本能寺の変1852 その一因 2(1)光秀の素性6 そ第21話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
その一因 2(1)光秀の素性6 そ第21話
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2(1)光秀の素性 6転機 そ第21話
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1素性 そ第53話 そ第54話① そ第54話② そ第54話③
2争乱 そ第155話① そ第155話②
3下剋上 そ第156話① そ第156話② そ第157話① そ第157話②
そ第158話① そ第158話② そ第158話③ そ第158話④
そ第158話⑤ そ第158話⑥ そ第158話⑦ そ第158話⑧
そ第158話⑨ そ第158話⑩ そ第158話⑪
4没落 そ第200話① そ第200話② そ第200話③
そ第201話① そ第201話② そ第201話③ そ第201話④
そ第201話⑤
5再興 そ第151話① そ第151話② そ第152話① そ第152話②
そ第152話③ そ第152話④ そ第152話⑤ そ第152話⑥
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6転機 そ第19話 そ第20話① そ第20話② そ第21話
そ第22話
永禄八年4 尾張の信長
義昭は、近隣諸国の大小名へも、御内書を送った。
謙信ばかりでは、なかった。
当然、信長へも、家康へも 。
「御内書」
義昭は、支援を要請した。
→◎第21話 第21話 小
信長との交渉は、すでに始まっていた。
同年(永禄八年)、十二月。
御内書に対する信長の返書である。
「重ねて」、とある。
すでに、「複数回」送られていた。
かなり、積極的である。
御入洛の儀に就いて、重ねて、御内書を成し下され候、
謹みて、拝閲致し候、
信長は、義昭への協力を約束した。
「度々」、とある。
信長は、「複数回」、応諾の返事を伝えてあった。
義昭の期待が膨らんでいく。
度々、御請け申し上げ候如く、
上意次第、不日なりとも御供奉の儀、無二その覚悟に候、
行うは、難し。
義昭は、越前の朝倉義景・若狭の武田義統にも、協力を要請していた。
なれど、両者は、動かず。
いや、動けず。
・・・・・。
それぞれが、それぞれの事情を抱えていた。
然らば、越前・若州、早速、仰せ出だされ、
尤もに、存じ奉り候、
細川藤孝が、信長の窓口だった。
信長と藤孝の交流は、この年から始まった。
猶、大草大和守(公広)・和田伊賀守(惟政)、申し上げらるべきの旨、
御取り成し仰ぐ所に候、
恐々敬白、
十二月五日 信長(花押)
細川兵部太輔殿
【重史083】(「東京大学史料編纂所蔵」)
藤孝は、次第に、信長へ、のめり込んでいく。
その延長線上に、光秀と藤孝の出会いがあった。
そして、このことが、光秀と信長の邂逅へと繋がる。
すなわち、細川藤孝が、二人の接点となった。
以下、順を追って説明する。
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