ふりかえれば、いつも分岐点 番外編①|あわや「成田離婚」
本編の流れを少し止めて、番外編をひとつ。
第3話で出会った妻と、数年後の結婚式直後に出かけた新婚旅行の話です。
「あの新婚さん、成田離婚しちゃったんじゃないかしら?」
パリ・シャルルドゴール空港から成田空港までの約13時間。
新婚旅行で同じツアーだった親切なマダムたちは、きっとそう思ったことでしょう。
そう、新婚なのに別々の席で、約13時間。
物理的にも心も離れた、私たちです。
—でも、安心してください。
あれから何年も経った今、私たちは仲良くしています。
第3話の幕間として書きたかった、新婚旅行のドタバタ珍道中。
あの時の私たちは、若かったのです。
第1話から読んでくださる方はこちらから
「ぐっち回顧録①|フランスでモンテッソーリを学んだ私が、実は20代で少年院にいた理由」
【序章】次の10連休、ましてや海外旅行は定年退職後?
結婚式翌日に、9泊10日のドイツ→スイス→フランス周遊。
普通なら考えられない強行日程です。
何しろ、5日に一度の当直勤務がある私。
しかも、まだ後輩もいない勤務3年目の若輩者。
10連休をいただくためには、少なくとも2回は先輩職員に当直を交替してもらう必要がありました。
幸い、とてもやさしい先輩方のおかげで、2回の当直勤務を交替していただけました。
しかも、1人の先輩からは、手当てがお得な休日勤務をプレゼントしていただけました。
まだまだ薄給の若手には、最上級のご祝儀。
新婚旅行のお土産は奮発しないと!
「次の10連休、ましてや海外旅行は、定年退職後?」
—当時の私たちは、こう本気で思っていました。
だから、1日でも長く旅行の日程を組みたかった。
そのため、結婚式翌朝にすぐ出発という、無謀な計画。

その時の私たちは、まだ知りませんでした。
この強行日程が、あらゆる珍事件を呼び寄せることを。
【第1幕】新婚旅行初日、集合場所には誰もいなかった
新婚旅行は、団体ツアー。
全国からツアー客が集まる成田空港の集合時間は、午前10時でした。
私たちの計画はこうでした。
① 朝1番の飛行機で羽田空港へ
② 羽田空港から最短時間で成田空港へ
③ 何とか間に合う
—大甘でした。
羽田空港に着くのが午前9時10分。
成田までの移動時間を考えれば、もともと間に合うはずがないスタート時間でした。
新婚旅行初日にして、すでに計画が破綻していたのです。
首都圏の交通網を全く理解していない、まさに田舎者的想定でした。
ツアー側は、私たちの保安検査時間を逆算して、ぎりぎりまで待ってくれていたそう。
しかし、さすがにこれはまずいと、保安検査場に移動したのが、私たちが到着する5分前だったとか。
リムジンバスを降り、巨大な空港内を妻と二人でさまよいながら、何とか集合場所を発見。
そこに、誰もいない。
しん、と静まり返った空間。
マダムたちのざわめきも、ガイドの声も、何もない。
「新婚なのに、もう置いていかれた…?」

慌てて航空会社の受付に駆け込むと、こう言われました。
『飛行機に間に合わない可能性があるということで、先に行かれましたよ』
私たちも急いで保安検査を受け、搭乗口に向かう途中で、なんとかツアーグループに合流できたのでした。
新婚旅行、初日から綱渡りです。
【第2幕】『ムッシュ、かっこよかったわねえ』と言われた、ジュネーブの石畳爆走劇
ドイツでの数日間を経て、私たちはスイスへ。
スイス国内をバスで移動し、ジュネーブからTGV(欧州の新幹線)に乗ってパリへ向かう予定でした。
バスは余裕を持ってジュネーブ市内に入ったのですが…
折しもその日は、年に1度の国際会議の日。
市内に入るところから検問による大渋滞が発生し、TGVの発車時刻は刻々と迫る。
時間だけが過ぎていく中、たまりかねたガイドさんが、こうアナウンスしました。
『皆さん、ここでバスを止めて荷物を降ろしてもらいます。ジュネーブ駅までは徒歩10分。TGVの発車時刻も約10分後です。歩いていては間に合わない可能性があります。このままバスに乗っていても間に合わない可能性が高いため、わずかな可能性に賭けて、バスを降りたら駅に向かってダッシュしてください』
—映画のワンシーンです。
バスを降り、80リットルのスーツケース2台を受け取った私。
ヨーロッパ特有の石畳。
か弱い妻にスーツケースを持たせるわけにはいかないため、私が両手で2台を引っ張り、石畳を爆走しました。
実は当時、私は少年院の新入時教育で少年たちに負けじと肉体を鍛え上げ、さらに駅伝もしていたため、余裕の爆走でした。
後ほど、ツアーでご一緒した親切なマダムたちから、こう言っていただきました。
『あの時のムッシュは、かっこよかったわねえ』
—人生で一番、走ってよかった瞬間でした。
何とかTGVの出発に間に合い、無事パリに到着できたのです。

