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ふりかえれば、いつも分岐点⑨|想像と違う未来と絶望

第8話では、研修終了の日、想像と違う未来が始まった話を書きました。
今回はその続き。
その「想像と違う未来」が、どんな顔をしてやってきたかをお話しします。

研修を終えた翌年、2016年1月末。

私のもとに、ある定期辞令の内示が届きました。

それは、二度と行くことはないと思っていた場所への、異動命令でした。

第8話の冒頭で、私はこんなことを書きました。

「フランスに行く前に勤務したある刑事施設でも、私はこの言葉に支えられた時期があった」

「この言葉」とは、直江兼続の「こんなところに来とうはなかった」のこと。

私はその「ある刑事施設」へ、もう一度戻ることになったのです。

詳しい話は、もう少し先で書きます。

その前に、2015年春から2016年春までの1年間、私が何を経験していたかをお話しします。

「研修で学んできたはずなのに」

研修を終えて少年鑑別所に戻った私を待っていたのは、第8話の終わりでお話しした「その人」でした。

笑顔で迎えてくれた、その人。

「いずれ管理職になる人だから」と、ことあるごとに私を立ててくれたはずの、その人。

そして、研修で不在だった6か月の間、若手職員を中心に圧力をかけていた…
と、風の噂で聞いていた、その人。

復帰してまもなく、私はその「噂」が事実だったことを、自分の身で確かめることになりました。

きっかけは、些細な業務上のやりとりでした。

私が何かの判断について意見を述べた瞬間、その人の表情が変わったのです。そして、こう言われました。

「研修で学んできたはずなのに、そんなこともわからないの?」

笑顔は消えていました。

質問の形を取った詰問。
返事のしようがない問い。
私だけでなく、気の優しい職員や若手職員に対しても、同じような場面が繰り返されました。

パワハラには、いくつもの顔がある

「その人」は、いくつものパワハラを繰り広げてきました。

声を荒げて、怒鳴ること。

回りくどい皮肉。

人格を否定する言葉。

他の職員の前で、面前で叱責すること。

そして、私にとって最も応えたのは、わざと聞こえるような場所で、別の人と話しながら嫌味を口にする手口でした。

「直接」と「間接」の両方。
言葉のかたちは違っても、向かう先は同じです。

それから、もう一つ。

「いずれ管理職になる人だから」というフレーズに乗せて、本来私がする必要のない業務を、ことあるごとに押し付けてくることがありました。

第8話で「余計なことを」と心の中で呟いたあの言葉は、復帰後の1年間、何度も私の中で繰り返されることになりました。

「やっちまった」と思った日

年が明け、もうそろそろ異動の便りが届く頃。
(以前、こんなふうに考えてやり過ごそうとしていた管理職と同じマインドになっていたことに、当時の私は気づいていませんでした)

ある日、私はとうとう、黙っていられない瞬間を迎えました。

「その人」が発した、どうしても許せない言動がありました。
きっかけの中身は、ここでは書きません。
ただ、その瞬間、私は黙りませんでした。

冷静に、しかしはっきりと、私はその人の言動が、いかに理屈の通らない理不尽なものかを指摘しました。
論点を一つひとつ整理して、相手の言ったことの矛盾を、その人自身に突きつけました。

言い終わった瞬間、「やっちまった」と、私は思いました。

組織の中で、上司にあたる人に対して、面と向かって理屈で詰めるという行為が、自分にどんな結果をもたらすか。
それを考えると、背中が冷たくなりました。

ところが、その場にいた上司や同僚から、こんな声がかかったのです。

「ぐっちさん、よく言ったよ」

それによって、私の中にあった「やっちまった」が、少しだけ和らいだかというと、
そんなことはありませんでした。

「同僚はともかく、上司には、それまでに何らかの形でサポートして欲しかった」

私が爆発するまで、上司は気づいていなかったのでしょうか。
それとも、気づいていて、見ないふりをしていたのでしょうか。

組織の中で個人がパワハラ被害者になる時、本当に問題なのは、加害者個人だけではないのかもしれない。

それを 黙認した周囲=組織の構造こそが、いちばんの問題なのかもしれない。

私は、そう思うようになりました。

きっと、私のいた業界は、そんな空気が当たり前なのでしょう。
(現在の状況は知らないから、「当たり前だった」と言いたいですが)

