関ヶ原。三成、最後の采配 第一話『朝霧の中の、銃声』

関ヶ原。三成、最後の采配

あらすじ

慶長五年九月十五日、関ヶ原。西軍は敗北する。
すべてを失った男が、最後に守り抜いた「たった一つのもの」とは――。


第一話『朝霧の中の、銃声』

慶長五年九月十五日、朝。
笹尾山の本陣は、音のない世界に浮かぶ孤島のようだ。
深い、深い乳白色の帳《とばり》に包まれている。

島左近が、わざと明るい声で言った。
「殿、霧ばかりで前が見えませんなぁ。いっそ狼煙《のろし》でも上げますか」

「左近殿。この霧では狼煙《のろし》とて見えませぬ」
蒲生頼郷が、朴訥《ぼくとつ》に、しかし呆れたように言った。

その音も霧の中へと吸い込まれていく。

石田三成は、床几《しょうぎ》に腰掛けたまま身じろぎ一つしない。
霧のせいで、「大一大万大吉」の旗印すら、ぼんやりと滲んで見える。

湿った土と、冷たい草の匂い。
肌を刺す冷気が、それらと混じり合って鎧の隙間から忍び込む。

「よく見ろ。敵がいるかもしれん」

三成の声が、張り詰めた空気に吸い込まれる。
その直後だった。

乾いた破裂音が一つ。
霧の奥から響いた。

三成の肩が、かすかに揺れた。
左近が「もうかよ」とあきれた顔をする。

「まぁ、伝令を待て」と、三成。

そこへ一騎の伝令が転がり込む。
「伝令! 福島と井伊が発砲、宇喜多勢、応戦中!」

三成の口の端が、わずかに、吊り上がった。
(秀家の兵力は西軍随一。問題ない。)

間髪入れず、続けて伝令が霧の中から飛び込んできた。

「伝令! 黒田、細川! こちらに――」

報告を聞き終えるか終えないかのうちに、
それまで微動だにしなかった三成が、初めて動く。

そして、采配が、水平に突き出された。

「迎え撃て」

その言葉を待っていたかのように、左近の口の端が、不敵に吊り上がった。
「行くぞ、備中殿!」
「応ッ!!」

左近の兜。その鬼の角が、霧を切り裂くように前へと傾く。
屈強な精鋭の雄叫びが、
霧の奥深くへと吸い込まれていった。



登場人物
石田三成 西軍の総大将。
島左近 三成に過ぎたるものと謳われた、歴戦の猛将。
蒲生頼郷 通称、備中。 左近と共に石田軍の中核を担う。


関ヶ原。三成、最後の采配

目次

第一話『朝霧の中の、銃声』
第二話『鬼の先駆け、敵を割る』
第三話『雲間の狼煙、届かず』
第四話『迫る内府、揺らぐ均衡』
第五話『晴天の狼煙、三度届かず』
第六話『問鉄砲、裏切りの鬨』
第七話『砕けた翼、折れぬ心』
第八話『鬼神、その魂の色は』
第九話『選ぶ道、生きる覚悟』
第十話『島津の退き口、捨てがまり』
第十一話『終わりなき退却、最後の采配』
第十二話『無音の空、孤高の天』
主な登場人物・あとがき

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