【病院幹部のための令和8年度診療報酬改定「病院選別」シリーズ】第14回
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
2026/6/24リライト
病院経営者と話していると、時々こんな言葉を耳にします。
「やはり急性期でなければ病院経営は厳しい」
「急性期の看板は下ろせない」
「回復期や慢性期になると病院の価値が下がる」
もちろん、その気持ちは理解できます。
長い間、日本の病院経営では急性期が中心でした。
高度医療
救急医療
手術
集中治療
地域の中核病院
こうした機能を担うことが病院の存在価値とされてきました。
しかし、令和8年度診療報酬改定を見ていると、 「急性期を名乗っていれば評価される時代」は完全に終わりつつある。
そう感じざるを得ません。
■ 急性期病院が増えすぎた現実
──患者は減るのに、急性期病床は減らない
まず、急性期幻想が崩れ始めた背景には、需給バランスの崩壊があります。
● 全国データ(厚労省)
入院患者数:2010年→2023年で ▲約12%
急性期入院医療の対象患者:年々減少
一方で急性期病床数:ほぼ横ばい
急性期病院数:大きく減っていない
つまり、
急性期患者は減っているのに、急性期病院は減っていない。
その結果、
急性期患者の奪い合い が全国で起きています。
■ 地域別に見る「急性期の過剰」
──都市部も地方も“急性期が多すぎる”
● 首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)
急性期病床比率:全国平均より10〜15%高い
救急搬送のうち「本来急性期でなくてもよい」症例:約30〜40%
手術件数:大病院に集中、中小病院は年5〜10%減少
→ 急性期病院は多いが、急性期患者は分散している。
● 関西(大阪・兵庫)
急性期病院密度:政令市周辺で過密状態
一方で郊外は医師不足で急性期維持が困難
救急受入拒否件数:大阪府で年間約2万件
→ 急性期の“量”はあるが、機能は偏在。
● 東北・北海道
高齢化率:全国トップ
急性期需要は減少
しかし急性期病床は維持されている
医師偏在指数:北海道の一部地域は全国ワースト
→ 急性期を維持する人材がいない。
● 九州・四国
高齢者比率:2040年に35%超の県が複数
急性期需要は減るが、高齢者救急は増える
手術件数は都市部へ流出
→ 急性期より包括期・在宅の需要が圧倒的に増える。
■ 令和8年度改定が示した現実
──病床機能ではなく「患者機能」が評価される時代へ
今回の改定で最も象徴的だったのは、
病床機能より“患者機能”が重視され始めたこと。
以前は、
何病棟を持っているか
どの施設基準を取得しているか
が評価の中心でした。
しかし今は、
どの患者を受けているか
地域でどの役割を果たしているか
が問われています。
● 今回評価された領域
高齢者救急
地域包括医療病棟
在宅復帰支援
地域連携
多職種連携
退院支援
つまり、
急性期病床を持っていることではなく、 地域で必要な医療を提供していることが評価される。
これは大きな転換点です。
■ 急性期のコストは想像以上に重い
──維持するだけで赤字になる構造
急性期を維持するには、莫大なコストがかかります。
看護配置(7:1 → 人件費が重い)
救急対応(24時間体制)
夜勤体制
医師確保(年収1,800〜2,500万円クラス)
手術室維持
医療機器更新
電子カルテ・DX対応
● 現場データ
急性期病院の人件費率:60〜70%
7:1病棟の看護師必要数:100床で約70〜80人
手術室1室の年間維持費:約3,000〜5,000万円
救急医1人確保の採用コスト:数百万円〜1,000万円超
さらに賃上げ圧力、看護師不足が重なり、
急性期を維持するだけで赤字になる病院が増えている。
■ 国が見ているのは急性期の“数”ではない
──必要な急性期だけ残す方向へ
今回の改定を見ていて強く感じたのは、
国は急性期病院を増やしたいのではない。 必要な急性期医療だけを残したい。
ということ。
地域によっては、
急性期病院が多すぎる
回復期や在宅支援が不足している
医療資源が分散している
という問題が起きています。
その結果、
地域全体の医療提供体制が弱くなる。
今回の改定には、
病院機能を整理したい
というメッセージが明確に含まれています。
■ 勝ち残るのは急性期病院ではない
──“地域で役割を持つ病院”が生き残る
誤解を恐れずに言えば、
今後勝ち残るのは急性期病院ではない。 地域で役割を持つ病院である。
急性期でも良い。 回復期でも良い。 在宅支援でも良い。
重要なのは、
その地域で必要とされるか。
