11月京都の紅葉と特別公開「京都古文化保存協会/アフロ仏見仏」の旅◆上京⑩伏見山科⑪中京⑭下京⑥丹波⑪丹後⑲
本記事では、秋の京都・滋賀・福井を巡る壮大な旅行記を紹介します。今回の旅の核となるのは「京都浄土宗寺院特別大公開」。通常は非公開とされる寺院の扉が開かれ、話題の「アフロ仏」や貴重な秘仏と対面する稀有な機会が記録されています。旅の舞台は京都市内にとどまらず、28年ぶりの御開帳に沸く滋賀、歴史と食の宝庫である若狭小浜、そして足利尊氏や聖徳太子ゆかりの地が点在する丹後エリアへと広がります。美しい紅葉や地元グルメの写真をふんだんに使い、現地の空気を鮮明に伝える構成は必見。歴史の深層に触れつつ、旅先での一期一会を楽しむ筆者の視点は、次の旅行先を探す読者にとって極上のガイドとなるでしょう。(と、AIが申しています。)
この旅行記の神社仏閣は写真中心です。神社仏閣の詳細はもうひとつのNOTEを参照ください。
10月の京都旅は「10月京都は通常非公開「京都浄土宗寺院特別大公開」2時間限定などあるので注意◆京都伏見山科⑩東山⑰西京⑨◆|やんまあ@旅行記」です。
本NOTEに掲載の神社仏閣の詳細は別NOTE参照になりますが、2026年8月以降に公開のものもあります。
▼ルート&見どころ
▽2025年11月03日(月):京都上京区
#地蔵院(椿寺):アフロ仏を持つ寺

正月でも御開帳されます。この日は前を通っただけです。詳細は『★秘仏公開★レアなアフロ仏「地蔵院(椿寺)」京の冬の旅2025』です
#大将軍八神社 :特別公開!圧巻の神像88体








私のNOTEは次の通りですが、そのうち出しなおします。(【京都】大将軍八神社|やんまあ)
▽2025年11月06日(木):京都伏見区
#羽束師坐高御産日神社 :
伏見の街なかに静かに佇む古社で、『延喜式』にも名を連ねる由緒をもつ。鳥居をくぐると空気が澄み、住宅地の喧騒がすっと遠のく。高御産巣日神を祀り、地域の暮らしとともに信仰が続いてきた場所だ。境内はこぢんまりとしているが、社殿や石碑の配置に落ち着きがあり、ゆっくり歩くと歴史の気配が漂う。特に朝は光がやわらかく、参拝客も少なくて静か。旅の途中で一息つきたいとき、ほどよい余白をくれる神社である。







本殿裏にも回りましょう!!


詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。(菅原道真も立ち寄った造化三神「羽束師坐高御産日神社」【京都伏見シリーズ/京都伏見・山科シリーズ】)
▽2025年11月08日(土):京都上京区!通常非公開!アフロ仏!!
#大光寺 :京都府京都市伏見区伯耆町1−1「アフロ仏公開!!」
伏見の路地裏にある大光寺は、静かな寺院ながら「アフロ仏」と呼ばれる一風変わった仏さまで知られる。丸い螺髪が大きく盛り上がり、思わず見入ってしまう存在感だ。境内はこぢんまりとして落ち着き、参拝客も多くないためゆっくり拝観できる。柔らかな光が差し込む本堂でアフロ仏と向き合うと、ユーモラスさの奥に穏やかな慈しみを感じる。観光で賑わう伏見の中心から少し離れた場所にあり、散歩がてら立ち寄るのにちょうど良い。旅に小さな驚きと微笑みを添えてくれる寺院である。











伏見の路地に佇む大光寺は、ユーモラスな姿で知られる“アフロ仏”に加え、地域に親しまれてきた「耳まつり」でも有名だ。耳の病や聞こえの悩みにご利益があるとされ、参拝者は本堂前に並ぶ耳形の絵馬に願いを書き残す。祭りの日には境内が静かににぎわい、地元の人々が順に手を合わせる光景が続く。こぢんまりとした寺院ながら温かい雰囲気があり、アフロ仏の柔らかな表情とともに心をほぐしてくれる。伏見散策の途中で立ち寄ると、旅にそっと寄り添うような癒しを与えてくれる場所である。

詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。(アフロ仏がいるやん「大光寺」今は無き皇族・華頂宮家の旧御殿【京都伏見シリーズ/京都伏見・山科シリーズ】)
#きらく :京都府京都市伏見区納屋町113
伏見の納屋町商店街にある「きらく」は、地元の人がふらっと立ち寄る気取らない食堂。名物は揚げたての唐揚げで、衣はサクッと軽く、中は驚くほどジューシー。定食はボリュームがありつつ値段も手頃で、旅の合間にしっかりお腹を満たしてくれる。商店街の散策と合わせて訪れると、伏見の町の日常がより近く感じられる。観光の華やかさとは違う「生活の味」を楽しめる一軒である。






#源空寺 :京都府京都市伏見区瀬戸物町720
伏見の酒蔵エリアから少し外れた静かな一角に建つ源空寺は、町の喧騒を忘れさせてくれる落ち着いた寺院。親鸞聖人ゆかりの地として知られ、本堂には素朴ながら温かみのある雰囲気が漂う。境内には手入れの行き届いた庭があり、季節ごとに表情を変える草木が迎えてくれる。観光寺院のような派手さはないが、そのぶん自分のペースでゆっくり歩けるのが魅力。伏見散策の途中に立ち寄ると、心がすっと整うような静けさを味わえる。歴史の名残と生活の気配が共存する、伏見らしい寺である。

山門は二層からなり、伏見城から移築された遺構と言われており、門の両脇には徳川家光により移された朝日大黒天像と六躰地蔵尊、愛染明王が安置されている。






詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。(伏見城遺構?法然の名前をGET「源空寺」法然上人二十五霊場の第15番札所【京都伏見シリーズ/京都伏見・山科シリーズ】)
1195年:
忍空は、宇治市木幡に草庵を創建
寺名を天台宗光堂寺と称した
法然は奈良・大仏殿再建落慶供養の帰途に、草庵に立ち寄る
1605年(慶長10年):
浄土宗僧 超譽了清上人(ちょうよ りょうせいしょうにん) によって創建
法然上人がかつて滞在した地跡を選び、念仏道場として再興したのが源空寺の始まりと伝わります
上人の諱「源空」を取って寺号とし、法然の遺徳を偲ぶ場とされました
創建の背景:
法然上人は晩年、京都の東山黒谷を中心に教線を広げましたが、伏見にも滞在し、念仏の教えを説いたといる
その旧跡に堂宇を建立した源空寺は、伏見の町衆にとって「法然上人御旧跡」として特別な信仰の対象となった
創建当初より、浄土宗鎮西派の教義に基づく念仏修行が行われたと伝えられている
江戸時代(時期不詳):
江戸期には、伏見の浄土宗寺院の中でもとりわけ格式を有する寺として栄えた
周辺の町屋や商家の檀那寺として地域信仰の中心的存在となり、「伏見の源空寺」として知られた
寺宝の中には法然上人にまつわる古文書や念持仏を伝えるとされ、上人の法脈を継ぐ寺として尊崇された
1868年(慶応4年):
鳥羽・伏見の戦いの戦火により、堂宇が焼失
本堂・庫裏・什宝の多くが失われましたが、檀家や信徒の尽力により、のちに法灯が再興された
戦乱の記憶を今に伝える寺としても知られている
明治時代(時期不詳):
焼失した伽藍を再建
旧来の念仏信仰を守りつつ、近代伏見の復興とともに地域の信仰の中心として再び活気を取り戻した
再建時には、法然上人を顕彰する旧跡碑が境内に建立され、伏見における上人の足跡を後世に伝えることとなる
#伏見別院 (#真宗大谷派伏見別院):京都府京都市伏見区大阪町609
京都市伏見区大阪町にある真宗大谷派伏見別院は、真宗大谷派(東本願寺)の京都南部における拠点寺院として創建されました。
江戸初期における真宗の再興期を象徴する寺院であり、近世伏見の宗教的・文化的発展とともに歩んできた別院です。
ってこれだけ・・・。駐車場やん・・。


詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#本教寺 :京都府京都市伏見区東大手町778
伏見城ゆかりの地にほど近い本教寺は、町なかにひっそり佇む静かな寺院。浄土宗西山禅林寺派に属し、たび重なる移転を経て現在地に落ち着いた歴史をもつ。本堂は素朴で温かく、境内には手入れの行き届いた植物が季節の彩りを添える。華やかな観光寺院とは異なり、訪れる人も多くないため、ゆったりと参拝できるのが魅力。伏見散策の途中に立ち寄ると、街の喧騒からふっと距離が生まれ、旅のリズムが整う。歴史の余韻と日常の静けさが共存する、伏見らしい落ち着いた寺である。





詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
▽2024年11月09日(日):滋賀です
滋賀に28年ぶり1日限定の秘仏公開へ!詳細は次の旅行記を参照。(滋賀県高島市の28年ぶりに1日限定の御開帳と継体天皇所縁の神社巡り◆滋賀湖西⑮◆|やんまあ@旅行記)
▽2025年11月15日(日):京都中京区!博物館無料DAY
#どどんと英 :京都府京都市中京区雁金町
公式:どどんと英(@dodonto_hide) • Instagram写真と動画

四条烏丸から徒歩圏、雁金町のビル1階にある「どどんと英」は、ボリューム満点&コスパ良しで知られる鶏料理の食堂・居酒屋。名物は「鶏の唐揚げ10個メガ盛り定食」で、ご飯・味噌汁・小鉢付きで600円という破格のランチだ。カリッと揚がった唐揚げは肉汁豊かで、ご飯との相性も抜群。店内はカウンターやテーブル席を備え、ひとり飯にも友達との食事にも使いやすく、昼も夜も気軽に立ち寄れる雰囲気。観光や買い物の合間に、がっつりお腹を満たしたいときにぴったりな一軒だ。

にゅう麺なども付いてくるのが嬉しいです。

#京都文化博物館 :京都府京都市中京区東片町623−1
この日は無料DAYでしたので二回目の見仏です。詳細は次のNOTE参照。(籠神社と仏像たち『未来へのおくりもの京都府×京都市 指定文化財』京都文化博物館)
京都産業大学のほうに歩くと出会った。って、昔に来たなと。


詳細は次のNOTE参照。(祇園祭の山鉾!菅原道真像「火尊天満宮/京都神田明神」平将門の首【京都ツウシリーズ/烏丸四条五条シリーズ】|やんまあ)
#醒ヶ井住吉神社 (新住吉社):京都府京都市下京区西高辻町207−1
こちらも2回目ですね。神社の詳細は次のNOTE参照ですが、2026年5月下旬公開予定です。それまでは旅行記『京都初詣2025/冬の京都/京都ツウ参り&パワースイーツ/吉野太夫[京都左京⑯中京⑩右京⑬西京⑥下京④]|やんまあ@旅行記』をどうぞ!
#正法院 #專故院 #西照寺 #末慶寺 #玉樹寺 #宝蓮寺 #長圀寺
「京都産業大学ギャラリー」に向かう途中の寺です。観光寺ではなさそうなので拝観はやめました。















NOTEに纏めて記録しましたが、1年以内に公開します。
京都産業大学ギャラリー:京都府京都市下京区中堂寺命婦町1−10 五条壬生川上ル
こういう所があるのを初めて知った・・・。上賀茂神社の特別展です!!詳細は年末年始に書き上げます。「【特別展】重要文化財 賀茂別雷神社文書の世界―その歴史・文化・修理―|ニュース一覧|京都産業大学」を見に行きました。



