見出し画像

ふりかえれば、いつも分岐点③|印鑑すら持っていなかった社会人初日、運命の妻と出会った話

ここまで2話、私が法務教官になるまでと法務教官としての勤務風景について書いてきました。
今回も社会人1年目の話ですが、情景が少し変わります。
今回は、もう一人の主人公が登場します。
後に妻となる人との出会いです。

お金がないけど、これからがんばって働くから、一緒に暮らしてほしい。

夜の電話で、こんなプロポーズをした男がいたんですよ。
「なーにー?やっちまったな!」
そんなコンビの合いの手が聞こえてきそう。

はい、私です。
彼女からの返事は、「電話ではダメよ。」
…人の心を動かす言葉は、まだ知らなかった私の話。
第3話は、そんな未熟な法務教官だった私が、運命の女性と出会い、結婚までたどり着くまでの話です。

第1話から読んでくださる方はこちらから
ふりかえれば、いつも分岐点①|フランスでモンテッソーリを学んだ私が、実は20代で少年院にいた理由

出会いは、社会人初日

印鑑すら持っていなかった、社会人1年生

私と妻が出会ったのは、私の社会人生活初日でした。
社会人になったにもかかわらず、当時必須アイテムだった印鑑を持っていなかった私。
「そんな奴初めてだ」と呆れた上司から「すぐに注文してこい」と言われて、職場の近所にある文房具屋を訪れました。

その時、印鑑コーナーでアルバイトしていたのが、現在の妻です。
社会人初日にして、人生最大の幸運を引き寄せていたなんて、当時の私はまったく気づいていませんでした。
ただ、彼女を見て「かわいい子だな」と思ったことは覚えています。
受け答えもはきはきしていて、優しい話し方。
でもその時は、印鑑の種類を選んで注文し、「出来上がりは数日後」といった事務的な話だけで終わりました。

文房具好きが、運命を引き寄せた

私は昔から文房具好きで、社会人になってからも何かと揃える必要があったため、妻のバイト先の文房具店に仕事終わりたびたび通うようになりました。
職場から近く、品揃えも良い。
完璧な口実です。
そして今思えば、ありがたい偶然なのですが、行くたびにレジを担当するのが、彼女でした。
会って何気ない会話を交わすうちに、好意を持つように。
そして、初めて給料をもらった日、思い切って声を掛けたのです。

今日、給料もらったんですよ。良かったら一緒に食事に行きませんか?

—はぐらかされました。
しかし、ここで諦めない男・ぐっち。
帰ってすぐに、彼女への想いを手紙にしたためました。
数日後、お店を訪れ、バイト中の彼女に「これを読んでください」と渡したのです。

キャバクラで震えた、運命のケータイ

運命の分岐点となった、職場の歓迎会

手紙を渡してから、彼女からの連絡はないまま、数日が経過しました。
ある日、職場の歓迎会で、人生初めてのキャバクラに連れて行かれました。
きれいなお姉さんたちが、目のやり場に困る刺激的な衣装でお出迎え。
初対面の女性となかなか話せない私は、もじもじしていました。

気づくはずがないタイミングの電話に気づいた瞬間

早くこの時間が終わらないかなー」と思っていた、その瞬間。
ポケットのケータイが、ぶるぶるっと震えました。
「電話? 誰だろう」
慌てて店を出て、路地裏の静かな場所に移動。
電話に出ると、女性の声。

(後の)ぐっち妻です。先日お手紙をもらったので、連絡しました。」

マジすか⁉
すぐに気持ちが舞い上がりました。
彼女は続けて、こう言いました。

「本当は連絡しないつもりだったんですけど、友達に話したら『一応連絡だけしてみたら』って言われたんです」

—もし、その友達がいなかったら、私の運命はここで終わっていたかもしれない。
—もし、私がキャバクラの女性と夢中で話していたら、また違った人生を歩んでいたかもしれない。
運命とは、いくつもの偶然の積み重ねなのだと、いま振り返って思います。

交際スタート(衝撃の電話料金15万円!!)

毎晩の電話攻勢

その後、私から彼女に電話をかけ続けました。
仕事が終わったらまっすぐに家に帰り、頃合いを見て電話。
他愛もない話を、毎日3時間
その証拠に、翌月の電話料金が、なんと15万円を超えていたことは、これもシュレッダーにかけて焼却処分したい過去です。

ある日の電話で、思い切ってドライブに誘い、初デートが実現しました。
道中の喫茶店、
信号無視しそうになるくらい話に夢中になったこと、
夕食のビュッフェで緊張しすぎてほとんど食べられなかったこと。
—実は私、職場でも先輩たちに驚かれるくらいの大食漢でした。
後にいっぱい食べることを知られた時、妻に言われた言葉が、忘れられません。

あれは私をだましたのね。

…いや、本当に緊張していたんです。本当に。

研修中の手紙、彼女のバイト代

採用1年目、私は他県の研修所で3か月間の集合研修を受けることになりました。
入寮制の厳しい訓練の毎日。
日中はぐうの音も出ないくらい絞られる。
まさに「被収容者体験」でした。
夜になって少し落ち着くと、ふと彼女を想う気持ちが募りました。
そこで、私はできる限り毎日彼女に手紙を書くことにしました。
彼女も返してくれた。
研修員宛ての郵便物は、研修員の中で日直が配るシステムだったため、私の異常な往信頻度はすぐに知れ渡り…