人口減少地域では急性期需要は減る一方、 高齢者医療・在宅医療は増え続けます。
病院の評価軸は確実に変わっています。
■ 危険なのは“なんちゃって急性期”
──急性期を名乗るだけの病院は最も危険
私が最も危険だと思っているのは、
急性期を名乗っているが急性期患者が少ない病院。
救急が少ない
手術が少ない
紹介患者が少ない
しかし急性期病床は維持している
こうした病院は全国にあります。
しかし今後、人材不足が進めば進むほど、
急性期コストだけを抱える構造 になり、経営は急速に悪化します。
令和8年度改定は、そのリスクをさらに浮き彫りにしました。
■ 本当に見るべき数字
──病床数ではなく「地域での役割」を示す指標へ
病院経営で見るべき数字も変わりつつあります。
従来の指標:
病床数
施設基準
病棟区分
これらはもちろん重要です。
しかし今後は、
救急受入件数
高齢者救急比率
紹介率
在宅復帰率
地域連携件数
地域包括ケア病棟の稼働
退院支援の実績
こうした数字のほうが重要になります。
なぜなら、
これらは“地域での役割”を示す数字だから。
今回の改定は、その流れを加速させました。
■本当に危険なのは「急性期病院」ではない
誤解していただきたくないのですが、
私は急性期医療が不要になると言いたいわけではありません。
むしろ逆です。
今後も地域には急性期医療が必要です。
・救急
・手術
・集中治療
・高齢者救急
これらを担う病院は、これからも重要な存在であり続けます。
しかし令和8年度改定で明らかになったのは、
すべての病院が急性期を続けられるわけではない
という現実です。
今回のDPC改定では、
DPC標準病院群が
・標準病院群1
・標準病院群2
に再編されました。
標準病院群1には、
救急搬送実績や全身麻酔手術件数など、
急性期病院A・Bに準じる実績が求められています。
つまり、
急性期を名乗るだけでは足りない。
実際に急性期医療を提供しているか。
そこが問われる時代になったのです。
■急性期卒業は敗北ではない
医療関係者と話していて感じるのは、
急性期をやめることに強い抵抗感を持つ病院が少なくないことです。
しかし私は、
急性期卒業は敗北ではないと思っています。
むしろ、
・地域包括医療病棟
・地域包括ケア病棟
・回復期リハビリテーション病棟
・在宅支援
・高齢者救急
こうした分野へ戦略的にシフトすることで、
地域での役割を強化している病院もあります。
重要なのは、
急性期かどうかではありません。
地域で必要とされているかです。
院長が今確認すべき3つの数字
私なら、まず次の3つを確認します。
① 救急搬送件数
本当に急性期病院として機能しているか。
② 全身麻酔手術件数
急性期医療の中核機能を維持できているか。
③ DPC係数
急性期機能が診療報酬上も評価されているか。
この3つが弱くなっているにもかかわらず、
急性期病床だけを維持している病院は危険です。
最後に
令和8年度診療報酬改定で失われたのは急性期医療ではありません。
失われたのは、
「急性期を名乗れば生き残れる」
という考え方です。
これから評価されるのは、
急性期病院かどうかではありません。
地域で必要な役割を担っているかどうかです。
急性期を続ける。
包括期へ移行する。
在宅支援を強化する。
答えは病院ごとに違います。
しかし一つだけ言えることがあります。
今回の改定は、
病院に対して「あなたは地域で何を担うのか」
という問いを突き付けた改定でした。
そして数年後に振り返ったとき、多くの病院が失ったのは急性期機能ではなく、「急性期であり続ければ安泰」という幻想だった。
そう語られるのかもしれません。
<参考>
院長向け:急性期卒業チェックリスト
──あなたの病院は「急性期を続けるべきか」「卒業すべきか」
以下の項目に 5つ以上当てはまる場合、急性期維持は“危険領域” に入っています。
■ 1. 救急・手術の“量”に関するチェック
□ 救急搬送件数が年間 1,500件未満
(中小急性期病院の安定ラインは 1,800〜2,500件)
□ 高齢者救急(65歳以上)が全体の70%を超える
→ これは全国平均65%より高く、急性期負荷が重いサイン。
□ 手術件数が年間 800件未満
(急性期維持の採算ラインは 1,000〜1,200件)
□ 夜間・休日の救急当番を“実質的に回せていない”
□ 救急医・麻酔科医の確保が不安定
■ 2. 人材に関するチェック
□ 看護師の有効求人倍率が地域で 3倍以上
(東京2.5倍、地方4〜6倍が一般的)
□ 看護師の離職率が 12%を超える
(急性期維持の限界ライン)
□ 医師1人の退職で病棟運営が揺らぐ
□ 医師の働き方改革(B・C指定の影響など)で夜勤シフトが難しい