【特別展】重要文化財 賀茂別雷神社文書の世界―その歴史・文化・修理―|ニュース一覧|京都産業大学

京都産業大学ギャラリーでは、本学創立60周年を記念し、特別展「重要文化財 賀茂別雷神社文書の世界―その歴史・文化・修理―」を開催いたします。
2006年に重要文化財に指定された賀茂別雷神社文書は、平安時代から近代にいたる古文書と日記・記録類13639点からなる史料群です。古文書には、幕府や朝廷との関係や荘園などの歴史を物語る貴重な史料が数多くあり、祭礼に関わる史料や神社の公的な日記・記録も伝存しています。
本展では特に、修理の終わった賀茂別雷神社文書の中から、神社の歴史に関する文書や、葵祭・賀茂競馬などの神事に関する文書を展示します。あわせて、文化財としての古文書修理の意義、方法、技術、材料などについても、実物資料やパネルなどによって紹介します。


▽2025年11月16日(月):福井県小浜町
以下です!!若狭の仏像展最高でした!!詳細は「10年ぶりの若狭小浜エリアの歴史と紅葉◆福井⑨◆|やんまあ@旅行記」参照です。Geminiに解説していただきます!?
筆者の「やんまあ」さんが、福井県の若狭・小浜エリアを10年ぶりに訪れ、歴史ある寺社仏閣の紅葉や現地の美食を堪能した様子が写真とともに綴られています。
記事の主な内容は以下の通りです。
巡ったルートと見どころ
道の駅 若狭熊川宿
かつての「鯖街道」の宿場町・熊川宿の雰囲気を楽しめる拠点。
歴史を学べる「鯖街道ミュージアム」や、名物の焼き鯖寿司などのグルメが紹介されています。
福井県立若狭歴史博物館
特別展「若狭 山のほとけ、村のほとけ」を鑑賞し、地域に根付く仏像や信仰文化に触れています。
常設展では若狭の歴史や文化の変遷も見学しています。
道の駅 若狭おばま
「食のまち小浜」らしく、新鮮な海産物やへしこ、鯖缶などが豊富に揃うスポット。
食堂での食事や、観光の拠点としての利便性についても触れられています。
萬徳寺
国指定名勝の枯山水庭園があり、紅葉との美しい風景が魅力の古刹。
重要文化財の阿弥陀如来坐像も安置されています。
若狭彦神社・若狭姫神社
若狭国一宮として知られる二つの神社。
奈良・東大寺の「お水取り」と関わりの深い「お水送り」の神事や、両社の深い結びつきについて紹介されています。
記事の特徴
今回は視覚的な臨場感を重視し、写真を多用した構成になっています。
各寺社仏閣の詳細な歴史や由緒書きについては、別途詳細記事(リンク先)で解説する形式をとっています。
10年ぶりの訪問を通じて、若狭路の風土や古刹の静寂な美しさを「旅のアルバム」のように振り返る内容です。
▽25025年11月23日(日)&24日:京都府綾部市→宮津市→京丹後市
#正暦寺 :京都府綾部市寺町堂ノ前
綾部の中心部から少し離れた静かな寺町に建つ正暦寺は、落ち着いた佇まいが心地よい小さな古寺。山門をくぐると、手入れの行き届いた境内が広がり、素朴な本堂が迎えてくれる。派手さはないものの、どこか温かさがあり、地域に根づいた寺院らしい穏やかな空気が流れる。周囲には歴史ある町並みが残り、散策とともに訪れると綾部らしい静けさを味わえる。参拝客も多くないため、自分のペースでゆっくり過ごせるのが魅力。旅の途中にふっと立ち寄ると、心を整えてくれるような余白を与えてくれる寺である。
2026年は33年ぶりの秘仏公開です!!その前に前座として脇侍を公開しました!!柿を頂きました。ありがとうございます。さらっと足りなかったら階段の下にたくさんあるのでセルフで追加してくださいとのことww





詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。(空也上人創建&本尊彫る「那智山正暦寺」2026年33年ぶり御開帳【丹波国(丹波王国)シリーズ/丹波シリーズ】)
995942年:空也上人によって開山されたと伝わる。991年:寺号は雨乞祈願により一条天皇より年号「正暦」をいただく。創建伝承は平安末期〜院政期の山岳密教・修験の流れと結びつく(ただし開山伝承の細部は史料により差異あり)。
10〜11世紀(平安後期): 光明寺山(綾部郊外)にて七堂伽藍を備えた規模ある寺院として発展。伽藍には本堂・金堂・講堂・僧坊群が整備され、広域の信仰拠点・修行道場として機能したとされる。
平清盛の嫡男・平重盛が深く帰依したと言われている。
平重盛は1138年生まれ、1150年に鳥羽法皇の蔵人になり、その後公卿・参議などを歴任し、1179年に出家
11〜12世紀: 天皇や上級貴族からの崇敬が伝わり、寄進や勅願が行われた可能性がある(勅願寺化の伝承を持つ寺院に共通する動向)。この時期に地域の有力豪族・荘園領主との結びつきが強まり、檀家基盤が形成される。
12〜13世紀(鎌倉初期): 真言系の教線が広がる中、正暦寺も密教儀礼と念仏・修験的要素を折衷していった痕跡が伝承に見られる。地域の救済・安産・疾病平癒といった民間信仰の受皿としても重要な役割を果たした。
14世紀(南北朝〜室町初期): 内乱期・荘園争いの影響を受けつつ、寺は檀那・領主の交替に伴う保護を受けて存続。文書(棟札や寄進状)が残る寺院では、この時期に再興や修理を示す記録が見つかることが多いが、正暦寺の詳細な史料は限定的で、複数の伝承が併存する。
16世紀(戦国期): 周辺地域の戦乱に巻き込まれ、堂宇や伽藍が損壊・焼失したとの伝承がある。戦国期には一時的に寺勢が衰え、住僧が分散した形跡が見られる場合がある(当地の戦乱史と照合して復元される)。
1638年: (寛永15年に相当)寺が現在の綾部市寺町へ再建・移転された年として伝わる。江戸幕府初期の治安回復・領主による再建支援の波の中で、旧地からの移転や伽藍の改修が行われ、寺勢は回復する。
江戸時代中期〜後期: 地元藩(京都府域の藩、あるいは当地を支配した藩)や郷士層の保護を受け、堂宇・庭園・経蔵などが整備される。檀家制度に基づく地域宗教行事(年忌、地蔵講、彼岸会など)が定着する。
鎌倉〜室町以来の仏像・文化財(制作年代付与): 本尊毘沙門天立像(鎌倉時代作と伝わる)は、鎌倉彫刻の写実性や造形感覚を示す逸品で、地域の信仰財として保存されてきた(現代では府の文化財指定などが行われる)。
明治維新期(1868年以降): 神仏分離や廃仏毀釈の影響は地域寺院にも及び、正暦寺でも境内構成や仏教行事の整理を余儀なくされた可能性がある。明治以降の近代的檀家制度・宗派再編の中で、寺は真言宗大覚寺派に属することとなる過程をたどった。
19世紀末〜20世紀初頭: 近代復興期。老朽化した堂宇の再建修復、寺史料(古文書・棟札等)の整理、庭園の修整などが行われ、地域文化財としての位置づけが固まる。
戦後(1945年以降): 戦災を免れたことにより、寺域の文化財保存と地域宗教行事の継続が図られる。地域史研究や文化財保存運動の一環で、毘沙門天像や庭園が調査・保存対象となることが多い。
後期20世紀〜現代: 境内の庭園や本堂、毘沙門天像などが地元自治体や文化財保護団体の支援で保存整備される。寺は文化財公開、地域行事(彼岸・盆・年中行事)の継続、檀家外の参詣者向けの行事開催など地域の拠点としての役割を再確認する。
文化財・建築面の補注(時期不詳〜継続):
本尊毘沙門天立像は鎌倉彫刻の特色を伝える作例として、保存修理や像内調査が行われている(具体的修理年は史料により異なる)。
境内には丹波地域特有の庭園景観や墓域が残り、地域史研究の対象となっている。
現代の活動(21世紀): 寺院としての法要・供養(檀信徒向け)に加え、文化財の公開、地域史講座、庭園の季節公開など文化振興的活動にも取り組んでいる例が見られる(寺ごとに実施状況は異なる)。
#安国寺 :京都府綾部市安国寺町寺ノ段1:足利家の宝物
足利家ゆかりの寺として知られる安国寺は、静かな山あいに佇む落ち着いた古寺。室町幕府を開いた足利尊氏ゆかりの品々が伝わり、境内には歴史の余韻がしっとりと漂う。秋になると紅葉が鮮やかに色づき、本堂前の庭が一面やわらかな赤に染まる。派手さはないが、境内を歩くと木々の香りや風の音が心に沁み、時間がゆっくり流れていく。参拝客も多すぎず、自分のペースで過ごせるのも魅力。足利家の歴史と、綾部の自然美が静かに調和する、秋にこそ訪れたい寺である。