加害者にも、背景があるということ

そして、もう一つ書いておきたいことがあります。

「その人」自身、学生時代にいじめを受けていた経験がある、と話していたことがありました。

私は、その話を聞いた時、ずっと違和感を抱いていました。

いじめる側の心情も、いじめられる側の心情も、両方わかるはずなのに。
なぜ、今、人を追い詰める側に立っているのだろう。

完全論破の出来事の後、その人の態度は、少しずつ変わっていきました。

私に対しても、他の職員に対しても、明らかに振る舞いが変わったのです。

その変化を見ながら、私は心の中でこう思いました。

「この件で、ようやくあの人も目が覚めたのであればいいな」

なぜ、そう思ったか。
ひょっとしたら、その人は、自分を守るために、何とか強い上司像を演じて必死で戦っていたかもしれないからです。

加害者を、ただ糾弾するだけでは何も解決しません。
加害者にもまた、自分の背景があり、自分の痛みがある。
それを認めないまま、ただ「悪い人」とラベルを貼ってしまうのは簡単すぎる結論です。

「その人」が抱えていた何かが、誰かを追い詰める形でしか発散できなかったのだとしたら、それは、本人にとっても不幸なことだったはずです。

ただし。

「加害者にも背景がある」ということと、「加害行為が許される」ということは、まったく別の話です。

私は、その人を許す気持ちは持てないままでした。

そして、なお問題なのは、加害行為を生み出す組織の風土だ、と思うようになりました。

2016年1月末、定期辞令

そんなふうに、複雑な感情を抱えながら1年を過ごしていた、2016年1月末。

私のもとに、定期辞令の内示が届きました。

その瞬間の感情を、私は今もよく覚えていません。

「まさか」

私の頭の中にあったのは、その一言だけだったような気がします。

私は、フランスに行く前にも、当時勤務していた刑事施設でパワハラを受けた経験があります。
直江兼続の「こんなところに来とうはなかった」というフレーズが、私の中で初めて流れたのは、その場所でのことでした。

二度と、行くことはないと思っていました。

ところが、2016年1月末の内示は、まさにその場所への異動命令だったのです。

第8話でお話しした研修終了時、「嘘でしょ?」と頭が真っ白になった時には、直江兼続のフレーズが繰り返し私の中で流れていました。

ところが、今回は、何も流れませんでした。

何も考えられず、ただ、感情が遠くなっていく感覚だけがありました。

正直に言えば。

異動を、断りたかった。

昇進なんて、取り消して欲しかった。

「どうでもいい」という、投げやりな感情が私の中を支配していました。

海外出張後、2週間での異動

ところが、法務省は、さらに私を試すかのように、ある業務を組んでいました。

2016年2月。

私は、約1か月のフランス出張を命ぜられました。
フランスでの出張は、それ自体は意義のあるものでした。
久しぶりに過ごすフランスの空気は、職場で過ごす毎日とは別世界のものでした。

ところが、その研修を終えて帰国した時には、もう3月。

新しい職場への異動は、4月。

帰国してから引っ越しまで、私に与えられた準備期間は、約2週間でした。

引っ越し業者の手配。
荷物の整理。
新しい職場への着任準備。

そのすべてを、たった2週間でこなさなければならない状況でした。

「組織から、雑に扱われている」

そう感じない方が、難しい状況でした。

ふりかえれば、私のこの1年は、最初から最後まで、組織に振り回された1年だったのかもしれません。
「いずれ管理職になる人だから」というフレーズに乗せて押し付けられた業務も、「その人」のパワハラを黙認した上司の存在も、そして帰国後2週間で引っ越しという無茶な辞令の組み方も。

すべてが、ひとつの構造として、繋がって見えました。

次回は、あの場所で

そして、2016年4月。

私は、フランスに行く前に「人生初のパワハラ」を経験した、あの場所
に帰ることになりました。

その場所で、私を待っていたものについては、次回お話しします。

ふりかえれば、ここも、ひとつの分岐点でした。

想像と違う未来の、本当の顔は、想像と違う過去への帰還だった。

そんなふうに、私には見えています。


このnoteは、連載「ふりかえれば、いつも分岐点」第9話です。

【全話マップ】
フランスでモンテッソーリを学んだ私が、実は20代で少年院にいた理由
「お前、少年院に入るぞ」と言われた悪ガキが、本当に少年院に入った話
印鑑すら持っていなかった社会人初日、運命の妻と出会った話
番外編①あわや「成田離婚」
双子のパパになった日
番外編②性格も好みも全然違う双子
ヨーロッパで見たモンテッソーリの原風景
番外編③5年越しのパリ、7年かけて取り戻すフランス語の旋律
少年院の教官だった私が、フランス語ゼロから1年で外交官として渡仏した話
管理職昇進研修で前向きになれた話
「こんなところに来とうはなかった」 — 想像と違う未来が始まった日
想像と違う未来と絶望(本記事)
ラストダンジョンでの勤務、9月の落とし穴
救急搬送され、ようやく素直になれた私
法務教官として輝いた、最後の2年
(以下、毎週日曜朝7時に続きます)

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