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21 双子の塔 【クリスマス連続ショートショート】

 地下鉄はかろうじて動いていた。
「止まりませんように」
田中さんがやってきた地下鉄の扉に手をあわせる。心配してついてきてくれた。
「おじいちゃんですか」
私が言うとにっこり笑って、それからまた真面目な顔に戻った。

 車両の中はがらんとしている。
 流石にこの雪では買い物する人も少ないだろうし、休業する会社もあるだろう。

 吊り革をにぎろうと輪っかに右手をふれた田中さんがひい、と声をあげる。
「冷た」
「座席も冷たいです。底冷えがする」
席に座った私が言う。
「危ないことはしないようにね」
吊り革を持つのをあきらめた田中さんが隣に座る。
「ついてきてくださってありがとうございます」
「危ないことするのはさ、大人の役目だから」
「大人ですよ、私」
「ええと。年寄りの、年寄りの役目だから」
 野崎さんもついてこようとしたけど、小人と店に残ることになった。みんなで行って、みんなでねずみになってしまったら困るからだ。
「ありがとうございます」
返す言葉が寒さで白く濁った。

 名古屋駅で降りて地下街を歩く。外に出なくていいのは本当に助かる。佐々木さんと歩いたゲートウォークもまったく人がいなかった。シャッターがおりている店がほとんどだ。
「ここで、ねずみが出たんです」
暖房がついているはずなのに凍えるように冷える。私も田中さんももう「寒い寒い」と言わなくなった。
「ついていったら、あのエレベーターに乗って」
百貨店のエレベーターをさした。地下から直接高島屋セントラルタワーズ、名古屋駅に並んでそびえる双子の塔に通じるエレベーターだ。
「13階でアンモナイトの化石を見たんです。待って」
一緒にエレベーターに入って来た田中さんを引き止める。
「田中さんはここで待っててください」
「え? 俺も行くよ?」
「ふたりともねずみになっちゃったら、誰が野崎さんに報告に行くんですか」
「そうだけど。むしろ俺が行くよ」
「田中さんは『ゆうとくん』知らないでしょ」
「保子さんもでしょ、それ」
「いえ。私、多分一回会ってます」
「え? なんで?」
「わかんないけど。多分会ってるんです」
エレベーターの13階のボタン。それから『閉』のボタンを押した。
「あ。ちょっと。危なくなったら戻ってーー」
小さく手をふった。扉が閉まる。

 父の住んでいた部屋に入って来た若い男の人。あれがきっと北極ねずみに違いなかった。赤い目をしていて、目をあわせた途端に体が動かなくなった。どうしてだかわからないが、私をねずみにはしなかった。だから、多分、私は大丈夫なのではないかと思った。

 ぽん。

 音をたててエレベーターの扉が開いた。息を吸うのも痛いほど空気が凍りついていた。マフラーを口元まで引き上げて、中に進む。誰もいない。テナントの中にさえひとっこ一人いない。

 震えながら奥に進むと、ふたつ並んだアンモナイトが埋まっている床の上にあの男の人が立っていた。父のところに入って来たのと同じ服を着ていた。冬用だけど、この寒さでは恐ろしく軽装だ。下を向いて床をみている。

「こんにちは」
私が言うと、こちらを見た。目をそらす。赤い目を見てはいけない。
「あ」
青年が声をだして、なにやらポケットを探る。
「いいよ」
言われて向き直るとサングラスをかけていた。
「こんにちは、あの」
青年が床を指差して、なにか言いたそうに反対の手を振る。マフラーで口元をまいたまま答えた。
「見たよ。アンモナイト。化石、好きなの?」
青年がなんとも言えない表情をした。喜んでいる、ように見えた。走り寄ってくる。手首を掴まれた。息を飲む。ものすごく冷たい手だ。

「来て」
ガラス窓まで引っ張られる。床がいつもよりつるつる滑って、危うく転びかけた。
 窓の外は吹雪いていた。真っ白で、何も見えない。
「あっちに」
 青年が窓の向こうを指差す。
「青いタイルでできた高い建物がある。こっちには、赤白のレンガでできた建物。向こう側にお城があって、金の魚が乗ってる」
 嬉しそうに、私の顔を見た。
「お気に入りなんだって。お父さんが見せてくれた」
「『お父さん』?」
 思わず口をはさんだ。
「うん。お父さん。僕と……君の」
 青年が悲しげな顔になる。また窓の外を見た。
「……いなく、なっちゃったけど」

 後退りした。私は、しくじったのかもしれない。
「どうしてだろう。どんどん寒くなるんだ。お父さんがいた時はあんなにあったかかったのに。寒くて、冷たくて。代わりのニンゲンを探したんだけど、どうしてもだめなんだ。『家族』になってくれない」
 青年が窓からまたこちらに目線を移した。私が離れていたことに気がついた。
「……また、誰かと、化石をみたり、景色を見たりしたいんだ。お菓子を食べたり、歌を歌をうたったり、お話を書いたり。楽しいことをしたいんだ」
 話しながら近づいてくる。サングラスをとった。あわてて目を逸らした。
「君も、いなくなる?」
 冷たい手で、また手首をとられる。寒さで体が動かない。
「……どんな願いを叶えたら、ずっといてくれる?」
 振り解こうとして青年の顔が見えた。赤い目。涙がこぼれていた。

 泣いてる。
 泣いてるんだ。北極ねずみ。

「誰かと一緒にいるのに、願いを叶えてあげる必要なんてないよ」
必死に力をふりしぼって言った。動かない手でポケットを探った。こうすると最初から決めていたような気がした。
「あげる。自分の願いを、叶えなよ」



ショートショート No.534

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このお話は12月1日から25日まで毎日更新される
お話のアドベントカレンダーです。

連続ショートショート サンタクロースとねずみの王さま
目次

1st week お天気配送業

12月1日 小さなねずみのはなし(その1)
12月2日 おかしなラジオ(お天気配送業 柊屋提供)
12月3日 父親
12月4日 名刺

2nd week 思い出採掘業
12月5日 おかしなラジオ(思い出採掘業 佐々木のこづち提供)
12月6日 ササキノキッチン
12月7日 化石
12月8日 小さなねずみのはなし(その2)
12月9日 失踪
12月10日 手紙
12月11日 着信

3rd week ヒーロー呼び出し業
12月12日 おかしなラジオ(ヒーロー呼び出し業 ノザキ電機提供)
12月13日 録音
12月14日 小人
12月15日 小さななずみのはなし(その3)
12月16日 北極ねずみ
12月17日 敗北
12月18日 「すまない」

4th week サンタクロース代理業
12月19日 おかしなラジオ(サンタクロース代理業 聖ニコラウス商会提供)
12月20日 証明
12月21日 双子の塔
12月22日 小さなねずみのはなし(その4)

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