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悪役令嬢転生MBA~趣味は事業再生、特技は市場分析ですの~1

知識で世界を救った彼女は、その代償に、自分が誰を愛したかを忘れた。

追放された悪役令嬢エリザベート。
彼女の武器は、前世・社畜OL時代に叩き込んだ「MBA(経営学)」——市場分析、サプライチェーン、損益分岐点。帳簿を剣に変え、数字を魔法に変えて、破産寸前の領地をV字回復させる。
だが、国家規模の飢饉と経済戦争が王国を飲み込んだ時、彼女は究極の選択を迫られた。
民を救うために禁断の秘術を解き放ち——代償として、すべての感情と記憶を捧げた。
仲間の名も、自分の過去も、誰かを愛した夜も失った「空っぽの女王」が、それでも合理的な最善手を打ち続ける。
その姿を、かつての宿敵・イザベラは静かに見つめていた。
「あなたが何も覚えていなくても。私は、全部覚えている。だから——私が、あなたの心になる」
知識で世界を殴り、愛で魂を取り戻す。
悪役令嬢×経営学×ライバルとの純愛、前後編・全43章の異色エンターテインメント!

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■目次(各章へのリンク)

【前編】

1・序章:悪役令嬢と、亡霊の誕生
2・第一章:最初の投資家と、最初の棘
3・第二章:お忍び市場調査
4・第三章:王都の情報網
5・第四章:好敵手の先手
6・第五章:王城のサプライズ
7・第六章:最初の波紋と、復讐者の胎動
8・第七章:供給網戦争
9・第八章:絶望の淵、希望の灯
10・第九章:ドッグフーディング
11・幕間:スラムの灯と、泥だらけのスープ
12・第十章:市場への浸透と、公爵令嬢の覚悟
13・第十一章:帝国の設計図
14・第十二章:二つの戦線
15・第十三章:昼の領主、夜の密偵
16・第十四章:蝕む者たち
17・第十五章:嵐の前の静けさ
18・幕間:午前二時の亡霊
19・第十六章:危機管理
20・第十七章:贖罪の代価
21・第十八章:海鮮男爵
22・終章

【後編】

23・序章:国境の煙と、貸借対照表の好機
24・第一章:父という名の壁、娘という名の武器
25・第二章:御前会議という名の最終プレゼン
26・第三章:職人という名の資産、プライドという名の負債
27・第四章:サプライチェーンという名の生命線
28・幕間:氷の騎士は、月夜に惑う
29・第五章:冒険者ギルドの片隅で
30・第六章:これは、投資契約です
31・第七章:MBAは、荒野を駆ける
32・第八章:呪われた鉱脈
33・第九章:記憶という名の代償
34・第十章:空っぽの女王
35・幕間:ガラスの破片を拾う者
36・第十一章:公爵家の甘い罠
37・第十二章:ガラスの翼、離反
38:第十三章:供給網戦争、再び
39:第十四章:アークライトの弱点
40・第十五章:王城での対決
41・第十六章:記憶なき愛の告白
42:第十七章:リヒトハーフェンからの独立
43・終章

【前編】
1・序章:悪役令嬢と、亡霊の誕生

馬車を揺らす周期的で無機質な振動が、エリザベート・フォン・リヒトハーフェンの苛立ちを静かに削り取っていた。敷石の僅かな凹凸すら拾う、この揺れ。父が新調したという魔導式の緩衝器(サスペンション)とやらは、この程度かと、内心で悪態をつく。

「…アンナ」
「は、はい!お嬢様!」
対面の席で、針のように背筋を伸ばして座っていた侍女が、弾かれたように顔を上げた。
エリザベートは、銀の皿に残った焼き菓子のかけらを、金のフォークで弄びながら、温度のない声で言った。
「この菓子、風味が飛んでいるわ。一体、いつ焼かせたものなの?」
「も、申し訳ございません!今朝、王都を発つ直前に、屋敷の者に取りに行かせた、最高級品でございますが…」
「言い訳はいいのよ」
エリザベートは、フォークを皿に投げ捨てた。カシャン、と神経質な音が、狭い車内に響く。
「あなたの管理不行き届きのせいで、私の気分がどれほど害されたことか。ねえ、わたくし、王都の寄宿学校から、こんな辺鄙な田舎まで、何日もかけて帰ってきているのよ?その道中くらい、完璧なものでなくては、割に合わないじゃない」
理不尽な叱責。侍女のアンナは、顔を青くして、ただ「申し訳ございません」と繰り返すことしかできなかった。その怯えた姿が、エリザベートの歪んだ自尊心を、ほんの少しだけ満たした。
彼女は、窓の外へと視線を移す。どこまでも続く、代わり映えのしない緑の風景。退屈だ。何もかもが、退屈で、気に食わない。

