【病院幹部のための令和8年度診療報酬改定「病院選別」シリーズ】第19回
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由
病院は「患者を抱える場所」ではなくなった
令和8年度診療報酬改定を振り返ると、多くの病院経営者の関心は 賃上げ、医療DX、DPC、高齢者救急などに向いていました。
もちろん、それらは重要です。
しかし改定全体を読み込むほど、私は強い違和感を覚えました。
病院経営の前提そのものが変わっている。
以前の病院経営は「患者を病院で診る」ことが中心でした。
紹介患者を受ける
治療する
退院させる
この直線的な流れが病院の役割でした。
しかし今回の改定が示した方向性は明らかに違います。
「地域で患者を支える仕組みを持つ病院を評価する」
という方向へ舵が切られています。
最近、院長先生や事務長と話していても、
「病院の中だけ改善しても限界がある」
という声が増えています。
私は、この変化こそ今回の改定の本質だと感じています。
病院経営は「病院対病院」の競争ではなくなった
かつて病院の競争相手は近隣病院でした。
紹介率
病床稼働率
手術件数
救急搬送件数
こうした数字が競争力を決めていました。
しかし今は違います。
病院の競争力を左右するのは、
訪問診療医
訪問看護ステーション
介護施設
居宅介護支援事業所
地域包括支援センター
ケアマネジャー
つまり 地域ネットワーク です。
同じ300床でも、
地域とつながっている病院
→ 患者が流れる → 退院が早い → 救急が受けられる → 経営が安定する
地域とつながっていない病院
→ 病床は埋まる → しかし回らない → 救急を断る → 経営は改善しない
令和8年度改定は、この差をさらに拡大させました。
在宅医療は「診療科」ではなく「病院経営のインフラ」になった
「在宅医療」と聞くと訪問診療を思い浮かべる方が多いですが、 病院経営の視点ではもっと広い意味を持ちます。
在宅医療とは、
病院から地域へ患者を送り出す“出口機能”そのもの です。
この出口が強い病院は、
退院が早い
病床が回る
救急を受けられる
紹介患者も受けられる
結果として急性期機能まで維持できます。
逆に出口が弱い病院では、
退院が遅れる
病床が詰まる
救急を断る
紹介を断る
という悪循環が始まります。
私は多くの病院を見てきましたが、 今や病床数よりも 地域へ戻す力 のほうが経営に与える影響は大きいと感じています。
「退院支援」が病院の価値を決める時代
以前は「入院させること」が評価されました。
しかし今は違います。
適切なタイミングで地域へ戻すことが評価される。
令和8年度改定で、
地域包括医療病棟
入退院支援
介護連携
在宅医療
が一体で見直されたのは偶然ではありません。
国は、
病院単独ではなく、地域全体で患者を支える体制 を求めています。
だから退院支援は地域連携室だけの仕事ではありません。
医師、看護師、MSW、リハビリ、薬剤師、管理栄養士、事務部門、 そして地域の介護事業者。
すべてが一つのチームとして機能することが求められています。
これから病院経営で重要になる5つの数字
病床稼働率よりも、私は次の数字を見るべきだと思います。
① 在宅復帰率
② 退院調整日数
③ 救急応需率
④ 地域連携件数
⑤ 訪問診療・訪問看護との連携件数
これらは 地域との接続力 を示す数字です。
今後の病院経営では、この接続力が収益に直結します。
2040年には病院だけでは支えられない
2040年に向けて、
85歳以上人口は増える
医療従事者は不足する
介護人材も不足する
この流れは確実です。
つまり、
病院だけで患者を支えることは不可能になる。
だから国は診療報酬を通じて、 地域全体を一つの医療資源として機能させようとしています。
令和8年度改定は、その第一歩です。
院長・事務長が今やるべきこと
病院の中ではなく「病院の外」を整える
私ならまず、地域の連携先を棚卸しします。
連携している介護施設は何施設あるか
訪問看護との定期会議はあるか
ケアマネとの顔が見える関係はあるか
地域包括支援センターとの情報共有はあるか
急性期・回復期との役割分担は明確か