【第3幕】ラファイエットを目指して、オペラ座を3周した話
妻の憧れの地、フランス・パリ。
パリでの3日間は、完全フリーの旅程でした。
ガイドブックで調べて念願だった『Galeries Lafayette(ギャラリー・ラファイエット)』に行くことに。
宿泊していたホテルから徒歩で行ける距離だったため、途中かの有名なオペラ・ガルニエを見て、その裏手にあると地図で確認していました。
しかし、行けども行けども、ラファイエットに着かない。
大きな建物が見えたら、オペラ。
大通りを歩いて金色の装飾が見えたら、またオペラ。
そうしてラファイエットに到着するまで、私たちはオペラの周りを3周もしていたのです。
オペラの磁力、恐るべし。
(というか、夫婦そろっての方向音痴、恐るべしか?)
そして、この話には後日談があります。
それどころか、人生の伏線回収のような展開が、後に待っていました。
パリで夢のような時間を過ごしている間、新婚夫婦の私たちはこう話していました。
『次にこんなところに来られるのは、やっぱり定年退職した後かな?』
まさか、10年もしないうちに再びこの地を訪れ、ましてや生活することになるとは、夢にも思わなかったのです。
さらに、私に関しては、フランスで生活していたある日。
午後休みを取って、ぐっち妻とバンドーム広場で待ち合わせをしていたにもかかわらず…
再びオペラの磁力に引き寄せられ、バンドーム広場にたどり着けないまま、オペラ周辺をグルグル回ることになるとは。
オペラ座の磁力、もしかしたら本物かもしれません(いや、ぐっちの方向音痴、相当深刻やろ!)。
【第4幕】妻が機内食を注文できているか心配になった、一人ぼっちの機内
新婚旅行最終日、パリ・シャルルドゴール空港。
帰国フライトの予約は満席で、別々の席になる可能性がありました。
しかし、同じツアーの親切なマダムたちが気を利かせて、こう言ってくれたのです。
『新婚さんは一緒に座れるように』
—最高の配慮です。
ところが。
フライト前に些細なことで口げんかしていた私たち。
このマダムたちの優しさに対して、なんと、こう言ったのです。
『別々の席で結構です』
—若気の至りの極みです。
身も心も離れた私たちは、約13時間のフライトで、別々の席に座りました。
機内に入って、自分の席に座った時。
正直、私はこう思っていました。
『ああ、せいせいした』
—そう思っていたのは、最初の機内食が配られるまででした。
『そういえば、ぐっち妻はほとんど英語を話せない。
ちゃんとコミュニケーション取れるかな?
フィッシュかチキンかくらいだから大丈夫かな?
でも、飲み物の注文できるかな?』
—気になり始めたら、止まらない。
私はそれ以来、ずっと心配していました。
あの飛行機では、後に空前の大ヒットになる映画を日本公開より先に見ることができたのですが…
内容すら、ほとんど覚えていません。
口では『せいせいした』と言いながら、心は完全に妻でいっぱいだったのです。

【エピローグ】あの13時間が、二人を繋ぎ直した
成田空港でツアーは解散になりました。
私たちは、成田空港から羽田空港へバスで移動し、もう一度自分たちの住む町までフライト。
何度か手続きをする必要がありました。
重いスーツケースも持っていたため、私は一応、か弱い妻を気遣ってこう声をかけました。
『オレ、スーツケース持つわ』
—これが、無言の和解の最初の一歩でした。
どのバスに乗るか、どの搭乗口に行くか。
口数少なく会話をするうちに、だんだん元に戻っていく。
最後のフライトでは、こう話しました。
『帰ったら家族にもあいさつしないといけないし、仲直りしようか』
—その時はまだ、お互い不本意ながら(形だけ)の仲直りでした。
でも、不思議なものです。
元がそんな大した理由もないケンカだったため、いつの間にか2人ともわだかまりが消え、普段通りに戻っていったのです。
あの13時間の心の距離を、最後にしずかに繋ぎ直したのは…
『スーツケース持つわ』という、たった一言。
そして、機内で『妻の機内食』を心配し続けた、あの私の心。
夫婦って、こうやって時間をかけて作っていくものなんだな。
新婚旅行で、それを学んだ気がします。
ちなみに、当時のツアーでご一緒した親切なマダムたち。
今でもお目にかかれるなら、こうご挨拶したいくらいです。
『あの節は大変ご迷惑とご心配をおかけしました。今も仲良くしておりますので、ご心配なさらないでください』

このnoteは、連載「ふりかえれば、いつも分岐点」番外編①です。
【全話マップ】
①フランスでモンテッソーリを学んだ私が、実は20代で少年院にいた理由
②「お前、少年院に入るぞ」と言われた悪ガキが、本当に少年院に入った話
③印鑑すら持っていなかった社会人初日、運命の妻と出会った話
番外編①あわや「成田離婚」(本記事)
④双子のパパになった日
番外編②性格も好みも全然違う双子
⑤ヨーロッパで見たモンテッソーリの原風景
番外編③5年越しのパリ、7年かけて取り戻すフランス語の旋律
⑥少年院の教官だった私が、フランス語ゼロから1年で外交官として渡仏した話
⑦管理職昇進研修で前向きになれた話
⑧「こんなところに来とうはなかった」 — 想像と違う未来が始まった日
⑨想像と違う未来と絶望
⑩ラストダンジョンでの勤務、9月の落とし穴
⑪救急搬送され、ようやく素直になれた私
⑫法務教官として輝いた、最後の2年
(以下、毎週日曜朝7時に続きます)
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