転シバ 第1話:わたくし犬に転生いたしましたの!?
ヴェルサイユで散った誇り高き貴族令嬢・アンは、気づけば現代日本で柴犬に転生していた!
しかも飼い主は、かつて守れなかった“あの瞳”を持つ少女・あいこ。
元スパイの父、天然ボケの母、ツッコミ担当の娘騒がしすぎる津村家で、アンちゃんの“柴犬ライフ”が始まる!
恋と家族とスパイと、たまに革命!? 高貴な転生犬が巻き起こす、爆笑と感動のドタバタ転生コメディ!
ヴェルサイユの薔薇は、まだ咲いていた。
革命の炎が迫る中、わたくしは最後の命令を下した。
けれど、その時――“あの子たち”が、わたくしを見つめていたのです。
──この世の終わりが近づいている。
けれど、わたくしの誇りが散ることはない。
「全軍、後退を命じます!」
「しかし、アン様――!」
民衆の怒声が城門を越え、ヴェルサイユの庭園にまで届いていた。
燃えさかる旗、倒れ伏す兵。
だが、わたくしはその中央に立っていた。

アン・フランソワ・ド・ジャルジェ――
ジャルジェ家の末娘、気高き薔薇にして、“生き別れた姉”オスカルに負けず劣らぬ強き令嬢。
王妃の寵愛を受けたわたくしは、最後までこの城を守ると決めていた。
けれど。
その小さな泣き声が、わたくしのすべてを変えた。
王室の“家族”たち
王妃の間の奥、ふかふかの絨毯の上で震えていたのは、数匹の小犬たち。
真珠の首飾りを巻いたビション・フリーゼ、香水の匂いが染みついたパグ、王妃お気に入りのイタリアン・グレーハウンド。

その中心に、一匹の赤毛のトイプードルが、じっとわたくしを見上げていた。
その目は、不思議なほどまっすぐで、迷いがなかった。
フランス王室において、犬は“家族”であり、“忠義の象徴”であった。
マリー・アントワネットが、寂しさを埋めるように何十頭も飼い、日々の会話さえ犬たちに語りかけていたことを、わたくしはよく知っていた。
彼らは、何も持たず、何も疑わず、ただ愛だけを信じていた。
わたくしは、あの瞳から目を逸らせなかった。
それは──
かつて守れなかった“誰か”の目に、よく似ていた。
純粋で、無垢で、わたくしにだけ微笑んでくれた、あの頃の記憶と重なって――
一瞬、胸が、痛んだ。
「……なぜ、あなたたちは逃げなかったの」
わたくしの問いに、小さな体が、ふるふると震えながらも、確かに尾を振った。
わたくしを信じている。守ってくれると、信じている。
「…………」
わたくしは小犬たちを胸に抱き、背を向けた。
「ここは──通させませんわ」
銃声が鳴った。
光が砕け、薔薇が散る音がした。
天国よりも白い場所で
「……貴女、命を落としたわりに清々しい顔をしていますね?」
どこか気だるげな声が、耳の奥に響いた。
気づけば、わたくしは真っ白な空間に浮かんでいた。
背も、脚も、重くない。
「アン・フランソワ・ド・ジャルジェ。貴女の魂は、他の誰より誇り高く、美しかった」
「……当然ですわ」
「ゆえに、あなたには“二度目の命”を授けましょう」
「……え? 第二の人生? わたくしが? どこかの王女にでも?」
「柴犬です」
「はああああああ!?!?!?」
しっぽが、動く。
ふわふわした手触り。鼻先に広がる草の匂い。
そして。
もぞもぞ。
「……なに、これ……うしろに……う、動いて……」
「ひゃっ!? ちょ、待って! 動くなと言ってますのにッ!」
鏡に映ったのは、小さく、丸く、くるんとした、しっぽだった。

「いぬ……!? いぬ゛゛゛っっ!?!? わたくしがッ!!??」
前脚(?)をじっと見つめ、そっと鼻を動かす。
「この匂い、強烈すぎますわ! 草って、こんなに主張が激しいものだったかしら!?」
ぴくぴく動く耳。四肢がなぜか自分の意思とズレている。
「足が勝手に……はしたない! わたくしの肉体に、礼儀を学ばせたい!!」
風が吹けば即ブルブル、しかも全自動。
「ブルブルって何!? 勝手に震えるんですの!? どんな貴族教育!?」
しかも。
「きゃぴぴぴっ!」
自分の声が、まさかの高音キャンキャン。
「……おのれ、この喉! わたくしのソプラノはもっと上品なはずですのに!!」
四足で立とうとすれば、バランスを崩して顔から転倒。
「くっ……なんですのこの短足!! 優雅なステップもできないとは……貴族失格っ!!」
高貴な魂、肉体に追いつかず。
気高さ vs 四足歩行の戦いは、幕を開けた。
柴犬アンちゃん、爆誕。

「アンちゃん、今日からこの子がうちの子よ~♡」
ぴょこ、としっぽを振ってしまったその瞬間。
わたくしの誇りは、少しだけ崩れた。
飼い主の名は――津村 あいこ。
見覚えのある瞳。
あの時、最後に見つめ合った、トイプードルの赤ちゃん。
「……運命ですのね。ふん」
わたくしは静かにおすわりした。
だがその目は誇り高く、どこか泣きそうで――
「わたくしの名は、アン・フランソワ・ド・ジャルジェ。でも今は……柴犬のアンちゃんですのよ!!」
……と、堂々名乗りを上げたその瞬間。
「アン……アンちゃん? アン……CIAの暗号名か!?」
家の奥から、焦った声が聞こえた。
「うふふ、見てこの耳♡ フランスのスピリチュアルな風、感じるわ〜」
ふんわりした声も、かぶさる。
父と母――らしき存在から、すでに尋常ならざる気配が漂っていた。
わたくしは、耳をぴくりと動かした。
「……なにか、この家には……尋常ならざる“気配”がいたしますわ……」
To Be Continued…