ぐっち研修員、今日もお手紙が届いていますよー

毎日、研修仲間の前で大きな声で発表されるという、恥ずかしい通知を受ける羽目に。

そんな地獄の日々を癒してくれたのが妻でした。
数週間に一度、彼女が研修地を訪れ、一緒に小旅行を楽しんだのです。
その時、彼女は、親からの援助を断り、自分のバイト代で旅費を捻出して、私の元まで来てくれていたのです。
これは、いま思い返しても感謝してもしきれないこと。
私が今も妻に頭が上がらない、1つの理由になっています。

電話プロポーズで、撃沈

ありえないプロポーズ

付き合い始めて1年半が経った頃。
当直勤務明けの非番、夜になっても頭が働いていなかった私は、彼女と電話しながら、こう伝えました。

今はお金がないけど、これからがんばって働くから、一緒に暮らしてほしい。

彼女からの返事。

電話ではダメよ。

—ですよね。
そりゃそうだ。
後日、彼女に会った時に改めて結婚してほしい気持ちを伝えましたが、

変なタイミングで、変な形で言おうとしたからダメ。

と、たしなめられました。
そして今でも、妻からはこうからかわれます。

あなたはちゃんと付き合おうと言ってないし、プロポーズもしていない。だから、私たちは付き合ってもいない。

またまた…
いや、本気か。本気なのか。

結婚式当日、タクシーが捕まらない

何はともあれ、私たちは交際2年を経て、結婚しました。
100人を超える人が出席し、祝福してくれた結婚式。
しかし、この日も私は大きなへまをします。
結婚式当日、私はタクシーで結婚式場に向かう予定でした。
家の近くにタクシー会社があることを知っていた私は、直接訪れればすぐ乗れると、高をくくっていました。
—大甘でした。
なんとその日は選挙の投票日
市内のタクシーが出払っており、「いつ配車できるかわからない」と言われたのです。
なーにー? やっちまったな!
お笑いコンビに餅をつかれそうな、人生の名(迷?)場面。
パニックになった私は、幹線道路に出て、なんとか1台のタクシーを拾い、ぎりぎりで結婚式場に到着したのです。
人生で一番大事な日に、人生で一番おっちょこちょいな自分が顔を出した瞬間でした。

新郎が、嬉し涙を流した日

結婚式は、まさに「人生の祭り」でした。
本来なら、新郎新婦は酒を勧められても全部は飲まず、こっそり下のバケツに注ぐらしいのですが、そんなことはつゆ知らず、私は全ての盃を受けました。
通常ならへべれけになって最後の新郎あいさつにも支障が出そうなところですが、緊張感というのは怖いもの。
ほとんどしらふのような、むしろいつもより頭が切れているくらいの気持ちで、最後の挨拶に立ちました。
そして、嬉し涙を流したのです
後にこう言われました。

結婚式で新婦や新婦のお父さんが泣くのは見ても、新郎が泣くなんて見たことがない。

少年院で「獣たち」と渡り合っていた20代の男が、結婚式では涙を流した。
あの日、私はもう一人の自分に出会ったのかもしれません。

あの印鑑不所持が、人生最大の幸運だった

いま振り返れば、すべての始まりは——
社会人初日に、印鑑を持っていなかったこと
呆れた上司の「すぐに注文してこい」というひと言がなければ、私はあの文房具屋に行かなかった。
彼女にも出会わなかった。
電話料金15万円も払わなかった。
電話プロポーズで撃沈もしなかった。
結婚式当日のタクシー大騒動も起こらなかった。
そして、人生最大の伴侶を得ることもなかったのです。
私は「運命だ」と感じています。
妻は「ただの偶然でしょ」と笑います。
(実は、彼女には「運命」という言葉を簡単には信じられない理由が、過去にあったらしい。それは彼女のプライバシーなので、ここでは書きません)
でも、それでも私は思っています。

「あの社会人初日の印鑑不所持は、私の人生最大の幸運だった。」


このnoteは、連載「ふりかえれば、いつも分岐点」第3話です。

【全話マップ】
フランスでモンテッソーリを学んだ私が、実は20代で少年院にいた理由
「お前、少年院に入るぞ」と言われた悪ガキが、本当に少年院に入った話
印鑑すら持っていなかった社会人初日、運命の妻と出会った話(本記事)
番外編①あわや「成田離婚」
双子のパパになった日
番外編②性格も好みも全然違う双子
ヨーロッパで見たモンテッソーリの原風景
番外編③5年越しのパリ、7年かけて取り戻すフランス語の旋律
少年院の教官だった私が、フランス語ゼロから1年で外交官として渡仏した話
管理職昇進研修で前向きになれた話
「こんなところに来とうはなかった」 — 想像と違う未来が始まった日
想像と違う未来と絶望
ラストダンジョンでの勤務、9月の落とし穴
救急搬送され、ようやく素直になれた私
法務教官として輝いた、最後の2年
(以下、毎週日曜朝7時に続きます)

シリーズの続きを通知で受け取りたい方は、よろしければマガジンのフォローをお願いします。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集