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【連載小説】 「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです (第1話)


【あらすじ】

幼稚園で働く三十歳の柚木春琉ゆずきはるは、交際していた彼と突然音信不通になり、失意の日々を送っていた。
何をするにも考え過ぎて一歩前に進めない。人付き合いも苦手、仕事にも自信が持てない自分に嫌気がさしていたある日、春琉の前に不思議な木箱が現れる。

壊れた物を入れ、香川県小豆島のどこかに出現するという「コワレモノ預かりカウンター」に持っていけば、それにまつわる「縁」までも直してくれるという。
春琉は彼からもらったリスの置物を木箱に入れ、島へ向かうフェリーに一人、乗り込んだ…。

船上で出会った天真爛漫な女性、風未かざみと共に、瀬戸内海に浮かぶ美しい小豆島の自然の中を巡る、小さな旅の物語。

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フェリーって、思ったより岸から離れるの速いんだ。

自動車用のスロープがゆっくりと上がり、あまり間を置かずに船が動き出すのを眺めていてそう思った。
船と言えば、湖の小さな遊覧船や、遊園地のボートに乗ったことくらいしかない。大きい船はもっと動作がゆっくりしているとばかり思っていた。
朝日に照らされたデッキから少し身を乗り出して船の側面を覗き込むと、白く細かく砕ける波頭が見える。昔、おばあちゃん家の電話台に敷かれていたレース編みを思い出した。

「あ!クラゲ!!」

近くにいた家族連れの小さな女の子が叫び、私もそちらに目をやった。長い足をくねらせたクラゲが水面の少し下を漂っている。三月でもいるんだと驚いた。
フェリーが起こす波にぐわんぐわん翻弄されているように見え、ごめんよー、と心の中で呟いた。

何にも考えない、頭を空っぽにすることが苦手だ。
だから寝る時も、適当なラジオや遠くの島の波の音、雨がトタン屋根に当たる音などのヒーリング音をイヤホンで聴くことが多い。
無音だと余計なことが頭の中を巡り、これと言った大きな問題がない時でも不安になってしまうからだ。

フェリーが海を掻き分けて進むホンモノの水音に囲まれていると、録音されたものと身体全体で感じているのとではだいぶ違うな、と当たり前だけど実感できた。

姫路港が遠ざかってきた頃、小さな赤い灯台の横を通った。実際に使われている灯台を間近に見るのは初めてだったので、通り過ぎるまで見つめていた。

フェリーはお腹の底に響くような太いエンジン音を響かせながら、瀬戸内海の小さな島々の間を滑るように走っていく。さっきまでデッキに数組いた親子連れも、春先の冷たい海風に早々に船内に引き上げてしまった。
私も少ししたら戻ろうと思っていたけれど、コートを着込んでマフラーに顔を埋め、デッキのベンチに座っていたら、朝日が全身にあたり思ったよりも寒くなくなってきた。

通り過ぎる小島は砕石場らしく大きく削られ、クリーム色の岩肌が剥き出しになっている。沖に出ると潮の匂いはしなくなるということを、このとき初めて知った。

しばらく前、お付き合いしてる人はいるの?と母親に電話で聞かれた。


「あ、まあ…」

《あら!いるんならいつでも連れてきなさいよね。どんな人なの?歳は?》


「え…普通の人だよ。同じくらいかな」


《そうなの。仕事は?結婚の話とかは出てるの?》

「まあ…そのうちね」

そんな曖昧な返事しかできないのには理由があったのだけれど、母親はまあまあ勘のいいタイプだから、それ以上無理に聞き出そうとしてくることはなかった。


新卒で幼稚園教諭になってもう十年近く経つ。子供が好きだから就いた職業だったけれど、すぐに自分には向いていないかも…と思った。
私はよく言えば丁寧、悪く言えば考えすぎて行動が遅いタイプだ。運動神経も最悪。
評判の良い先生たちは皆、ハキハキ、テキパキとして判断力もあり、細かいことを気にし過ぎないタイプだった。
私は心配性過ぎて、クラスの子供たちが揃っているか何度も数えたりしてどうにも要領が悪く、勤続年数の関係で主任はしているが、後輩にも追い越されているような気がしていた。