これらは一朝一夕では作れません。
だからこそ、今から取り組む病院ほど有利になります。
最後に──これから評価されるのは「地域を動かせる病院」
令和8年度改定は、在宅医療だけを評価した改定ではありません。
介護連携だけを評価した改定でもありません。
私が感じているのは、
「地域を動かせる病院を評価する改定」
だったということです。
病院経営の競争相手は、もう近隣病院だけではありません。
地域全体を巻き込み、 患者が安心して生活へ戻れる仕組みを作れるか。
そこが競争力になります。
数年後に振り返ったとき、地域で存在感を示していた病院は、 病床数が多い病院ではなく、
地域の医療・介護・在宅をつなぐ“ハブ”になっていた病院 だったのかもしれません。
令和8年度改定は、その未来を静かに示した改定だったように思います。
【参考】
地域連携室のKPI(重要経営指標)設計
「地域連携室のKPI設計」は、令和8年度改定後の病院経営において“最も遅れているが、最も効果が出る領域”です。
多くの病院で地域連携室は 「紹介をお願いする部署」 から 「地域を動かす中核」 に役割が変わっています。
そのため、KPIも従来の
紹介患者数
逆紹介患者数
だけでは不十分です。
令和8年度改定の文脈(高齢者救急・地域包括医療病棟・在宅連携・入退院支援)を踏まえた “新しいKPI体系” を提示します。
令和8年度改定後の「地域を動かす病院」のための実務
① 地域連携室のKPIは“3階建て”で設計する
地域連携室のKPIは、次の3階層で設計すると機能します。
■【第1階層】病院全体の経営KPI(最上位KPI)
地域連携室のKPIは、病院経営の成果と直結していなければ意味がありません。
● 病院全体の最上位KPI
救急応需率
病床回転率
在宅復帰率
地域包括医療病棟の稼働率
紹介率(地域シェア)
地域連携室のKPIは、必ずこの“病院全体の成果”に紐づけます。
■【第2階層】地域連携室の成果KPI(アウトカムKPI)
ここが最も重要です。
● 地域連携室の成果KPI
紹介患者数(紹介元別)
逆紹介率
退院調整日数(中央値)
退院支援加算の算定率
退院先別割合(在宅・施設・家族)
地域包括医療病棟への転棟率
訪問看護・訪問診療への接続件数
ケアマネ・施設との連携件数
これらは 「地域との接続力」 を示す指標です。
特に「逆紹介率」の質の変化(ただ返すだけでなく、ケアマネへの情報提供の質など)は重要です。
令和8年度改定は、まさにこの接続力を評価しています。
■【第3階層】地域連携室の行動KPI(プロセスKPI)
成果を出すための“行動量”を測る指標です。
● 行動KPI
紹介元訪問件数(医科・歯科・施設・ケアマネ)
地域ケア会議・退院支援会議の参加件数
施設・ケアマネへの情報提供書送付件数
退院前カンファレンス参加率
地域包括支援センターとの連携件数
地域包括医療病棟との連携ミーティング回数
行動KPIが増えると、成果KPIが伸びます。
② KPIは「紹介」だけでは不十分
令和8年度改定で最重要になったのは“出口KPI”
従来の地域連携室は 入口(紹介) に偏っていました。
しかし令和8年度改定は、
高齢者救急
地域包括医療病棟
入退院支援
在宅医療
介護連携
すべてが 出口(退院) を重視しています。
そのため、出口KPIを必ず入れます。
■ 出口KPI(最重要)
● 退院調整日数(中央値)
→ これが短い病院は、救急も紹介も増える。
● 在宅復帰率
→ 病院の“地域完結力”を示す。
● 退院先別割合(在宅・施設・家族)
→ 地域の受け皿との接続力。
● 訪問看護・訪問診療への接続件数
→ 在宅医療との連携力。
● 地域包括医療病棟への転棟率
→ 高齢者救急の受け皿としての機能。
③ KPIは「地域別」に分けると一気に精度が上がる
地域連携室のKPIは、地域別に分けると改善ポイントが明確になります。
● 地域別KPI例
A市:紹介患者数 120件、逆紹介率 35%
B市:紹介患者数 40件、逆紹介率 12%
C町:紹介患者数 5件、逆紹介率 0%
これを見るだけで、
どの地域に営業すべきか
どの地域が伸びているか
どの地域が弱いか
が一目で分かります。
④ KPIは「紹介元別」に分けると改善が加速する