——その、瞬間まで。

「きゃっ!」
ゴッ、と。腹の底から突き上げるような、凄まじい衝撃。車輪が、深い轍に嵌まったのだ。エリザベートの身体は宙に浮き、無防備に、向かいの壁へと叩きつけられた。
強かに打ち付けた側頭部に、星が散る。侍女の悲鳴が、遠くなる。
そして、その衝撃が引き金だった。

エリザベートの頭の中で、何かがガラスのように砕け散る。
視界が真っ白に染まり、耳鳴りが全ての音を塗りつぶした。知らないはずの景色、嗅いだことのない匂い、浴びたことのない光が、奔流となって意識を飲み込んでいく。

——無機質な、白い天井。ピッ、ピッ、と、自分の意思とは無関係に時を刻む、電子音。鼻腔を刺す、消毒液の匂い。腕に繋がれた、冷たいチューブの感触。
ああ、そうだ。私は——。

ガラス張りの会議室。無機質なオフィスチェア。モニターが放つ乾いた光。上司の怒声。同僚の嘲笑。ヤケ酒で呷った安物の蒸留酒の、喉が焼けるような味。
徹夜明けで、エナードリンクと、冷え切ったコンビニのサンドイッチで胃を満たし、ただ、ひたすらに、数字と格闘し続けた日々。
誰にも認められず、誰にも愛されず、心をすり減らし、身体を壊し、そして、誰にも看取られることなく、独り、病院のベッドの上で、息を引き取った。
三十四年という、あまりにも色褪せた、長谷川梓という女の、無念に満ちた人生の記憶だった。

「……はぁっ、はぁっ……」
浅い呼吸を繰り返しながら、エリザベートは、ゆっくりと目を開いた。
目の前では、侍女のアンナが、涙目で彼女の顔を覗き込んでいる。「お嬢様、お気を確かに!」
自分の名前は、エリザベート・フォン・リヒトハーフェン。十六歳。
自分の名前は、長谷川梓。三十四歳で、死亡。
二つの人生が、十六年の少女の器の中で激しく衝突し、混ざり合い、そして———つになる。

彼女は、ゆっくりと、自分の手を見つめた。
シミ一つない、柔らかで、血色の良い指先。苦労を知らない、貴族の娘の手だ。
そして、視線を上げる。
床には、先ほど自分が投げ捨てた、焼き菓子の残骸が哀れに転がっている。その側で、アンナが、今にも泣き出しそうに、震えていた。
先ほどの、自分の、声が。言葉が。態度が。
長谷川梓の、三十四年間培ってきた倫理観と、良識というフィルターを通して、脳内で再生される。
その、あまりの、醜悪さに。幼稚さに。残酷さに。
エリザベートの全身から、さあっと、血の気が引いていった。

(——私、は。なんて、ことを…)

後悔と、自己嫌悪の津波が、彼女の意識を飲み込もうとする。
これが、私。これが、エリザベート・フォン・リヒトハーフェン。
記憶が戻る前の、本物の、私。

馬車が、リヒトハーフェン邸の壮麗な門をくぐる。
ゆっくりと扉が開かれ、心配そうな顔をした老執事が頭を下げた。
馬車から降り立ったエリザベートの瞳には、もはや、以前の傲慢な光も、ただ泣きじゃくるだけの弱さもなかった。
そこに宿るのは、二つの人生の重みだった。
無駄に生きてしまった、長谷川梓の、三十四年間。
無駄に、そして、無邪気な悪意と共に生きてしまった、エリザベートの、十六年間。

(どちらも、失敗した人生…)

だが、と彼女は思う。
目の前に広がるのは、寂れた、しかし、確かな可能性を秘めた故郷の風景。
自分を心配してくれる、家族と、家臣たち。
そして、自分に与えられた、二度目の、人生。

(——やり直せる)

長谷川梓として、成し遂げられなかった、本当の仕事。
そして、エリザベートとして、償わなければならない、過去の罪。
その両方を、この手で。

彼女は、アンナの方へ向き直ると、ぎこちなく、しかし、はっきりと、こう言った。
「…ごめんなさい、アンナ。そして、ありがとう」
その、あまりにも意外な言葉に、アンナは、ただ、目を丸くするばかりだった。

エリザベート・フォン・リヒトハーフェンは、この日、死んだ。
そして、この日。
彼女は、本当の意味で、生まれたのだ。
二つの人生の負債を抱え、それでも、前を向く、一人の人間として。

2・第一章へ→

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金森努@マーケティング・研修講師/コンサルタント ありがとうございます! これからも頑張ります。