【病院幹部のための診療報酬改定完全解説】病院経営の未来を読む 最終回(第30回)
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件
30回書いて、私自身の問題意識が変わりました
令和8年度診療報酬改定をきっかけに、この連載を書き始めました。
第1回では、
「勝ち組病院」と「淘汰される病院」の違い
について触れました。
その後、
初診料・再診料 物価対応 賃上げ 地域包括医療病棟 医療DX 看護師不足 AI活用 高齢者救急 地域包括ケア病棟 DPC 2040年問題
さまざまなテーマを取り上げてきました。
当初は、令和8年度診療報酬改定を「病院経営者の視点」で読み解く連載にするつもりでした。
しかし、30回近く書き続ける中で、私自身の問題意識が変わっていきました。
病院経営を苦しくしているのは、本当に診療報酬改定だけなのか。 もちろん、改定の影響は大きいです。
人件費は上がり、材料費も上がり、建築費も医療機器も高騰しています。 一方で、病院は自由に価格を決められません。
この構造が厳しいことは間違いありません。
ただ、それだけでは説明できない病院間格差があります。
同じ地域。 同じ病床規模。 同じ診療報酬制度。
それでも、
利益が出る病院と出ない病院がある。
人が集まる病院と辞めていく病院がある。
救急を受けられる病院と断る病院がある。
投資できる病院と設備更新すら難しい病院がある。
なぜでしょうか。
30回書いて、私はこう考えるようになりました。
病院経営の本当の問題は、変化した環境に「経営の仕組み」が追いついていないことではないか。
今回の最終回では、制度の説明はしません。
30回の連載を通じて見えてきた、これから生き残る病院の条件について書きたいと思います。
診療報酬改定だけを追いかけても、病院は強くなりません
少し厳しい言い方になります。
診療報酬改定に詳しいことと、病院経営が強いことは別です。
もちろん制度理解は必要です。 しかし、それだけで病院は再生しません。
新しい加算を取る。 年間数千万円の増収になる。
これは重要です。
ただその一方で、
赤字診療科を放置している。
病床が回っていない。
退院が詰まっている。
採用費が膨らんでいる。
高額医療機器の投資判断が曖昧。
予算管理がない。
経営会議で何も決まらない。
こうした状態では、加算で増えた収益は別の場所から漏れていきます。
私はこれまでM&Aや事業再生に関わる中で、何度も似た場面を見てきました。
売上はある。 顧客もいる。 技術もある。
それでも会社が苦しい。
原因は売上不足ではありません。
経営の構造が崩れているからです。
病院も同じだと感じています。
生き残る病院の第一条件:自院の役割を決めている
この連載で何度も触れてきたテーマがあります。
急性期 高齢者救急 地域包括ケア 回復期リハ 在宅 DPC
一見すると別々の話ですが、根底には一つの問いがあります。
「あなたの病院は、地域で何を担うのか」
急性期を担うなら救急・手術・人材が必要です。 高齢者救急なら退院支援や介護連携が必要です。 回復期なら改善実績と在宅復帰が問われます。 在宅を支えるなら地域との接続が必要です。
今後、最も危険なのは小規模病院ではありません。
危険なのは、役割が曖昧な病院です。
急性期も少し。 回復期も少し。 救急も少し。 在宅も少し。
何でもやる。
一見すると地域密着型に見えますが、人材不足の時代にすべてを維持するのは難しいです。
令和8年度改定を見ても、国が求めているのは「病床維持」ではなく、
実際に機能しているか。地域で役割を果たしているか。
ここへの視線が強まっています。
だから第一条件は、
何をやるかより、何をやめるかを決めることです。
第二条件:数字を報告ではなく判断に使う
第20回以降、連載は制度解説から経営実務へ大きく舵を切りました。
利益構造 事業再生 キャッシュフロー 管理会計 予算 経営会議 意思決定
なぜこのテーマを書いたのか。理由は単純です。
病院には数字があるのに、経営に使われていないケースが多いからです。
月次試算表はある。 病床稼働率もある。 患者数もある。 人件費率もある。
しかし、「だから何を変えるのか」につながっていない。
数字が報告で終わっています。
管理会計の価値は、精密な資料を作ることではありません。
経営者が決められる状態をつくることです。
どの診療科が利益を生むのか。 どの病棟が資金を支えるのか。 どこに人を置くべきか。 どの投資を止めるべきか。 何月に資金が厳しくなるか。
数字は未来を当てるためではなく、次の行動を決めるためにあります。
第三条件:赤字になる前に動く
事業再生の現場で何度も感じたことがあります。
「もっと早ければ、別の選択肢があった」
資金が尽きてから。 銀行から指摘されてから。 医師が辞めてから。 看護師が大量退職してから。 病床を閉じてから。
そこで初めて相談が来る。
しかし、その段階では選択肢が減っています。
採用できない。 投資できない。 金融機関と対等に話せない。 職員が不安になる。
だから私は、まだ危機ではない病院ほど再生しやすいと考えています。
再生とは、赤字を黒字に戻すことではありません。
選択肢を取り戻すことです。
第四条件:病院の外とつながっている
今回の改定を読み解く中で、強く感じたことがあります。
病院完結型医療は限界を迎えています。
高齢者救急 介護連携 退院支援 在宅 訪問看護 地域包括ケア
これらは別々のテーマではありません。
今回の改定で示された回復期の役割分担(地域包括医療病棟、地域包括ケア病棟、回復期リハ病棟)やDX推進だけでも難しい判断が必要です。
患者は病院の中だけで生きているわけではありません。
病院経営は長い間、院内の数字を中心に考えてきました。
しかしこれからは違います。
どこから患者が来るか。 どこへ退院するか。 地域の診療所とどうつながるか。 介護事業者とどう連携するか。 在宅へどう戻すか。
この「外との接続」が病院の価値になります。
病床を持っているだけでは強くありません。
患者の流れを持っている病院が強いのです。
第五条件:決めることができる
第28回で、
「病院経営で最も高いコストは、決めない時間かもしれない」
と書きました。
30回を締めくくる今、改めてこの問題は重要だと感じています。
病院は複雑な組織です。