紹介元は“病院”だけではありません。
● 紹介元の分類
医科クリニック
歯科クリニック
介護施設
ケアマネジャー
訪問看護
地域包括支援センター
令和8年度改定後は、 医科よりも介護・在宅の紹介が増える のが全国的な傾向です。
そのため、紹介元別KPIは必須です。
⑤ KPIは「病棟別」にも分けると病院全体が動く
地域連携室のKPIは、病棟別に分けると病院全体が動きます。
● 病棟別KPI例
急性期病棟:紹介患者数、救急応需率
地域包括医療病棟:転棟率、在宅復帰率
地域包括ケア病棟:退院調整日数、施設連携件数
回復期リハ病棟:在宅復帰率、ケアマネ連携件数
病棟別にKPIを出すと、 「どの病棟が地域とつながっているか」 が明確になります。
⑥ KPIは「週次・月次・四半期」で運用する
地域連携室のKPIは、次の3つの時間軸で運用すると機能します。
● 週次
行動KPI(訪問件数・連携件数)
退院調整の進捗
● 月次
紹介患者数
退院調整日数
在宅復帰率
● 四半期
地域別・紹介元別の傾向
病棟別の連携状況
地域包括医療病棟の稼働
⑦ 地域連携室のKPIは「病院の未来」を決める
地域連携室のKPIは、単なる数字ではありません。
救急を受けられるか
病床が回るか
地域包括医療病棟が稼働するか
在宅へ戻せるか
地域で必要とされるか
すべてが地域連携室のKPIに直結します。
令和8年度改定は、 「地域を動かせる病院」を評価する改定 です。
その中心にいるのが地域連携室です。
まとめ:地域連携室のKPI“完全版”
■【最上位KPI】病院全体
救急応需率
病床回転率
在宅復帰率
地域包括医療病棟の稼働率
紹介率(地域シェア)
■【成果KPI】地域連携室
紹介患者数
逆紹介率
退院調整日数
退院先別割合
訪問看護・訪問診療への接続件数
地域包括医療病棟への転棟率
地域連携件数
■【行動KPI】地域連携室
紹介元訪問件数
ケアマネ・施設との連携件数
退院前カンファ参加率
地域包括支援センターとの連携件数
地域ケア会議参加件数
医療・介護の経営支援やM&A支援について発信しています。 フォローいただけると新着記事が届きます。
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定
「病院選別」シリーズ
第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
第9回 紙文化が病院を苦しめる──令和8年度改定が求める病院運営
第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
第18回 介護連携できない病院は選ばれなくなる──退院先を持つ病院の強さ
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由
病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む
第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
第21回 「利益が出ない病院」には共通点がある──私が事業再生で最初に見る数字
第22回 病院再生は「赤字になってから」では遅い──危険信号は数字に出ている
第23回「黒字なのに危ない病院」がある理由──キャッシュフローで見る病院経営
第24回決算書が読めない院長ほど病院は危ない──黒字でも潰れる理由
第25回 院長が知らない「管理会計」の威力──病院経営は部門別採算で変わる
第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
第27回 その経営会議、本当に必要ですか──数字を報告するだけの病院が変われない理由
第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点
第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件
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