あああ~500円で良かったのか~!受付の「有難うございます♪」はそういうことか!?


いた宝冠釈迦如来坐像ですね。室町時代とすぐわかり京仏師だなと思わせる釈迦三尊!!さすが権力者の菩提寺だなと。




足利尊氏により創建。足利尊氏の母は上杉清子でここの出身なんだそうな。この上杉氏は、後に関東地方の大守護・関東管領家上杉氏であり、ここを菩提寺とする。境内には母と尊氏と妻の墓があり、京都・等持院(私のNOTE)にも足利尊氏の墓があるが、ここに分骨したとも。また、一休さんが修行した安国寺は京都・壬生寺(私のNOTE)の近くにあったが、応仁の乱の際に焼失したため、アニメ「一休さん」の安国寺のモデルになったお寺だそうです。
詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。(紅葉&足利尊氏誕生「安国寺」一休さん&円派の美仏【丹波王国シリーズ】【京都綾部シリーズ】)
993年(正暦4年頃):
この地に子安地蔵菩薩を本尊として祀る「光福寺(こうふくじ)」が創建されたと伝わる。地蔵像は後に「安産・子授けの地蔵」として篤い信仰を集め、寺の基盤となる。1252年(建長4年):
勧修寺重房が後嵯峨天皇から当地「上杉荘」を賜り、のちに上杉氏を称するようになる。光福寺は上杉氏の庇護を受け、上杉家の菩提寺として重要性を高めた。1305年(嘉元3年):
上杉氏出身の女性で、足利貞氏の妻である上杉清子(うえすぎきよこ)が里帰りし、光福寺の子安地蔵に安産祈願を行う。その願いのもとに誕生したのが後の室町幕府初代将軍 足利尊氏。境内に残る「産湯の井戸」はこの出産の伝承を今に伝えている。1338年(暦応元年):
足利尊氏は、建武政権との内乱を経て室町幕府を開く。全国の戦没者の鎮魂と国土安穏を願い、夢窓疎石の勧めで、全国諸国に安国寺と利生塔を建立することを決意した。1341年(暦応4年):
仏師・豪円が手がけた木造釈迦如来および両脇侍坐像(釈迦三尊)が完成・安置される。
後年、この像は地域仏教美術の代表作として評価され、2000年に国の重要文化財に指定された。1342年(康永元年):
光福寺は諸国に建てられた安国寺の筆頭寺(総本寺的位置)に定められ、寺号を景徳山 安国寺へと改める。これにより、綾部の安国寺は尊氏ゆかりの寺として全国的な名声を得る。1345年:
南禅寺(私のNOTE)の天庵妙受禅師を招き多くの寺領の寄進が行われました。1358年(延文3年):
尊氏の死去に伴い、二代将軍 足利義詮が父尊氏の菩提を弔うため、尊氏・母 清子・妻 登子の墓(宝篋印塔)を境内に造営。今も静かに往時をしのばせる史跡となっている。二度の兵火にさらされお堂が焼失。本堂は、1624年に金森重頼が再建した。
#お菓子の館はしだて :京都府与謝郡与謝野町男山801−4
丹波王国を抜けて丹後王国へ!籠神社に行こまでに「天橋立 塩バターサンドクッキー」を買う。本当に美味しい!!
ネット情報
#籠神社
天橋立!元伊勢「籠神社/真名井神社」伊勢神宮外宮の故郷!磐座信仰【京都】【丹後王国】|やんまあ
#KISSUIEN Stay & Food:京都府京丹後市峰山町杉谷943
夕食は王将で朝食はバイキング!!米うまし!!!

