ふりかえれば、いつも分岐点⑩|ラストダンジョンでの勤務、9月の落とし穴
第9話では、2016年4月に人生初のパワハラを受けた刑事施設で再び勤務することになった話を書きました。
今回はその続き。
その場所で、私を待っていたものについてお話しします。
2016年9月1日。所長室。
そこで告げられた一言によって、私の運命は暗転しました。
「ぐっちさん、10月1日付で、内部異動です」
薄氷の上を、5か月息を詰めて歩いてきた私の足元が、その瞬間に崩れました。
ここに至るまでに何があったのか。
9月1日の所長室で私が何を失ったのか。
今回は、その当時の話をします。
2016年4月、RPGのラストダンジョン
7年前にパワハラを受けた、ある刑事施設。
二度と行くことはないと思っていたその場所に、私は再び戻ってきました。
着任の日。
建物を見上げた時、私は「ああ、ここだ」とつぶやいていました。
7年前と、何ひとつ変わっていません。
建物も、敷地も、空気も、同じ顔をして私を迎えました。
立派な、難攻不落の要塞です。
その日は、なぜか曇り空でした。
私は、RPGのラストダンジョンに入ろうとする勇者のような気持ちでいました。
しかし、実際の私は勇者などではありません。
心に大怪我を負ったまま強敵が待つ場所に放り込まれた、ただの中年公務員でした。
そんな私の中に、ひとつだけ救いがありました。
7年前に私を追い詰めた、あのパワハラ加害者は、もうこの施設にはいなかったのです。
その人は、遠い地で出世し続けていました。
加害者は罰せられず、出世していく。
被害者だった私は、7年経って、その場所にまた戻されている。
組織の構造とは、こういうものなのか…
私の心は、すでに何だか沈んでいました。
薄氷を履むような5か月
ところが、着任してみると、私の予想は良い方向に裏切られました。
新しい職場の上司たちは、理解があり、優秀な人たちばかりだったのです。
特に、私の直属の上司は私より年下でしたが、抜群に優秀な人でした。
物の見方が柔軟で、判断が早く、部下の話をきちんと聞いてくれる。
「こういう上司に、自分もなりたい」と、私は素直に感心しました。
配属された部署は、総務系の業務が中心でした。
日中は、書類仕事や調整業務に集中できる環境。
過去のような殺伐とした雰囲気は微塵もなく、上司とも部下とも笑顔で会話できました。
ただし、刑事施設の特性上、当直勤務の日には、処遇の現場に入る必要がありました。
その「当直の日」だけは、別物でした。
夕方、処遇本部に入ると、私の胸はざわついて、食事は喉を通らず、仮眠を取ることもできませんでした。
建物の空気が、7年前の記憶を呼び起こすのです。
体は大丈夫。
けれど、心は、その場所を覚えている。
私はそう感じていました。
そして、何より私が自分に課していたのはある「教訓」でした。
「決して、本心を明かさない」
7年前、私は「人生初のパワハラ」をこの場所で経験しました。
当時は、いい意味でも悪い意味でも少年施設特有の上下関係の曖昧さを心に持っていました。
その状態で刑事施設の上司に接してしまったことが、当時の私の致命傷でした。
「上下関係が厳しい刑事施設の洗礼」を、私は身をもって浴びることになったのです。
その教訓を踏まえ、2016年の私は、徹底的に 丁寧に、慎重に 接することを決めました。
本心は決して明かさない。
距離感を間違えない。
空気を読みすぎず、表情を読まれすぎず。