同期は次々に結婚や転職で辞めていったけれど十年近くも続けられているのは、気に掛けている子たちが卒園するまでは…という思いがあったからだった。
…というのも本当だけれど「辞めます」という勇気が無かったからなのかもしれない。

かなり慎重で何事にもすぐには踏み出せないタイプの私が、小さな箱を大事に抱え、ほとんど衝動的に新幹線に飛び乗って兵庫県の姫路まで来てホテルに泊まって、朝7時15分発香川県小豆島行のフェリーに乗っていると知ったら、母親はどう思うのだろう。
この子いよいよやばいのかも…と心配して、一人暮らしのアパートに押しかけてくるかもしれない。

ふと思い立って歩いて行き、船の後方に立つ鮮やかなオレンジ色の塔のようなものを見上げる。下の方の太い部分には小豆島の名産品であるオリーブの絵が大きく描かれていた。
青い空にあまりにもくっきり浮かんでいるので、思わずスマホを向けて写真を撮った。

デッキは客室へ降りる階段を中心に左右に分かれていて、乗船客が入れるのはその周り、船の前方を除くコの字型の部分だけだった。
私が座っていたのは朝日の当たる左舷の方だったが、反対側の方の景色も気になって行ってみることにした。

「あ…」

デッキには私一人だと思っていたが、女性が一人、柵にもたれて景色を眺めていた。私は不意を突かれてビクッとした。

すらりと背が高くスタイルが良い。セミロングの髪が潮風になびいていて、薄手のパーカー一枚で寒くないのかな、と思った。
私は従来の人見知りが発動し、彼女を認識したと同時に踵を返し、もとのベンチに戻った。

広いデッキで一人を楽しみたかったのに…という、自分勝手な感情が一瞬湧き上がったが、再び目の前の海を眺めているとそれも気にならなくなった。


「あ、そうだ」

ふと思い出し、カバンからさっき船内の自販機で買ったコーンスープの缶を取り出す。ハンドタオルで包んでいたから、まだ温かさがほんのり残っていた。
プルタブを起こし、口を付けたときだった。


「あっち側、陽が当たんなくて寒くて…ここ、座ってもいいですか?」

「うっ!?」


さっきの女性がいつの間にかこちらに来ていて、後ろからいきなり話しかけてきた。私は驚いて、飲みかけていたコーンスープをこぼしそうになった。

「うわぁ、ごめんなさいっ!!大丈夫だった?」

「いえ…あっ、はい、だいじょぶです」

「良かったー。ほんとにごめんなさい!…ねえそれコーンスープ?美味しそう!どこで買ったの?」

「え、あの、えっと、船内の自販機で…」

「じゃあ私も買ってこようっと。すみません、荷物、ここ置いてっていいですか?」

「えっ?あ…はい」

「ありがとう!」

女性はトートバッグをベンチにドサっと置くと、スマホだけ持って中央にある分厚くて重い鉄の扉を「よいしょーっ」と言いながら開け、船内に降りて行った。

昔から強引な人に弱いんだよな…でもさすがに、見ず知らずの人からいきなりバッグを預けられるなんて初めてだった。けどもし私が悪い人だったら、あの人どうするんだろう。


私はコーンスープを飲みながら、女性が戻ってきたら何を話そう…と、少し気が重くなった。旅の目的を聞かれたら観光って答えるつもりだけど、でもその割には下調べしてなさ過ぎて、不自然に思われるかもしれない。

人と話すのが嫌なわけじゃない。だけど沈黙が怖くて声がうわずり、変なことを口走るのが怖かった。
その結果、薄い会話しかできなくて、心から気を許せる友達はなかなか出来なかった。

トートバッグは中身がこぼれ落ちそうになっていて、まっすぐに立て直してあげようかな、と思った時だった。

「えっ?!これ……」


トートの中から少しだけのぞいていた物を見て、私は息が止まるほど驚いた。



第2話に続く)

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