医師 看護部 コメディカル 事務部門 医局 理事会 行政 地域
多くの関係者がいます。
だから意思決定が遅くなりやすいです。
しかし環境変化は待ってくれません。
患者構成は変わり、人材は減り、賃金は上がり、建築費も医療機器も高騰し、制度も変わります。
その中で、
「もう少し様子を見よう」
を続けることが最も危険です。
完璧な情報が揃うことはありません。 全員が賛成することもありません。
それでも、
期限を決める。 責任者を決める。 判断基準を決める。 そして選ぶ。
これからの病院経営では、
正しい答えを知っていることより、必要な時に決められること
の方が重要になると感じています。
30回書いて見えた「危ない病院」の共通点
生き残る条件を書いてきましたが、逆に危ない病院には共通点があります。
前年踏襲を続ける。
赤字になってから動く。
全部やろうとする。
数字を報告で終える。
誰も最後に決めない。
この五つが重なる病院は注意が必要です。
なぜなら、問題が起きた時に、変わる力が弱いからです。
病院間格差を生む最大の要因は規模ではありません。
大学病院だから安全。 大病院だから安全。 黒字だから安全。
そうは言い切れません。
環境が変わった時に、自分たちも変われるか。
そこが問われます。
私自身、なぜこの連載を書いたのか
私はこれまで、ヘルスケア業界で仕事をしながら、M&A、事業再生、管理会計に関わってきました。
医療の専門家は本当に多いです。 しかし、経営全体を横断して見る人は驚くほど少ないと感じています。
診療報酬だけでもない。 財務だけでもない。 M&Aだけでもない。 コスト削減だけでもない。
病院全体を一つの事業として見る。
どこで稼ぐのか。 どこで資金が減るのか。 どこに人を置くのか。 何を伸ばすのか。 何をやめるのか。 そして次の五年をどう描くのか。
この連載を書きながら、私はその思いをさらに強くしました。
最後に──「まだ大丈夫」と思える今こそ、経営を見直す時かもしれません
30回にわたり、令和8年度診療報酬改定と病院経営について書いてきました。最後に、どうしても伝えたいことがあります。
病院経営に万能な正解はありません。
同じ100床でも違います。 同じ急性期でも違います。 同じ地域包括ケア病棟でも違います。 都市部と地方でも違います。 医師体制も違います。 財務状況も違います。
だから私は、数字を見ずに経営改善を語ることはできません。
決算書。 資金繰り。 病棟別収支。 診療科別採算。 患者の流れ。 人員配置。 地域需要。
それらを見て初めて、
何を変えるべきか。 何を守るべきか。 何をやめるべきか。
が見えてきます。
もしこの連載を読んで、
「自院にも当てはまる」
「まだ危機ではないが、このままでいいとも思えない」
「数字はあるのに、次の一手が決まらない」
そんな感覚があれば、その違和感は大切にした方がいいと思います。
(例えばまず直近3年分のキャッシュフロー推移を眺めてみるなど)
経営危機は突然始まるわけではありません。
最初は小さな違和感です。
稼働率が少し落ちる。 紹介が少し減る。 採用が少し難しくなる。 現金が少しずつ減る。 会議で同じ話が続く。
そして数年後、「あの時、動いていれば」となります。
私は事業再生の現場で、その言葉を何度も聞いてきました。
だからこそ、選択肢が残っているうちに考える。
それが重要だと思います。
院内だけで答えを出そうとしなくてもいい。
一度、利害関係のない立場から数字を見てもらう。
経営全体を棚卸しする。
次の五年を考える。
それも立派な経営判断です。
病院再生は、赤字になってから始めるものではありません。
M&Aも、追い込まれてから考えるものではありません。
経営改革も、資金が尽きてからでは遅いです。
選択肢が残っているうちに、次の一手を考える。
30回書き続けて、最後にたどり着いた結論は、とてもシンプルです。
生き残る病院とは、最も大きな病院ではありません。 最も多くの加算を取る病院でもありません。
環境の変化を早く読み、自院の数字を直視し、必要な時に変わる決断ができる病院です。
令和8年度診療報酬改定は、病院経営の答えを示した改定ではありませんでした。
むしろ、「あなたの病院は、これから何者として生き残るのか」
その問いを突きつけた改定だったのではないでしょうか。
この30回の連載が、どこかの病院で経営を見直す小さなきっかけになれば、これ以上うれしいことはありません。
そしてもし今、「まだ大丈夫だと思う。でも、少し気になる」
そんな感覚があるなら。
私は、その違和感こそが、経営を見直す最初のサインだと思っています。
医療・介護の経営支援やM&A支援について発信しています。 フォローいただけると新着記事が届きます。
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定
「病院選別」シリーズ
第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
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第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
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第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由
病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む
第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
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第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
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第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件
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