そうやって、私は5か月を生き延びました。
外から見れば、平穏な日々だったでしょう。
けれど、私自身の体感は、まったく違います。
薄氷を履むような毎日。
それが、4月から8月末までの私の現実でした。
少しでも踏み外せば、足元が割れて、冷たい水の中に落ちる。
そんな緊張を毎日抱えながら、私は出勤していました。
8月31日、子どもたちとのナイター観戦
そして、2016年8月31日。
夏が終わろうとしていた日のことです。
その頃、霞が関では「ゆう活」という、夏の早朝勤務・早めの退庁を推奨する取り組みが行われていました。
簡単にいうと、欧米のサマータイムのようなものでした。
私もそれに乗って、早めに帰宅すると、その日はある特別な予定が待っていました。
息子たち2人と、3人でプロ野球を観に行く予定だったのです。
長年応援している、大好きな球団の試合でした。
父子3人で球場に向かい、ビールを買い、応援歌を口ずさみながら、私たちはスタンドで試合を観戦しました。
9回の裏まで、私たちの推し球団は勝っていました。
「今日は気持ちよく帰れるね」と、息子たちと笑い合っていました。
ところが、9回の裏。
応援していた球団は、劇的な逆転サヨナラ負けを喫したのです。
スタンドの私たち父子3人は、しばらく呆然としていました。
あれだけ盛り上がっていた球場が、対戦相手の応援団の歓喜の声に飲み込まれていく。
私たちは席を立つこともできず、ただ茫然と、ダイヤモンドを見つめていました。
ようやく帰宅した時には、夜遅くなっていました。
翌日の勤務のために、私は床につきました。
ところが、眠れません。
サヨナラ負けの興奮が、まだ私の体の中で渦巻いていました。
9回裏まで勝っていたのに。
あの一打で、すべてがひっくり返ってしまった。
その時の私は、まだ知りませんでした。
翌日、自分自身の人生で、もう一度、同じことが起こることを。
9月1日、所長室にて
眠れない夜が明けて、9月1日。
朝、私はいつもどおり出勤しました。
寝不足のままではありましたが、引き続き細心の注意を払って薄氷の上を進む心づもりでした。
始業後すぐ、私のデスクに内線の連絡が入りました。
「ぐっちさん、所長室に来てください」
「何だろう」と思いながら、私は所長室に向かいました。
ドアを開けると、そこにはそうそうたる顔ぶれが座っていました。
所長。総務部長。そして、私の上司。
普段なかなか膝をつき合わせることのない「ラスボス」を前にした私に、所長から告げられた一言が、これでした。
「ぐっちさん、10月1日付で、内部異動です」
その瞬間、私の頭の中が、真っ白になりました。
「またか」とも、「なぜ」とも、何も浮かびませんでした。
ただ、ひとつだけ、はっきりと感じたことがあります。
昨夜のサヨナラ負けが、私自身の人生で繰り返された。
9回の裏まで勝っていた。
薄氷の上で、5か月、息を詰めて、私は守り抜いた。
理解ある上司との関係も、年下の優秀な直属上司との信頼関係も、慎重に慎重に築いてきた。
それが、9月1日の所長室での一言で、すべてひっくり返ったのです。

「人間関係のリセット」が、いちばんの絶望だった
正直に言えば、異動先そのものに、絶望していたわけではありません。
同じ施設内の別の部署。
総務系から、現場系への異動でした。
私が絶望したのは、異動先ではありません。
5か月かけて、薄氷の上で築いてきた人間関係が、たった1枚の辞令でリセットされること。
刑事施設という巨大組織の中で、私はまた、ゼロから始めなければならない。
新しい上司、新しい同僚、新しい部下、新しい部署の空気。
すべてを、もう一度、慎重に、慎重に、読み取り直さなければならない。
ようやく築いた居心地の良い職場環境も、良好な人間関係も、辞令1枚で「過去のもの」になりました。
組織の歯車の都合で、信頼関係が、こんなにも簡単に消えてしまう。

私の心は、その瞬間、ポッキリと折れてしまったのです。
「奈落の底に突き落とされる」とはこういう感覚なのだと、後で振り返って実感しました。
その日からの、記憶のない数日
所長室を出てから、その日以降の記憶が、しばらくありません。
何をして、誰と話して、どんなふうに過ごしたのか。
今、思い出そうとしても、霧の中にあるように、輪郭がぼやけています。
夜も、眠れていなかったと思います。
9月1日から9月8日までの1週間が、私の人生でいちばん長い1週間だったかもしれません。
そして、
2016年9月8日。
私の人生の、もうひとつの決定的な出来事が、その日に起こりました。
次回は、その「9月8日」についてお話しします。
ふりかえれば、ここも、ひとつの分岐点でした。
薄氷の上を渡るように築いた5か月が、たった1枚の辞令で崩れる。
そんな体験を、私はこの場所で味わいました。
ただ、まだそこは「奈落の底」ではなかったのです。
このnoteは、連載「ふりかえれば、いつも分岐点」第10話です。
【全話マップ】
①フランスでモンテッソーリを学んだ私が、実は20代で少年院にいた理由
②「お前、少年院に入るぞ」と言われた悪ガキが、本当に少年院に入った話
③印鑑すら持っていなかった社会人初日、運命の妻と出会った話
番外編①あわや「成田離婚」
④双子のパパになった日
番外編②性格も好みも全然違う双子
⑤ヨーロッパで見たモンテッソーリの原風景
番外編③5年越しのパリ、7年かけて取り戻すフランス語の旋律
⑥少年院の教官だった私が、フランス語ゼロから1年で外交官として渡仏した話
⑦管理職昇進研修で前向きになれた話
⑧「こんなところに来とうはなかった」 — 想像と違う未来が始まった日
⑨想像と違う未来と絶望
⑩ラストダンジョンでの勤務、9月の落とし穴(本記事)
⑪救急搬送され、ようやく素直になれた私
⑫法務教官として輝いた、最後の2年
(以下、毎週日曜朝7時に続きます)
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