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【病院幹部のための令和8年度診療報酬改定「病院選別」シリーズ】第3回

第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界 

2026/6/23リライト

令和8年度診療報酬改定で、「物価対応料」の新設が大きな話題になっています。

電気代、給食材料費、医療材料費、人件費。 ここ2〜3年、病院経営を直撃してきたコスト上昇に対して、ようやく国が動き始めた。 そう受け止めている医療機関も多いと思います。

実際、最近お会いする院長先生や事務長も、

  • 「まずは一息つけるかもしれない」

  • 「ようやく現場の苦しさが認識された」

と話されることが増えました。

ただ、その一方で、現場を回っていると少し空気が変わってきているのも感じます。

以前は、

  • 「患者を増やせば何とかなる」

  • 「病床を埋めれば改善する」

という感覚がまだ残っていました。

でも最近は違う。

むしろ、

  • 「これ以上受けたら現場が持たない」

  • 「救急を断りたくないが、人が足りない」

  • 「稼働率を上げるほど職員が辞める」

そんな声のほうが多くなっています。

私は今回の改定、単なる“物価対策”ではなく、 病院経営そのものの限界が表面化し始めた改定なのではないか と感じています。

そして、この流れはおそらくまだ始まりに過ぎません。

あなたの病院は、この“静かな変化”に気づけているでしょうか。

看護師が来ない──都市部と地方で「落差」が広がっている

ここ最近、病院経営者と話していて一番よく出る言葉があります。

「本当に看護師が来ない」

これは本当に深刻です。

● 地方の実例

ある地方都市の200床規模病院では、 コロナ前に月10件以上あった直接応募が、最近は月2〜3件まで落ち込んだ。

しかも応募が来ても、

  • 「夜勤が多い」

  • 「急性期は大変そう」

という理由で辞退される。

● 都市部の実例

一方、首都圏では応募数はまだ確保できている病院もありますが、 夜勤専従の応募は5年前の半分以下になっている病院が多い。

紹介会社経由の採用単価は 1人あたり80〜120万円が当たり前になりつつある。

● 地域差が“格差”に変わりつつある

都市部は「応募はあるが定着しない」。 地方は「応募すら来ない」。

どちらも厳しい。

そして何より深刻なのは、 看護師がいないだけで病院機能が止まるという現実です。

高齢者救急が、病院を静かに疲弊させている

もうひとつ、現場で強く感じるのが高齢者救急の増加です。

救急車は来る。 ただ、その中身が変わってきています。

独居高齢者、老老介護、認知症、複数疾患。 そして「軽症ではないが高度急性期でもない」患者が確実に増えている。

こうした患者は、医療行為だけで完結しません。

入院が必要かどうかの判断に時間がかかり、 入院が決まれば、家族への説明や同意取得に時間を要し、 退院が見えれば、在宅や施設との調整が必要になり、 転院が必要な場合は、受け入れ先を探すために何度も電話をかける。

医療・介護・家族・地域の事情が複雑に絡み合い、1件あたりの負荷が非常に重い。

● 首都圏のデータ

首都圏の中規模病院では、 救急受入件数が2015年比で1.3〜1.5倍に増加。

しかし、救急医療の収益はほぼ横ばい。 むしろ赤字幅が広がっている病院もある。

● 地方のデータ

地方では、救急車の受入件数は増えていないものの、 「受けられる病院が減っている」ため、 1件あたりの負荷が重くなっている。

私は最近、「病床稼働率80%」という数字を見ても、 以前ほど安心感を持てなくなりました。

むしろ、

“その80%を、どれだけ疲弊しながら回しているか”

のほうが重要だと思っています。

“物価対応料”の経営インパクトはどれくらいか

物価対応料は必要な施策ですが、 経営改善の決定打になるかと言われると、かなり厳しいのが現実です。

● 仮に「1入院あたり+30〜50点」だとすると

(※実際の点数は最終告示で確定)