#海鮮の駅KIYOSABUROU :京都府京丹後市丹後町間人486




#道の駅 #てんきてんき丹後 :京都府京丹後市丹後町竹野313−1
久しぶりに来た感じがする。
日本海を望む絶好のロケーションに建つ「道の駅てんきてんき丹後」は、旅の途中でほっと息をつける開放的なスポット。海風が心地よく、敷地内には芝生広場や展望エリアがあり、ドライブの合間に景色を楽しめる。売店では地元の海産物、丹後コシヒカリ、名物のへしこなど丹後らしい特産品がそろい、つい手が伸びるラインナップ。夏場は海水浴場が目の前に広がり、家族連れにも人気。観光の拠点としても使いやすく、丹後の自然と食の魅力を手軽に味わえる道の駅である。
#京丹後市立丹後古代の里資料館 :京都府京丹後市丹後町宮108
丹後の古代史をわかりやすく紹介する「丹後古代の里資料館」は、王墓と呼ばれる巨大古墳群が残る丹後町宮エリアに建つ小さな博物館。館内には銅鏡や土器、勾玉などの出土品が展示され、山陰・丹後の古墳文化の豊かさを直感的に学べる。特に近くの「網野銚子山古墳」や「神明山古墳」と関連する資料が興味深く、現地散策と合わせると理解が深まる。建物は素朴で静か、訪れる人も多くないため、自分のペースでじっくり見られるのが魅力。丹後の歴史を旅に少し加えたいときに最適のスポットである。







#竹野神社 :京都府京丹後市丹後町宮249番地
竹野神社は、丹後ゆかりの皇女 穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ) と、その子 聖徳太子 を祀る珍しい神社として知られる。伝承によれば、皇女は政争を避け丹後へ落ち延び、この地で太子を出産したとされる。母子を温かく迎え入れた村人たちへの感謝から、皇女は「間人(たいざ)」の地名を残したとも伝わる。境内には母子ゆかりの史跡が点在し、清らかな空気が漂う。素朴で静かな社殿の前に立つと、幼い太子と母がこの地で過ごした情景がふと浮かぶような穏やかさがある。丹後の自然と古代史が溶け合う、物語性豊かな神社である。
過去に熊も出たようなので朝と夕方以降は要注意かなと。ということでびくびくしながら参拝しました。













私のNOTEは次の通り。(聖徳太子母/天皇皇后「竹野神社・斎宮神社」麻呂子親王の鬼伝説!丹後鬼伝説【丹後王国シリーズ】|やんまあ)
▽25025年11月28日:京都作業区:アフロ仏&哲学の道で紅葉
詳細は次のNOTEです!!写真だけどうぞ!!(京都哲学の道の紅葉「南禅寺/永観堂/安楽寺/法然院-2025年11月28日【写真感シリーズ】|やんまあ)
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#智福院 (〒606-8445 京都府京都市左京区永観堂町48)でアフロ仏特別開扉!!








「#哲学の道」に行きます。





久しぶりに「 #熊野若王子神社 (京都府京都市左京区若王子町2) 」も行きましょうか。哲学の道の始まりはココ!!





哲学の道へ!!











ちょいと寄り道「 #大豊神社 (606-8424 京都府京都市左京区鹿ケ谷宮ノ前町1)」です。












哲学の道へ戻ります。



やっぱ哲学の道自体は桜が良いですね。




























本堂へ!



ということで写真増量は以下です。
▼旅行記一覧
★纏め★京都 神社仏閣 旅行記★随時更新|やんまあ
京都vs奈良vs大阪vs鎌倉vs滋賀◆紅葉の神社仏閣◆-計画編-2025|やんまあ
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