□ 夜勤専従・救急専従の確保が困難
□ 看護補助者の採用がほぼできない
→ これらは 急性期の“人材前提”が崩れているサイン。
■ 3. 経営データに関するチェック
□ 病床稼働率が 85%未満
(急性期は 90〜95% が必要)
□ 人件費率が 65%を超える
(急性期維持の限界ライン)
□ 救急・手術の収益が横ばい or 減少
□ 7:1看護の維持が“制度上は可能だが実態は苦しい”
□ 医療機器更新(CT/MRI/内視鏡)に投資余力がない
→ 急性期は「稼働率×投資×人件費」の三点セットが必要。 どれか欠けると維持不能。
■ 4. 地域構造に関するチェック(地域別データ反映)
□ 地域の急性期病床が“過剰”と行政に指摘されている
(例:東京・神奈川・大阪の都市部)
□ 地域の手術件数が大病院に集中している
→ 中小病院の手術件数は 年5〜10%減少 が全国傾向。
□ 高齢化率が 30%を超える地域に位置している
(東北・九州・四国・北海道の多くが該当)
□ 地域包括ケア病棟の需要が急増している
□ 在宅医療・訪問看護の事業者が不足している
→ これらは 急性期より包括期・在宅の需要が伸びる地域 の特徴。
■ 5. 病院機能に関するチェック
□ 地域連携室が“紹介を受ける側”ではなく“紹介をお願いする側”になっている
□ 在宅復帰率が 70%未満
□ 地域包括ケア病棟の稼働が安定しない
□ 退院支援加算の算定率が低い
□ 地域のケアマネ・訪問看護との連携が弱い
→ これらは 急性期より包括期・在宅の役割が求められているサイン。
■ 6. 経営者の“感覚”に関するチェック(最重要)
□ 急性期を維持する理由が「ブランド」「プライド」になっている
□ 急性期をやめた後の病院像が描けていない
□ 医師から「もう急性期は厳しい」と言われている
□ 看護部長が疲弊している
□ 院長自身が“急性期の未来”に確信を持てなくなっている
→ この5項目は、実は最も正確な“急性期卒業のサイン”。
■ 判定:あなたの病院はどのタイプか?
● 0〜4項目:急性期継続可能(ただし投資必須)
→ 人材・設備・救急の三点セットを維持できるかが鍵。
● 5〜9項目:急性期縮小 or 部分撤退を検討すべき
→ 包括期・在宅へのシフトで生き残る可能性が高い。
● 10項目以上:急性期卒業を真剣に検討すべき段階
→ 維持コスト>収益 の構造が確実に進行している。
● 15項目以上:急性期を続けると病院が壊れる可能性が高い
→ 令和8年度改定は“卒業のタイミング”を示している。
■ 最後に──急性期をやめることは“敗北”ではない
急性期幻想が崩れた今、 急性期を続けること=正義 ではありません。
そして、 “急性期卒業”は病院の再生戦略になり得ます。
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定
「病院選別」シリーズ
第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
第9回 紙文化が病院を苦しめる──令和8年度改定が求める病院運営
第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
第18回 介護連携できない病院は選ばれなくなる──退院先を持つ病院の強さ
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由
病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む
第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
第21回 「利益が出ない病院」には共通点がある──私が事業再生で最初に見る数字
第22回 病院再生は「赤字になってから」では遅い──危険信号は数字に出ている
第23回「黒字なのに危ない病院」がある理由──キャッシュフローで見る病院経営
第24回決算書が読めない院長ほど病院は危ない──黒字でも潰れる理由
第25回 院長が知らない「管理会計」の威力──病院経営は部門別採算で変わる
第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
第27回 その経営会議、本当に必要ですか──数字を報告するだけの病院が変われない理由
第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点
第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件