200床の一般病院で、 年間入院件数が約4,000件だとすると、

  • +30点 → 年間約1,200万円

  • +50点 → 年間約2,000万円

一見すると大きいように見えますが、 実際のコスト上昇はそれをはるかに上回っています。

● 直近のコスト上昇例

  • 電気代:前年比+1,500〜3,000万円

  • 医療材料費:前年比+3〜5%

  • 給食材料費:前年比+5〜10%

  • 人件費:看護師1人あたり年間+40〜80万円(地域差あり)

つまり、物価対応料は 「落ちたバケツの穴を少し塞ぐ程度」であり、 構造的な赤字を解消するほどのインパクトはありません。

今後、“全部やる病院”は厳しくなる

私は今回の改定で、国が本当に見ているのは 「役割の明確化」だと思っています。

急性期も、回復期も、救急も、在宅も、全部やる。 以前はそれでも成立しました。

でも今後は難しい。 人も資源も足りないからです。

最近、ある院長先生が言っていた言葉が印象に残っています。

「もう“できることを増やす経営”ではなく、“何をやめるかを決める経営”になった」

これは本当にそうだと思います。

「選択」した先にある“希望”とは何か

では、病院が役割を「選択」した結果、 どんな未来があり得るのか。

私は、次のような“持続可能な形”が見えてくると感じています。

● ① 救急に集中する病院

  • 高齢者救急の受け皿として地域からの信頼が高まる

  • 紹介率が安定し、医師採用にもプラス

  • 地域包括ケア病棟との連携で在院日数を適正化

● ② 回復期・地域包括に軸足を移す病院

  • 看護師の負荷が軽減し、定着率が改善

  • 在宅・介護との連携が強まり、地域での存在感が増す

  • 急性期よりも安定した収益構造を作りやすい

● ③ 在宅医療・訪問看護と一体化する病院

  • 病床依存から脱却し、人口減少時代でも生き残れる

  • 医師・看護師の働き方が柔軟になり、採用力が上がる

  • 地域包括ケアの中心的存在になれる

● ④ 病床を縮小しながら“強い外来”を作る病院

  • 固定費が下がり、経営の安定性が増す

  • 慢性疾患管理・かかりつけ機能で地域に不可欠な存在に

  • DXとの相性が良く、効率化が進む

どれが正解というわけではありません。 ただ、「全部やる」より「選ぶ」ほうが、病院は強くなる時代に入っています。

最後に

今回の物価対応料新設は、確かに重要なメッセージです。

ただ、それを「病院救済策」とだけ捉えると、少し危険かもしれません。

むしろ今回の改定は、

“限られた医療資源を、どこへ重点配分するか”

という流れが、さらに強くなっているように見えます。

そしてその中で、病院は選ばれていく。

  • 救急を担うのか

  • 地域包括を担うのか

  • 在宅を担うのか

  • あるいは縮小しながら持続可能性を探るのか

今後の病院経営は、 「拡大」より、「選択」の時代に入っていく。

私は今回の改定を見ながら、そんなことを強く感じています。

そしておそらく、 本当に苦しいのはこれからなのかもしれません。

ただし、 「選択」した先には、必ず持続可能な形がある。 それは、これまでの“総合力の時代”には見えなかった、 新しい病院の姿なのだと思います。

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病院幹部のための令和8年度診療報酬改定

「病院選別」シリーズ

第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
第9回 紙文化が病院を苦しめる──令和8年度改定が求める病院運営
第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
第18回 介護連携できない病院は選ばれなくなる──退院先を持つ病院の強さ
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由

病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む

第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
第21回 「利益が出ない病院」には共通点がある──私が事業再生で最初に見る数字
第22回 病院再生は「赤字になってから」では遅い──危険信号は数字に出ている
第23回「黒字なのに危ない病院」がある理由──キャッシュフローで見る病院経営 
第24回決算書が読めない院長ほど病院は危ない──黒字でも潰れる理由
第25回 院長が知らない「管理会計」の威力──病院経営は部門別採算で変わる
第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
第27回 その経営会議、本当に必要ですか──数字を報告するだけの病院が変われない理由
第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点
第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件


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