはメンバーから引かれるよ」
「ボッチ、言わないで……で、あんたとこはどうなの?この間のダンジョン、一番だったって聞いたけど?」
「まあ、ぼちぼちかな……カリウスは、相変わらず手がかからないし、稼ぎも安定してるからさ」
左手をヒラヒラさせながら、肩をすくめた、
「あとは、確か剣士とハクロだよね、姿見えないけど?」
「……いま、リタの雑貨店で配達の手伝い」
「え、剣士にそんなことやらせてんの?……よく怒んないね、そのヒト」
「なんかね、そんなヤツなんだ……いいでしょ。あげないけどね」
ミレニムが明るく笑って、ニィナの肩を叩く。
「……おめでと、ミレニム。あんたがそんな風に笑えるようになったのは、素直に嬉しいよ」
ふんわりとした雰囲気がしばし流れてゆく。
「ねえねえ、ミレニム……なんかこの耳の長いヒトが、レオルに用事があるんだって」
後ろから、ジュラが彼女の肩を突付いてそんなことを言ってきた。

「……あの……私、エルフィと言います。レオルという名の魔ぞ……むうっ!?」
その時のミレニムの速さたるや、ジュラも驚きのあまり目を見張るほどだった。
ギルド内にヒトが倒れる音が響き渡り、ミィナが数歩、現場から下がる。まるで砲弾でも落ちたような音だった。
「わっ、ミレニムが耳の長いヒト、やっちゃった……」
きゅう、という声が聞こえたか、聞こえなかったか、ミレニムがエルフの少女を正面から口を塞いで押し倒し、気絶させたことは、ギルドの後々の語り草になった。
リタの雑貨店は、パンとかの食料品から武器までなんでもござれの店だ。年老いた両親に代わり娘のリタが一人で切り盛りしている。
時々、配達など店を空ける必要がある用事だけ、冒険者ギルドにお願いしている。
依頼料は安いが、昼休みにまかないが出るので、レオル達は重宝していた。
「レオルさん、ハクロさん、お茶置いときますねー」

ポットが、レオル達の作業場にとん、と置かれる。
「リタさん、いただきます」
「いつも助かる」
レオルとハクロが作業の手を止めて、彼女に礼を述べる。
「いえいえ、こっちも棚の修理とかさせちゃって……ありがとう、しかないよ」
リタの店の依頼を何回かこなすうちに、配達の合間にちょっとした修理や手伝いをすることが増えた。
「……ハクロさん、変わった?」
ポツリとリタがそんなことを口にした。いきなりだった。
「ですかね……あまり自分ではわかりませんが、今の主人がいいからかもしれません」
少し笑って、作業する手元に視線を落とす。
「前は、怖かった……ハクロさんのパーティーの人達、柄が悪い人達が多かったし、ハクロさんも黙って下ばかりみてて、何か怖かった……でも、今笑ってることが多いよ。今の方がずっといい」
「リタさんにご迷惑を……本当、勘弁です」
ハクロが向き直って、深々と頭を下げる。
「いいですって、ハクロさんの立場じゃ仕方ないよ……でも、もうしないで下さい、あんなハクロさん、見たくないから」
「はい、約束します」
リタはにこりと笑って、店の方に引っ込んでいった。
「……お見苦しいところを……レオルの兄さん」
「いや……よかったな」
「はい、これも兄さんのおかげです」
レオルは何も言わずに、作業に戻った。ハクロとは、特に喋らずともそれで良い時が増えた気がする。
「すまないが、道を聞いてもよいか?」

作業場は店の裏で道に面している。
耳の長い麗人が立っていた。
「冒険者ギルド、というところに行きたいのだが、どう行けばよい?」
「ある程度まではそこの大通を道なりだが、説明が難しいところがある……もう少ししたら、ここの仕事があがる。待ってくれるなら案内するが、どうする?」
「それは助かる……王都は久しぶりでな。色々と忘れてしまっている。そなた、冒険者か?」
レオルの方を覗き込む麗人は、所作に品がある。
「なかなかその呼び名に慣れないが、そうだ」
「ならば聞きたい……レオルという者がいると思うが、どのような者か教えてもらえぬか?」
レオルの目が、わずかに細くなる。
「失礼ですが、姐さんは、どこのどちらさんで?」
ハクロが、作業を止めて立ち上がる。
「これは、失礼をした……私はソール森林王国、昏き世界樹の守り手、ルナティア・ノクターンである」
この世界でダークエルフと呼ばれる彼女は、柔らかな月の光が降るような笑みを浮かべて名乗りをあげた。
